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第1話 バスケットボール部始動!!

 バスケの修羅の国と称される福岡県。群雄割拠である。昭和から令和にかけて、24時間365日、群雄割拠である。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。班超である。そんな後漢の精神に則って、鳥取県鳥取市に本社を構える学校法人2way塾は、来たる2025年4月、二つの学校を福岡県に送り込んだ。そう、私立オフェンス高等学校と私立ディフェンス高等学校である。

 筑前海に時化がきた。何たる荒れ模様か。波乱は、既に予感されている。


 2025年4月14日、快晴。桜の花は既に地に落ちた。眠たい入学式など過去の話ということだ。

 各部、仮入部の窓口は開かれた。手ぐすねを引いている。かかった獲物は断固として逃がさない。

 早速、五人の若者がオフェンス高校バスケ部の門を叩いた。

 えらく良い香りだ。それもそのはず、新設の体育館だ。穢れがない。

 「来てくれちゃった感じ!? 入部希望な感じ!?」

 ファンキーな風貌、そうとしか形容できない中年の男が、五人の若者に駆け寄る。キュッキュキュッキュと音色が響く。イカしたバッシュのビートだ。

 「ハンドシェイク! OK!?」

 ファーストコンタクトでハンドシェイクを要求。度を越した陽。狂った中年、しかしそれに難なく応じる若い五人。驚くべきことに、全員が陽だ。陽キャな奴は大体友達。

 「俺、バスケ部顧問の河合吾郎! よろしくしてやってくなんせい!」

 「よろ! カワっち!」

 なめた口を、若者の一人が叩いた。怖いものなんて何もないヒフティーン。

 なめた口を叩かれた、ヒフティー。笑ってる。笑顔が微塵も陰ってない。人間が出来ているのか、あるいは人間が出来ていないのか、理由は不明だが、自分の半分も生きていないクソガキの無礼を100パーセント許容している。

 「OK! OK! OK牧場!」その声もまた、本心だった。「それじゃあ、みんなの自己紹介、イッてみよう!」

 まるで祭りだ。囃子だ囃子。ボイスパーカッションの名手がいるぞ。

 「俺、中川悠真、15歳!」リズムに乗っている。

 「身長体重もイってみよう!」河合もリズムに乗っている。

 「195で99! 趣味はダンス、四六時中クラブでエンジョイ!」

 半裸になっている若者もいる。一番デカい奴だ。贅沢なボディーパーカッションの伴奏だ。

 河合のランニングマンが炸裂した。

 「OK! OKベリーナイス! 次のBOYカモン!」

 「猪狩海斗、数え年でシックスティーン! 福岡市生まれ福岡市育ち! 臓物食う奴は大体友達!」

 大体友達をこするな! と孤独にツッコんだ筆者であった。

 「195センチメートルのボディに90キログラムのエンジンつんで、ペラ坊とペラ美のゴールイン願ってる!」

 「ブラボー、猪狩!」

 叫ぶや否やブレイクダンスを試みるも直ぐに考え直し、河合、誤魔化しのスワイプス。

 「ネクストBOY!」

 「マイネームイズ、ヘンリー森島! ギャンブル中毒の人に会える場所を教えてくださーい! だって日本、カジノないじゃなーい!」

 猪狩はしゃくれ顔を作り、俗に言うやれやれポーズを取ってみせた。人間力の表れである。

 「HAHAHA! ソーリー! ブリティッシュジョークね!」

 全然おもしろくなかった。しかし、全員が腹を抱えて笑った。人間力の表れである。

 「UKならまだ義務教育を受けている年齢でーす! サイズは、6フィート7インチで15ストーンでーす! 趣味は飲酒とクスリでーす! 十代のヘンリーだけにね! HAHAHA! ソーリー! ブリティッシュジョークね!」

 全然おもしろくなかった。しかし、全員が腹を抱えて笑った。人間性が腐っている。陽キャの悪いクセだ。

 「最高にイカしてるぜ、お前ら!」河合は涙をぬぐった。「ネクスト! ネクスト、カモン!」

 「金持ち金持ち金田虎太郎! 親父の個人資産、日本一の10兆円!」

 「決めたわ、俺」中川がつぶやいた。「俺、金田君の親友になるわ」

 「200センチメートルで108キログラムの恵まれた体、専属のシェフに作られた! 世界一裕福な十五歳! 趣味はドライブ! 十二の誕生日に買ってもらったレヴェントン、週末は志賀島で転がしてる!」

 「運転手付きなんて、まあ素敵! さすが金田君!」中川のあからさまなヨイショ。

 「ヤワなこと言っちゃいけないぜ! こちとら九州男児たい! 運転席が男の居場所! 俺が消えて喜ぶ者に俺のハンドルはまかせない! 精通と同時に免許皆伝!」

 「あかん! あかん!」

 口先だけの、あかん! だった。花形満も中坊でオープンカーを運転していたしな、程度の認識による、あかん! だった。河合吾郎、教育者以前に法治国家の住人失格である。金田は? 財力は法律を凌駕する! 財力は法律を凌駕する!

 「決めたわ、俺」中川がつぶやいた。「俺、金田君の親友になるわ」

 宴もたけなわ、体力自慢の河合にも疲れが見えてきた。一方の若者たち、まるで疲れちゃいない。このままオールナイトに突入可能。

 「プリーズ! ラストブラザー、プリーズ!」

 半裸の若者が前に出る。体中真っ赤だ。パーカッションが過ぎる。ついでに、下半身も脱いでいるぞ。そうして、ジーパンを振り回している。湘南でよく見る光景だ。あれはタオルか。ちなみに、オフェンス高校は私服通学です。

 「濡れたまんまでイッちゃって!!!」

 確かに全員、濡れている。スエットで、だ。

 「俺は近藤翼! 十五歳でイッちゃって!!! 208センチメートルの体でイッちゃって!!! 113キログラムの体でイッちゃって!!!」

 全員が全員、何かしらを振り回していた。

 「車じゃイケねえ! 俺は女に乗っかって!!!」

 女に乗る、という表現には不快を感じる方もおられるでしょう。ですので、ここで弁明させてください。筆者は女性を見下してはおりません。その証拠に、筆者は女性に乗られるほうが好きです。図らずとも不快な思いをさせてしまった方には謝罪いたします。申し訳ございませんでした。

 「俺たちはもうブラザーだ! 桃園の誓いを超えた、文字通りの兄弟だ!」

 河合が近藤の胸に身を投げた。ジーパンを放り投げ、がっちりキャッチ。他の連中も身を投げる。春のおしくらまんじゅうだ。

 体育館がもう臭くなった。これからもっと臭くなる。それが、青春。

 そうして、十分後。ピークは、過ぎた。熱しやすく冷めやすい、それも陽キャのサガ。

 持ち込んだスナックやらジュースやらを広げて、くつろぐ五人。オフェンス高校に所属する生徒130人が共有する体育館をダチの部屋扱いだ。

 徐に、本当に徐に、河合がバスケットボールを手に取った。

 「いじってみるかい、球?」河合の口調は今川の流れのように穏やかだった。「いじくってみい」

 「デカっ! ドリアンじゃん!」

 猪狩が言って、他の連中も、ドリアン! ドリアン! とはしゃいだ。驚くべきことに、バスケ部に集った五人全員がバスケの素人だった。

 「そうそう、このドリアンを・・・・・・」河合が乗っかった。「ついて放って、ってバスケやねん!」

 ノリツッコミのイントネーションでボケ通す。それは若者たちを話に引き戻す効力を有していた。

 「バスケねぇ。かったりいなぁ」自発的にバスケ部の門を叩いたはずの中川が言った。「ルール覚えるの、しんどいんだよね」

 「それな」猪狩が言った。「俺もワールドカップ見てサッカー始めたけど、オフサイドがわけわかめ過ぎて秒で辞めたわ」

 「無問題!」河合、渾身の無問題。「バスケには二つしかルールがない! それも超簡単なやつ!」

 バスケの素人でさえ半信半疑にならざるを得ない発言だった。ルールが二つしかない? ローカルな鬼ごっこじゃあるまいし。

 「まず一つ目、トラベリング」河合はボールを持って三歩歩いた。「これね。ボールを持って三歩歩いちゃ駄目。オフェンスが終わっちゃうからね」

 「なるほど、超簡単だ」金田が葉巻に火をつけた。「それで、二つ目は? 複雑だったら腹を切ってもらうぞ」

 河合はボールをついた。そうして、ボールをキャッチ。静止した後、またボールをつく。

 「これが、ダブルドリブル。ボールをついて、キャッチして、もう一回ついちゃ駄目。オフェンスが終わっちゃうからね」

 葉巻が、落ちた。ぴかぴかの床が焦げた。驚愕が、金田の声を奪った。

 「超、簡単だ。ほとんど、無法。正しく、フリーダム」

 「翼、上手いこと言った。そう、バスケはフリーダムだ」河合はボールを近藤に手渡した。「翼、今日からフリーダムを名乗れ。近藤翼フリーダム。お前の新しいフルネームだ」

 「俺の新しいフルネーム・・・・・・近藤翼フリーダム・・・・・・超、かっけぇじゃん」

 手渡されたボールをついてみる。骨身に染みる、ダン! という音と手応え。

 「それが、ドリブルだ。良いつきだな、フリーダム!」

 「俺にも! 俺にもつかせろ!」

 絶対に気持ちいいと理解できた。だから、猪狩がボールをひったくろうとしたのは必然だった。

 「駄目だ! これは俺のだ! 俺の球だ!」

 他の連中もボールに群がる。ボールが札束みたいだ。

 「あるある! 他にも球、あるある!」河合は満面の笑みで慌てた。「バスケ部だぜ! 球、腐るほどあるある!」

 そうと分かれば動物園だ。檻のない動物園。隅に置いてあったボールカゴに一直線。我先にとボールを奪い取る。

 「焦るな、焦るな! 球は逃げねぇ!」

 それからの夢のような時間を、五人は一生涯、忘れることはないだろう。楽しかった。これ以上ないってくらい楽しかった。それはそうだ。好き勝手にやっているんだから。好き勝手に球をついて、好き勝手に球を放って、それで楽しくない訳がないだろう。

 あっという間に、時が過ぎる。最終下校のチャイムが鳴った。

 「もっとだ!」中川の目は血走っていた。「おい、もっとだ! もっとバスケをやらせろ!」

 「悠真、他のみんなも、明日があるじゃない!」河合の手には入部届が握られていた。五人全員の名前が既に記入されている。記入したのはもちろん、河合だ。「バスケ部なら、明日もバスケ、できるじゃない!」

 金田が入部届をひったくった。そうして、持参していた時価1億3000万円の実印で押印を済ます。

 「カワっち!」入部届を河合に返しながら。「仮入部などと半端なことはせん! この金田虎太郎、正式にバスケ部に入部するぞ!」

 「俺もだ!」

 「俺もだ!」

 「俺もだ!」

 「俺もだ!」

 こうして、オフェンス高校バスケ部は始動したのであった。波乱の産声が聞こえる。明日もまた、時化るだろう・・・・・・。


 2025年4月15日、荒天。桜の花は枝ごと吹き飛んだ。それでも通学を強いられる、それがディフェンス高校。ちなみに、オフェンス高校は休校です。

 各部、仮入部の窓口は開かれた。手ぐすねを引いている。かかった獲物は断固として逃がさない。

 早速、五人の若者がディフェンス高校バスケ部の門を叩いた。

 血と汗の臭いがする。ウソみたいだろ。新設の体育館だぜ。これで。

 「ようやく来たか! 愚図ども!」

 見るからにバトルアーミー、そうとしか形容できない中年の男が、五人の若者に歩み寄る。ギュッギュギュッギュって、バッシュじゃねぇ。イカれたコンバットブーツのビートだ。

 「俺がバスケ部顧問の宮倉明夫だ! 軍曹と呼べ! 異論は許さん!」

 異論なんてなかった。唯、逃げ出したかった。現に二人、駆け出している。

 「何だよ、これ!?」固く閉じられたシャトルドアを、若者の一人が蹴った。「さっきまで開いてたのに! ちくしょう! 表から南京錠か何かで閉められちまってる!」

 「こっちもだ!」他のドアの前で、もう一人の若者が叫んだ。「こっちも開かねえ!」

 「貴様らは袋のネズミだ!」宮倉が言った。「バスケ部にようこそ。さあ、整列しろ!」

 「するわけゃねえだろ、ジジイ」一番血の気の多そうなのが、言った。両手の指をコキコキ鳴らしながら。「お前だよ、袋のネズミは」

 駆け出していた二人もコキコキを始めた。そうして、宮倉を三方で囲む。死のトライアングルの完成だ。

 ステゴロの戦闘力は体格に比例する。宮倉は、デカい。身長は2メートルを超え、体重も100キログラムオーバーだ。一方の若者たちもバスケ部の門を叩いただけあって、デカい。平均身長は2メートルを超え、平均体重も100キログラムオーバーだ。こうなれば数の利・・・・・・と単純にはいかないのが、戦場だ。

 三人が、一斉に飛び掛かった。容赦のない袋叩きを始める気だ。怖いものなんて何もないヒフティーン。

 そうして、三分後。地に伏していたのは三人の若者だった。宮倉は、ノーダメージ。三人だって、ノーダメージ。しかし、地に伏している。

 傍観していた残りの二人が、男のサガを抑えられなくなり、宮倉に襲い掛かった。そうして、三分後。その二人も地に伏した。

 拳、肘、肩、膝、足、頭、人体のありとあらゆる武器が計六分間も飛び交って、当事者の全員がノーダメージという、奇跡。

 「何をしても当たらねぇ」若者が奇跡の種明かしをした。「全ての攻撃を完璧に見切られた」

 「愚図ども! いつまで伏せっているつもりだ! 整列!」

 男は女以上に強い者に惹かれる、とはハーレム隊長の御言葉である。一寸の狂いもない整列が完成するのは、必然だった。

 「氏名と年齢、身長体重を言え!」

 「はい!」若者の一人が声を上げた。「三浦大和、十五歳です! 身長は193センチメートル、体重は97キログラムです! 趣味は・・・・・・」

 「誰が趣味を聞いた!」宮倉の怒声が轟く。「バスケ部は社交場ではないぞ!」

 「すみませんでした!」

 「謝るな! イエッサーでいい!」

 「イエッサー!」

 「次!」

 「イエッサー! 神谷優希、十五歳! 201センチ、103キロ!」

 「次!」

 「イエッサー! 俺は池上仁! 十五歳! 身長216センチメートル! 体重117キログラムです!」

 「次!」

 「イエッサー! 山本太陽、十五歳です! 身長198センチ、体重は104キロです!」

 「次!」

 「軍曹! 一つよろしいでありますか!?」

 「何だ、三浦!」

 「先程から隣の神谷が、至近距離でニヤニヤニヤニヤしてくるのであります!」

 「多様性だ! 放っておけ!」

 ええっ、という声が三浦の口からこぼれた。

 「次!」

 「イエッサーでやんす! おいら、赤松龍之介、十五歳でやんす! 身長は206センチメートル、体重は109キログラムでやんす!」

 ええっ、という声が若い四人の口からこぼれた。やんす? ちょっと待ってくれ。一人称の、おいら、は辛うじて許容できる。ひろゆきさんとビートたけしさんも稀においらって言ってるし。だけど、やんす、はないよ。そんな語尾、リアルで聞いたことないよ。

 「多様性だ!」若者たちの困惑を嗅ぎ取って、宮倉は躊躇なく叫んだ。「多様性だ!」

 そのパワーワードで、若い四人は前に向き直った。差別の芽は、摘まれた。

 守護られた、その事実が、赤松のハートに火を付けた。幼少の頃からいじられてきた、語尾。誰も理解してくれなかった、誰も守護ってくれなかった。しかし今日、ようやく出会えた。自分を認めてくれる守護天使に。

 『おいら、一生、軍曹に付いていくでやんす』

 愛の芽が、育まれた。多様性だ!

 「正式なバスケ部員となった以上、貴様ら五人に人権はない!」

 自己紹介が終わって早々に飛び出した爆弾発言。それに対し、まだ仮入部です! なんて頓知で返せる人間はいなかった。

 「これから軍曹である俺が、愚図な貴様らを一人前のウォーリアーに育ててやる! ウォーリアーになれなければ死ぬと思え! 俺たちは福岡県の猛者どもとバスケで戦争をするのだ! もう一度言う! ウォーリアーになれなければ死ぬと思え!」

 「軍曹! 質問をお許しください!」

 「何だ、池上!」

 「バスケ部である以上、ボールを使うと思われるのですが、ボールが一個も見当たりません!」

 「池上!」

 「はい!」

 「なぜバスケをするのにボールが必要だと思うのか、言ってみろ!」

 「なぜって・・・・・・」

 「悩むな! 問いには即答しろ!」 

 「球技だからであります、か!?」

 「疑問形にするな! 断定しろ!」

 「球技だからであります!」

 「バスケは球技ではない!」

 言霊が宿っている気がした。でたらめを言っているようには思えない。だから、五人は宮倉の言葉を信じた。驚くべきことに、バスケ部に集った五人全員がバスケの素人だった。

 「それでは、本日の訓練を開始する! 体育館の内周を200周! 途中で休憩をとろうが水分をとろうが自由だが、リタイアだけは認めんぞ!」

 体育館内を眺めて、山本の顔は青ざめた。

 「目測でしかないが、一周で120メートル以上はあるぞ」

 「冗談だろ、おい!?」池上が叫んだ。「仮に120メートルだとしたって200周もしたら、何メートルだ!?」

 「32000メートルだ!」三浦が叫んだ。

 「違う! 24000メートルだ!」山本が叫んだ。

 「24000メートル! 何キロメートルだ、それは!?」池上が再び叫んだ。

 「24キロメートルだ!」山本が再び叫んだ。

 「ハーフマラソンより長い!」三浦が再び叫んだ。「そんなん死んでまうで!」

 「何をぺちゃくちゃやっとるか! キンタマを家に忘れてきたのか、貴様らは!」

 「軍曹! お怒りのところ恐縮ですが、直訴いたします!」

 意を決した山本を、宮倉は評価した。度胸あるじゃん、こいつ。

 「聞いてやる! 簡潔に済ませ!」

 「我々はアスリートではありません!」説得力のないことを言う完成された肉体。「Switchとスマホしかいじったことのない普通の高校生です!」

 評価を得るのは、案外容易い。しかし、評価を失うのは、もっと容易い。失望が、宮倉を再び激高させた。

 「敵にも同じことを言うつもりか! 普通の高校生だから戦えません、と言って蜂の巣にされるつもりか!」

 正気じゃねぇ、それを確信して、山本は言葉を失った。

 「おい、見ろ!」三浦が池上の腹をつついた。「赤松の野郎が!」

 走っていた。赤松の野郎は走っていた。

 『軍曹、おいらを見てくれでやんす! 従順なおいらを見てくれでやんす!』

 「やめろ、赤松! 俺らも走らなくちゃならないような空気になるだろ!」

 そんな池上の声なんて聞こえちゃいなかった。宮倉以外、眼中になかったから。

 「おい、見ろ!」再び、三浦が池上の腹をつついた。「神谷の野郎が!」

 走っていた。神谷の野郎は走っていた。

 「Oh mon Dieu」池上は頭を抱えた。「コニャックを一杯ひっかけたい気分だぜ」

 「甘酒ならあるぜ。原料が米麹だから酔えんがね」ラッパ飲みにしていた瓶を、山本は差し出した。「それじゃあ、俺も走るぜ」

 「何で!?」瓶を受け取りながら。「ノンアルだろ!?」

 「あの二人の馬鹿さ加減に酔ったのさ」

 そうして、山本の野郎も走り出した。

 これで3対2。ここから三浦と池上に伸し掛かるのは、マイノリティの重圧。耐えられない。耐えられっこない。二人はまだ若すぎる。

 そうして、三浦の野郎も池上の野郎も走り出した。

 それからの地獄のような時間を、五人は一生涯、忘れることはないだろう。辛かった。これ以上ないってくらい辛かった。意外なことに、宮倉の手厚いサポートはあった。体が痛めばマッサージをしてくれたし、喉が渇けば特製のドリングを提供してくれた。しかし、それが何だ? それが何だっていうんだ? 走らされている。24キロメートル以上を走らされている。辛いことに変わりはない。

 赤松以外の全員が、走れば走るほど、宮倉への怒りを強めていった。

 幸か不幸か、永遠のように感じられる時間は錯覚でしかない。終わりは必ずくる。五人が200周を走り切ったのと最終下校のチャイムが鳴ったのは、同時だった。

 「捺印をしてもらうぞ」労いもなく、宮倉は満身創痍の五人に入部届を突き付けた。

 そんな奴隷契約にサインする物好きはいねぇ! という声が上がるよりも早く、赤松が捺印を済ませる。

 「狂ってんのか!?」池上が半泣きになった。「どこまで狂ってんのか、赤松!?」

 「個人の自由だ。やりたい奴は戦争でも何でもやりな」山本は宮倉に背を向けた。「俺のいないところで勝手に、な」

 「そういうこっちゃ」三浦が山本に続く。「軍曹と新兵、二人っきりの部隊でよろしくやんな」

 「閉じ込められているんだぞ」池上が言った。「どうするんだ?」

 「ドアをぶっ壊せばいい」神谷が言った。

 「なるほど。楽勝だ」

 器物破損? 知ったこっちゃないね! それが15歳の等身大。

 去っていく若人たちの後姿、そのだだっ広い四つの背中に、宮倉は笑い声を浴びせた。

 「何を笑ってやがる?」こめかみに血管を浮かばせた山本が、振り向いた。「殺すぞ」

 「貴様らは自分が所属する学校のルールも知らんのか!」宮倉は一層、笑った。「ディフェンス高校は部活動への参加が義務! 入学式から一週間以内に入部の手続きを済ませなかった愚図は、即、退学! これは鉄の掟ぞ!」

 こめかみの血管が、見えなくなった。山本、絶句。

 「おい、入学式から一週間って・・・・・・」

 「今日だ!」池上のパスを三浦がシュート。「今日だ!」

 「やばいだろ、おい! さっさと他の部に行って、適当に入部を済ませねぇと!」

 「最終下校のチャイムが聞こえなかったのか、愚図ども! 全ての窓口は既に閉じられている!」

 「はめられた!」山本、絶叫。「最初からはめられていたんだ、俺たちは!」

 「さあ、選べ! 入部か退学か!」

 入部する阿呆に退学する阿呆、同じ阿呆ならバスケせにゃ損損・・・・・・四人は、血の涙を流しながら捺印を済ませた。

 こうして、ディフェンス高校バスケ部は始動したのであった。既に波乱の真っ只中。時化よ、鎮まりたまえ・・・・・・。


 運命の日は定められた! 2025年5月24日、全国高校総体福岡県予選1回戦第1試合、オフェンス高校とディフェンス高校が激突する!

 運命の日まで、残り39日。君は伝説の目撃者になれるか? なってください。お願いします。

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