第二章 3 ~ ルーヴェン ~
※時系列は目次通りで問題ないですが、内容的にはガルム編読了後をお勧めします。
六年と少し前、『外』の女性に会ったことがある。
城内に自分の店をかまえ、開店記念の祝いをしているのだと言って、通りすがりの自分にも果実酒を振舞ってくれた。彼より十五も年上なのに、そうは見えないほど若々しくて小柄で可愛らしい女性だった。身を翻すたびにひらりと揺れる、中身のないシャツの袖がやけに扇情的に感じた。
思えば、自分の身の裡に眠る雄を初めて感じたのはあのときだった。
やわらかそうな胸や曲線を描く尻を思い出すたびに下腹部が痛み、ようやく年かさの少年たちが熱っぽく語る「気持ちいい」ことの意味を知った。そして同じ感覚を同じだけの強さでもたらすのは、ここではない空に焦がれる女の眼差しだけだった。
その女はほどなく、自分で自分の首を掻き切って死んだ。
彼女を手に入れることはもう永遠にかなわないから、今度の少女に会う前から強い関心を寄せた。まして上官から「面倒を見ろ、手は出すな」などと指示を与えられたときては、若干ひねくれ者の自覚がある彼が、少女に対してさらなる執着を抱くのも自然なことだ。
王への謁見に臨む彼女を盗み見た日には、まさか自分の部署に配属されることになろうとは想像だにしなかった。初めて変人のジェイル王子に感謝した。
幾枚もの人の壁に阻まれて手の届くはずのなかった少女が、彼にはにかんだ笑みを向け、よろしくと言って握手を求める。その手を握り返しただけで達しそうになる自分が、心底おかしかった。
黒い布がはためく木陰に、少女は座り込んでいた。腹の上で組んだ手の先が薔薇色に染まり、呼吸とともに上下する。
眠っているのだろうか。繊細な睫毛がわずかにふるえている。不意に、小さな唇がこらえきれなくなったように笑みをつくった。幸せな夢を見ているようだ。
身じろぎするたびに白く細い太腿の内側がわずかに覗き、その奥の影によからぬ想像をかきたてられる。
――触れたらどんな感じだろう。
突き上げる凶暴な衝動に、理性を失いかけた。
駆け寄って飛びかかり、自分の重みでその華奢な身体を押さえこんで、自由のすべてを奪ったら。美しい黒髪を泥まみれにして、むき出しの肘やふくらはぎには、擦り傷から血を流させて。
泣くだろうか。やめてと懇願するだろう。
その小さな口を手で封じ、全力で拒絶する隠された場所に容赦なく侵入したら――。
最高だ。
知らず、笑い声を上げていた。腹の底からふるえるような歓喜が沸き上がって、その想像をすぐさま現実にしない自分が愚かに思えた。
少女の伏せられていた瞼が、ぱちっと開いて愕然と彼を見上げる。
太陽を背に立っていたためか、彼を判別して安堵の表情を浮かべるまでに数拍の間があった。
「なんだ、ルーヴェンかぁ! 声かけてよ!」
際限なく膨れ上がるかに思えたどす黒い歓喜が、苛立ちに取って代わる。彼女は気配だけで、いや何気なく向けた視線だけでそれが彼だと気づかなくてはならないのに。
罰を与えるべきだ。いっそこの場でその固い蕾をむしり散らしてやろうか。
少女にとっては理不尽な怒りだろう、だが彼の中ではまったく道筋を誤ってはいなかった。ただ衆人環視でことに及ぶ趣味がないから、そうはしなかっただけのこと。
かたわらに屈んだら先ほどの願望を叶えてしまいそうだったから、手を差し伸べて彼女を立たせた。華奢な手、これでは大した抵抗もできないだろう。暴れて怪我をして痕が残る前に、縛めてしまうべきだ。
「ヤヨイ、昼食は? 休憩時間を昼寝して過ごすの?」
「休憩時間になってたの? さっきの鐘が合図かな」
ほんのわずか下から見上げる瞳に、警戒の色はない。ちりっと胸を灼いた罪悪感と、それを上回る喜悦を隠すために顔をそむけた。
「そそ。王宮内で日に三度鳴るんだ。始業と終業、それから昼休憩の合図」
自分の言葉で少し興ざめする。そうだ、ここは王のおわす宮殿で、彼が奉職する場である。今日初めて働きにきた娘を相手に、どうこうできる場所ではなかった。
事情のわかるそれなりの女となら話は早いのだが――そんな女では、この情動をおさめきれない。猛り狂う獣のような欲望を受け止め、赤子をあやすようになだめられるのは、この『外』からきた娘だけ。
ゆっくり。時間をかけて。
無邪気で無警戒な少女と並ぶ彼は、自分もまた成長の途上にあることを自覚していた。完成された大人の男になるまで、まだ数年の時が必要だ。彼女が上司に向けた瞳の輝きを思えば、ことを急くのは上策ではない。
なにも知らずに、笑顔で仔鴨のように後をついてくる少女。
彼は暗い悦びが背筋をなでるたびに、腹の底に熱がたまっていくのを感じ、ひとまずは満足することにした。
青少年としてどうなのか。