2-3.告白?
王宮の執務室に行くと、勝手知ったるとばかりにディオン様が、茶器を取り出し、お茶を用意するようにメイドに指示をしている。
「俺を恨むか?」
「突然、なにかしら?」
「俺があいつらに女の味を教え、道を踏み外すように誘導し、お前が婚約破棄になるきっかけを作った」
「別に、グラウィス様の目的を達成するためには必要なことだったでしょう?」
「あのバカの婚約を解消する計画で、お前は巻き込まれて寝取られた女という烙印をおされた」
「はぁ? 元から、アレとは婚約破棄することは確定してたんですけど? そもそも、アレに傷つけられたとか、不名誉なこと言わないでくれる? 最初から、グラウィス様が婚約解消した時点で、私も解消することになっていたわ」
まるで私がアレとの婚約継続を望んでいるような言い方は止めて欲しい。
計画のためにあれを婚約者に選んだのは確かに私。グラウィス様は、何度も「本当にいいの?」と確認してきたが、側近の3人のプロフィールを確認した中で、アレが家も含めて一番都合が良かったから選んだ。
私が熱望して婚約したのだとアレは吹聴していたのを知りながら、否定しなかったのは事実だけれど。
「聞いてないぞ、そんなこと」
「そう言われても……なんでグラウィス様から聞いてないの?」
「だいたい、なんでグラウィスが紹介することになっているんだ?」
「王家の紹介なら無下にできないでしょう、傷物でも。そこまで保障があるから、協力してるのよ」
「……ちっ」
いや、柄悪すぎでしょう。舌打ちとか、次期伯爵のすることではない。でも、私も少し素が出てしまったので、反省する。この場には私と王宮メイドしかいないし、ずっとグラウィス様に仕えているメイドさんだから外に漏れるようなことはないのだけど。
ディオン様は頭に手をやって、考えているの。せっかくまとめて整えていた前髪が降りてしまい、いつもより幼く見える。取り乱しているように見えるのはなんだか珍しい。
なんだか、色々と頭を抱えているが、無視してお茶を飲む。私好みを把握しているのか、とても美味しい。
ふぅっと息をついて、お茶が美味しいことをメイドに伝えると、グラウィス様が「これが好みの味だ」と何度も悩みながら、お茶の葉を用意していたと伝えられた。
メイドさんは私用に用意していたと思っているようだけど、それ、多分、私のためじゃないわね。アリィが好きなお茶だから、用意したのでしょうね。私に振舞った後、「気に入ったなら」と持ち帰らせてアリィに飲んでもらうつもりかしらね。相変わらず、愛が重い。
「さっきの条件だが、領地は二つほど間に挟まるが、主要な街道が通っているから距離に比べ、遠く感じない場所はどうだ?」
「え? 何の話ですか?」
「お前の新しい婚約の話だ」
「そうですね。距離としては良さそうです。他にも産業とか、そこら辺の情報が欲しいところですね」
「そうだな。銀が出る鉱山があるのが有名だが、加工技術も領地で持っており、銀細工が好評だ。宝石などを隣国から買い付けて組み合わせているからそれなりに潤っている。食料としては、麦が主流で作っているが、山間部もあるので芋やキビの栽培もしている。他にはワイン用のブドウなども最近は作っている」
「へぇ、良さそうですね。我が家は酪農が強いので、農作物は被ってないですし。実家のチーズとワインが合いそう……宝石も、アメジストとか水晶なら我が家の領地からも出るので、提携もしやすそうですね。でも、そんな家ありましたっけ?」
一通り、貴族の主要産物とかは頭に入れているけれど、そんな家は覚えがない。銀とか金が出るような鉱山はたいてい王家の直轄領になっているはず。
家の近隣であれば、きちんと情報を入れているので、そんな領地は覚えがない。
「俺が継ぐ領地だ」
「は?」
「婚約者をあいつに紹介させるくらいに誰でもいいなら、俺のところに来い」
「待って、いや、本当にちょっと待って……つまり、王弟殿下が所領にしているアルジェント地方のこと言ってます?」
確かに、銀が採れる鉱山があり、家の領地からも近い。街道も通っている。何より、王家御用達の銀細工を作る、王国一の技術があるアルジェント地方。当然、王家直轄地。
ただし、教会に帰依した王弟殿下に与えられた記録があることは知っている。教会にて枢機卿になっており、実質は王家がそのまま管理しているため、すでに王家の土地に戻っていると考えていた。
でも、それを継ぐということは、やはり王弟殿下の隠し子ということで……正直、待ってほしい。いや、多分、そうだとは知っていた。だけど、ここでこんな話が出ることは考えがなかった。普通に伯爵家の領地だけでなく、そこも統治するということ?
「そうだ」
「それを発表したら、いくらでも婚約者候補が群がるでしょう?」
「だろうな。だから、発表前にお前に言っている」
「本気? いや、待って……確認だけど、発病してる?」
「発病? 言っておくが、俺自身は女を買ったりはしていない。発病するわけがないだろう」
違う。発病はそういう意味ではない。
恋患いという名の病気を発病しているのかを確認したい。
この国の王族はなぜか、貴族よりもよほどこの厄介な病にかかる。
しかも、優秀な人ほど、この病により面倒なタイプとなる。グラウィス様がアリィに惚れた結果、王籍を捨ててまで、婿になろうと計画しているように……恋をすると、相手を手に入れるためなら、他は何でも捨て、手に入れたら離さない。
何年も下準備をして、逃がさない状況を作り上げて、必ず手に入れる。そういう王家なのだ。母からはグラウィス様の婚約者候補になったときに忠告された。
『王族に恋をされれば逃げられないから気を付けなさい。グラウィス殿下は王族の血が濃いから苦労することになるわ。何をしたいか知らないけど、本気でないなら最後まで残ることのないようにね』
『すでに遅いです。アリィが惚れている可能性があるから、敵情視察するために候補になったので』
母に伝えたとき、気丈な母は、目をかっぴらいて持っていた扇を折った。そういえば、アリィは隠れて会っていたから、両親はその関係を知らなかった。
『あなたの知っていることを全て教えなさい。一つも漏らさずに』
私はアリィが家を継ぎたいと言い出したきっかけがどこにあったのか、そこから全てを母に報告した。全てを聞いた母は遠い目をした。そして、『調べるから、しばらく待ちなさい』と言い、数か月後に、色々なことを私に教えてくれた。
まず、この国において、爵位継承は男性優先、次に長子。生まれた順番による優位があるが、絶対ではない。本来、継承の順番を不明瞭にしてしまうとお家騒動の元になる危険が強まる。
他国では、はっきりと明文化されているにもかかわらず、この国は意外と第二子とかが爵位を継ぐことができるように緩くなっているのだと言う。
その理由は王家にあった。
この国の王家は優秀だが、恋に狂う。大昔は決められた婚約者との婚約を破棄して、恋した女性を婚約者に据えようとするなどが過去に何度もあった。
王族としてどうなんだろうと思われるのだが、本人は大真面目で、王となることより幸せな家庭を築きたいから、継承権を放棄するという一連の流れができるほどらしい。
母は国王陛下と王弟殿下のちょうど間の年齢であり、どちらの恋模様も学園で見ていたらしい。お二方とも、婚約者がいない状態で学園に入ったらしく、それはもう、大変だったと説明を受けた。
国王陛下の恋はまだ微笑ましかったらしい。お互いに両想いであるのが見て取れた。今もおしどり夫婦として国を治めている。
王弟殿下は相手の立場を尊重し、諦めた恋だと伝わるけど、母から実は子どもがいると聞いた。隣国へ留学してまで逃げた伯爵令嬢は、未婚で子どもを産んだ。その事実が重い。教会に入ったのも、先王陛下が無理やり還俗させないように命じた。遅すぎるとは思うけど。
王家の醜聞は国の恥。結果として、王族の婚約者は本人が決めることとなり、破棄をすれば王族本人も責を負い、王籍離脱するという慣例があるくらいには、過去に色々あった。
そして、王族が恋をするまで、婚約者ははっきりと決めないことが慣例になっていて、あくまで候補として何人かを擁立しているだけらしい。
『リオーネ。あなたに命じます。アリーシャは我が家の後継ぎ。どこまで本気なのかによっても、我が家の方針が変わります。グラウィス様の真意を調べなさい』
母は、私に真意を探るようにと言い、私は婚約者候補として近くに侍るようになったがなかなか真意を読めなかった。私は婚約者候補として、王家を調べた。ちょうどその頃、カサロス様がカリオン様を婚約者とするために動いていたこともあり、ぞっとした。
カサロス様はカリオン様を手に入れるため、ぽやっとした呑気ないつもの面はどこにやったというくらいに、恐ろしいほどに逃げ場がないように追い詰めて、彼女を婚約者にした。
王家の本気を恐ろしく感じる中で、もう、無理かもしれないという思いが芽生える。
『うん? リオーネは特別かな。僕にとって、妹だよ』
他の婚約者候補たちが横並びの中、唯一、私だけが少し贔屓を受ける。そのたびに、彼は私を妹だと言う。そして、『婚約者にはならないけど大切なんだ』と続けるのだ。
双子で同じ顔をしている私を代わりに婚約者にするのではなく、妹にすると断言している。私を婚約者にする気が無いのを周囲に告げるのに、可愛がってくる。この時点で、もうアリィは逃げられないのではないかと何度も思った。
あとのチャンスは、非の打ちどころがないほどの人をアリィの婚約者にするしかないと思った。アリィが凡庸で、毒にも薬にもならない人を選んだとき、終わりを悟った。
『母様。あれは無理です。私はグラウィス殿下につきます』
そう、宣言した。
どうやったって、グラウィス殿下は婿に来る未来が見えた。せめて、家への被害を防ぐためにも、動きを見張りたいこともあり、『協力者となる』と言って、グラウィス様に膝を折った。
そこから、4年。グラウィス様の悲願成就まであと少し。これが終わったら、私自身の平穏な結婚生活のために、いい人を紹介してもらう予定だった。無理なら、私は実家でアリィを手伝いながら、嫁に行かないことも選択肢にしていたのに……。
「私は、カサロス殿下とグラウィス殿下の恋の病を間近で見た。だから、聞いてるの……王家の血を引いてるあなたは、王家の病にかかるのか、どうか……はっきり言って」
「ああ、王家の病か。なるほど、上手いことを言う」
王弟殿下と伯爵令嬢の恋は実らなかった。
いや、目の前にその子供がいる。明らかに、同年代では優秀過ぎる。グラウィス様と並ぶだけの優秀さがある。これで、王家の病も受け継いでいるなら私は詰んでいる気がする。
そう。わざわざ、グラウィス様は計画の際、自分の我儘だからと穏便な婚約解消を既定路線にしていた。ただ、グラウィス様自身の評判を下げることも目的に入っていたから、わざと醜聞を広めるために、動くのは聞いていた。その中で、セリア様の方もかなり問題がある行動をするようになっていた。
これが、グラウィス様の計画と同時に、ディオン様の方でも計画を入れているとなると話が変わってくる。
「俺が王弟の子だといつ気付いた?」
「婚約者候補になって1年くらい経ったころよ。アリィのためにグラウィス様を探っていたころ、両親とカサロス様から王家の病を聞いたのよ。忠告を含めてね」
「カサロスから今のうちに逃げろと言われたんだったな……なぜ逃げなかった?」
「てっきりグラウィス様が私を狙ってると勘違いしているのだと思ったのよ。だから、『グラウィス様が惚れてるのは私じゃないです』と伝えたのよ。その時、あなたが王弟の子どもだと教えてもらったわ」
「カサロスはそういう勘はするどいからな。その忠告を素直に聞いておけば良かったのにな?」
近づいてきて、髪の毛を一筋掴んで、髪の毛にキスをされた。その行為に赤くなり、立ち上がる。距離を取ろうと後退ると、ゆっくりと近づいてくる。すぐに壁にぶつかってしまい、追い詰められた状態になり、顔の間に両手で塞いで、赤くなった顔を隠そうとする。
「隙だらけだな」
いきなり喉にキスを落とされ、固まる。
今、唇が触れたと思った後、なんか舐められた気がするのだけど、気のせい? 気のせいよね? というか、何が起きているの?
「な、なにするのよ!」
「王家の病を間近で見てきたなら理解できるだろう? 次の婚約者は俺にしろ。身に染みてわかっているだろう? 逃げるどころか、近づかせるからこういうことになる」
くっくっと楽しそうに笑っているけど、近付かせた覚えはない。側近が足りないと言った次の日から、彼が側近になったと伝えられただけ。その前から顔を合わせることはたまにあったけれど、何かがあったわけではない。
個人的な話をするようになったのは、1年前なのは間違いない。
「そこまで。僕の執務室でいかがわしいことは止めてよね」
「……グラウィス様」
「なんだ、早かったな。話はどうなった?」
「3日後に関係者を集めて話をすることは変更なし。ただ、リオーネに対し、無体を迫ることが無いように、リオーネは家に戻らず、公務で明日から出掛けるカリオン様のお供をするようにって」
部屋に入ってきたグラウィス様が私の腕を引き、背にかばってくれた。
頭が混乱する中で、淡々と明日の予定を告げられても頭に入らない。ただ、王宮で保護しておくくらいには婚約者の家がやらかす可能性を考えているらしい。
「え? 明日?」
「そう。朝に出発するから、今夜は泊まっていくようにね。話し合いまでは、カリオン様が預かる形になったよ。悪いけど、手紙書いてくれる? 王家の通達だけだと侯爵も心配するだろうから」
「わかりました……」
便箋を渡されたので、受け取って、事情を書き始める。ディオン様は私が落ち着かないからという理由で部屋から追い出された。
まだ、心臓がバクバクしているし、顔が赤くなっている自覚はあるけれど、グラウィス様は見なかった振りをして自分の仕事を始めた。
手紙を書きながら、少しずつ落ち着いていく。私に何かあっては困るというのは王家も同じ。保護してもらえるのであれば、それは助かる。家には事情を伝え、とりあえずは指示に従っておけば、アレとの解消は進む。
ただ、別で予想外のことが起きている。顔も心拍数も落ち着いたところで、グラウィス様に声をかける。
「グラウィス様……」
「う~ん。ごめんね、でも、彼が従兄弟だと兄上から聞いてるのに逃げなかったでしょ?」
「いや、そんなことわかるわけありませんよね?」
「まあね。ぼくもその時は気付いてなかったしね。こんなんだから、病って言われるのかな。困っちゃうよね?」
「……」
困っちゃうよね、じゃない……いや、待って。本当に?
いや、ちょっと頭が追い付かない。本当に、どうなってるのかしら……。
一応、ディオン様から庇ってくれているけど、どちらかというとディオン様寄りなのかしらね。急いで次の婚約者を考えないと、まずいかもしれない。