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第18話 世界の牢獄と、君が遺した脱出経路

ドンドンドンッ!

玄関のドアが、叩き壊さんばかりの勢いで乱打される。野太い、怒声に近い男の声が、僕らの鼓膜を突き破った。

「警察だ! 中にいるのはわかっている! 開けなさい!」


万事休す。

僕と鈴木は、綾瀬凪の部屋の真ん中で立ち尽くしていた。窓の外は三階。飛び降りれば、僕の折れていない方の腕も、足も、ただでは済まないだろう。玄関からは、今にも警官たちがなだれ込んでくる。僕らは、袋のネズミだった。


「先輩……どうします……」

鈴木の声は、絶望に震えていた。僕だって、同じ気持ちだった。不法侵入に、窃盗未遂。捕まれば、もう二度と、この謎を追うことはできなくなる。世界の作者の思う壺だ。


その、絶体絶命の瞬間。

僕が抱えていた凪のノートパソコンの画面が、ふっと、彼女の『抵抗の記録』から、別の画面に切り替わった。

それは、このマンションの見取り図だった。そして、僕らがいる302号室が、赤い点で示されている。


なんだ、これは。


僕が画面を凝視していると、見取り図の上に、凪の筆跡を模したような、タイプライター風の文字が、一文字ずつ打ち込まれていった。


『逃げて』


凪?

いや、違う。このパソコンは、もうネットには繋がっていないはずだ。これは、凪のゴーストなんかじゃない。彼女が、生前に、この状況を予期して、僕らのために遺してくれた、最後の罠であり、最後の道標だ。


文字は、続く。


『ベランダ。隣の部屋との隔て板。蹴破れる』


僕は、はっとしてベランダへ続く窓へ駆け寄った。そこには、ごく普通の、何の変哲もないベランダが広がっている。そして、隣の301号室との間は、一枚の薄いボードで仕切られていた。『非常時の際は、ここを破って隣戸へ避難できます』という、よくある注意書きのステッカーが貼られている。


「鈴木! こっちだ!」


玄関のドアを破ろうとする、さらに大きな音が響く。もう、時間がない。

僕は、パソコンを鈴木に押し付け、ありったけの力で、その隔て板を蹴りつけた。バリバリッ、というけたたましい音と共に、ボードは案外あっさりと砕け散る。


僕らは、その穴を潜り抜け、隣の301号室のベランダへと転がり込んだ。幸い、その部屋の窓には鍵がかかっておらず、僕らは静かに室内へと侵入することができた。

部屋の中は、がらんとしていた。家具も、生活感も何もない。空き部屋だ。


僕らは、息を殺して、玄関のドアスコープから廊下の様子を窺う。

やがて、302号室のドアがこじ開けられ、数人の警官が部屋の中へとなだれ込んでいくのが見えた。僕らの心臓は、破裂しそうなくらい激しく高鳴っていた。


数分後。警官たちは、誰もいない部屋を確認し、首を傾げながら出てきた。

「おかしいな、確かに人の気配があったんだが……」

「見間違いじゃないのか?」

そんな会話を交わしながら、彼らは階段を降りていく。


僕らは、その場にへたり込んだ。助かった。かろうじて、最悪の事態は回避できた。


「……凪先輩は、ここまで読んでいたんですね」

鈴木が、震える声で言った。

「俺たちが、彼女の部屋に侵入することも。警察が来ることも。そして、この脱出経路があることさえも……」


そうだ。彼女は、ただ無力に殺されたわけじゃない。彼女は、自分が死んだ後のことまで、この物語がどう進むかまでを、完璧に予測していたのだ。そして、僕らがこの謎を解き明かすためのレールを、命がけで敷いてくれていた。


僕の腕の中で、ノートパソコンの画面が、再び切り替わる。

今度は、市内の路線図が表示されていた。そして、一つの駅名が、赤く点滅している。


杉戸高野台すぎとたかのだい


それは、僕の住む街から、電車で数駅離れた、何の変哲もない住宅街の駅だった。


画面には、再び、文字が打ち込まれる。


『天音カケル。彼の実家』


『彼の部屋に、全ての答えがある』


『でも、気をつけて』


『あの部屋は、“作者”が作った、最も危険な“聖域”であり、“牢獄”だから』


僕と鈴木は、顔を見合わせた。

天音カケル。

凪が遺した、最大の謎。世界の作者が、最も存在を消したがっている少年。

彼の部屋に、全ての答えがある。


警察の追跡を振り切った僕らに、迷いはなかった。

僕らは、夜の闇に紛れて、その空き部屋を抜け出した。向かう先は、ただ一つ。


世界の真実が眠るという、杉戸高野台へ。

そこが、どんな危険な場所であろうとも、もう、僕らは引き返すことはできなかった。

これは、僕らだけの戦いではない。綾瀬凪の、遺志を継いだ戦いなのだから。

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