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2-2.陰で糸を引く


 馬車に乗って家に向かって出発すると、ふぅっと息を吐き出してから、正面に座る上司に対し、姿勢を正して礼をとる。

 

「グラウィス様、ありがとうございます。助かりました」

「いや。まさか、こんなに早く動くとは思わなくてね。君への連絡が遅れてごめんね」

「まあ? 説明してもらえます? そちらの隣にいる方も含めて」

「ふんっ、無事なようだな」

「当然でしょう」


 グラウィス様の馬車には先客がいた。ディオン・ブラームス伯爵家子息。

 伯爵家の子であり、伯爵子息ではないところが、彼の複雑なところでもある。父親は不明、伯爵令嬢である母親が父の名前を明かすことなく産み、女手一つで育てている。伯爵位は彼の祖父が現役で務めていて、伯爵家の子どもであるが伯爵の子ではない。ただし、王家も彼が次代の伯爵であることは認めている。

 私自身、すでに伯爵が高齢であり、実際は彼の母が領地を経営していることも知っているくらいには、彼の家の内情には詳しくなってしまった。


 彼の母は、自分が爵位を継ぐことをしなかった人。姉が爵位を継ぐために努力する中で、周囲を調べたとき、彼の母を知った。

 あの方も姉と同じように爵位を継ごうと考えたことがあったのではないかと思う。ただ、爵位を継ぐよりも前に彼を妊娠し、産むことを優先したために社交界が荒れて、爵位を継がなかった。



「何をぼぉっとしている」

「なんでもありません。少々、あのバカな婚約者との嫌な記憶を消すために考え事をしていただけよ」

「あのバカに時間を割くだけ無駄だろう。3日後には他人になる、そうだな?」

「うん、もちろんだよ。ただ、怖い思いさせるつもりはなかった。ごめんね、リオーネ。僕もディオンも……あちらの動きを侮っていた」


 グラウィス様の方でも、近日中に婚約者が私に接触をしようとする可能性があるため、放課後に伝えようと思っていたらしい。目立つ行動は出来ないため、生徒会室に来たら伝えるつもりだったという。


「アレが教室で待ち構えていたせいですね」

「怖い目に合わせてすまなかった。それと、ありがとう」


 私への謝罪とともに言われたお礼。おそらく、姉が伝言のために生徒会室に向かったため、久しぶりに直接姉と会えたことへのお礼でしょう。学園では学年も違い、会うことは難しい。

 初恋を拗らせているこの人は、間近で見ることが出来ただけでウキウキしているのが目に見えてわかる。それに気づいて、嫌そうな顔をしている人もいるけど。


「緊急事態でしたから。餌は必要と思いまして」

「うん。そうだろうね……あの執事から聞いたけど、ベッドメイクするようにメイドに命じていたらしいよ」

「おぞましい……まあ、学園の庭でセリア様との戯れをされる方ですものね。あり得ない話ではないかしら」

「3日後に証言をしてもらう予定だからね。あと、君が彼に紹介状を書くと言ってくれて助かるよ」

「王家の……いえ、あなたの手の者でしたの? 若く執事にまでなる実力だと思っていたのに」

「内緒だよ?」


 考えてみれば、あの若さで執事になるなんて普通ではない。

 おそらく、アレが側近になったときに、「将来、側近をしているせいで領地が上手くいかないようでは困るだろう?」とか、適当なことを言って、自分が本当に信頼する人をお目付け役として送り込んだのだろう。


「私もまだまだですわね」

「そう? 贔屓目なしに、学生の中では飛びぬけて優秀だけどね?」

「学生以外のあなたの手の者には劣るのでしょう? まあ、そうでなければ新進気鋭の事業を始めたりしないでしょうけど。それで、婚約破棄までの予定を教えていただけます?」


 グラウィス様は無駄に優秀。その情熱が国民に向けば良い王となれたのでしょうけど、自分の兄と初恋の相手である私の双子の姉にしか、情熱は向かなかった。


 いえ、この国の王族って、代々そういうところがあるのよね。

 王位を継ぐのは、王の子であり、産まれた順番を考慮していない。それは、王族でありながら、恋愛感情によって王籍を捨てる人が何代かおきにいるせいでもある。


 大抵が、愛情が拗れている。目の前にいるグラウィス様だけの話ではなく……兄のカサロス殿下も、国王陛下も、しっかりとお相手との恋愛の感情が見てとれる。


 おそらく、会ったことが無い元王弟殿下、現・枢機卿猊下もそれは同じなのでしょう。19年前、王族であることを捨てて、教会に入った方。その被害者である目の前にいる王家の瞳に似た瞳をもつ父親がいないはずの男に視線を送る。


「なんだ?」

「いえ。無駄に優秀過ぎて腹が立ちます」

「ふん……ここから一気に動く。ついてこい」

「まあ、大変」


 説明された事情は、何というか、子どもでも無理なことがわかるくらいにお粗末な展開だった。


 グラウィス様の婚約者、セリア様の侍医は王家の息が掛かっている。

 王家に嫁ぐ方が病弱であったり、なんらかの病の後遺症などがあってはならない。そして、最近、調子を崩していたセリア様が昨日診断を受け、妊娠していることが発覚した。


 そもそも、純潔であることを求められるのに、校内でも隠れて行為に及んでいることを知られていたので、今更ではあるのだけれど。流石に、妊娠ともなればお花畑たちも焦ったのでしょう。


「学園内でも噂になるほど、お盛んでしたから……でも、父親はアレですの?」

「さあ? セリアがアレだと言うなら、アレなんじゃない? 他に何人と関係があるのかは知らないけど。国王並びに王妃に対して証言したんだから、嘘でしたではすまないよ」

「……アレはいつ、私を領地に閉じ込める計画をしたのかしら?」

「今日の午前中にセリアを含む伯爵家と話し合いをしていたからね。娘は謹慎させると言っていたけど、あの家は甘いからね。セリアが学園に行き、アレに助けを求めたんじゃないかな」

「つまり、時間は無かったはず、ですか。せっかく、家ごと糾弾出来るネタと思いましたのに、切り捨てられておしまいですか」


 アレ一人の暴走だと、みっともなく騒いで都合の良い主張を繰り返し、両成敗まで持っていきそう。

 例えば、親がいないうちに家に来ていたなら若いのだし、淫らなことをしていても仕方ない、とか? 自己責任だとか、純潔でないかのように吹聴して、こちらが折れるようにしむける。あの家だとやりそうだから困るのよね。


「大丈夫だよ。ちゃんと守ってあげるよ」

「ええ、お願いします……漸く、縁が切れるなら嬉しい限りです」

「ついでに糾弾出来るネタある?」


 糾弾ね。確かに、私に非がないことを明らかにするためには、相手に落ち度があった方がいいかしら。

 でも、すぐに思い付くようなネタはないかしら。ここ一年の贈り物やお茶会がないくらいでしょうね。


「女遊びくらいかと。ああ、その手の店に行ってますね。しかも、自分が自由に出来るお金は少ないのか、質の悪い店に。病気があっても可怪しくないかと。アレだけではありませんが」

「……誘われた?」

「いいえ? 私の前には姿を見せませんもの。今日だって、一年ぶりかしら。私ではなく友人の前で、婚約者なら金を払わずやれると思ったのに生意気、とか言っていたらしいとは人伝に聞いております」


 性に目覚めて、そういう店に行くようになり、婚約者ならと思った。そこまではわかる。相手をする気はいっさいなかったのだけど。でも、なぜか、第二王子の婚約者とそういうことをするようになったのよね。

 グラウィス様が眉間に皺を寄せて嫌悪の表情を出しているということは、誘導したのは、ディオン様ね。彼に視線を送るとにっと唇を上げた。


「うん。なんていうか、ごめんね。女の子にする話じゃないよね」

「べつに構いません。こちらでも、父に確認しておきます。溺愛している娘の婚約者です。定期的に身辺調査しているはずなので、何か知っているかもしれません」


 侯爵である父は、優秀である。中立派の中でも、まとめ役として存在感があり、王家も穏健派、強行派も無視できない存在。さらに、妻と娘を溺愛していることから、各派閥の奥様方からも一目置かれている。

 貴族からの情報は集めやすいため、それなりの情報は持っているでしょう。


「一応確認するけど、未練ある?」

「あの男に? それとも、貴方様の影の側近という立場に? どちらありません。次にそんなことを聞いてきたら、アリィにあること、ないこと、話しておきます」

「ひどいな。僕の側近としての未練くらい、あって欲しかったな。今回の件で、僕の側近は君だけになるのに」

「ディオン様がいるでしょう」

「俺を巻き込むな」

「ここで側近を下りれば、貴方もグラウィス様を裏切っていたと認識されるでしょ、諦めて平民になるまで付き合ったら?」


 巻き込むなと言うけど、今回、セリア様の相手は本人がカシェル様だと証言しただけで、他の2名もまた彼女とそういう関係だった。学生たちの前で堂々と行動しているだけに、世間はこの時期に側近を降りるなら、同じことをしていたという疑惑を持つ可能性はある。

 否定するためには、側近を続けるしかない。本人はやる気が無いし、そもそもどうしようもない状態のため手伝っているだけで、グラウィス様に忠誠など全くないので、嫌なのだろう。

 

「俺がするわけないだろう」

「でも、あのアホ達に女を教えたのディオン様でしょう?」

「あれ、よくわかったね?」


 私の確認に、グラウィス様が頷いている。やっぱりとしか思わないくらいには、やる人なのよね。


「再起不能になるほど追い詰める必要がないので、グラウィス様はそこまでしないかなと。アリィに色目使ったら、やりそうですけどね」

「うん、リシャに近づいたら完膚なきまでにやるよ」


 こくりと頷きを返しておく。この人は、基本的にはそれ以外興味がないので、やり過ぎている場合は概ねディオン様が動いている。責任はグラウィス様がとるけれどね。


 同じ顔をしている私には全く興味をもたないあたりが徹底していて、王家の血を感じてしまうけど、基本的に一途ではあるのよね。


「続けてくれてもいいよ」

「短期間だけと言って、1年も付き合ってやったんだ。十分だろう」


 ディオン様は、最初から人が足りないと愚痴を言った私のために用意された人材であることは知っている。そして、表では貴公子として、紳士として振舞うのに、私やグラウィス様だけだと素が出る。その素があまりよろしくないのよね。


 学園に入ったとき、生徒会の仕事があまりにも溜まっていて、一人では捌ききれなかった。グラウィス様には自身の計画を進めるために手伝えないと言われていたし、何とかなると思っていた。私一人でやることでないのは百も承知して、実力を過信して生徒会に入って、見事に座礁した。


 昨年までは使えない側近たちを宥めすかして、グラウィス様が対処をしていたという。その能力の高さを再認識した。馬鹿とはさみは使いよう。あんなのでも役に立つのだと感心とともに、自惚れていた自分を反省した。


「まあ、こうなるとは思ってたんだけどね」


 セリア様は自分が中心にいたい人であり、婚約者であるグラウィス様だけでなく、その側近達からも愛されたい人。たとえ、生徒会の仕事であろうと、自分以外のことに夢中になるのが許せないと考える。

 彼女が中心=一切仕事しない。生徒会で仕事を押し付けられたのは、側近の婚約者である私だけというのを見せつけるという計画だったのに、自身の能力では出来なかった。


 そこで、計画を変えて、新たに側近として迎えたのがディオン様。私が7割、残りの3割をディオン様。グラウィス様と一緒にセリア様を持ち上げつつ、並行して処理をする。


 その能力の高さにイラっとして、淑女の仮面が剥がれかけたが、それすら「どうでもいいな」と切り捨てるこの男には腹が立った。懐かしい思い出だ。


「この一年、随分と評価が下がりましたね。計画通り、婚約解消後に王籍離脱ですか」

「そうだね。しかも、ちょっと煽ったら妊娠までするとか、単細胞で良かったよ。これなら君の評判には傷がつかない」

「もとより、そのために1年間生徒会を運営できるという実力を見せて、評価が下がらないようにしていただいています。でも、次の婚約の口添えはお願いしますね」

「…………誰か、希望とかある?」


 グラウィス様が、一瞬、嫌なものを飲み込んだような顔した気がするのだけど? ちらりとディオン様を見ると、無駄にキラキラした笑顔を返されたので、追及しないことにしておく。


「そうですね。できれば、実家に近い家に嫁ぎたいですね。隣の領地とはすでに提携しているので、メリットがないですし……近場で、アリィの助けになれる家がいいですね。野心家はアウトです。アリィが爵位を継ぐのを邪魔するような人は困るので。メリットがあるなら、爵位のない人でも構いません」

「そこの情緒は成長しなかったね。アレと婚約するときも、『クズでもアリィの邪魔にならないでしょ?』って即決してたね」

「家の領地から一番遠く、強硬派で中立派の強かさなんて微塵も理解してない、婚約破棄しても影響が全くない家。良い選択じゃないですか」

「見事に王子妃になる女を孕ませた外道だけどな。……王宮についたな。俺とこいつはお前の執務室で控えるぞ」


 馬車が止まった先は王宮だった。

 てっきり、家に送ってくれるのだと思っていたけれど、先ほどの出来事を報告する必要があるらしい。ディオン様が、馬車から降りるのに手を貸してくれ、そのまま執務室へ向かおうとする。


すでに婚約破棄が決まっている側近の婚約者を王族の執務室に居させて良いのか、少々気になるところではあるけれど。他に用意してもらえる部屋もないので仕方ないと思いなおす。


「うん。すぐに陛下に報告できるといいんだけど。時間かかるかもしれないから、マルキシオス家には使いを出しておくね」

「はい、お願いします」


 アリィが婚約者に連れ去られたことは言っているだろうから、何か連絡をしないと心配させてしまう。すぐに使いを出すと言うことで、私からもお願いをした。



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