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6.一体どうなってるんだよ

 珍しいお客様が私を訪ねて来た。


「お前等一体どうなってるんだよ」


 私に尋ねられましても、という感じ。軽く首を傾げて見せた。


 私を訪ねて来たのはヴァレンティーノだった。

 幼い頃は私が公爵邸を訪れる事が多く、近頃はアレッサンドロだけが我が候爵邸に来ていたから、ヴァレンティーノが招待してもいないのに私を訪ねて来るのは珍しい事だった。まあ、誕生日パーティーには来てくれたけれど。

 邸の者は麗しい次期公爵に胸躍らせて落ち着かない様子。ティーセットを運ぶ使用人の手が震えていたのも興奮と緊張からだろう。


「いつの間にか変な噂が立ってちょっと困っている」

「噂と言うと……」

「ジャーダと僕の婚姻説」


 やっぱりそれですか、と言う感じ。


「私の誕生日パーティーで踊ったのが良くなかったみたいよ」

「あれしきのことで」

「ヴァーノが一人で来るからよ」

「あの日は仕方なかった」


 あの日、アレッサンドロも来ていてアレッサンドロともダンスをしていればこんな噂にもならなかっただろう。そのアレッサンドロは子爵親子に捕まってしまった。


「何に困っているの?」

「僕の恋人が疑っているようだ」

「あらまあ」


 アレッサンドロの恋人とは婚約話が出ているが、まだ正式に婚約はしていないと聞いている。


「彼女は伯爵令嬢という立場で公爵家に嫁入りする重責をあまりにも重く考え過ぎている。何にからも僕が盾となって守るから問題無いと言い続けてやっと婚約の決心をしてくれた所だったのに、ジャーダとの婚姻説が出てしまってやっぱり候爵家のお嬢様でなければ周囲も認めてくれないだろうと婚約の白紙を伝えて来た」


 なかなかの事態になっていた。

 それにしてもヴァレンティーノも結構情熱的な恋愛をしている様だ。

 麗しの次期公爵に見初められた伯爵令嬢なんて物語ならば素敵な話であるが、実際国一番とも言える資産を有し銀行業を経営している公爵家に嫁ぐのは、相応の覚悟が必要だ。それも若い令嬢の誰もが憧れるヴァレンティーノ。羨望と嫉妬を日常的に受け精神的な疲労がとてつもないのではないだろうか。

 ここ最近、私への視線を感じるだけでも嫌気がさしているのに、伯爵令嬢からしたらこれまでだけでなくこれからも続くのだろう。そんな視線を集める事に快感を感じる様なタイプで無いからこそ、ヴァレンティーノも惹かれたのではないかとも思う。


「噂については私のせいとは言えない気がするけど一応謝っておくわ」

「謝るのはそこじゃない」

「どこよ」

「アレとはホント、どうなってるんだよ」

「そこ?関係あるの?」

「ある。大アリだ」

「誕生日パーティーにアレが来れなかったのは私のせいじゃないわ」

「それはその通り。子爵親子の計略勝ちだし、子爵令嬢は自身の気持ちに正直に行動しているだけで責める事は出来ない」

「そうね、私もそう思う」

「じゃあお前は?」


 びくっとして言葉に詰まってしまった。


「アレはいつもキザな事を言ってふざけている様に見えるが、本心は伝えているだろう?それにあれはジャーダにだけだ。ジャーダも分かっていると思うけれど、ジャーダから本気で拒絶される事を怖がって真面目になれないんだ。大切な人との向き合い方が下手なんだよ。愛情を沢山受けて育つべき幼少期にあまりにも人と関わる機会が……悪かった」


 そんな事、分かっている。アレッサンドロがキザな台詞を言うのは、私の反応が面白いからだけでは無い事を。ツッコんで貰い反応が返ってくる事に安堵している部分があるのだ。



 アレッサンドロは私生児として生まれ、公爵邸で暮らす様になり私と出会うまでは、公爵領の領館の住み込み用使用人部屋の端で育ったらしい。


 ヴァレンティーノの母親はヴァレンティーノを生んで間もなく亡くなった。

 公爵はその後再婚せずにいたが、公爵邸で新しく雇った使用人の女性に惹かれたそうだ。そして女性が子を身ごもり出産をした。それがアレッサンドロだ。

 公爵はアレッサンドロを私生児として貴族達の好奇の目に晒したくなくて、女性に妻にならないかと伝えたそうだ。しかし女性は騎士の家系の娘で貴族らしい教育を受けてこなかった為に、いきなり公爵夫人となる事に不安を感じ、妻になる事を辞退した。妊娠中も産後も多くのストレスを抱えていたのか体調を崩してしまい、育児もままならない様子だったらしい。

 そこで公爵は公爵領で女性を静養させ、女性とアレッサンドロを貴族の好奇の目からも守る事にした。

 しかし守れたのは他の貴族達からだけで、公爵領の館の使用人達からは守る事が出来なかった。気がつけなかったのだ。自身の味方と思っていた使用人達が二人を粗末に扱うとは思いもよらなかった。

 使用人達からしたら女性は公爵夫人の座を狙った女狐といったところだろうか。


「アレが生まれた頃は西の国で革命が起き、その余波で我が国の経済も大きく変動した。倒産する商会もあれば大きく飛躍した所もある。我が国が支援した国政は革命軍によって倒され、費用回収に苦戦する羽目になった。当時の父は一緒に暮らしていた僕ですらまともに顔を合わせる事無く多忙を極めていたからね。公爵領の内情まで気を回せる余裕は無かった。まあ、幼い実子を人任せにして放置した言い訳にはならないだろうけど」

「私が生まれたのもアレの一年後。父も忙しくしていたらしいけれど、私は生まれたばかりで何も記憶が無いわ。話に聞いただけ」

「まあ、僕もアレが生まれた時は五歳で朧気にしか覚えていないけどね。赤ん坊のアレを見て、なんて小さいんだろうと思った記憶があるくらいだ。それからすぐにアレと母親は公爵領に行ってしまい、父の忙しさから全く公爵領に行く事が無かった。弟との思い出なんて何一つ無い。ただ、弟がいるという事だけ知っていたって感じだった」


 私は物心がつくかつかないかの頃から父に連れられて公爵邸を訪れる様になった。ヴァレンティーノに遊んで貰った記憶はあるが、公爵に会った記憶は少ない。それだけ忙しかったのだろう。私達を遠目で見守っていたのは私の父だった。公爵の友人としてヴァレンティーノの様子を窺っていたのかもしれない。母親もおらず、父親も邸を空けてばかりで一人でいるヴァレンティーノを心配する気持ちがあったのではないだろうか。


「国内経済がやっと安定してきた頃だったよ、突然の訃報を受け取ったのは。アレの母親が亡くなってやっと知ったんだ、僕と父はね。アレと母親が公爵領でどんな扱いを受けてきたのかを。公爵邸で初めてアレに会った時衝撃を受けたんだ。人間とはこんなにも細い体でも生きていられるのかと」


 アレッサンドロが木登りを得意としたのも、生きていく為に必要だったからだろう。少ない食事しか与えられなかったアレッサンドロが、空腹を凌ぐ為、また体調を崩していたにも関わらずに領館で使用人として働き続けた母親に元気になって欲しくて、森に入り木になる実を採っていた。誰もアレッサンドロと友達になろうとしなかったから、森に入って木に登るのが彼の遊びでもあったのだろう。


「実年齢よりも幼く見える小さく細い弟を僕が守らなくてはならないんだと思ったよ。なかなか心を開いてはくれなかったけれどね。母親以外の人と接するのが怖かったんだろうと思う。まあ、今でも完全に心を開いてくれているとは言えないけれど」

「それは……私にも言えることだわ」

「そんな事無いだろう。ジャーダがアレの懐に一番近い」

「そうかしら」

「現に僕や父に対して遠慮ばかりだ。自身の感情を殺して状況が穏和に進む様に気を回してばかり。甘える事をしない」


 私にも甘えているとは言えない。キザな事ばかり言うけれど、遊びの延長の様なものだ。そうやって私との距離をはかっている。


 気持ちが暗くなった私を見てヴァレンティーノがふっと笑った。


「昔、兄弟喧嘩もしないし我が儘を殆ど言わないアレが僕に強く言った事がある。アレがまだダンスを習い始めたばかりで全然踊れなくて、僕がジャーダのダンスの相手をした時だよ。ジャーダが帰ってから言われたんだ。『僕は公爵の地位にも興味が無いし、銀行も父親の愛情も全部ヴァーノにあげる。でもジャーダだけはあげられない。ジャーダの隣は誰にも譲らないよ』ってね」


 恋とか愛とか、まだ何も知らない頃、無邪気に習いたてのダンスを披露した。その相手は踊れないアレッサンドロでは無くヴァレンティーノだった。おそらく十歳頃だ。アレッサンドロが公爵邸に来たのは私が七歳の時。栄養失調で細かった体も少しずつ肉が付いてきて公爵邸での暮らしに徐々に慣れ、貴族の子息としての勉強を学び始めた頃だ。出会った頃暗い顔をしていたアレッサンドロが少しずつ笑顔を見せる様になったのに、きっとあの頃から貴族らしい上辺の笑顔をする様になってしまった。もしかしたら義務で始めた貴族教育を自身の意志で向き合い始めたからではないだろうか。

 私生児に対する差別は酷いものだ。次期公爵の座を狙っているとか、銀行を乗っ取ろうとしているとか、公爵家の財産を奪い取ろうとしているとか、謂れもない事を嫌程言われてきた事だろう。


「ずっとジャーダとはいつか結婚するんだろうとは思っていた。それを求められているのだとも思っていたしね。でもアレが現れて、僕一人に与えられてきた公爵子息としての恩恵や義務といったものはこれからはアレにも平等に与えられるべきだと思った。周りは私生児では無く正当な後継者にこそ全てをと言うけれど、父はアレへの同情もあってか父親としての愛情も含め平等に与えてやりたいと思っていた様だしね」

 「もしかして私にアレを紹介した時に『僕達のミッションに新しいメンバーが加わったよ』って言ったのは……」

「ああ、あれね。僕等は結婚をして両家の縁をつなぐ事がミッションだと当時は思っていたからね。そのミッションの権利を得る者が増えたと、つまり公爵家の後継者候補でありジャーダの結婚相手の候補が増えたよって事さ」


 分かりにく……。七歳児に分かるわけない。


「ヴァーノは、急に現れたアレに対して立場を奪われるかもっていう危機感やマイナスな感情は無かったのね」

「そうだね。アレの骨の様な姿を見ちゃったからね。アレの母親を死なせてしまったという罪悪感も当時感じていたし。僕が守らなくてはいけないって感情が一番で、あとは兄弟という同士が出来たって感じだったかな」


 七歳だった私でもこんな子がいるのかと驚いた位だ。当時私よりもお兄ちゃんだった十三歳のヴァレンティーノにしたら、もっと衝撃的だっただろう。それも血の繋がった兄弟であれば尚更。


「僕は恋人をアレの母親の様にしたく無い。公爵家に嫁ぐプレッシャーがあるのは分かるが、誰かによって追い詰められる事が無い様に、そして家の者達が受け入れ味方でいる様、彼女が公爵家で安心して過ごせる様にしていきたいと、それが努めだと思っている」

「……応援しているわ」

「だから、話の初めに戻るが、お前等一体どうなってるんだ?彼女が不安に思う事を一つずつ潰していきたいんだよ。ジャーダとの婚姻説もお前等が仲良くしてれば問題無い話だろ?」

「そう言う事!?」


 何だ、人任せじゃないか。伯爵令嬢へ真摯に説明して愛を絶えず伝え続ければいいのに……。


 いや、ヴァレンティーノの事だから伝えているのだろう。それでも不安に思うから別の手段から手を打とうとしているのだ。


 人任せなのは寧ろ私だ。真摯に向き合わずに何も伝えられていない。


「アレがジャーダはあげられないと言った時から、いつかジャーダは妹になると思っていた。僕はその日を楽しみにしているんだよ。今、ジャーダ自身が正直になる時だよ」



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