アーノルド王子の来訪2
コルトレーン公爵邸の応接間に通されたアーノルドは、改めて公爵夫婦から謝罪を受けた。
レベッカとの一件があった次の日には、事を知ったコルトレーン公爵夫婦は、レベッカを謹慎処分にした後、王城に訪れてアーノルドに謝罪していた。
「もう謝罪は受けました。レベッカ嬢からも丁寧な謝罪の手紙を頂いたので、その件はお互いに忘れましょう。」
レベッカから届いた謝罪の手紙は、彼女が自発的に書いた物ではなく書かされた物だと言う事は分かっていた。
しかし、レベッカとの件を責めたところで、アーノルドには何の利益もない。
リーガンとロレーナも到着したので、早速、本題へ入る事にした。
「コルトレーン公爵家の皆様も知っての通り、私との件でレベッカ嬢の悪評が広がってしまった。噂話はそのうち皆飽きるだろうが、レベッカ嬢が何もしなければ彼女の名誉が回復する事はないだろう。」
レベッカの名誉が失墜してしまっている事は、コルトレーン家の者も分かっていた。しかし、彼らではレベッカの名誉を回復させる事は不可能だ。
コルトレーン家の者達は、目の前に居る聡明な王子がレベッカの名誉を回復させるために手を差し伸ばしてくれるのではないかと淡い期待を抱く。
「私は、レベッカ嬢を魔界の大使に任命しようと思う。」
アーノルドの発言の後、長い沈黙が場を支配する。
沈黙を破ったのは、コルトレーン公爵だった。
「なぜ、レベッカを魔界の大使に任命なさろうと思われたのですか?」
「彼女は強い魔力を持っているだろう。魔族達は強い魔力を持つ者に敬意を払う。何より、彼女なら丁重なもてなしを受けるだろう。」
コルトレーン公爵は、若かりし頃魔界へ行った事があった。彼自身は、魔界は意外と楽しいところだと思った。
しかし、魔界は弱肉強食の世界で弱い者は命を落とす危険もある。
そのため、魔界の大使に任命される者は魔力が強い事が絶対条件だ。
また、いくら魔力が強くても、精神が弱ければ癖の強い魔族達と渡り合っていく事は難しい。心をへし折られ、即魔界から帰って来る者も多い。
「うーむ……」
「お父様!お姉様を危険に晒す気ですか?」
悩む様子を見せるコルトレーン公爵を見て、リーガンは焦って声をかける。
リーガンの様子を見て、アーノルドは彼に向き直り説得にかかる。
「魔界は普通の人ならば危険なところだ。私も普通の人に魔界へ行けとは言わない。しかし、君の姉上は普通の人ではない。彼女の魔力が上位魔族に匹敵するほどだと知っているだろう?」
「はい、知っています……しかし、心をへし折られ魔界から帰って来る者も多いではないですか。お姉様にそのようになって欲しくないのです。」
リーガンは、真っ直ぐとアーノルドの目を見て訴える。しかし、アーノルドはきょとんとした顔をして彼を見返す。
「まさか、君の姉上が心をへし折られると思っているのかい?彼女は心をへし折る側だろう。」
失礼なと言いたいところだったが、レベッカがアーノルドに言った言葉を思い返せば、そう言われても仕方がない。
リーガンは、口をぱくぱくとさせるだけで何も言い返せなかった。
リーガンとアーノルドのやり取りを見てコルトレーン公爵は、深い溜め息を吐く。
「アーノルド王子の言う通りです。レベッカなら魔族に心折られる事もないでしょう。父親としては正直、心配で仕方がないので魔界へは行って欲しくない。しかし、客観的に見れば私もレベッカは魔界の大使に適任だと思います。」
リーガンだけでなく、公爵夫人やロレーナも驚いた顔でコルトレーン公爵を見つめる。
アーノルド王子だけは、落ち着いた様子で彼の話に頷く。
「魔界の大使を引き受けるかどうかは、レベッカ自身に決めさせてもらえないでしょうか。」
「もちろん。レベッカ嬢自身に決めてもらおう。」
コルトレーン公爵とアーノルドは合意の握手を交わす。
アーノルドは、次はレベッカに直接会って話すため、応接間を出て彼女が居るという庭園へ向かった。