アーノルド王子の回想とレベッカの決意
一人、庭園へ残されたレベッカだったが目を瞑って芝生に寝転がり、鼻をくすぐる芝生の香りを感じていた。
金色の美しい髪が芝生に広がり、太陽光によりキラキラと光り輝く様は神々しいほどだった。
アーノルドは、芝生に寝転がるレベッカを見て昔の事を思い出す。
アーノルドがまだ10歳だった頃、国王である父親に連れられてコルトレーン公爵邸を訪れた事があった。
多くの貴族は、王子であるアーノルドに自分の子息や息女を紹介したがった。しかし、コルトレーン公爵はその逆だった。
親バカなコルトレーン公爵は、レベッカやロレーナに会えば、アーノルド王子が一目惚れして許婚にしようとすると考えた。
自由恋愛を推奨するコルトレーン公爵は、幼いうちから結婚相手が決められているのは不幸な事だと思っていた。
しかし、王族から許婚にと言われれば断る事は難しい。それならば、デビュタントまでは、王子と会わせないようにしようとしていた。
「私の娘は幼いながら妻に似て美しく、娘と会った子息達は贈り物などをして娘の気を引こうとしている。」
「ハハハッ、傾国の美女にならないと良いが。」
コルトレーン公爵と父王の会話を聞き、アーノルドはレベッカがどれほど美しいのか見てみたくなった。
話に夢中な父親達の隙を見て、アーノルドはコルトレーン公爵邸を探索する事にした。
そして、たどり着いたのがコルトレーン公爵邸の立派な庭園だ。何やら楽しそうな話し声が聞こえ、アーノルドは誘われるように話し声のする方へ向かっていった。
木の影に隠れ、話し声がした方を覗くと3人の子ども達とメイドがピクニックを楽しんでいた。
「あの子がレベッカだな。」
金髪にエメラルド色の瞳をした綺麗な女の子は、黄緑と白のコントラストが美しいドレスを着て髪を二つ結びにしていた。
彼女の弟が、手を滑られて紅茶の入ったカップを落としてしまう。
「リーガンったら、気をつけないと。」
レベッカは、自分のドレスから白色のレースのハンカチを取り出し、リーガンの濡れた洋服を拭く。
その様子を見て、アーノルドはレベッカはとても心優しい人だと思った。幼かったアーノルドは、その優しさが家族だけに向けられたものだと気づけなかった。
「私は思い出によってレベッカ嬢を美化し過ぎていたみたいだ。」
アーノルドは苦笑し、レベッカのもとへ歩みを進めた。レベッカの隣まで来れば、アーノルドは立ち止まり腰を下ろす。
レベッカは、リーガンかロレーナが戻って来たのだと思い体を起こす。
しかし、隣に座っているのはアーノルドだ。レベッカは、アーノルドと目が合えば座った状態のまま後退る。
「アーノルド……王子。」
「はい、アーノルドですよ。」
アーノルドは、レベッカの驚いた様子が面白くてクスクスと笑う。
レベッカは、人に笑われるという経験がないため不機嫌になりアーノルドを睨む。
アーノルドは一頻り笑った後、真剣な表情を作りレベッカに向き直る。レベッカもアーノルドの雰囲気が変わった事を感じて緊張した様子で彼を見つめ返す。
「レベッカ嬢、君を魔界の大使に任命したい。」
レベッカは、驚いて目を見開くが騒いだりする事はなく黙って考え込んでいる。
しばらくして、レベッカが聞いてきた事はアーノルドの予想通りだった。
「お父様に先に話しているのでしょう?お父様は何と言ってました?」
「コルトレーン公爵は、父親としては魔界へ行って欲しくない。でも、客観的に見たら君は魔界の大使に相応しいと言っていたよ。」
「魔界の大使、引き受けるわ。」
アーノルドを力強く見つめて即答したレベッカに、アーノルドは少し戸惑う。さすがに少しは悩むはずと考えていたからだ。
「即答だったが、ゆっくり考えなくて大丈夫かい?」
「アーノルド王子、貴方をがっかりさせる事はしないわ。……貴方も国王も私の事を期待してくれているのでしょう?」
レベッカは、才色兼備だと褒められる事は多かったが、コルトレーン公爵夫婦が箱入り娘として大切に守っていたからこそ、その能力を十分に発揮する事ができずにいた。
だからレベッカは、アーノルド王子や国王、父親であるコルトレーン公爵が自分の能力を評価して期待してくれている事が嬉しかった。
「魔界の大使に任命されても、潰れて帰って来る者も多い。しかし、君は大丈夫だと信じているよ。」
真っ直ぐと自分を見てくるエメラルドグリーンの瞳に向かい、アーノルド王子は微笑む。
レベッカは、自分に向けられた微笑みに戸惑い目を逸らす。平凡顔のアーノルド王子の微笑みが、なぜか眩しく感じたからだ。