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えぴそーど 〜じゅういち〜


「ほんわか堂」の店先には、小さな黒板が立てかけてあります。

そこには、ほとりの手書きで、こんなふうに書かれているのです。


「わんわん」

いぬの鳴き声って それだけでも 気持ちをあらわしますよね?

人みたいに ふくざつなことばをつかわなくても

しぐさや 鳴き声だけで 伝えることができるんです。


「ほんわか堂」

今日も ふわっと あいています。

あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?


~ワンコのきもち~


***


「ごめん。なおとさん、しゅうくんが噛もうとしちゃって」

「いや、大丈夫だよ。でもどうして、最近俺に懐こうとしないんだろう」

「ごめん。ほんとごめんね」

「いや、みきさんは悪くないよ。しゅうくん、俺の事嫌いなのかな?」


みきが飼っている愛犬、しゅうくんは、なぜか、みきの彼氏なおとに懐かないんです。

なおとは今まで犬に嫌われた事がなく、むしろ懐かれる方でした。

でも、しゅうくんをあやそうとすると、噛みつかれないまでも、吠えたり、威嚇されたり、近づかなかったり…。

なおとは、自分に問題があるのかと悩んでいました。

しゅうくんは人懐っこく、今までどんな人にも威嚇することはありませんでした。

でも、なぜかなおとにだけ威嚇してしまうんです。


ふたりは、お付き合いを始めて2年。

なおとは、みきに結婚の意思があると伝えていました。

みきもなおとの優しい心に惹かれ、将来を共にすると心に誓っていました。

同棲も話にでましたが、このままでは、それもままなりません。


「じゃ、俺、今日はかえるね」

「うん。ほんとごめんね。」

「気にしないで。俺、しゅうくんと仲良くなれるようがんばるから」

「私もしゅうくんが懐くようしつけるから」

「無理しないでね。それじゃ」

「うん。またね」


みきは、なおとと別れたあとの帰り道、しゅうくんがいつもと違う道を行くのでそのままついていくと、「ほんわか堂」ののれんを見つけました。しゅうくんもお店の前で止まります。


(「あなたのお悩み、少しだけこぼしてみませんか?」だって。変わったお店ね)


***


ほんわか堂ののれんをくぐると、しゅうくんが「わん」と挨拶するように鳴きました。


「いらっしゃいませ」

「あの、ペットも一緒なんですけど、入っても大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ。お好きなお席へどうぞ」


しゅうくんは、ほとりをみて尻尾をふります。どうやら、ほとりの事を気に入ったようでした。


「わんちゃん、なんてお名前ですか?」

「しゅう、って言います」

「しゅうくん。とてもかわいい。人懐っこいですね」

「そ、そうですね」

「わん」


浮かない表情を浮かべているみきに、ほとりは話しかけました。


「…なにか、お悩みをかかえていますね?」

「え?なんでわかるんですか?」

「しゅうくんがそう言っています」

「え?犬の心がわかるんですか?」

「あはは、冗談です。でも、図星だったようですね」

「ええ」

「差し支えなければ、話していただけますか?」


みきは、なおととの事をはなしました。なおとに結婚の意思があることと、しゅうくんが懐かないこと。


「でも出会ったころは、しゅうくんはなおとさんに懐いていたんです。でも、何気なく、なおとさんから結婚の話が出たころから、しゅうくんが急に威嚇するようになったんです。」

「わんわん!」

「しゅうくん、何か訴えているみたいですね。わんちゃんは、素直な気持ちにすぐ気づくんですよ。」

「わん!」

「続きを話してくれますか?」

「はい。今日もなおとさんにあったんですけど、なおとさんも何とかしゅうくんと仲良くしようとしてくれて、でもやっぱりだめで…それでなおとさんも悩んでしまって」

「そうだったんですか。」

「はい。」

「…あの、みきさん、何かなおとさんに隠していることはありませんか?」

「わん!!」

「え?」

「ずっと何かひっかかりがあるように感じてました。何か隠していますね?」

「そ、それは…」


みきは、ふと黙ります。

しゅうくんは、みきの袖を引っ張りました。

そして、意を決したようにしゃべりはじめました。


「…わたし、なおとさんにずっと隠していることがあるんです。……実は、わたし、バツイチで子供もいて、けど今は事情があって子供には会えないんです。交際はじめてから、なおとさんには言えないでいました。結婚の話が出た時には、余計言えなくなってしまって…」


ほとりは静かに、お茶を出します。


「あなたにお出しするお茶は、素のお茶です。このお茶は、“素のあなた”でいられるように淹れました」


みきは、ひとくち口に含みました。


「おいしい。すっと心が洗われるような味ですね」

「気に入っていただけましたか?みきさんに、一つおくり物を差し上げます」


ほとりは、木のぬくもりのあるフォトフレームを渡しました。


「ここに、本当に大切な誰かの写真を飾ってください」


そのフォトフレームには、メッセージカードが添えられていました。


『しゅうくんは“あなたの心の奥”を守っているのかもしれませんね』


***


みきは部屋に、子供との写真をそっと飾りました。

なおとがそれに気づき、静かに問いかけました。


「……この子、誰?もしかして、みきさんの?」

「…うん」


みきは震える声でうなずきました。

なおとは、しばらく黙ってから微笑みました。


「なんでもっと早く言ってくれなかったの?」

「え?」

「俺、みきさんが好きだから一緒にいたいと思った。何か隠し事があるのかなってうすうす感じていたよ。でも、それがどんなことでも受け入れようと思っていた。みきさんが隠したかったらそれでも良いし、どんなことでも受け入れようと」

「なおとさん…でも、わたし、バツイチ子持ちで…」

「そんなことで気持ちは変わらないよ。それを理由に俺が離れると思った?」

「うん…今までの人はみんなそうだったから。あなたを失ってしまうと思うと、余計言えなくなって、どんどん怖くなった…」


泣きじゃくるみきをなおとが抱きしめると、なおとは一言耳元でささやきました。


「結婚しよう」

「うん」

「くぅ~ん」


それ以降、しゅうくんはなおとに懐き、尻尾を振ったり、膝の上に頭をのせるようになりました。


***


そのあと、ほんわか堂では──

みきが記した名前を記した“ありがとう帳”に、こんな言葉が浮かび上がりました。


『しゅうくんに感謝です。あのままだったら、また大切な存在を失うところでした。バツイチ子持ちのみき』


ほとりが、いつものように急須を洗いながら、ぽつりとつぶやいていました。


「素直なこころって、素晴らしいですね。わんちゃんにも、ちゃんと届くんです。今回もまた、やさしい心に出逢えました」


【おくり物】

木のぬくもりのあるフォトフレーム

メッセージ:

『しゅうくんは“あなたの心の奥”を守っているのかもしれませんね』


**次にのれんをくぐるのは、もしかすると“あなた”かもしれませんね**


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