役割を降りた日
私は、抱いた悪い予感を胸に、人間部隊が待機している後方へと向かった。
後方へ着くと、何人かの人間が横たわっていた。おそらく、最初の銃撃の流れ弾を受けたのであろう。怪我をしている者、そして、倒れたまま動かなくなっている者。…… 死人だ。
私の焦りは、さらに強くなる。胸の奥で、不吉な芽が膨らんでいく。
そのざわめきの中で、あることに気づく。
……人間部隊の数が少な過ぎる、と。
今この場にいる者、怪我人や死者を除いても、元の50人の半分程しかいない。
「(他の人間は何処へ行ったの?)」
不安が膨らむ。
そこに見知った顔がいたのを見つけ、駆け寄る。
「貴方、たしか、キースって言ったわよね」
「……!……はい。」
金髪の人間、キースは、私の顔を見て驚いた表情をした。そして、その表情は直ぐに曇った。その表情が、私の不安感。嫌な予感を予言しているかのようであった。
しかし、そんな事を気にしてはいられない。
「貴方は、彼と一緒じゃなかった?」
「……はい。……一緒に行軍していました。」
「彼が、今何処にいるか知っている?後方に来てから、一度も見ていないの。それに、人間の数も少ないし…。一体何があったの?」
「……」
キースは、何も答えない。自分の胸のざわめきが酷くなる。自分の懸念が、悪い予感の、その答が、彼の沈黙に込められているようで。
それでも、聞かずにはいられない。焦り混じりの声色で、もう一度、キースに質問する。
どうか、どうか、自分の不安感を、この胸のざわめきを否定してくれと、願う様に。だが、
「……彼は何処?」
「……彼は、……あいつは、……脚を負傷して、…………そのまま、行方不明です……」
――私の抱いた悪い懸念が現実と化した。
「行方……不明……?」
キースの言葉を聞いて、私は固まる。
「……はい。あいつを最後に見たのは、……脚を撃たれて、蹲っていたところで……」
「……何で、……何で助けなかったの⁉︎ 彼が倒れているところを見たんでしょう⁉︎ なら、なら……助けなさいよ!」
「すみません……、すみません……」
「貴方は、彼の友達何でしょう⁉︎ じゃあ、彼を助けなさいよ!私、言ったわよね、よろしくって!なんで、……なんで、こんな……」
感情が溢れて止まらない。目の前のこの男を殺してしまいたいと思うぐらい。
なんで、助けなかった。なんで、見捨てた。お前は、友達なんだろう?ならば、ならば……、と自分の頭の中が怒りに支配され、奥歯を噛み締める。
「すみません……、銃撃が起きて、みんながパニックになってて、……それで、仲間が目の前で倒れていって、……俺も逃げる事が……精一杯で、……それで、それで、……すみません、すみません」
キースは、蹲りながら、謝り続ける。まるで、懺悔をするかのように。私に、ではない。おそらく、彼に。そして、彼を見捨てた自分自身にだ。
理解している事だ。戦場では、自分の命が最優先になる。どんなに見知った顔が、戦闘中に倒れても、それに構っている暇などない。助けようしたら、次は、自分がそうなるのだから。だから、戦場では、まず自分の命を守ることが必要なのだ。……私もそうしてきた。生き残る為に、死なない為に、仲間がどれだけ倒れようとも、それを気にせず、自分の命だけを守り、……時には、見捨てた。戦場で、生き残るとは、そういう事だ。今回だって、その例に、もれない。キースが彼を助けようとしたら、キース自身が死ぬかも知れないのだ。
「それでも、助けてよ……」
そんなキースの姿を見下ろしながら、声にならないはずの呟きが、言葉となって口から漏れた。キースに、こんなことを言う資格なんて、私にはない。怒ることも、軽蔑することも、苦言を呈することも、私はキースにしてはいけない。今まで、自分がしてきたことを棚に上げして、どの口で、その言葉をほざく。それを言っていいのは、少なくとも、血肉を纏い、どんな手段を使ってでも生き残ってきた、この薄汚れた自分ではないはずだ。
自分の醜さを諫め、キースに再び声をかける。
「ごめんなさい。私も動揺してしまって。貴方を責め立てるつもりはなかったの。ただ、彼の居場所を知りたくて。……本当にごめんなさい」
その言葉を残して、私はその場を立ち去る。これ以上、この場に居るのは、つらい。
周りには、多くの人間が沈んだ顔つきで、行軍の出発に向けて待機している。彼だけではないのだ。人間部隊は、怪我人も死者も出ている。それに行方不明者だって多い。
この場に居るだけでも、自責の念で、自分が潰れてしまいそうだ。
……この惨状は、
――私が選択を誤ってしまった結果なのだから。
前方の獣人部隊がいる方向へ歩きながら、考える。
「(全部、私のせいだ……)」
私があの時、あの違和感の正体をもっと早く掴めていたら。掴めていなくても、それを報告していたら。無意味なたられば、何度も考えてしまう。頭では分かっている。あの状況で、獣人部隊の誰もが決定的な違和感を掴んでいなかったのだ。この状況は、必然だったのかも知れない。
だが、今の私は、それを割り切れない。その犠牲に、彼が含まれているからだ。
……私の判断が、彼を殺したかも知れない。
彼への罪悪感、自身への失望。そんな感情が、延々と心の奥から湧き出てくる。でも、それ以上に、
――彼にもう会えない。
その思考が、私を絶望の底、そのさらに下へと落とす。
目の奥が熱くなる。手が震える。意味もなく、全身から汗が吹き出る。彼にもう会えない。そう考えるだけで、今までの自分が壊れるような、自分の根本が消えるような感覚に陥る。
何故こんなにも、感情が揺れる?何故こんなにも、手に、足に力が入らなくなる?人が死ぬことなんて、戦場では、当たり前だった筈だ。そう切り捨ててきた筈だ。
なのに何故……?
そんなの決まっている。
彼が特別だから。彼のことが好きだから。彼の声、彼の瞳、彼の横顔。そして、いつも心配してくれる、その優しさ。その全てが、私は好きだ。私を、見てくれる。獣人であろうと関係ない。ただの『自分』を認めてくれる。私を独りにしないでくれる。そんな彼が好きだから。
だから……失いたく無いのだ。彼を。
前方部隊に戻る足が速くなる。
キースは言った。行方不明だと。ならば、まだ生きている可能性はある。
人間部隊に行方不明者が何人も出ているのは、おそらく最初に撤退命令が出されたからだ。獣人部隊は、その後、直ぐに戦闘が始まった為、撤退した者はいなかった。だが、後方にいた人間部隊は、その指示を聞いて、撤退したのであろう。この行方不明者の多さは、その伝達ミスにある。獣人部隊と人間部隊で、指示後の状況に相違があったのだ。
おそらく、これから人間部隊の行方不明者の捜索が始まるだろう。そして、私もそれに参加する。彼が生きている可能性が少しでもあるのなら、じっとなんてしていられない。それに、キースは、彼が銃弾を脚に受けたと言っていた。それならば、一刻も早く、彼を見つけ出さないといけない。いくら生きていたとしても、適切な処置をしなければ、死亡のリスクが跳ね上がる。
「(早く見つけに行かなきゃ……)」
はやる気持ちが、私の体を突き動かす。
「ダメだ、認められない」
ライオンの将校、つまりはこの行軍の指揮官は、無慈悲に私の提案を却下する。
「……っ、何でですか!人間部隊の多くが行方不明になっているんですよ⁉︎ 今すぐに捜索に向かうべきです!」
「行方不明者は、基本、死亡扱いだ。生き残っている者がいるとしたら、既に、部隊合流している筈だからな。それに、例え、捜索部隊を向かわせるとしても、その部隊に貴官を含めるわけにはいかない」
「何で、ですか……」
「先の襲撃が、また起こらないとも限らないからだ。貴官の戦闘能力は、並を外れている。獣人部隊のエースとも呼ばれる事にも納得だ。この先の行軍でも、貴官が必要となるだろう」
「私は、…普通です」
「……自身でどう思っていようとも、私は貴官を賞賛する。あの状況で、敵を殲滅出来たのも、貴官の統率力があったからだ。だから、そんな人材を、ただの人探しに使うわけにはいかない」
「…私以外にも、優れた兵士はいます。だから、」
「ダメだ。貴官の替えはいない。それに、襲撃で何人かの獣人が負傷、そして、5名が死亡している。この状況で、さらに戦力を減らす事は出来ない」
「しかし――」
「くどいぞ。これ以上は何も言わせるな。この行軍の全ての指揮権及び命令権は、私にある。それに歯向かうなら、抗命違反として、軍部に報告するぞ。」
「……分かりました」
指揮官は、鋭い眼差しで、私を睨め付ける。その目と、抗命違反という言葉に、萎縮するが、
「(抗命違反?……そんなのどうでもいい。)」
指揮官は、部隊を向かわせるといったが、それでは間に合わない可能性がある。他の人には、任せられない。
これは、私の判断ミスが引き金なのだ。ならば、その尻拭いぐらい己でする。例え、この行為が軍に背く事だとしても、軍法会議で裁かれることになろうとも、彼の命には変えられない。
「(だから、私が――)」
――彼を救う。
その時、私は初めて、『兵士』という役割を放棄した。




