休息日
「貴方達、何やっているの?」
ポーカーで負け続け、財布もすっからかんとなって、落ち込んでいた俺の後ろから、声がかかった。
「あれ、アイリスじゃない!どうしたの、こんなところで?」
その声に真っ先に反応したのが、俺の財布が寂しくなった原因。目の前の、肩までかかった髪に、その髪色と同じ、橙色の耳と尻尾を持つ狐の獣人だ。名前をカシナというらしい。
「昼過ぎに起きてしまってね。ちょうど今、配給を食べてきたところなの」
「珍しいね。アイリスが寝過ごすなんて。いつも、朝一番には起きているじゃない!」
「昨日はちょっと疲れていたのよ。私だって、こんな日ぐらいあるわ」
「五日間も歩きっぱなしだったもんねー。ていうか、今日はポニーテールじゃないのね」
そして、そんな狐の獣人と仲良く話しているのが、銀色の長い髪を腰まで携え、俺たちのことを不思議そうに見ている、犬系の獣人。―つまり、彼女だ。
「ああ、今日はリボンをつけるのを忘れてしまったの。まぁ、たまには、このままでもいいわね」
「確かに、髪をおろしたアイリスもいいわね!」
「…それで、貴方はどうしてこんなところに?」
今度は、彼女の目線が俺に向けられる。その目線には少し、冷たさを感じた。
「…たまたまな。こっちの…、キースっていうんだけど、こいつに誘われてちょっとしたカードゲームをしてたんだよ」
そう言って、金髪のいまだにしょぼくれている、隣の男に指を差す。それで気づいたのか、キースは、沈んだ表情が驚きの表情へと変わっていく。
「は、初めまして!リー・アイリス殿、私は、キースと申します!彼とはよく懇意にさせて頂いており…」
「そんなに、かしこまらなくていいわよ。それに、彼と仲良くしてくれて、ありがとうね。これからも、仲良くしてあげて」
「はい!今後とも、末永く仲良くさせて頂きます!」
そんなキースを見て、俺は少し笑った。あんなに獣人だの、エースだの言っていたやつが、本人を目の前にしたら、体をこわばらせながら、上ずった声で喋っているのだ。そんな様子を見たら、誰だって、笑いだしてしまうだろう。そんなキースの姿を見て、忘れそうになっていた疑問を思い出し、彼女に問いかける。
「ていうか、この子と知り合いなのか?」
そう言いながら、彼女と、狐の獣人の女の子に、交互に視線を送る。
「ええ、カシナとは訓練生の時からの友人よ」
「そうよ、アイリスとは、大親友なんだから!」
「大親友は言い過ぎよ」
「えぇっ!そんなことないわよ!私はアイリスのこと大好きよ!…もしかして、アイリスは私のことあんまり好きじゃない…?」
カシナはうるんだ目で、彼女の目を見つめる。そんな瞳に気圧されてか、
「そ、そんなことないわ!貴方のことは好きだし…、わ、私も親友だと思っているわよ…」
「だよねー!アイリスなら、そう言ってくれると思ったわよ!」
まんまと彼女のペースに乗せられてしまう。さっきまでうるんでいた目は、もう乾いている。
カシナのこういう、表情をころころと変えられてしまうところに、俺たちも騙されたのだ。
「もうっ、貴方は、本当に調子がいいんだから…」
きっといつものことなのだろう。諦めた様子で、彼女が言葉をこぼす。
「うふふっ。あっ、そういえば、貴方もアイリスと友達…なのよね?」
カシナから急に話題を振られ、少し反応が遅れる。
「あ、ああ。孤児院が一緒でな。まあ、俺たちは……知り合いみたいなものか?」
自分の返答が正しいのかどうか確認するように、アイリスの方を見る。だが、彼女は無反応だ。ただ、ふわふわとした耳を伏せるだけで、何の返答もない。
「……ふーん。なるほどねー。そういう感じなのね」
何かに納得したような様子のカシナは、少し笑いながら、頬を歪ませていた。
「……別にそんなことはどうでもいいでしょ。それよりも、貴方達こそ、どういう風の吹き回しなのよ。一緒にゲームをしているなんて……」
「え~、やっぱり気になるの~? 私達のカ・ン・ケ・イ♡」
「……気にならないわ。じゃあ、私はもう行くわね」
カシナの挑発するような態度を、彼女は一蹴し、去ろうとする。
「あっ、ちょっと待って! 本当にただ遊んでいただけだって! この金髪が人数が少ないと賭け事は盛り上がらないって言うから、金髪の友達ってことで、呼んだだけだってー!」
カシナは彼女の袖を引っ張りながら、喚いている。
「ほら、金髪も何か言ってやって!」
「俺⁈」
今まで黙っていたキースが名指しされ、目を見開く。
「えっと、彼女の言うことは本当です! 私が、たまたま近くに寄った彼をカードゲームに誘いました!」
「そう。ならいいわ。……貴方も、いつまでも私の袖を掴まないでちょうだい。服が伸びるでしょう」
キースの言葉を聞いて、彼女は立ち止まる。彼女が漂わせていたピリピリした空気も、次第に消えていくのが分かった。
「だってー、せっかく、久しぶりに話せたのに、もう行っちゃおうとするんだもん」
「ああ。そういえば、行軍中は、貴方とは何も話していなかったわね」
「そうだよー。アイリス、全然、話しかけてこないんだもん。任務中なのは、分かっているけど、さみしかったんだよ?」
「一週間ぐらい、話をしていないだけで、そこまで落ち込まないでちょうだい。ほら、しっかりして」
「じゃあさ、今日は一緒にご飯食べようね、絶対、一緒に食べようね!」
「わ、分かったわよ。分かったから、あまり顔を近づけないでくれるかしら」
「やったー!お金はいっぱいあるから、何でも好きなもの食べられるわよ!あっ、でも、この辺じゃ、ご飯を売ってる店はないかー」
カシナは、俺たちから巻き上げた硬貨でパンパンになった布袋を弄ぶ。
「くっ…、俺の全財産が…」
そんな様子を見たキースが嘆き始める。
「お前…、全財産かけてやっていたのか…。普通、少しぐらい残しておくだろ…」
「いやだって、あれは相手には勝てると思うだろ!」
「まぁ、その気持ちは分かる」
カシナは、表情を作り変えるのが上手い。だから、ポーカーでも、その力を存分に発揮していた。弱そうな手札が入った顔をしたかと思えば、強い手を出してきたり。逆に、弱い手札が入った顔をしたら、自信満々な顔をして、相手を降りさせたりと。とにかく、ポーカーフェイスが上手いのだ。
うなだれた様子の俺たちを見て、彼女は聞いてきた。
「貴方達、一体どのぐらい負けたの…?」
「全財産です…」
「俺もまぁ、…ある程度は負けたな」
「そう。結構、いや、かなり負けたみたいね…」
俺たちの様子から察したのであろう。彼女は、呆れた顔をしていた。
「だって、この二人、ちょー弱いんだもん!だから、可能な限り、巻き上げさせてもらったわ!」
勝ちまくって気分が良いのだろう。カシナは自信たっぷりといった様子で、胸を張っている。
「そうなのね。……じゃあ、カシナ。今度は、私と勝負しない?」
自信たっぷりなカシナを相手に、今度は彼女が笑みを浮かべながら提案する。
「え…、アイリスと?珍しいね、アイリスから賭け事をしようなんて…」
「いえね、ただ一週間もほったらかしにしていた親友と、友情でも深めようと思って提案したのだけど……。別に、貴方がやりたくないなら、それでいいわ」
「いやっ…、やるわ!せっかくアイリスと遊べるんだから!でも、私も本気でやるわよ?」
「ええ、もちろん。その方がきっと楽しいもの」
彼女は不敵な笑顔を浮かべて、カードが置いてあるテーブル、その横の椅子に座った。
そうして、アイリスとカシナのポーカー対決が始まった。
「アイリス、ルールは知っているわよね?」
「もちろん、知っているわ。だから、ルール説明は結構よ」
「じゃあ、まずはベットからよ」
そう言うとお互い、銀貨を二枚ずつ、テーブルの上に置く。次に、二人に五枚のカードが配られた。
「カードの交換は一回までよ。私は二枚、交換するわ。貴方はどうする?」
「そうね。私も二枚だけ、交換しようかしら」
そう言って、互いに二枚、カードを交換した。
カードの交換後、カシナはしょんぼりした顔を浮かべた。恐らく、いい手が入ったのであろう。俺たちを負かした時と同じだ。
対して、彼女の顔は変わらない。いつもの通りの無表情の顔だ。
「さて、レイズはどうする?それとも降りる?」
「じゃあ、レイズで」
そう言って、銀貨をさらに二枚、テーブルの上に置いた。
「えー、そんなにいい手が入ったの?うーん、私はどうしようかな……」
不安げな表情を浮かべるカシナ。だが……
「でも、私も強気に行こうと思う!さらに二枚上乗せで、レイズよ!」
そして、カシナは四枚の銀貨をテーブルの上に置いた。
「さあ、どうする?コールする?」
少しの沈黙が続いた後、彼女が、俺たちに向かって話し出した。
「ねえ、貴方達は、獣人相手の勝ち方って知ってる?」
「獣人相手って……、勝ち方があるのか?」
彼女が急に話しかけてきたかと思えば……獣人相手の勝ち方?
そんなものがあるのだろうか。それに相手は、獣人とか関係なく、ポーカーフェイスの達人だぞ。そんな相手に勝てるのか?
そんな疑問を浮かべた俺の表情を受け流し、彼女は話を続ける。
「獣人の感情を見ようとする時はね、まず、耳を見るの。相手の耳が立っているときは喜んでいるときだし、耳が伏せ気味になっているときは、悲しかったり、不安になっているときよ」
そして、彼女はカシナの目をじっと見つめる。
「次に、表情。カシナのように、いくら作り笑いや泣きまねが上手くても、ほんの一瞬だけは、どうしても感情が表れるものなの。貴方の場合は、嬉しいという感情かしら。だから、そうね。ここは……レイズよ」
そして、彼女は十枚の銀貨をテーブルの上に置いた。
「「えっ、十枚⁈」」
対戦相手であるカシナ、そして俺の隣で静かに観戦していたキースも、思わず声を上げる。
そんな様子を気にもせず、彼女は平然としている。
「さあ、貴方の番よ。どうするの?」
「へ、へー。アイリスちゃんは随分強気だね……。そんなにいい手が入ったのかな~?」
「貴方もそれなりにいい手が入ったんでしょ? それなら、勝負してみない?」
彼女のその言葉に、カシナは黙り込む。そして、数秒の沈黙が続き……。
「……フォールド。降りるわ」
その言葉で、勝負が決まった。彼女が勝ったのだ。
「いやー、スゲー勝負だったな! まさか、レイズで銀貨十枚も出すとはなー」
「そうだな、よほど自信があったんだろうな」
「あー、もうっ。負けちゃったわ! アイリスは結局、どんな手札だったのよ。ちなみに私は、これよ」
カシナは手札をテーブルに広げる。役は、ストレートだった。
「あら、やっぱり強い手札だったのね」
彼女も続けて、手札をテーブルの上に開示する。役は……ブタだった。つまり、役なし。
「……え、ブタ? あ、貴方、この手札で勝負しようとしてたの⁈」
思わず、カシナは唖然とする。
「おいおい、てっきりフルハウス以上の手は持ってると思ったぞ……。どうして、これで勝負しようなんて思ったんだよ?」
こんな手札が来たら、速攻で降りるのが定石だ。ましてや、あんなレイズをするなんて、考えられない。
「別に、特別な理由なんてないわ。強いて言えば、相手が貴方、カシナだったから、かしらね」
「私だったから……? それでも、こんな勝負をする意味が分からないわ。どうしたら、そうなるのか教えてよ……」
未だに唖然とし続けているカシナが、不思議そうに返事をする。
「まず、貴方。カードが配られてから、ずっと私の耳を見てきていたでしょ」
「え……、分かっていたの?」
「ずっと、ちらちら見てきていたんですもの。さすがに気付くわ。だから、私は、わざと獣人の耳の特性の話をしたのよ。私も獣人の特性を知っているとアピールすることで、貴方が私の耳から得られる情報を、分からなくするためにね」
「じゃあ、耳でカシナの感情が分かるって話は……?」
「あれは、フェイクよ。獣人の耳の特性を知っているなら、カシナは十中八九、耳に感情が表れないようにするわ。だから、次に、カシナの知らないような話をしたの」
「顔には一瞬だけ、感情が出るって話か」
「そう。カシナの顔には、喜びの感情が出ていたことは事実よ。でも、それ以外にもね、不安の感情も出ていたの。だから、私は大きなレイズをして、さらに彼女の不安を煽ったの」
「でも、それでも……、最後まで分からなかったじゃない。実際に私は、ストレートで、十分勝ち目があると踏んだから、レイズしたのよ。最後の最後まで、押し通す可能性だってあったはずだわ」
納得できないのであろうカシナが、尋ねる。確かに、そのままコールしていた可能性は十分にあった。役なしの手札で、あそこまでレイズするのは、リスクが高いと俺も思う。
「だから、言ったでしょ。貴方が相手だったからこそ、私は勝てたのよ。貴方は、相手の最大限を警戒し、回避しようとする癖があるわ。だから、私は、貴方を警戒させるために、色々な手を打って、貴方の不安を最大にしようと思ったの。そうすれば、最終的には、降りてくれると思ってね」
そう説明する彼女は、あまりにも淡々としていた。でも、そんな彼女を見て、カシナは少し嬉しそうに、呟く。
「そっかー、癖か。自分でも気づかなかったなー。でも、アイリスは、そんなに私のことを見ていてくれたんだね……」
賭けで負けてしまったことよりも、彼女が自分のことを見ていてくれたことの方が嬉しいのだろう。
「アイリス、アイリス! じゃあさ、もう一回やりましょうよ! 次は、負けないんだから!」
「いやよ。貴方の癖を話した以上、ブラフはもう使えないのよ。次は、きっと私が負けるわ」
「えー、勝ち逃げは、許さないわよ!」
「もう、分かったわよ。でも今度はポーカーじゃない、別のゲームで遊びましょう」
「いいわよ! 何する? チェスとかいいんじゃない?」
楽しく談笑しながら、彼女らはテーブルを立ち、俺らなんか忘れて、立ち去ろうとする。
「あっ、ちょっと、待ってて」
立ち去ろうとする彼女が、俺の前まで戻ってくる。
「これ、今のうちに渡しておくわ」
そして、先ほどのポーカーで勝利して得た、銀貨六枚を渡してきた。
「え……、なんで。これ、お前が勝った金だろ」
「別に大した意味なんてないわ。……ただ、財布がすっからかんなのは、さすがにかわいそうだと思っただけよ。いい? これからは、賭け事はほどほどにするのよ!」
「ああ、分かったよ……ありがとな」
「礼なんていいわよ。それじゃ、行くわ」
そう言い残して、彼女は去っていった。
「リー先輩って、結構、優しいんだな。俺はもっと、恐ろしい人なのかと思ったぜ」
黙って見ていたキースが話しかけてくる。
「そうだよ。あいつはめちゃくちゃ優しいんだ。……優しすぎるほどにな」
去っていく彼女の背を見つめながら、ぽつりと声を落とす。
そんなことも気にせず、キースは話し続ける。
「ところでよ、その貰った銀貨を少し分けてもらうことはできないか?」
「なっ、これは、俺が貰ったもんだぞ!」
「頼むよー、さすがに全財産なしは、まずいんだ!」
「お前が全部かけちまうからだろ!」
「銀貨、一枚だけでいいんだ。必ず返すから、マジで頼む!」
そんなキースとの押し問答を繰り返すうちに、辺りは、夕焼けの光に照らされていた。




