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2-8.近づく距離

 

 私の婚約が破棄されたことが周囲に知れ渡ると、アリィの婚約者は色んな理由を付けて私に会いに来るようになった。そして、私と婚約するために破棄すると言い出してあっさりと自爆した。


 アリィは婚約者に対して未練はないけど、それでも少し落ち込んでいた。狙っていたことだけれど、アリィにそれを説明するわけにもいかず、話を聞くしかできない。さらに、アリィの婚約者に追い打ちをかけるために、見た目を同じ格好にして、アリィと同じように振舞う。

 昔は意識せずとも同じように振舞えていたのに、今は油断すると襤褸が出そうになる。自分の成長とともに変わってしまったのだなとも感じる。


「幼い頃は見分けられませんでしたが、結構、わかるものですね」

「スカーフィ伯爵令息?」

「ああ、失礼いたしました。リオーネ・マルキシオス侯爵令嬢」


 同じ格好をするようになったことで、派閥の者がこちらに侍るようになったのを捌くのに疲れ、一人になったところで声をかけられた。穏健派の伯爵家の嫡男。派閥違いで話をしたことは無いけれど、あっさりと見破ったような発言に真意が見えない。


「似ていません?」

「いえ。そっくりですよ。ただ、なんとなく、わかるものだなと思ったので」

「自己形成が未熟な幼い頃ならともかく、お互いに別の目的をもって過ごしていけば自ずと差異は生まれてきます。聡い方は気付くでしょう。でも、今は色々ふるい落とししているので黙っていていただけます?」

「ええ。もちろん。……こちら、渡すように頼まれましたので。どちらも返事は不要とのことです」

「ありがとうございます」


 渡された手紙の裏を確認すると、見知った封蝋。一つはカリエン様。もう一つはグラウィス様だった。


「伯爵子息自らお使いなんて、申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず。今度、中立派の方と婚約を結びなおすことになりましたので、マルキシオス令嬢のお二人にご挨拶をと思いまして。今はお忙しそうですが、いずれ婚約者と挨拶に伺います」

「ご丁寧にありがとうございます。姉にも伝えておきます」



 手紙の内容は、ほぼどちらも同じ。王家に対して、アリィの婚約者だったデュラーク伯爵家から、マルキシオス家の婚約について王家の見解を確認したいと謁見の間で申し出たということだった。


 そして、王家から、私の頼みで今後のマルキシオスの縁談に王家不介入とする方針に咬みついたという。王家が支援しなければ、婚約など難しいと宣い、こんな判断をするのが双子の妹であるなら、アリィが当主に就くことが難しい旨の主張をわざわざ謁見の間で起こしてくれたらしい。


「自分たちに正当性があると言いたいわけね。ただ、これに乗るような家が続くと面倒ね」


 わざわざお二人とも、その場にいた貴族の名とその様子を書いてくれている。カリエン様からは、「情報を得る機会が減っているだろうから」という言葉が書かれているので、ちゃんとお礼をしておかないと大きな借りが出来てしまう。


「それにしても……スカーフィ伯爵子息ね。やっぱり、感性が似ているのかしら」


 カリエン様もグラウィス様も、ディオン様のことが無かった場合に、私の相手として考えていたのが、先ほどの彼だったと一言書かれていた。たしかに、ほとんど接触したことがないのに、私とアリィを見分けられるという発言をしていたし、相性は悪くなさそう。


 おそらく、王家にも正式にディオン様が私の婚約者となったことを伝えられたから、本当にディオン様でいいのかを確認のためにわざと知らせたのでしょうね。


「何の話だ?」

「私には関係なくなった話。ちょうど良かったわ。カリエン様とグラウィス様にお礼を伝えておいてくれない? 私からもお礼状は書くけれど、すぐにお渡しできないと思うから」

「……あいつのが良かったか?」

「あら? 私はお父様からあなたが婚約者となったと聞いたのだけど?」

「早いな。もっと時間がかかると思っていたんだが」

「アリィの件で早まったんじゃない? 公表は控えるけど、確定のようよ。よろしくね、ディオン様?」

「呼び捨てでいい。もしくは、愛称で呼べ」


 凶悪な笑みを浮かべている新しい婚約者に、「嫌よ」と答えるが、それでも笑みは消えていない。嬉しいというのがはっきりと伝わるようね。


「ねぇ、悪い顔して笑うのはやめたら? ここ、人がいないとはいえ学園内よ?」

「ああ、すまん。つい、嬉しくてな……これでどうだ?」


 いつものようにすました顔に戻ったけれど、それでもにやついているのがわかる。

 珍しく浮かれている。というか、早いっていうことは、お父様は承諾しつつもしばらく伝えるつもりはなかったのかしらね。


「しばらくはアリィと同じように振舞うけど、間違えないでよ?」

「ああ。わかっている。この後、会いに行ってくる」

「はぁ? なんでよ?」

「グラウィスが、今なら側に誰もいないからいいだろうと」

「ああ、慰めたいのね……私の方で色々と引き付けておくようにするわ」


 私とアリィが同じ格好をし始めたから、何かあったと察したのでしょう。ここから時間との勝負だと思うのだけど、会いに行くのだから準備はできているのかしら。


「正式に公表されるのを楽しみに待つとしよう」


 ディオン様が去って、私も教室に戻って、アリィの婚約者やこちらに阿る派閥の人たちの相手をする日々が過ぎた。


 その後、アリィはデュラーク伯爵家とは完璧に破談。面倒事を避けるために領地へと避暑に行った。アリィは私の方に寄ってくる派閥内の人の今後をきちんと考えているようで、対処も含めて任せてしまう。



「何か手伝う?」

「大丈夫よ、リオ。それよりも、ディオン様と会わなくていいの? 何だか、私の婚約破棄と一緒に、リオとディオン様の噂も社交界に広がっているみたいだけど」

「そうね。広めておいたという手紙が来たわ……新学期から一緒にいられるように手を打ったつもりみたい。アリィも出来れば一緒に行動した方がいいらしいけど」

「大丈夫よ。二人の邪魔をしたりしないわ」

「わかったわ。でも、一人でいない方がいいかも。できれば学園内ではソファラとかと一緒にいるようにね?」

「ふふっ、そうするわ。ソファラと仲良くなれたのが一番の収穫よね」


 領地では、ソファラが訪ねてきてくれて、仲良くなった。

 何だかんだ、ソファラは戦友で、彼女の婚約者もグラウィス様の友人。彼女はグラウィス様の目的を察しているらしく、こちらにとても協力的だった。


 アリィの婚約者の身分を問わないということだけで、そこにグラウィス様が座るのだろうと悟ったらしい。


「今度、クローディアも紹介するわ。あと、いつになるかわからないけど、もう一人の友人もね」

「そう? 楽しみにしているわね」


 領地にいる間に、カサロス第一王子殿下が立太子することが決定した。式典は来年以降になるけれど、王位継承争いについて終止符が打たれた。

 けれど、グラウィス様の王籍離脱については、まだ認められていない。ただ、アリィの元婚約者が色々と事を起こしてくれているらしく、それを隠れ蓑に動いているとだけディオン様から報告もある。御前を辞したというのに、こちらにも進捗を送ってくれるので、思ったよりも忙しく動いていた。



 新学期が始まり、そうそうにアリィの身に危険が起きた。

 アリィはイザーク様が守ってくれたため、事なきを得たのだけど、グラウィス様はデュラーク伯爵子息に対し怒りが激しい。わざわざ、私を生徒会室に呼び出したので、予想はしていたけど、徹底的にやるらしい。


「リオーネ。悪いけど、ディオンと一緒に動いてくれる?」

「もちろん……でも、私はなぜここにいるのかしら?」

「俺の婚約者と発表したから、生徒会室に出入りしていても文句はでないだろう。というか、みんな、お前が来ないことを心配していたぞ。生徒も教員もお前がやっていたことは知っているからな。俺とグラウィスの二人で処理をしていると苦言がきた」


 どうやら、私は生徒会の人間という認識のままでいいらしい。

 女性役員はほとんどいないから、私も認められないと思っていたのだけど、そんなことはなかったらしい。


「けじめだと思ったのだけど……まあ、いいわ。それで、何をすればいいんですか?」

「うん。やり方は任せるから頼むね」

「はい、お任せください」


 言葉にしないで、紙に書いた指示を見せられた。ディラーク伯爵子息を退学とすること。頷いて返事をすると、すぐにその紙は燃やして証拠隠滅している。その指示があったことを他の誰かに知られてはまずいのだろう。


「それで、どうするつもり?」

「挑発して、手を出させる。だが、今日はまずいだろうから、別日だな。それと、アリーシャ嬢は今後、必ず護衛をつけさせろ」

「私の役割は?」

「……囮を頼んでいいか?」


 グラウィス様からの指示。

 デュラーク伯爵子息を退学に追い込めというものだった。アリィの身を守るため、彼を排除するということだろう。問題を起こさせるのであれば、私が人目のあるところに呼ぶのがいいでしょうね。


「もちろん……でも、条件をつけるわ。私を守ってね? それに、支障があるような怪我はしないで」

「無理を言う……まあ、やってやれないことはない。出来たらご褒美をくれ」

「グラウィス様に頼んでよ」

「お前でないと意味がない」

「上手く出来たらね、私にできることにしてよね」



 数日後。アリィが邪魔を出来ないようにソファラといる時間帯を狙って、彼を呼び出す。

 もちろん、ディオン様も一緒にいる。後から出てきて間に合わないようでは困るので、ちゃんと隣に立っている。



「リオーネ! 君からの呼び出しだが、どういうつもりだ!」

「まあ、デュラーク伯爵子息。すでに姉と婚約破棄をしたのですから、呼び捨てに呼ばれては困ります」

「そんなことはどうでもいい! 俺が侯爵家にふさわしくないとはどういう意味だ!!」


 呼び出した彼は、隣にいるディオン様のことは目に入らないらしい。血走った眼でこちらを凝視して怒鳴っている。


「どうもこうも、あなたが先日、アリーシャを襲おうとして、イザーク様に抑え込まれたのは承知しています。それなのに、学園に顔を出すなんて恥ずかしくないのですか? いい加減、自分の立場を理解してほしいのですが」


 ふぅっとこれ見よがしにため息をついて、頬に手を当てると相手は顔を真っ赤にして怒り出す。

 単純で助かると思ったのだけど、ここで胸ポケットから装飾ナイフを取り出したのは予想外だった。殴られるくらいは覚悟をしていたけど、凶器を持っているとは思わなかった。


「黙れ! 痛い目に合いたくなければ、さっさと俺に謝れ、アリーシャの婚約者として相応しいのは俺だと伝えろ!」

「アリーシャの婿、私の義兄になるのはあなたではありません」


 はっきりと告げると震える手でナイフを持ち上げ、こちらにゆっくりと近づいてくる。


「そこで止まれ。これ以上、彼女に近づくのは許さない」


 ディオン様が私を庇う様に前に出たが、ぶつぶつと「ちがう、おれが」などと言葉をつぶやきながらこちらに近づいてくる。


 ディオン様が、「警告はしたぞ、止まれ」と言っても、止まらない。

 ディオン様の間合いに入った瞬間、左手でナイフの刃を掴み、右手でお腹に一発いれる。そして、痛みで力が緩んだ隙にナイフを奪い、そのまま拘束した。


「誰か、人を呼んできてくれないか!」


 ディオン様の声が周囲に響き、教員やら警護している騎士たちがやってきて、デュラーク伯爵子息は拘束される。

 ナイフを素手で掴んで奪ったディオン様の手のひらからは血が出ている。


「……馬鹿でしょ、何、怪我してるのよ」

「確実に追い込むならこれが一番だろう? 刃物で傷つけられた、言い逃れもできない。ちゃんと左手で受け止めているから、仕事に支障をきたすことはない」


 保健室にて手当を受けているディオン様に怒ると、たいしたことでもないように包帯を巻かれた左手を振って見せる。


「……家の事情に巻き込んでごめんなさい」

「褒美は?」

「怪我してるのわかってる?」

「褒美はディオンと呼び捨てにするか、愛称で呼んでくれ。あと、朝と夕方、この薬を塗ることになる。お前が毎日手当してくれ」

「……いいわよ。染みるように塗り込んであげる。早く治るようにね」


 包帯を巻かれた手のひらにキスをする。幼い頃、痛いところにキスをしてもらった「早く治るように」というおまじないだった。


「おい……」

「早く治るようにお呪い。あなたはグラウィス様に仕えてるわけじゃないんだから、ここまで体を張らないでよ」

「……意味わかってるのか?」

「馬鹿なことしないって約束しなさい。わかった?」


 何か言いたそうにしているディオン様から離れようとしたら、グイっと引っ張られた。彼の顔が間近にあることに驚き、ドキドキする。


「男を挑発するようなことはやめろ。俺はお前に惚れているんだぞ?」

「知ってるわよ。あなたが言ったでしょ」

「なら、こんなことをされることもわかってるのか?」


 そのまま、顔が近づいてきて、キスをされる。触れるだけのキスだけど、顔が真っ赤になって熱を持っているのがわかる。


「……」

「わかったら、挑発するなよ?」

「……別に挑発した覚えはないわよ。心配だから、祈りを込めただけでしょ」

「おい、まだ塞がれたいのか?」

「いやよ。なんで、こんなロマンも何もないところでしなきゃいけないのよ、お断り」

「……問題は場所なのか?」

「…………言っておくけど、私が好きでもない男に嫁ぐなんて、お父様は許さないわよ? あなただけの思いじゃないから、あんなに早く許可が出たんだから」


 掴んでいた右手を離して、口元に手を当てて固まっているディオン様から距離を取る。そして、よく見るとディオン様の耳が真っ赤になっている。


「は? 俺を、好き、なのか?」

「なっ、あ、あたりまえでしょ」

「言葉にしてくれ」

「い、今、したでしょ」


 ディオン様に左手を掴まれて、同じように手のひらにキスされた。私は包帯越しだったけれど、手のひらにその感触が残っている。


「頼む……」

「…………好き、よ……ディオン、のことが好き」

「……キスしていいか?」

「いいわけないでしょ。時と場所は考えてよね。それと私は式を挙げるまで綺麗な体でいたいからね」

「……善処する」

「駄目、絶対だからね」


 暴走しないように止めたが、「ちっ」と舌打ちしたので、本気だったっぽい。いや、今ちょっと暴走しているだけで、冷静になったら私のことをちゃんと考えてくれるとは思うけど。


「…………キスは許すか?」

「誰もいない場所ならね。でも、今日はもう帰るわ」

「なんでだ?」

「さっさとその怪我を報告してきなさいよ! 心配したのに……」

「……わかった。大丈夫だと思うが、アリーシャ嬢の護衛は外すなよ」

「わかってるわ」


 その後、アリィが心配して保健室にきたけれど、ディオンが機嫌よくにこにこしていたせいで、アリィに変な誤解をされてしまった。


 デュラーク伯爵子息は、学園に刃物を持ち込んだこと、ナイフで人を傷つけたことで、あっさりと退学処分となった。これで、学園の方の安全は確保できたので、アリィの婚約が成立するようにもう少し頑張りましょう。



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