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5.別の女に何言ってんの

 アレッサンドロが夜に忍んで会いに来てから意外にも何の音沙汰も無かった。「またお祝いをさせて。連絡するから」の“また”とはいつの事なのだろうか。いついつとはっきり言わないで済む“また”という言葉は何と便利な言葉なのだろうか。

 別にアレッサンドロの連絡を楽しみに待っている訳では無い。お祝いして貰うのを心待ちにしている訳でも無い。ただ、“また”っていつなんだと疑問に思っているだけだ。


 気がつけば二週間が経っていた。その間に父と母は着々と婿候補を選定していた。


「三代前に戦争で将軍を務めその功績から候爵の位を与えられたのもあって武の家系であり、殆どの男児は軍に入ってきたそうなのだが、四男は幼い頃から秀才で文官として出仕してから仕事に追われて婚期を逃したらしい。三十も過ぎて多少年齢差はあるが申し分無い男だ」

「確かに素晴らしい経歴ですけれど、やっぱり年齢差は少し気になりますわ。髪の毛も薄くなってきておりましたし。伯爵家の次男の方なら大学を卒業したばかりで良いと思いますけれど」

「あの男は大学でかなり遊んでいたと聞いたぞ。候爵家の金で好き勝手遊んで外に女を作るとも限らんぞ」

「あら。婿だからこそ遊べるお金に制限を掛けられるし、常に私という姑が目を光らせておりますから大人しくなさるのでは?女が操縦すれば良いのです」

「……私も操縦されているのか?」

「ご自覚ありますの?主人の行儀は妻の技量次第ですわ」


 おかしいな。私の婿選定をしていたと思ったのに、妻が必ず勝つ夫婦喧嘩を見せられている。喧嘩じゃないか。母の口撃だ。


「私の行儀の良さは生来のものだ」

「ええ、勿論。私は幸せ者です。だって私が操縦しなくてもあなたは行儀が良いんですもの」

「……のせられていないか?」

「ご自覚ありますの?ありませんよね。だって私は操縦なんてしていませんもの」

「……そういう事にしよう」


 母に強く言えない父は大好きだが、私の結婚相手は真剣に考えて欲しいものだ。



 誕生日から二週間程が経ち、友人の令嬢から招待された夜会に参加した。


 なんでもないいつもの、よくある夜会だ。特別な事は無い。特別なんて、先日の私の誕生日パーティーこそが特別な日だった。だから今日はなんでもないいつもの、よくある夜会だ。

 強いて言うならいつも私に絡んでくるアレッサンドロが私の隣にいない事だろうか。


「貴族の恋程移ろいやすいものは無いわ」

「殿方は狩猟本能があると言いますものね。頭の悪い方ではありませんから、より確実に手に入れられる方に方向転換されたのかもしれませんわ」

「単にお金、かもしれませんわよ」

「まあ、はしたない」

「一族繁栄の為には必要な事ではなくて?ある意味冷静で賢い選択かもしれませんわ」

「でもねぇ……お金だけかしら。艶っぽさが今シーズンナンバーワンよ」

「傍からみたら付き合いたてで浮かれているカップルそのもの」

「とうとう彼も絆されたって事かしら」


 皆がわざとらしく好き勝手囁く。面白いのだろう。私が捨てられた猫みたいな状況が。


 なんでもないいつものよくある夜会が、いつもとは違う様相をしている。アレッサンドロと子爵令嬢が仲良く腕を組んで登場したのだ。それはもうピッタリと胸をアレッサンドロの腕に押し付け隙間が無い程に。


 アレッサンドロが私を追い掛けて好意を寄せているのは周知の事。それなのにそのアレッサンドロが子爵令嬢と仲良く登場したのだ。唯でさえ公爵家の私生児として貴族達から噂されているのに、さらに貴族達の視線を集めている。


 まったく、私はこの光景をどんな気持ちで見れば良いのよ。


 子爵令嬢はわざとらしく小声で耳打ちをしてアレッサンドロに話し掛けている。親密そうに見せる為だろう。そして子爵令嬢が身に着けている宝飾品には見覚えがあった。町の店で会った時に購入していたトップクラスに高いと母が言っていたやつだ。


 気分の良いものでは無い。見たくも無い。別にアレッサンドロは恋人でも婚約者でも無い、ただの幼馴染だ。それなのに元カレが高価な物を身に着けた今カノとイチャイチャしているのを見せつけられている様な気分になるのは、普段のアレッサンドロのキザな態度のせいだろう。

 アレッサンドロの“また”はいつだと考えていた自分が馬鹿らしくなる。


 ああそうか、子爵令嬢との逢瀬に忙しくて“また”が消えて無くなったのかもしれない。


 帰りたくなった。ここで、アレッサンドロと子爵令嬢のイチャイチャを見たくないし、周りの貴族達に好き勝手噂されるのも気分が悪い。ドロドロとした何かが体に付いた様で、振り返るのも億劫になる。背後に人を感じたく無かった。


「私、今日は帰ろうかな」


 皆と視線を合わせない様に言った。帰った所で恋人でもない幼馴染に愛想を尽かされた可哀想な女扱いされるのは分かっているけれど、そんな事を気にせずこの場に気丈に立っていられる自信は無かった。


「良いと思うわ。そんな日があっても」

「オススメするわ。ジャーダは彼に振り回される様な立場じゃない」

「今の貴女は引く手数多の立場」

「それにヴァレンティーノ様の方が断然良いし」

「ヴァレンティーノ?」


 突然出て来た名前に思わず反応してしまった。


「何故ここでヴァーノが出てくるの?」

「噂になってるからね。ジャーダの誕生日パーティーで踊ったんでしょう?」

「踊ったけど……どう噂になっているの?」

「やっぱりマントヴァ候爵家はレッジョ公爵家の私生児では無く後継者との婚姻を望んでいるって」


 呆気にとられるとはこの事だろうか。思いもしなかった噂に驚いて声が出なかった。


「ヴァレンティーノ様と結婚したとしても子どもを複数もうければ、その一人を候爵家の世継ぎにすれば良いから問題無いって候爵は考えているだろう、とか」


 いやいや、父がそんな事考える筈無い。だって母は私の他にも子が欲しかったけれどそれが叶わなかった人だから、父が子をそんなに簡単にもうけられると思っている筈が無いのだ。願い通りに、そして理想通りに上手くいく訳が無い事をよく分かっている。

 酷い噂だ。憶測で言っているのだろうが、候爵家の事情を分かっていない人間の身勝手で軽率な噂だ。それに私を、いや、女を子どもを生む道具の様に扱っている様で気色が悪い。勿論子を作るのは大切な事だとは分かっているが、努力や願いの大きさでどうにかなるものでは無いのに、女の必須事項としてなされなければ烙印を押される様な風潮があるのも気に食わない。到底納得出来るものでは無い。


 体に付いたドロドロとしたものが、体の中にまで侵食していく様だった。


「……ヴァーノは別の令嬢と婚約を進めているのに」

「でも誕生日パーティーに彼は来なかったんでしょ?そしてヴァレンティーノ様と仲良く踊ったんでしょう?」

「あれは……アレも来る予定だったのが子爵親子の策略に遭って……」

「別に私達までそんな噂を信じている訳じゃ無いから必死に言い訳しなくても良いわよ」


 本当に?友人だけど信じ切れない私は、酷い人間だろうか。

 誰だって噂話が好きで、本当が何かなんて関係無くその場をお喋りで楽しく過ごせるかが大事なんじゃないかと疑いたくなる。


 ドロドロ、ドロドロと、周りが見えなくなる位に侵食され、さらに覆われていく。疑心暗鬼になっていく。


「ジャーダ」


 聞き慣れた声に呼ばれて振り返れば、見慣れた人が立っていた。ただ、その隣に敵意むき出しの令嬢が面白くなさそうに立っているせいで、安堵感は感じられなかった。


「今日会えて良かった。なかなか連絡出来なくてごめん」

「いや……別に」


 どうして私はこんな可愛げの無い言葉しか言えないのだ。


 私に声を掛けて何を言うつもりなのだろう。

 別れの言葉?いや、私達は恋人じゃない。

 予告婚約の撤回?

 可愛げの無い私に愛想を尽かして子爵令嬢の好意に応える事にした?


 周囲の人達が私達の言動に注目しているのが分かって、見世物になっている状況が余計に私から言葉を失わせる。


「今日は大人びた様子で一段と綺麗だね」


 ……ん?


「巻き髪もとてもよく似合っているよ。カールした後れ毛が色っぽいけれど、そのうなじは正直誰にも見せて欲しくないな。僕だけに見る権利を与えて欲しいよ。是非独占契約を──」

「ちょっ、ちょっと待って……!」


 何言ってんの、コイツ。いつもと変わらないキザ台詞かい。


 私の後ろからぶふっと吹き出す音が聞こえた。きっと友人達が笑いを堪えようとして堪えきれなかった音なのだろう。


「女性を横に侍らせて別の女に何言ってんの」

「え?侍らせてないよ」

「誰がどう見ても侍らせてるって」

「今日のパートナー役を頼まれただけだよ」

「侍らせてる女性ともっと向き合いなさいよ」


 何となく子爵令嬢が不憫に思えて余計なお世話を言ってしまった。子爵令嬢をちらりと見れば、友人達が初めに囁いていた様な艶っぽい雰囲気から一転、面白くなさそうな表情を見せているせいで子どもっぽさを感じてしまった。


「アレッサンドロ様!今日は私のパートナーという約束ですよ!さあもう向こうに行きましょう!」

「え、あ、ジャーダ、またきっと連絡するから」


 アレッサンドロは子爵令嬢に引っ張られる形で去って行った。また“また”という言葉を言って。

 私はまたこの“また”がいつなのかとモヤモヤしながら過ごさなくてはならないらしい。でもきっとアレッサンドロにも“また”がいつなのか、いつになるのか分からないのだろう。“連絡をする”願望があるから“また”をつけているのではないだろうか。


「私、帰るわ」

「それが良いわ」


 友人達にも一様に賛同してもらえ、私は夜会を後にした。


 子爵令嬢は私に敵意むき出しだけれど、私は同じ熱量で子爵令嬢の事を見られなかった。どこか羨ましい気持ちがあるのだ。あんなにも自分の気持ちに素直で、ストレートに表現出来る事が羨ましいのだ。キザな事ばかり言うアレッサンドロに対してすぐにツッコんでしまう私には無い素直さだ。

 


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