変わってしまったはずの人
※本話は主人公視点です。
四年ぶりに会った彼女の姿は、驚くほど変わっていた。
綺麗に手入れされていたはずの長い銀色の髪は、今ではぼさぼさで、ところどころ枝毛が目立つ。それを無造作にヘアゴムでまとめている姿は、孤児院にいた頃の面影をほとんど残していなかった。
あの頃、彼女が見せていた光のような笑顔は、もうそこにはない。
張り付いているのは、真っ黒な瞳と同じ、闇のような能面だった。
彼女がなぜ軍に志願したのかは分からない。
彼女なりの正義感か、使命感か――理由を知る前に、彼女は孤児院を去ってしまった。
再会した今でも、その疑問は胸に残っている。
だが、今の彼女の姿を前にして、その問いを投げかけることすら躊躇してしまう。
離れ離れになっていた四年。
彼女がどんな思いで軍に身を置き、どんな戦場を生き抜いてきたのか。
どんな光景を、その目で見てきたのか。
想像できてしまうからこそ、怖かった。
彼女が見てきた地獄を、自分が覗いてしまう気がして。
「……勝手についてきといて、本当に情けないよな」
思わず漏れた独り言に、返事が返ってきた。
「何が情けないんだよ?」
驚いて振り返ると、そこにはキースが立っていた。
「別になんでもねぇよ。それより、なんでここにいるんだよ。キース」
「何でって、友達を誘って一緒に飯でも食おうと思ったらさ。獣人様と一緒にいるお前が見えたから、遠慮して端で待ってたんだよ。……それ、お前またそれ食ってんのか?」
「あいつと同じこと言うんだな。それより、待ってたなら一緒に来て食えばよかっただろ」
「獣人様と一緒に? 無理だろ。お互い、いがみ合ってるだろ。それに、一緒にいた銀髪の獣人の子……獣人部隊のエース、リー・アイリスだろ?」
「誰だろうと関係ないだろ。獣人だろうが、部隊のエースだろうが」
「獣人用の配給を平気で食ってるお前には、そうかもしれないけどな。普通のやつは、色々気にするんだよ」
本当に、心底どうでもいいと思った。
獣人だからどうだとか、人間だからどうだとか。
孤児院にいた頃は見えていなかった、種族の違いという深い溝。
種族が違うだけで、互いに互いを見下す、この世界。
特に軍に入ってからは、それが顕著だった。
いや、軍だけじゃない。自分が見えていなかっただけで、社会全体では当たり前のことなのだろう。
だから、彼女も距離を取るのだ。
社会では、獣人と人間は関わらない。それが“常識”だから。
――それでも。
そんな当たり前の社会の常識なんて、自分にはどうだっていい。
自分にとって重要なのは、彼女だけだ。
あの頃、まぶしかった存在。
彼女だけが、今の自分を形作っている。
……だが、その彼女は、もういない。
――いや、もういないと、諦めてしまっているだけなのかもしれない。
「そういえば、もう聞いたか?」
沈黙を察したのだろう。キースが話題を変える。
「次の任務、人間部隊と獣人部隊での長期行軍らしいぜ」
「長期行軍?」
「二人一組でタックを組まされて、西方の山岳地帯にある拠点要塞まで移動するんだとさ」
「西方……? 前線から一番遠い拠点だろ。わざわざ行く意味があるのか?」
「さあな。上の考えることなんて、俺たちには分からないだろ。命令されたことを守るだけだよ。とはいえ、獣人と組まされるとは思わなかったけどな」
「……確かに。任務とはいえ、いつもと様子が違うな」
帝国は海に面し、三つの国に囲まれている。
西には山岳地帯を越えたダリア共和国。
南には自由国家都市スータン。
そして東には、現在駐屯しているハリス連邦。
帝国が抱えている戦線は、スータンとハリス連邦の二つ。
その維持と突破こそが、今の軍の最優先事項だ。
そんな状況で、西方へ兵を動かす意味はほとんどない。
しかも、人間だけでなく、戦闘力の高い獣人部隊まで連れていく理由が見当たらなかった。
――あるとすれば、下には知らされていない別の目的があるのだろう。
いつものことだ。
キースの言う通り、俺たちは与えられた役割を全うすればいい。
――何も考えず、命令に従え。
それが軍人の役割であり、使命だ。
湧き上がる疑問を振り払い、思考を止めて席を立つ。
「もう行くのか? 俺が食い終わるまで待っててもいいんだぜ」
「自分の分は食べ終わった。人の食事を待つ理由はない」
「相変わらず冷たいなぁ」
軽口を受け流しながら食器を片付け、食堂を後にする。
キースとは、同じ人間部隊の所属で、訓練生の頃から一年近く一緒にいる。
向こうは友達だと言ってくれるが、その距離感が、いまだに分からなかった。
友達という関係。
その距離、その接し方。
自分には、どうしても掴めない。
これまでにも、関係を深めようとしてくれる人はいた。
それでも、踏み込まず、ただの知り合いのままで終わらせてきた。
理解できた関係は、家族――そして、姉弟だけだった。
だが、その関係も、アイリスが孤児院を出て行った瞬間に終わった。
再会した今でも、終わった関係に、みっともなくしがみついている。
哀れで、不格好で、醜い自分を自嘲しながら、俺は自室へと戻った。




