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2-4.決意


 家には婚約を破棄すること、貞操の危険があるため王宮にて保護してもらうことを説明した手紙を送る。3日後の話し合いについては、破棄一択。

 次の婚約については、グラウィス様から紹介してもらうことを記載しようとして、無駄に力が入ってしまい、つい文字が乱れてしまった。


 でも、私が落ち着いたと思ったグラウィス様が一度追い出したディオン様を呼び、打合せを始めてしまった。

 部屋に戻ったディオン様は、何もなかったかのように振舞い、こちらを見ることすらしない。今までと同じ、そんな素振りを微塵も感じさせない態度に腹が立ってくる。つい、先ほど舐められた喉に指先が向かい、顔を振って誤魔化すとその瞬間に目が合ってしまった。


 唇の端だけ上げて、にっと笑うその顔にぱしんと一発お見舞いしてあげたい。今まで、同志として協力関係にあって、仲間としての認識しかしていなかったのに、急に意識してしまう自分自身もぐちゃぐちゃでどうすればいいかわからなくなってくる。


「あ、そうだ。お詫びにこのお茶も一緒に送ってくれる? リシャの好みだと思うんだよね」

「はぁ……帰ったら一緒に飲んで、残りは缶ごとアリィに渡しておきます」

「君が飲んでも構わないよ?」

「胸焼けしそうなので遠慮します」


 やはり、アリィのために用意したお茶だったらしい。好みは同じなため、私も好きな味ではあるけど、経緯を思い浮かべるとすっきりと飲めない。


 茶葉を一緒に家に送る手配を終えたころ、王妃殿下から呼び出され、私はグラウィス様の執務室を後にした。



「ごめんなさいね。少しお話が必要と思ったのよ」

「いえ、王妃殿下の貴重な時間を割いていただきますこと、光栄でございます」

「ふふっ、座ってちょうだい」


 王妃様とは何度となくお茶会をしたことがある。婚約者候補になり、候補を降りた後も定期的に誘われる。緊張はするけど、話せずに縮こまるようなことはない。


「やはり、婚約破棄になってしまうようね?」

「あちらは無理やりにでも結婚をしようとしてきましたけど……流石に、王家の婚約者を妊娠させた相手に嫁ぐことはできません」

「ええ、グラウィスから聞いたわ。あなたが無事でよかった」

「ご心配いただき、ありがとうございます」


 おっとりと笑う王妃殿下は綺麗で可愛いなと思う。大変な重責もある地位につきながらも優しく可愛く笑う印象がある。可愛い方である一方、王族としての手腕はそこまで高くないことも知っている。


「貴方の次の婚約は王家から紹介をしたいのだけど、どうかしら?」

「はい、出来ればおねが……っ」


 お願いいたしますと伝えようとした瞬間、『俺のところに来い』というディオン様の声が浮かんでしまい、びくっと体が動き、変な反応をしてしまった。

 無意識に喉に手が動き、慌てて、手を腿の位置に戻す。


「あら? どうかしたの?」

「い、いえ……グラウィス様にお願いはしたのですが、王家から用意していただけるのでしょうか?」

「そうね。用意しないといけないでしょうね……ただ、その程度で引いてくれるかはわからないわ」

「それは……ブラームス伯爵家令息のことですか?」


 こくりと頷きが返ってきた。どうやら、彼の目的が私であることを王妃様は知っていたらしい。先日、婚約者と上手くいってないと相談したときにはそんな様子はなかったと思うのだけど……。


「今日、グラウィスから聞いたわ。その、セリア嬢との婚約破棄となると次の相手として……あなたの名前が挙がったのよ。そしたら、グラウィスから、『ディオンが許すはずがない』と言われたの」


 そもそも、グラウィス様も私を選ぶ気はない。ただ、そこで名前を出すと言うことは、グラウィス様とディオン様も協力関係にあることが覗える。私に婚約者を紹介するという約束だったのだけど、期待できなさそう。


「ディオンが昨年から側近の真似事をし始めたときから、目的はあなただったらしいのよ……ごめんなさいね、知らなかったわ」

「いえ……私も先ほど、初めて知りました。いきなりすぎて驚いたのですが、グラウィス様は知っていたようです」

「そう……では、もう整っているのね。これだから、王家の男って」

「王妃殿下?」

「手に入ることが確信してから、相手にオープンにするのよ。もう、本当に……それまで悟らせないから、困るの! ディオンもだなんて、本当に……」


 王妃殿下も国王陛下に絡め取られた人で、婚約してからとても苦労した方だとは承知している。そして、王妃殿下から見てもすでに詰み状態になっているという認識らしい。

 この方も王妃になるのは無理と拒否しつつも、結局は絆されて王妃となった方。ある意味王族によって生き方を歪められた人でもある。


「その……彼が王家直轄地を継ぐのですか?」

「ああ、その話も聞いたのね。……そうよ。あと、来年か再来年には王弟殿下が還俗する予定なのよ」

「は? 先王陛下の命令で一生、教会にいることになっているのでは?」

「教皇様がお年を召しているから……あの方が枢機卿であることにも、色々あるみたい。教会から追い出されるようね。領地に行くより、多分……一緒に居られなかった分を穴埋めしようとすると陛下が言っていたから」


 私に詳細を説明しているけど、これは話を聞いていい内容ではないはず。王家の事情をあっさり私に話すと言うこともすでにディオン様との婚約を進めるつもりよね。

 ディオン様は、飛び地である直轄地側に行くつもりということかしらね。本体の領地だと私の家からは遠くなってしまう

 

「でもね……幸せにはしてくれるのよ? だから、大丈夫」


 王妃様は頬を赤らめて、可愛らしく笑っている。一国の王妃には見えない可憐な姿だけど。

 私の場合は嫁ぐことは変わらない。領地の収入も安定していて、苦労をすることはない。王家の方は相手を大事にすることは知っている。だから、大切にしてもらえることはわかっている。

 でも、私のどこが好きになったのか、全然わからないのよね。


 その後のお茶会で話したことは、たいして頭に残らなかった。わかることは、王家側ももう、ディオン様に私を添えてこれ以上面倒事にならないようにするつもりだということだった。



 翌朝、カリオン様と同じ馬車に乗り、視察へと向かう。


「ご愁傷さまですね」

「……はい」


 開口一番に哀れみの視線を向けて、発せられた言葉に頷くことしかできなかった。

 王家の男に惚れられたらどうなるか、その実例を見せてくれた方だけに、諦めなさいと言われている気がしてしまう。


「貴方にはいずれ相応しい男性を紹介するつもりだったんですけどねぇ」

「ご期待に沿えず、申し訳ありません」

「ええ。あの無能との解消はおめでとうございます」

「ありがとうございます。ちなみに、どなたを紹介してくださる予定だったのでしょうか?」

「こちらの派閥に取り込むに足る者ですよ。話が流れた以上、今は名は出しません」


 第一王子派閥、穏健派にということだろう。ここら辺は難しいところではある。私自身はグラウィス様の側近の婚約者ということで、第二王子派閥の中立派。第二王子派閥は強硬派が多く、私の元婚約者も強硬派。

 これを鞍替えさせるために動いていたということだろう。何故か、カリオン様には昔から気に入られている。政敵であるグラウィス様とは一方的に仲が悪いのに不思議だった。


「そうですね。名前を聞いても意味は無いですね」

「おや、もう諦めるのですか? 意外ですね、あなたはもっと諦めが悪いと思っていましたが」

「散々、身近で見てきましたから。カリオン様が絡めとられる一部始終も、グラウィス様が粘着してドロッと重い感情を拗らせているところも……あれが王家の愛だとしたら、逃げられる気がしません」


 自分が対象になるなんて、今まで考えもしなかった。

 ディオン様が王家の血筋なことは知っていても、微塵もそれを感じさせなかった。王家の病は王家だけに留めておいてほしい。


「本当にいいのですか? 一度、公になったら生涯逃げられませんよ」

「昨晩、考えたんですよ。いきなりでしたしね。一年前にはすでに私に決めていたような言い方もされたので、過去にきっかけがあったかも考えたんですけどね……全く思い当たらないのに、彼の顔ばかり頭に浮かんできてしまって…………だけど、彼の思い通りに動くのも不満ではあるのですけど、嫌じゃないことに気付いてしまって」

「あなたもですか……仕方ないですね。気持ちはわかりますよ」

「でも、優秀なのが腹が立ちます」

「諦めなさい。王家が優秀だからこそ、許されている部分でもあります」


 そう。優秀すぎて、軽々と実力を示されると、こちらが必死にしていることが馬鹿らしくなってしまう。「手伝うか?」と聞いてくるけど、いつも素直に頷けなかった。

 血だと言われるとそれまでだけれど……。私やアリィの努力をしっかりと見てくれているあたり、グラウィス様もディオン様も嫌いではない。


 かなりディオン様へ気持ちが揺らいでいる自覚が出てきて、顔が熱くなってくる。その様子を見たカリオン様が楽しそうに笑っている。


「カリオン様、やけに肩をもちますね?」

「あの男は、こちらにも手を回しているのでね」

「カリオン様に、ですか?」

「ええ。あなたに新しい婚約者を見繕わないのであれば、グラウィスの支援は一切しないと言ってきました」

「……ああ」


 王妃様にもカリオン様にも根回しして、新しい婚約が調わないようにしてあるらしい。無駄に、そういうところばかり先に潰すのよね。王家の仲介が無い状態では、次の婚約が調いにくいことは私だけでなく王家も承知しているということ。


 ただ、すでに王家は私とディオン様を組み合わせる予定。王妃殿下もカリオン様も同じということはそのお相手の国王陛下も第一王子殿下も承知でしょう。


「それで私を売るんですか?」

「ええ。いい加減こちらも立太子したいので、彼の申し出を受けました。グラウィスとディオンが組んでいると厄介ですから」

「ああ……一気に形勢動きますからね」


 表では、王位継承を争う振りをしていたグラウィス様が、ここから王籍離脱まで……カリオン様はどこまで聞いているのか、何も知らない可能性もあるだけに不用意な発言だったかもしれない。

 ぎらっとこちらを見るカリオン様ににこりと笑顔を返しておく。


「カリオン様。私はもう少し足掻こうと思います」

「おや、どうしました?」


 混乱していたけど、まずは目的を果たしてからにした方がいいことを思い出した。その後に、自分の婚約を整えても、多分……というか、おそらく、その程度で諦める人でもない。


「今までの婚約者がアレだったのと、急なことで自分の感覚がおかしくなっている可能性。それに私にも目的があることを思い出しました。結論は後回しにします」

「目的、ですか……是非、お聞きしたいところですね」


 カリオン様も目が剣呑さを増した。この方は、王妃になるにふさわしい度胸、強かさがある。次代も安心できるだけの土台があるからこそ、グラウィス様も安心して王籍離脱をするのだから。


「派閥は違えど、敵対するつもりはございません……ずっと近くで見てきましたから、尊敬しております。私は双子の姉が爵位を継ぐために、動くと決めたんですよね。そのために、グラウィス様を利用することも。だから、全部片が付いてから、考える事にします」

「おや、それはそれは……あなたがグラウィスの相手でなかったことに感謝しますよ。まあ、あのディオンが大人しくするとは思えないので同情しますが……なかなか拗らせてますよ」

「カリオン様……不安になることを言わないでもらえます?」

「貴方に目的があるというなら、敵対しないという言葉を信じて静観しましょう」

「ありがとうございます」


 カリオン様が優雅に微笑みながら、「言葉を違えるな」という圧を感じる。


 とりあえず、視察が終わったら、もう一度、グラウィス様と話し合いの場を設けないといけないわね。

 


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