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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ミーシャと白の英雄

作者: 帆世静香

後半に性的描写れずがあるので、苦手な人は気を付けて。

これは、ミーシャが救われる物語。

白の英雄と再会するまでの物語。



挿絵(By みてみん)




ミーシャという少女は、もともと孤児だった。


幼いころ、彼女の暮らしていた島を飢饉が襲い、食べるものもなくなった家族は、やむを得ず彼女を手放した。――言い換えれば、親に売られたのだった。


土地がやせ細り、恵みの乏しいその島では、そうした話は決して珍しいものではなかった。


彼女は、都市部の貴族の家に召し上げられ、召使いとして働くことになる。物心がついたばかりの年で親に捨てられ、身分制の厳しい貴族社会の最下層で生きることとなる。嫌なこと、辛いことは数多くあったが、それでも精いっぱい働いた。


ミーシャは、与えられた仕事に真面目に取り組みながら、少しずつ文字を学び、礼儀作法を身につけていった。その働きぶりを、屋敷の主である貴族の男は時折目にしていた。


彼は、決して悪人ではなかった。


むしろ、勤勉で素直なミーシャを気に入り、出先にも積極的に連れていくほどだった。彼女が16歳になったころには、十分に与えられた食事のおかげもあってか、急速に体が成長し女の姿へと変わっていった。無垢な少女は、いつしか屋敷でも一目置かれる存在になっていたのである。


ある晩のこと。いつものように仕事を終えたミーシャは、主の寝室へと呼ばれる。


その意味を、彼女は理解していた。貴族の屋敷に仕えるというのは、そういうことなのだ。――むしろ、これまでそのような役目を課されなかったことの方が、特別だったのかもしれない。


男に抱かれ、耳元で甘く愛をささやかれる。親子ほどの年の差があり、ゴツゴツカサカサとした水分の無い枯れ木のような指が全身をまさぐる。ねばつく唾液が肌に触れる度、ぞわりと鳥肌が立ってしまうのを必死に隠した。延々にも感じられる夜の時間、ミーシャは心の奥にあった拒絶の感情を押し殺し、ただその時を耐えていた。



だが、次の瞬間。扉が激しく開かれる。壁にかかる高価な絵画が床に落ち、ガラスをまき散らして砕ける。


眩い光に目がくらむ中、鬼の形相をした夫人が立っていた。年老いたその女の手には、鋭い光を帯びた果物ナイフが握られている。


「この売女がァァ……殺してやる゛゛……!」


夫人は絶叫しながら、ナイフを振りかざしてミーシャと男に襲いかかってきた。

夫人はすでに五十を過ぎており、年々情緒不安定さが増していた。男はそんな妻を疎ましく思い、次第に距離を取っていたが、それが彼女の心をさらに深く傷つけていたのだ。老いる自分をあざ笑うように、急速に女へと変貌していくミーシャが憎かった。


その怒りが、この夜、男の寵愛を受ける姿を目撃したことで、ついに爆発したのだった。

召使いたちが駆けつけ、夫人はその場で取り押さえられる。乱心、として内密のうちに事件は処理された。貴族社会において、身内の醜聞は絶対に秘密にしなければならないのだ。


そして、この屋敷にミーシャの居場所は、もう残されていなかった。

翌日、彼女は肌着一枚の姿で、屋敷を追われた。ミーシャを疎ましく思っていたのは夫人だけではない。長く勤めていたほかの召使も加担し、ミーシャは私物の1つも持ち出すことは赦されなかった。


再び一人となったミーシャは、遠く離れた田舎の村に流れ着き、細々と孤児院の手伝いをしながら、何とか暮らしをつないでいた。その村での生活は決して豊かではなかったが、彼女は持ち前の優しさで、孤児たちの間ですぐに人気者となる。とくにミロという小さな女の子は、まるで姉に甘えるように、ミーシャによく懐いていた。


孤児のみんなで作った大切な孤児院も、大好きな人がいっぱいいる村も、すべて、湖から這い出てきた化物によって壊されてしまった。




——物語を、このあたりから始めようか。——




私の名前はミーシャ。

火山と氷に覆われた島の外れ、ラウガルフェルト湖に面した小さな村で孤児院のお手伝いをしています。最近、私たちの村では奇妙なことが立て続けに起こっているんです。


村が面しているラウガルフェルト湖には、昔から大蛇が棲むという言い伝えがありました。もちろん、そんな大蛇は見たことがないですし、子供が湖に勝手に行かないように言い聞かせるためのおとぎ話だと思っていたのです。


しかし、ここ最近になって、急に大蛇を見たという人が現れました。湖に浮かべている船が次々に壊されたり、沈められたことから、本当に化物がいるんじゃないかって噂になっています。

それだけじゃなくって、村の周りを囲むように、透明な壁ができてしまったんです。手で触れないと分からない壁が、ぐるりと続いていて、私たちは閉じ込められてしまいました。



その時、湖に続く森のほうから、「ドォン」と地鳴りのような音が聞こえた。

空気が一瞬止まり、次の瞬間、誰かの悲鳴が村中に広がっていく。


「逃げろーッ!湖の化け物だ!」


数人の男たちが、森のほうから飛び出してきます。顔は蒼白で、道端にいた子どもたちを抱えるようにして転がるように逃げてくるその様子に、私は背筋が凍る思いがしました。


地鳴りはますます大きくなり、遠くの木々が一本、また一本と倒れていくのが見えます。その間を、粘液を撒き散らしながら這いずってくる、得体の知れない異形の怪物たち――。


ラウガルフェルト湖から出てきた化物の群れが、村を襲ってきたのです。


それは、大きなもので人間の背丈の三倍以上もある巨大なナメクジのような姿でした。無数の触手を持ち、体はぬらぬらと粘液に覆われています。中でも一際大きな一体は、全身に金属のような鱗を纏い、鈍い光を放っていました。


――孤児院の子たちが危ないッ


私は真っすぐに孤児院へ駆け戻り、子どもたちを一人ひとり手を引いて外へと連れ出しました。すでに大半の子たちは別の大人に連れられて逃げた後でしたが、まだ残っていた数人を近くの畑の道へと送り出します。


「走って!西の城を目指すのよ!迷わず走るの!絶対に振り返らないで!」


子供たちを送り出し、急いで村の家々を確認しに走ります。

特に外れの方の家には、足腰の悪い方が何人かいたはず。


確認を終えて、私も避難に向かおうと走り出したその時、私の背後から声が聞こえました。


「……ひゃっ……ひゃい……ッ」


微かに、耳慣れた声が聞こえてきました。

振り返った私の視線の先にいたのは、ミロでした。


孤児たちの中でも特に私になついていた、あの小さな女の子。さっき確かに先に逃がしたはずなのに――。


「ミロ!? どうして戻ってきたの!」


「……こわくて……ひとり、いやで……っ」


彼女の頬には涙の跡があり、小さな肩はぶるぶると震えていました。私は彼女を強く抱きしめ、その手をぎゅっと握り直します。


「大丈夫。絶対に守るから、今度こそ一緒に行こう」


ミロの手を引いて、私は走り出しました。


向かう先は、村の西端、湖沿いの渓谷で関所としてつくられた古い城です。私たちが行くことはほとんど無かったけれど、あそこは石造りで、丈夫な門があります。うまくいけば、避難している人たちや兵士の方がいるかもしれない。


走っている間にも、後方からは粘液の音と、潰された建物の悲鳴のような音が絶えず聞こえてきます。森のあたりはもう、完全に奴らに覆われてしまったのでしょう。


「もう少し……あと少しだけ、がんばって……!」


ミロは小さな足で必死についてきてくれました。時折つまずきそうになりながらも、私の手を絶対に離さなかった。


その姿に、胸が締めつけられるような気持ちになります。


――絶対に、絶対に守る。そう決意しながら、私たちは必死に湖沿いの道を駆け続けました。


でも、私は間に合わなかった。

すぐ後ろまで迫ってきた化物を見て、ミロが恐怖から固まってしまいました。小さな体を抱きかかえて、必死に走ったのですが、私の腕も足も限界でした。


「キャッ…!」


伸びる触手に足を掴まれ、あまりにも悍ましい口に飲み込まれたのです。



私は、そこで命を落とした——はずでした。


倒れゆくその瞬間、私は何を思ったのだろうか。思い出すことはできない。

痛みよりも、悔しさよりも、幼いミロを守れなかった後悔が胸を締めつけていた気がします。


もし次があるなら、私は。




唇を噛みしめ、意識が闇に溶けていくはずのその時、不意に景色が変わったのに気が付きました。

気がつけば、石畳が続く、どこか異質な空間に投げ出されていたのです。


そしてその腕の中には、確かなぬくもり――ミロの息づかいが、今もそこにあった。

何が起きたのか分からないが、少なくとも生きている。私もミロも生きていた。それだけで涙が止まりませんでした。


「ミロ…痛いとこはない?」


「ふぇぇ…うぅぅ」


私たちは、抱き合ったまま呆然と立ち尽くしていました。地下牢のような空間の中で、ただ震えることしかできずに。


そこへ、二人の人影が近づいてきました。


一人は真っ白な服とマントを纏った黒髪の女性。もう一人は、深い皺と立派な髭を蓄えたおじいさんでした。どちらも腰に刀を差していて、異国の言葉で話し合っています。内容は分かりませんでしたが、時折こちらを見ながら話していることから、きっと私たちのことを話しているのでしょう。


女性のほうが、少しだけこちらに近づいてきました。けれど、私たちは怯えて、思わず悲鳴を上げてしまいます。ミロをぎゅっと抱きしめ、後ずさりながら、必死に守ろうとしました。


でも、その女性は足元に武器を置き、膝をついてゆっくりと声をかけてきました。敵意がないことを、必死に伝えようとしているのがわかりました。言葉は通じなかったけれど、その声には優しさがありました。


私は、その目を見てしまったのです。冷たい地下の中で、その目だけが温かく感じられました。ああ、この人は、本当に私たちを傷つけようとはしていない。そう思えたのです。


しばらくすると、彼女は距離を取り、連れのおじいさんと話し始めました。あの時、私はただ祈るような気持ちで、娘の髪をなでていました。どうか、この場所から出られますように。どうか、また、朝の光を見ることができますように。


やがて、彼女は何かを決意したように立ち上がり、まるで空間そのものを裂くように、壁に斬りつけました。目を疑いました。何もなかった壁に、ぽっかりと空間が開いたのです。


そして――彼女とおじいさんはその闇の中に消えていきました。


ミロが私の腕を引っ張りました。「行こう」と、目で訴えていました。怖くて震えていたけど、ミロの精いっぱいの勇気でした。このままここにいても、きっと何も変わらない。


だから、私はミロの手を握りしめ、恐る恐るその裂け目に足を踏み入れました。



光が戻った時、そこは森の縁でした。

空気は冷たく、でも、どこか懐かしい匂いがしました。ミロも、私の腕の中で息を呑みながら周囲を見回しています。


その先に、さっきの女性が立っていました。彼女はこちらを見て、嬉しそうに名前を名乗ってくれました。ほ、よ。ほよさん?そう聞こえました。


「ほ……よ。私はミーシャです。みー、しゃ」


言葉は分からないけれど、私も答えました。名前を、伝えたかったのです。


「この子は、ミロです。み、ろ」


彼女はにっこりと笑いました。その笑顔は、太陽のようにあたたかくて、つられて私も、ミロも初めて笑ったのです。


でも、その幸せは長くは続きませんでした。

湖の方を見た瞬間、私は凍りつきました。


「あ……ラウガルフェルトの化け物が来ます!逃げないと!」


辺りを見渡すと、ここは村から少し離れた湖の淵でした。


私達の村を襲い、あまつさえ私達を食った化物の顔がフラッシュバックしたのです。村を、家を、子供たちを踏み潰したあの大きな影が、鱗を纏った巨大なドラゴンのような、ナメクジのような異様な化物の姿です。


私は叫びました。でも、言葉が通じない。どうすれば、逃げるように伝えられるか。

必死に身振り手振りで、急いで逃げるように訴えました。


そんな私の焦りを感じ取ったのか、ほよさんが、私の肩をそっと抱いてくれました。目を合わせて、真剣な表情で、前に出ました。


そして――


ゴウッ!!!


その瞬間、彼女の手から太陽のような光が現れて、湖の方へ転がっていったのです。

まるで神話の中の女神のように、彼女は、湖に向かって魔法を放ったのです。


ドォォンッッ!!!


湖が爆発し、水しぶきが天に届くほど吹き上がりました。

私はただ、呆然と見ていました。私たちを包み込むような、あたたかく、そして強い力。


その時、静香さんが振り向き、私の目をじっと見て言いました。


「大丈夫。私、強いんだから。」


聞き取れはしないその言葉に、私はうなずくしかできませんでした。

この人なら――この人となら、きっと、助けてくれる。


焼け焦げた草木、湖から立ちのぼる白煙。空からは水のしぶきが雨のように降っていました。


私は信じられない気持ちで、その人――帆世さんの手を握り返していました。さっきまで私は、恐怖で声も出せなかったのに。今は、魔法を使ったような感覚さえ残っている。きっと、あの人が見せてくれた「力」が、私の中の何かを変えたのだと思います。


ミロの手を握り直し、帆世さんと一緒に歩き出します。森の中は静かで、枯葉の絨毯を踏むたびに、ザッ、ザッと音が響きます。やがて見覚えのある道に出ました。私は、村へと続く道を指さして「そろそろ村に着きます」と呟きます。


坂を登り切った先、視界が一気に開けました。


――そこに、かつての村はありませんでした。


ただ、壊された家々と、乾いた粘液の痕。あのナメクジのような化物が、村を踏み潰していったのだと、すぐに分かりました。


「みーしゃ……」


ミロが震えながら私にしがみつきました。私も膝が崩れそうになりました。でも、泣いている暇はない。今ここに、あの人たちがいる。守られている。なら、もう、私は逃げない。


帆世さんに支えられながら村へと降り、私たちは家の影に潜んでいた魔物と対峙しました。師匠と呼ばれているお爺さんが、一瞬でそれを切り伏せたのを見て、伝承通りの剣聖が実在したのかと驚きました。


そして、その方が私に、木でできた杖のような武器を渡してくれました。


「ミーシャ、やってごらん」


私は、頷きました。

ミロを守るために。村のみんなのために。あの湖の主に、もう怯えたくないから。


新しく捕まえてきてもらった、小さめの化け物を相手に戦いました。

がむしゃらに振り下ろした木刀の先に、確かな手応えがありました。やがて、ぐったりとした魔物が足元に転がります。


「私、やったのね…」


涙がこぼれました。でも、それは恐怖の涙ではありませんでした。

そのとき、村の奥からまた、何かが壊れる音が聞こえてきました。ほよさんはすぐに動きました。


「二人をお願いします!私は先に様子を見てきます!」


そう言って、軽く手を振ると、一瞬で城のある方へ消えていきました。


その後、刀を持つおじいさんと一緒に城を目指して歩きます。道中現れる化物は、おじいさんが全て斬り払っていきました。


しばらく歩き、城が見えてきました。そこは、この世のものとは思えない…地獄のような光景でした。

城壁にはびっしりと、人間二人分ほどの大きさのナメクジが這いあがっていて、城壁の上にいる人と戦っていました。


ギャリリリリ……!


鉄が軋む、聞いたことのない音が耳を裂きます。目を向けると、湖の主――ラウガルフェルトの竜と呼びます、それが、巨大な身体をくねらせて城門を削っていました。ヤスリのような舌が、鉄の扉を削っているのです。


「まずは、ミーシャちゃん!乗って!」


ほよさんにそう叫ばれた瞬間、私は戸惑いの声を上げながらも抱き上げられました。

城門が襲われ、城に入ることを諦めていたのです。しかし、ほよさんは私をおんぶすると、そのまま城壁を飛ぶような速さで駆け上がっていきました。


「ひっひゃあああ!」


内臓がひっくり返り、自然と絶叫してしまいました。

城壁の上に辿り着くと、兵士の方が目を丸くして私達を見ています。


「私は村のミーシャです!この方は私達を助けてくれた人なんです!」


私は必死に兵士の方に説明しました。

そうしていると、今度はミロをおんぶして連れてきてくれたのです。


GGYAAOOOOOOO——!


城の下で、竜が大気を震わせて咆哮を上げています。

師匠と呼ばれるお爺さんが、あの金属の鱗をまとったドレーキに立ち向かっていました。剣の光が稲妻のように走り、爆発のような轟音が響く。まるで夢を見ているようです。人が、あんな大きな怪物に立ち向かうなんて。



「全員ーー、注目ッ!!」


咆哮に負けないほどの迫力で、ほよさんが声を張り上げました。

城壁にいた全員が、一瞬手を止めて彼女の方を見ます。


「この場は、私が受け持つ!」


その声は、谷全体に響いた。あんな小さな体のどこに、あんな力があるのだろう。

銀色に輝く剣を天に向かってかかげ、その剣先を私達一人一人に向けて目を合わせていく。

全員に話しかけているのだ——言葉は分からなくても、そう理解できた。



「よく今まで闘い抜いたッ。この場は、私が受け持とう。」

「ミーシャ、ミロ、さっきの兵士さん、そこの槍の方、カマを持つ人。」


私の名前だ。


「この場は私が受け持つ。貴方たちには、右半分を守って欲しい!」


彼女が掲げていた剣が、滑るように水平に動き、反対側の城壁を指さした。

どうやら、私達全員で、城壁の半分を守るように言っていたのだと思いました。たしかに、横に長い城壁の全てを守るには、今は人手が全然足りていない。


「そんな、しかし、我々はここを守らなければならないのだッ」


隣にいた兵士長さんが、そう呟くのが聞こえました。

この人たちは、ほよさんの強さを知らないんだ。だから、彼女に任せるという決断ができずにいたのです。


私が説明しなきゃ——そう思った瞬間、日光が遮られ、急に視界が暗くなりました。


~~ビヨン!


ついに、壁を登ってきていたナメクジが、空中に飛び上がってほよさんに襲い掛かったのです。

その大きさは3mほどもあり、小柄なほよさんの体を覆い隠すようでした。


「キャーッ」


斬ッ!!!


誰かの悲鳴が響いた矢先、ほよさんが振り返りながら、刀を真横に一閃します。ナメクジの腹を両断し、独楽のようにくるりと回転すると、そのままナメクジを壁下に蹴り落としてしまいました。


太陽を背に、純白の姿で剣を振るう様は、天が遣わした天使の様に輝いて見えました。


「さァ、早く!!」


もう一度、彼女の声が響きます。

私の役目は、今だと思いました。「皆さん!ここは任せて早く移動しましょう!もう反対側を私たちが守るんです!早く!!!」


人生で一番大きな声を出したと思います。

周りの兵士の手をとり、無理やりにでも移動を始めました。視界の端で、ほよさんがにっこりと微笑んでいるのが見えました。


守る場所に到着すると、私たちは積まれた岩を持ち、壁を登ってくるナメクジ達に投げ落としていきます。これなら戦った経験のない私でも、少しは役に立つことができます。手の皮が剥がれ、血が滲んでも、少しでも大きな岩を投げ落とそうと必死に動きました。


反対側のほよさんは、垂直の壁を蹴って走り、次々に化物を叩き落していきます。

本当に翼が生えているんじゃないかと、そう思うような神々しい姿でした。


このまま勝てる!そう思った時、最も大きな化物、竜が咆哮を上げて空に飛びあがるのが見えました。


ブワッ!


巨大な翼から、とんでもない突風が叩きつけられたのです。

目もあけてられない突風でしたが、私はそんなことどうでもよかった。


「ほよさんーッ!!!」


壁を飛ぶように戦っていた彼女のことが心配だったのです。

城壁につかまって彼女の方を見ると、バランスを崩して化物の群れに飲み込まれるところでした。


3mほどあるナメクジが、何重にも重なっている、化物の海に飲み込まれるように消えていきました。


「いや、イヤーッ!やめて、そんなッ」


頭が真っ白になり、絶望が心を覆っていきました。

私が弱いから、こうして周りの人に守られるだけで。どうしてこの手は、人を救えないんだろう。


しかし、ほよさんは死んでなかった。

化物の海に飲み込まれても、まだ戦っていたのです。


ゴォウ!!


化物の中から、太陽のような炎の球が飛び出し、轟音を立てて爆発しました。

もうもうと煙が上がる中、全身粘液まみれになり、血を流したほよさんが出てきたのです。


あの粘液はまずい。鉄をも溶かす、強い毒性のある粘液なんです。

それを全身にあびたほよさんは、とても酷い状態に見えました。


私は急いで、ほよさんを城内に連れていきます。今の戦いでほとんどのナメクジは壁から剥がれて死にました。

竜も、あのおじいさんが戦い、撃退することができたのです。


「ここはよろしくお願いします!私は、怪我をしたほよさんの手当てをします!」


強く言い切ると、ほよさんの手をとって城に入りました。

城には地面から湧き出る温水が溜めてある、大きな浴場が在るのです。毒の粘液を全身に被ってしまったほよさんを連れて、その粘液を洗い流すために浴場を使うことにしました。


「石鹸と香水、着替え、手当の薬を準備してください!」


相手が城の召使だろうと、今の私は気になりません。矢継ぎ早に指示を飛ばし、きょろきょろしているほよさんの服を脱がせて浴場に連れて行きました。


浴場の使い方が分かるかな、と心配だったのですが、問題ありませんでした。


「あぁ゛~溶ける~溶けちゃう~。」


ほよさんは気持ちよさそうにお湯につかると、そのまま目を閉じてしばらく動きません。

早く洗い流さないと……いや、激戦で動くことができないのかもしれない。もしくは、体を召使が洗いに来るのを待っているのかもしれません。


浴場を使える貴族は、ほとんどの場合召使がお身体を丁寧に洗うことが通例です。

気が付かなかった自分が恥ずかしくなりました。薬効のある石鹸を受け取り、私も服を脱いでお湯につかります。


「あの、失礼します…」


石鹸を優しく溶かすと、ぬるぬるとした手触りにかわります。花と蜂蜜とみるくを混ぜた石鹸は、あまい香りを漂わせて髪や肌になじむのです。

それをほよさんの黒く艶やかな髪に、そっとなじませて洗っていきました。


丁寧に何度かお湯でとかすと、髪の毛がお湯にふわりと広がり、奇麗になったことがわかります。

ほよさんは眠っているのか、タオルを目の上においてスース―静かに力を抜いているようでした。


髪を洗い終わった私は、彼女の首すじから肩にかけて石鹸を広げていきました。

肌には、先程の戦いで着いた粘液が残っていて、それを洗い流すために何度も手のひらで撫でるように洗いました。


擦りむいたような傷跡も多く、触れる度に、微かに身をよじるように震えていました。


きっと痛いんだ……私たちのために全身を傷だらけにして戦ってくれたんだ。戦場では誰よりも勇敢で強く、白い英雄のようだった彼女。


こうしてお湯に使っている姿は、私と同じくらいの1人の女の子なんです。


「私たちのために……ありがとうございます。」



背中から、脇腹。脇腹から、腰。

ぬるぬるする粘液を、石鹸で滑らせて丁寧に撫で流していきました。


背中が終わると、次はお体の前に手を伸ばします。背中を丸めるようにお湯に浸かっているため、私は後ろから彼女を抱き抱えるように洗うしかありませんでした。


彼女の胸のあたりは、特に粘液が染み込んでいたようです。白く濁ったような粘液がこびりつき、皮膚を溶かして赤くしていました。


「こんなに……」


彼女は何もいいません。

しっかり洗い流すため、胸の周辺から洗い流していきます。その……敏感なところですので、できるだけ先端には触れないように、揉みこみながら、です。


ほよさんの体が強ばるのが分かりました。

普通、皮膚を容易に溶かす粘液を全身に浴びているのです。洗い流すだけでも、相当に苦痛なのだと思いました。


でも、できるだけ早く洗い流さないとーー


ついに、その双丘の先端に、指をかけました。できるだけそっと、刺激しないように指でつまんで粘液を取ります。


んっ...ひぅ...!


ほよさんが、噛み殺したような声をあげ、タオルを強く噛み締めていました。

しかし、先端についた粘液はお湯でかたまり、簡単には取れてくれません。何度か指の腹で擦った後、爪でひっかけるように少しずつ剥がしていきます。


んっ...あぁ!


カリカリ...ほよさんの体が小刻みにふるえ、これ以上取るのは難しいと思いました。石鹸をつけた手をお腹の方にうつすと、先程まで強ばっていた力が抜け、私の方に体を預けるようによりかかってきます。


その体を片腕で抱き、お腹、足と石鹸を滑らせました。彼女の息遣いを耳元で聞き、ハーッハーッと息を荒らげる姿が、大変失礼なのですが違った意味にも思えて、自分が恥ずかしくなりました。


深呼吸をして気持ちを整え、改めて足から太ももを洗っていきます。あんなに早く地を壁を駆けていたのに、その太ももは柔らかくすべすべとしていて不思議でした。


そして、最後。

本来は召使いでも洗い流すところではないのですが……


ほよさんの様子を見るに、今は動くことはできそうにありません。もう一度石鹸を手に取り、その足の付け根にそっと指を近づけました。


くちゅ…


指に触れたのは熱い粘液...お湯よりも熱いそれは、例の化け物の物ではなく...



バシャッ!!!



その瞬間、私の脳が何かを考えるよりも早く。

ほよさんが目にも止まらない早さで私の両頬に手を伸ばしました。


んっ!!!


それと同時に、その唇が私と重なり、口の中に火傷するように熱い舌が入り込んで来たのです。


バシャバシャ、私は驚いて手足を動かしたのですが、彼女は微動だにせず、私の口の中を蹂躙していきます。見た目にはんして、やはり力は私なんかよりはるかに強かったのです。


ちゅく...んあ...


ほよさんの瞳が薄く開かれ、私の目をあいました。

そこで、私の理性は外れてしまったのでしょう。恐ろしい体験、守られた安心感、申し訳なさ、感謝、色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり、最後に舌の上で痺れる快感に押し流されたのです。


いつしか彼女の体に抱きつき、自ら舌を絡めていました。1分、2分、どれほどそうしていたでしょうか。


気がつけば、ほよさんが目を回して意識を失っていたのです。はっと我にかえり、城の召使いを呼んで部屋にお連れしました。


その日、看病すると言い訳をして、すやすやと寝入った彼女の顔を眺めて夜を過ごしました。


翌朝、んん~!と元気よく目を覚ました彼女を見て、心から安心しました。


そのまま朝食をとり、城の兵隊と彼女たちを交えた会議が開かれました。内容は割愛しますが、彼女たちはあの壁を超えて先に進むというのです。


その壁の先には、一体何があるのでしょう。


言葉が通じない私に、身振り手振りで多くのことを教えてくれました。長い手紙をいただき、もし仮に誰かが来た時には見せるよう、旅立つその時まで私のことを心配してくれているのが分かりました。


そして、この村を救ってくれた2人は旅立ち、私たちは化け物に蹂躙された村の再建に取り組んだのです。


彼女を連れてきたこと、また彼女がしきりに私の事を言い残していたため、私が復興のリーダーとして動くことになりました。


今でも湖からは時々化け物が現れ、透明な壁の向こう側に恐ろしく大きな巨人が歩くのが見えるようになりました。


私も、私達も強くならなければいけません。

彼女はきっと帰ってくる。


その時までに、この村を守り、いつか彼女の隣に立てるように。



ああ、それから何ヶ月でしょうか。

その時は突然、前触れもなく訪れたのです。


「ミーシャ、ただいま。今度は言葉、わかるよね。」


蒼い空、緑の草原。

彼女は真っ白な服に身を包んで、輝く笑顔で立っていました。


「私はね、帆世静香。よろしくね。」





これは、出会いの物語。

今私がいる場所は、進化の箱庭第六層。


終わったはずの人生の新たな始まり。長い長い冒険の幕開けであり、【白の英雄】とミーシャが歩む救世の旅の始まりである。

英雄の戦場~帆世静香が征く~


に掲載されているエピソードの1部、ミーシャ視点でした。彼女たちがどのような冒険をするのか、それはまた別のお話。

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