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姉ではいられなくなった夜


行軍五日目。

この長期の行軍も5日目となると、部隊全体に疲れが見え始めてきた。特に、人間の方は、明らかに顔がやつれ、足取りも重くなっている。無理もない。行軍が始まってから、もう五日間が経っている。歩いた距離も、およそ250㎞を超えているだろう。だが、そんな中でも、元気な人間もいる。私の隣を歩く、若い男の青年。…彼だ。彼は、疲れた様子も見せずに、黙々と歩き続ける。しかも、獣人の私よりも早いペースでだ。


「…貴方は疲れてないの?普通なら、そろそろ疲れが出てくる頃よ」


彼のペースに付いていくため、少し速足になりながら、彼の後ろから声をかける。


「うん?別に、そんなに疲れは溜まってないぞ」


私のペースに合わせようとしてくれたのだろう。彼のペースが少し遅くなり、私の隣に彼がきた。


「本当に?他の人隊はかなり疲れているように見えるわよ。人間の方なんて、今にも足が止まっちゃいそうじゃない」


「確かに、部隊全体で少しペースが落ちてるな。でも、俺から言わせれば、こんなの訓練時代に比べれば、まだマシな方だと思うけどな。あっちの方がよっぽど地獄だったぞ…」


「訓練生の時って、獣人と人間で訓練内容が分けられていたわよね。そっちはどんな訓練をしていたの?」


「とにかく毎日が地獄みたいだったな。まず、朝からランニングで20㎞走らされる。終わったと思ったら、次は筋力トレーニングだ。んで、午後からは、3、4人での部隊演習をさせられて、次に、座学だ。座学は、朝からの訓練で疲れた体を唯一、休ませられる時間だったから、ほとんどの奴が居眠りしようとして、教官にしぼられていたな。」


「結構、獣人と訓練内容が違うのね。私達は、基礎トレーニングよりも、演習や座学の方が多かったわ」


「人間と獣人とじゃ、そもそも基礎体力が違うからな。わざわざきつい訓練をしなくても、人並み以上に動けるだろ。だから、戦術や戦略を叩き込む方が、軍としては使いやすいんだろうな」


「確かにそうね。訓練生の時は、私も頭を働かすよりは、体を動かす方が楽だったわね」


「そうなのか?俺は、てっきり運動よりも、勉強とか方が好きだと思っていたけど。本とか読んでたし…」


「昔から、私は体を動かすことの方が好きよ。獣人としての本能なのかも知れないけど、頭を空っぽにしている方が楽だもの。…何事もね」


少し声のトーンが落ちる。体を動かすことが好きなのは、本当だ。でも、それと同じくらいに、何かを考えることも嫌いではなかった。私は、読書が好きだった。心躍るような様々なストーリーに、面白おかしい登場人物達。そんな愉快な世界は、私の想像力をさらに広げる。中でも、出てくるキャラ達の心情を想像し、小説を読むことは、私の心を大いに揺さぶった。だが、そんなに好きだった小説も、戦場にでるころには、読まなくなってしまった。戦場でのリアルな光景。小説では、何度も見たことがあった。…見たことがあったはずだった。


「それでは、今日の行軍はここまでとする!」


大きな声が私の思考を停止させる。行軍の先頭にいた指揮官が立ち止まっている。


「今日の目標地点までは、まだ少し先だが…、諸君らの士気を考慮し、早めに休憩を取ることする!」


その声に、周りから感嘆の声が上がった。


「なお、明日は、行軍の休息日となっているので、我々の部隊は、ここに駐屯し、明後日の朝、再び行軍を進める!では、それぞれで野営の準備を開始しろ!」


そう指揮官が切り上げると、部隊全体に広がっていた憔悴した空気は、一変した。


「本当に、嘘みたい一瞬だったな…」


その様子に、彼が呟く。


「ええ、本当にね。昼間、あんなに疲れていた人達はどこに行ったのかしら」


日が暮れる頃には、それぞれが自分達のテントを張り終わり、小さな野営地が完成していた。そして、そこでは笑いながら、酒や食料を囲いながら、人だかりが出来ていた。


「それにしても、意外ね」


その光景見ながら、不思議に思う。


「まさか、獣人と人間があそこまで、仲良くなっているとはね」


そう。人だかりの中には、人間だけじゃない。何人もの獣人も混ざっていた。


「そう不思議なことでもないさ。五日間とはいえ、寝食をともにしてきたんだ。嫌でも、仲良くなるさ」


「そういうものなのかしらね…」


あまり信じられなさそうに返事をする。


「そういうもんさ」


だが、彼は、そんな返事を気にもせず、その光景を信じて疑わないという顔で言葉を返した。


「俺たちだって、仲がいいだろ?人間と獣人なのにさ。案外、人間と獣人の溝なんて、そこまで深くないのかもしれないぜ」


そういいながら彼は、笑う。子供のような笑顔で。そんな彼の横顔を見て…


「どうした?」


そんな私を見て、彼が声をかけた。


「…っ、何でもないわ。ただ少し、疲れただけ。私はもう先に寝るわ」


「寝るって、食事はどうするんだよ?」


「テントで何か簡単なものでも食べるわ」


そして、その場を去ろうとする。


「そうか?じゃあ、俺はこっちで何か食べてくるからな。おやすみ!」


彼が去っていく私の後ろから、声をかける。


「…、おやすみなさい」


そう言って、私はその場から、静かに立ち去った。


「ドクン、ドクン」とうるさいぐらいに高鳴る、私の心臓の音とは、対照的に。


テントに戻った私は、残っていた配給を無造作に口に運び。そのまま、薄い毛布をかけて横になる。


「(…………、ありえない、ありえないわっ!)」


気づいてしまった。あの時の、彼の横顔を見た瞬間、自分の心が、かすかに『揺らいだ』ことを。今まで、彼に対して感じたことがなかった感情が芽吹くのを。


「(何で今、こんな感情がでてくるの⁈私が…、彼に対して…、そんな…。)」


必死に、この感情を否定しようとする。子供の頃から、一緒に過ごしてきた男の子。彼が小さな頃から、ずっと見てきた。でも、一度として、そんな感情になったりは、しなかった。どんな彼を見るときも、弟というフィルターを通して、見ていたのだ。しかし、孤児院を離れ、姉という役割でなくなった私は、今の彼をどう見ているのだろう。


「(私は、彼のことを本当に…?)」


姉でなくなった私、弟でなくなった彼。

じゃあ、今の私達の関係は?姉でもない私、弟でもない彼、そんな私達の間柄の関係は一体なんというのだろうか。


ただの同僚?―違う。それなら、なぜこんなにも胸が高鳴る?

それなら友達?―違う。それなら、なぜ彼にこんなにも惹かれている?


頭で考えた答を、心が否定する。そんな自問自答を永遠に繰り返しながら、気づけば眠りの底へと、いざなわれていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「おい、もう朝だぞ」


その声に飛び起きる。


「ん?どうした?…ていうか、珍しいなお前がこんなに眠るなんて。いつもは、俺の方が起こされる側なのにな」


柔らかく笑う彼の顔を直視することが出来なかった。いつも何も感じていなかった、彼の顔、彼の声。だが今は、そんな彼の一挙手一投足が、私の心を乱してくる。


「…昨日もいったでしょ。少し疲れていたのよ」


「そういえばそうだったな。でも寝すぎは、あんま体によくないぞ」


そう言って、彼はテントから出ていく。


「(言えるわけがない。昨日は、ずっと貴方のことを考えていたから、寝るのが遅くなった、なんて。)」


ガヤガヤと外から音が聞こえてくる。外から漏れる音が気になり、私は、顔だけを外に出す。


ちょうど真上から指す、太陽の光が、私の目をくらます。時刻は、もう昼過ぎを回っていた。眩しい光に当てられながら、周りを見渡す。そこには、まだ昼だというのに、酒を飲みながら、談笑している集団。持ってきていたのであろう小さな笛筒で、音楽を奏でるもの。地面に坐りながら、チェス盤を睨め付けている二人組。そんな各々の方法で、休息日を満喫している姿があった。


…そして、そんな中には、獣人と人間が楽しそうに話し合っている姿もあった。行軍が始まって、今日で六日目。初日のような、種族間での重苦しい雰囲気はなくなり、和気あいあいとした、穏やかな空気が、この場を包んでいる。


こんな光景を誰が予想していただろうか。今回の行軍の目的と言われた、『獣人と人間の協力関係の構築』。最初に聞いた時は、何か別の意図があると疑ってはいたが、案外、上も本気でこの目的を達成しようとしているのかもしれない。


昨日、彼が言った言葉を思い出す。

「人間と獣人の溝なんて、そこまで深くないのかもしれない」。


そんな彼の言葉通りの様子が目の前に映っている。軍には、獣人と人間は、互いに関わりあわない、そんな空気が充満している。軍だけじゃない、社会全体が、そんな空気に包みこまれているのだ。しかし、私の目に映る今の光景は、そんな息苦しい世界に差した、僅かな光のように思えた。


私は、テントの中に頭を引っ込める。そして、着ていた服を着替え、再び、テントの外に出る。昼過ぎまで寝てしまっていたのだ。当然、喉も乾いているし、腹の虫も鳴りやまない。取り敢えず、何か食べたいと思い、私は、配給を受け取りに向かった。


受け取った配給を食べ終わり、今日は何をして過ごそうかと考えていると、聞き覚えのある声が、私の耳に届いた。


「やったー!また、私の勝ちね!さぁ、さぁ、あんた達、賭けたもの早くだしなさいよ~」


そこには、人間から硬貨を巻き上げて、楽しそうに笑いながら、橙色の尻尾をぶんぶんと揺らす、獣人の少女がいた。カシナだ。よほど勝っているのだろう。少女の持つ小さな皮の袋は硬貨でパンパンに膨れていた。


対照的に、彼女から負け続けたのであろう、二人組の人間の男達は、しぼんだ皮袋を片手に、肩をすくませて、落ち込んでいるようであった。


私は、彼女に話しかけようとし、近づいて行った。そこで、その二人組の男の一方、黒い髪をした若い青年に気がついた。


―彼だ。

※ここでの「揺らぎ」は、

まだ“恋”とは呼べないものです。


次の回はいつもより長くなるかもしれません。ごめんなさいですm(_ _)m

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