2-6.気になり始めると 〈ディオン視点〉
〈ディオン視点〉
3年前。たまたま、グラウィスが変な動きをしていることに気付いた。問い詰めるとあっさりと事業の計画書を見せられた。
「事業を始めようと思ってね」
「役に立たない側近しかいないくせに、事業を起こすのか?」
「ひどいなぁ、必要なことだよ。王籍を離脱したあとにも元王族として振舞う必要があるから、みすぼらしく出来ないからね」
「はっ、婿に入った家が用意することだろう」
「嫌だよ、カッコ悪いでしょ。リシャには良いところだけ見ていてほしいんだ……それに、優秀な側近がいるよ」
恵まれた生まれ、恵まれた才。俺が欲していたものを手にしているグラウィスは、たかが女のためにそれを捨てる。すでにそのための準備を着々と進めていた。
双子と仲が良いことは昔から見かけていた。だから、双子の妹が候補にいたのを見て婚約者にするのだとばかり思っていた。だが、グラウィスが選んだのはお花畑。その令嬢を恋愛としてみていないことがわかった時点で、他に本命がいることには気づいた。
そして、双子の妹ではなく姉。婿ではなく自分が女当主になることを公言している面倒な相手を望んでいることをすぐに察する。
侯爵家に降婿して、爵位を継がない。相手の努力をそのまま活かすために、何もかも捨てることを躊躇わない。そのくせ、見栄を張って、カッコ悪いというだけで、自分のことは自分で出来るだけの資金を用意するために事業を起こす。馬鹿と天才は紙一重だ。
「使えない側近ばかりを並べておいて、優秀? くだらないことを」
「ひどいな。僕が事業を起こす時間を作れるくらい、仕事を受け持ってくれるから優秀でしょ?」
「……双子の妹か」
「あれ、よくわかったね?」
「姉の方が当主になれるくらいに優秀だ。妹も優秀でもおかしくない」
第二王子としての仕事があるのに、事業を始める余裕があるはずがない。どこかから時間を捻出する必要がある。使えない側近達でも婚約者でもない。他に側にいるとしたら、双子の妹。婚約者候補を下りながらも側近の一人の婚約者として近くにいる女くらいしかいない。
興味がわいて、机に置かれている資料を目に通す。
事業のこと、王家での仕事、他家の情報、諸外国の動向。各資料の内容を一枚にまとめた物が一番上に置かれている。時間がなくとも、その一枚を読めば必要な内容が頭に入るようになっている。その一枚一枚を確認すれば、字は全て同じだった。
「随分と信頼しているな。まとめた内容に嘘が書かれていたらどうする?」
「ないよ。それだけ、信頼できるから任せたんだよ」
「はっ……まさか、こんなに優秀とは恐れ入る。リオーネ・マルキシオスか……なぜ、こっちではなくアリーシャ・マルキシオスなんだ?」
「双子でも、全然違うよ。もちろん似ているところもあるけどね。僕が好きになったのはリシャだから……リオーネもいい子だけどね。妹としか見てないよ」
「そうか」
何度か言葉を交わしたことがある。父が不明な俺に対しても、嫌悪を向けることのない珍しい貴族令嬢だ。二人で揃いのドレスを着て、愛想もいい。あちらも、双子というだけでも目立つが悪い評判は聞かない。最近は違うドレスになっているが、いつも仲良く笑っている印象だ。
グラウィスにとっては、信頼に足る側近らしい。そういえば、他の奴には俺との関わりを見せないようにしているのに、あの令嬢には俺とかかわりがあることを隠さずに見せていたな。
「興味は持たないでね。君は王家の血が濃い」
「はっ、誰がお前と義兄弟になることを選ぶか」
「ひどいなぁ。でも、僕もごめんだから」
悪い顔で笑っている従兄弟。公表はされていないが、俺は現王の弟の子どもだ。
母が領地で忙しい時期などは実は王宮に預けられていたこともあり、王家とは関わりが深かった。グラウィスとはお互いに生まれた月が近かったこともあり、幼い頃から交流があった。
外面がいいのはお互いに同じだが、俺の方が父親無しで蔑まれていた分底意地が悪く、グラウィスはいい子ちゃんだと思っていた。厄介な次期当主が確定している家に、婿入りすることを計画していることを知って、そのやり方を見て、王家の血だなと思った。
なりふり構わず、自分の全てを捨てるくせに、相手の望みを叶える。
自分はこうはならないと思っていたはずだった。
気になり始めるとつい目で追うようになった。双子のこと、侯爵家の事情、色々と調べることができた。本来なら王家しかしらない情報であっても、グラウィスの執務室に行けば簡単に手に入った。姉妹の仲の良さを知り……姉よりも随分としたたかに、家の利益のために動ける優秀さには舌を巻いた。
グラウィスの派閥の多くは強硬派であるにもかかわらず、しなやかに折れることなく中立派として有利になる情報を得ては、実家に貢献をしている。
王家に阿ることも無く、グラウィスと実家にのみに尽くす姿を見て欲しいなと感じるようになった。
俺とグラウィスが学園に入る頃には、覚悟を決めた。
「どういうつもり?」
「何だ、早かったな? もう気付いたのか」
「カシェル達に何をしたの?」
「興味があるようだからな、娼館に誘ってやっただけだ。随分とのめり込んだな」
「ディオン!」
「あんな女のためにお前が泥をかぶる必要はないだろう?」
「ねえ、どういうつもりか聞いているんだけど?」
凄んでくるグラウィスを鼻で笑って挑発する。別に、大したことをしたわけではない。
入学祝いという名目で、グラウィスの側近達を娼館に連れて行った。結果、あいつらは見事に女に溺れた。娼館では金がかかるので、婚約者達に目を付ける。
だが、グラウィスの婚約者は、ちやほやさせるのが好きなお花畑だ。いままで、侍らせていたグラウィスの側近達がそっけない態度をとるようになったことに焦り、自滅した。
側近たちは愚かにも王子の婚約者を性欲をぶつける対象に選んだ。
そもそもが、優秀なグラウィスに劣等感をもつ馬鹿な側近だ。グラウィスの女を知らないところで共有することにも愉悦を感じていた。
「あの女は王家に嫁ぐなら、処女であることが絶対であることすら理解してなかったな」
「……僕が王籍離脱する手段が無くなったんだけど?」
「相応しくないというのを見せつければいい。問題行動は側近と婚約者が起こしてくれる。お前はそれを御せなかった責任を取ればいいだけだ。違うか?」
「……タイミングを間違うと大変なことになるんだけどね……まあ、これでリオーネの方も破談にするのは容易になったけど。義兄弟になりたくないって言ったよね」
「そうだったか? 別に俺は義兄上と呼んでやってもいいが」
「……はぁ。リオーネには?」
「破棄したら動く。互いの目的のためだ、手を組むぞ」
グラウィスはため息をつきながらも、手を組むことに同意した。
学園に入ってからの生徒会などの業務は俺が受け持った。そして、翌年、リオーネが入ってきたときには、俺は手を引き、手助けが必要という言葉を引き出した。そこから、1年で距離を少しずつ縮めていった。
あとは、最大の難関でもある、マルキシオス侯爵に認められることだった。
グラウィス、リオーネ双方の婚約破棄が無事に成立した翌日。手紙にて面会の申し込みをしたが、すぐには叶わなかった。申し込んでから1週間後、漸く実現した。
「お目通りをお許しいただきありがとうございます、マルキシオス侯爵閣下」
「ああ、楽にしてくれて構わない。ディオン・ブラームス伯爵家子息。君とは本音で話し合いをお願いしたいな。言葉を取り繕う必要はないよ……本来なら、こちらが下の立場だからね」
俺が誰の息子であるかも理解しているという意味だろう。
その上で、本音での話し合いをしたいという。
「娘の相手として相応しいかを見極めたいのでね。取り繕われてしまうのは困るんだが……もちろん、私の見込み違いで、その話ではなかったらすまないね」
「いえ。ご推察の通り、リオーネ嬢の婚約の件になります」
「では、そのようにさせてもらおう。私は何を考えているかわからない相手に大切な娘を渡すことはしたくなくてね。君たちが何を考えているのか、教えてくれるかな」
誠実な人柄であり、真面目で穏やかな愛妻家。妻に似た娘二人を溺愛することでも有名。後継ぎの男子を得るために離縁や愛人を迎えることを周囲に勧められながら、妻だけを愛すると言い切った。その後も婿になり、家を乗っ取ろうとする者を退け、娘二人を次期侯爵として十分すぎるほどに鍛えた。
微笑みを浮かべながらこちらを観察するその瞳は、娘二人にそっくりだった。母親似と言われていたが、父親にもよく似ていると考え、つい唇の端が上がる。
「率直に言います。リオーネ・マルキシオス嬢に惚れています。彼女を妻としたい。その申し込みをするために、場を設けていただきました」
「うん。それで、君はいつから娘の婚約破棄に関わっていたのかな?」
「リオーネ嬢の婚約者を嵌め、今回の破棄に繋がったことは申し訳ないと思います。俺自身は当初の計画を聞いていませんでしたが、元から破棄をする予定ではいたようです。ただし、その場合には今回のようにコーミッシュが100%悪いとはならず、リオーネ嬢にも非があったようになると考え、勝手に計画に割り込む形で動き、その後はグラウィスと協力関係になっています」
だが、リオーネには、はっきりと俺とグラウィスが共犯になったことは伝えていない。グラウィスが中核となって、互いに別の指示を受けていた。
「うん。娘とグラウィス殿下の方で動いていた。それに、君が便乗したと言うことだね」
「おおむね、その通りかと。当初、リオーネは優秀であることを見せれば、多少の汚名を被ってもという気持ちでいたようです。ただ、途中からは猿のように盛っているのを見せつけられていたので……切り捨てたものだと思っています」
「待ちなさい。まさかと思うが、リオーネは浮気現場を見ているのか?」
「……申し訳ありません」
何度か、わざわざ生徒会室や庭で事に及んでいたこともあったので、目撃はしている。グラウィスに見せずにリオーネには見せつけることが出来るとは思っていなかったが、実際にやっていた。そもそも、カシェルがリオーネに見せつけようとしていたようにも思う。
「なぜだ?」
「おそらく、カシェルが見せつけたいようで、俺とグラウィスの目を盗んで、わざと目撃させる行為をしていました」
「ふむ……」
「俺の主観ですが、カシェルはリオーネ嬢に劣等感は持っていましたが、好意もありました。何度か、見せつけるように動き、腹立たしいことがありました。それに、セリア嬢の妊娠を聞いても、破棄ではなく、無理矢理、彼女と結婚をしようとしたことからも…………カシェルにとって、セリア嬢は遊び相手だった。リオーネ嬢とグラウィスは知らぬことですが」
同じ相手に恋をしているからこそ、カシェルの意図は俺の方が理解していた。何度も、欲の籠った瞳でリオーネを見ていたことも、俺だけは知っていた。
俺の言葉に、ゆっくりと頷いた侯爵。
「だからといって、君の行動が許されるわけではないよ」
「……存じております」
ゆっくりと穏やかに、聞き取りやすい声で語られる言葉なのに、背筋がぞくっとする。中立派を束ねる立場の人間が穏やかなだけであるはずがない。
貴族として、父親として、俺を見極める瞳に剣呑さが宿る。
「俺が卑怯であることは承知しています。それに、俺がリオーネ嬢に惚れているだけで、彼女にとっては知人よりは親しい程度の認識であることも。共に、グラウィスに仕え支えておりましたが、残念ながら惚れさせることは叶わなかった。ただ、彼女を愛し、幸せにしたいと願っています。また、俺なら彼女の能力を活かせる場を用意できると思っています」
「能力、かい?」
「アリーシャ嬢に何かあったときのスペアと称し、貴方が学ばせた。二人とも十分すぎるほどの領地を統治する能力を持っています。それに、お家騒動にしたくないために口に出さないだけで、彼女は領地を管理することが好きだ。そのために学ぶことも……。グラウィスの下で、高度な能力を磨いた。それを腐らせぬ場、彼女が望む権限を用意できます」
俺に与えられる予定の王家直轄地。祖父が持つ、もともとの土地では妻が権限を持つことは難しくとも、新しい領地であれば出来ないことではない。
真剣な瞳で侯爵と視線を合わせるとこくりと頷きが返ってきた。
「アリーシャが殿下に目を付けられたと妻から聞いたとき、リオーネがグラウィス様の候補から降りて、彼に仕えると言ったときから覚悟はしていた。王家の方々は情が重い。諦めも悪い」
「……ええ」
「娘たちは巻き込まれることがわかっていた。……だからこそ、女であろうと自力で生きるだけの能力を娘たちには授けた。何があっても、この国でなくても生きていけるだけの能力をね」
アリーシャ嬢については、ある程度覚悟をしていたらしい。予想外だったのは、リオーネが俺を釣ったことだったらしい。
「君の気持ちはわかった。その上で、聞こう。君はどれくらい待てる?」
「……彼女が手に入るのであれば、いくらでも待ちましょう」
今すぐにでも、彼女を攫って俺のものにしたいという気持ちがないわけではない。だが、優先するのは俺の気持ちではなく、彼女の気持ちであり、彼女の立場だ。
こちらを見ている侯爵と視線を合わせて、決意を込める。
「その言葉に偽りはないね? 随分と待つことになるだろう」
「俺は卒業後に、伯爵家を継ぎます。それを確認した後、父はこの国に戻り、母の下へいくでしょう。俺は好きな女の横に立つのを20年待った男の息子です。待てと言われれば、同じ時を待つことになっても厭うつもりはありません」
俺が少し自嘲するように、「今更、親の恋愛を側で見たくはないですが」と言葉を添えると、くすっと笑いが漏れた。
「覚悟はわかった。君をリオーネの婚約者としよう。ただし、公表はタイミングを見て行う。すぐには発表しないがいいかね?」
「わかりました」
「いいのかい? 発表しない限り、あの子の側にいることは出来ないよ」
「ええ。待ちましょう」
「折を見て、娘たちには伝えよう。これからアリーシャの方も動きがあるなら、すぐにではないがね」
「ありがとうございます」
意外とあっさりと婚約者として認められた。また、表立っての交流は難しいが、手紙などについては、やり取りしても構わないという許可も貰えた。祖父と母の方にも正式に申し込みをしておくことと、王家に対しても、公表は控えるが候補として報告をしてくれるという約束をもらった。
予想外に順調だった。あとは、本人を根気よく落とすだけだ。




