3.大貴族の後継者
男の人って、結構自慢話が好きだ。
男の人と全男性を一括りにして決めつけてしまうのは良くないとは分かっている。私だって「これだから女は──」と女性というだけで否定されるのは好きでは無い。
が、一括りにしてしまいたくなる位に一様に自慢話をされたら、そう思ってしまうのも仕方が無いと思う。
分かっている。そう、分かってはいるのだ。自慢が自身のアピールポイントであるなら必要な事であるのだと。
今日は遂にやって来た私の誕生日パーティーだ。次々と訪れるお客様をお出迎えしながら、皆が簡単に自身をアピールしていく。おかげで待機列が出来てしまった程だ。内心、パーティーが始まってから聞くから取り敢えず入ってくれと思いながら、でも表には出さずにニコニコと笑顔を浮かべて褒め称えた。
長くなってしまった列がやっと無くなり、母が言っていた様に候爵家の婿養子の座の人気ぶりを実感しつつも、ふと、あれ?と思った。意外な事にレッジョ公爵家がまだ来ていなかった。
予告婚約していた位なのにアレッサンドロがやって来ない事に、ちょっと胸がざわりとした。期待していた訳では無いけれど、肩透かしをくらった様な気分だった。
アレッサンドロとはそこそこ長い付き合いだ。自分で言うのも照れくさいが、アレッサンドロは私の事が大好きだ。会えば飽きずに愛の言葉を照れずに言うのだ。それはもう一途を通り越して盲目的に。アレッサンドロの境遇を考えればそれは仕方の無い事だとも思う。
アレッサンドロの事を考えてしまっている自分に気がついて、もしやそれすらアレッサンドロの作戦でわざと遅れているのかもと思い直し、人が来る気配のしないエントランスの外を見るのを止め、パーティー会場へと向かった。
パーティーが始まるとお出迎えであれだけ話したのにまだ話す事があるのかと不思議に思う程、様々な人に話し掛けられ自慢話を聞いた。私や父を褒め称える人もいたが、どれだけ本気で言っているのだろうかと考えてしまう自分がおり、また、どれだけの人が本気で私の誕生日を祝っているのだろうかと思ってしまった。
それでも誘われればダンスを踊り、常に笑顔でいる様に気をつけて社交性全開で過ごした。
時間が経つと父達親世代は私を若者達の中に放置し、若い者同士で、なんて言うと、煙草を嗜みながら好きに盛り上がり始めた。
仕方無くお客様の若者達と会話を始めた。と言っても聞かれた事に簡単に答える位だったけれど。
そのうち誰かが「レッジョ公爵とご子息が来ていませんね」と言った。
パーティーが始まって暫く時間が経っていた。ちょっと遅れてくる程度はもう過ぎていると考えて良いだろう。普通に考えれば大遅刻だ。もう来ないかもしれない。何か急に来れなくなった事情があるのかもしれない。事前に分かっていればアレッサンドロなら参加出来ない旨の連絡位寄越しそうだ。ただ、その来れなくなった事情が、考えたくは無いが事故とか身の危険に関する事でなければ……。考えたくは無いが……。
そんな少しマイナスな思考になっていた私を他所に、他の若者達は好き勝手言い始めた。
「普段からご令嬢に付き纏っていたから今日は居なくて有り難いけれど」
「こんな大切な日に限って来ないなんて彼が信じられないな」
「あの成金の子爵令嬢に鞍替えしたとか」
「生まれが生まれだから子爵令嬢位が丁度良いだろ。彼に候爵家の婿は釣り合わない」
彼等がアレッサンドロを見下しているのは知っているが、何故私の目の前でこんな事が言えるのだろう。
アレッサンドロとは長い付き合い、つまり幼馴染だ。こんな風に幼馴染の生まれを悪く言われるのは気分が悪い。アレッサンドロがそれで苦しんできたのを知っているから、余計に嫌な気分になった。
不機嫌を表に出して良いものか、でもこのパーティーをぶち壊しにしてしまう可能性を考えると冷静で居なければとも考えた。
「アレッサンドロは公爵様もお認めになられたレッジョ公爵家のご子息です。口を慎まれた方が宜しいかと」
私が言えたのはその程度だった。それでも若者達は私の笑顔の裏の不機嫌さを感じ取ったのか、アレッサンドロの事を話題に出すのを止めた。
ほっとした私の背に「ジャーダ」と呼び掛ける声がした。振り返ると思い掛けない人が居た。
「ヴァーノ!」
「遅れてしまってごめん。誕生日おめでとう」
アレッサンドロの兄でありレッジョ公爵家の嫡男のヴァレンティーノは、爽やかな笑顔を浮かべて私に近付くと流れるように私の手を取って指先にキスをした。
「ありが、とう……?」
「ははっ、困惑してるね」
勿論だった。ヴァレンティーノが来るとは思いもしなかったからだ。そしてヴァレンティーノの後ろには公爵もアレッサンドロも見当たらなかった。
「少し話せるかな?」
「ええ、良いけれど……」
何の話だろうか。公爵もアレッサンドロも来ず、ヴァレンティーノ一人でやって来た理由だろうか。
「申し訳ないがジャーダをお借りします」
私の周りに居た若者達にそう言うと、若者達も何も言えず、ヴァレンティーノは難なく私をバルコニーに連れて行った。
さすが次期公爵。候爵家の婿養子の座を狙う男共程度ではヴァレンティーノに適うものはいないらしい。
「おめでとう、ジャーダ」
バルコニーに着くなりこれだ。
「誕生日を祝う言葉ならさっき頂いたわよ」
「違うよ、ジャーダ。おめでとうは悪女になれた事さ」
「それはちょっと難題過ぎるわ」
意味が分からない。
いきなり出てきた“悪女”という単語にも、“おめでとう”と言うヴァレンティーノにも理解出来る筈が無かった。
「悪女は、おめでとうなの?」
「悪女とは一人前のレディの証だろ」
「私、悪女になったの?」
「僕も今日知ったんだけど、そうみたいだよ」
「なんて軽薄な口語表現」
アレッサンドロとは似ている様でどこか違うこの謎の言い回し。ヴァレンティーノとはアレッサンドロよりも長い付き合いだけれど、実はアレッサンドロよりも会話が面倒くさく未だに慣れない。
「今日、どういう経緯で私が悪女だと知ったの?」
「今日子爵令嬢が子爵と共に我が邸へ押し掛けて来てね、アレがジャーダに騙されているって。ジャーダは男を誑かす悪女だって」
頭がクラっとした。もしかしてこの間の報復?
子爵令嬢は自身の力でどうにも出来ない時は敵対視する者を貶し、蹴落とそうとするタイプらしい。
「女性に悪女呼ばわりされるのは嫉妬されたからだろう?嫉妬される様な立派なレディになったってことさ」
「喜んで良いの?」
「良いよ。おめでとう」
「……ありがとう」
ヴァレンティーノの理論には到底共感出来ないけれど、ここは受け入れた方が話が早い事はこれまでの経験上分かっている。
少なくともヴァレンティーノは子爵令嬢の言う事を信じていないのだとは理解出来た。
「それで、今日レッジョ公爵とアレが来ないのにはその子爵令嬢が関係しているの?」
「まあそうだね」
来ない理由が最悪の考えだった事故や身の危険に関する事では無かったので、少し安心した。
しかし、あの子爵令嬢は今日のパーティーに多くの男性を招待する事を知っていた。今日を選んで公爵家を訪れたのもアレッサンドロがパーティーへ参加出来ない様にとの思惑があってなのかもしれない。そしてその思惑通りに実際アレッサンドロはパーティーに来ていない。
「子爵令嬢は子爵と共に訪れていてね、もともと子爵は父と約束があったらしいんだ。まだ公開していない新規事業の立ち上げ資金の融資の件でね」
ヴァレンティーノの話を聞いていて少し身構えた。
レッジョ公爵家は銀行を経営している。どこの貴族がどれだけお金を預けていて、どこの企業がいくら借金があるのかを把握しているのだ。公爵家に頭が上がらない者はとても多い。それもあって貴族子息達は次期公爵のヴァレンティーノの顔色を伺う様にし、強く言う事も出来ないのだ。
ヴァレンティーノはまだ公開していない情報をチラつかせ、これ以上の追求は出来ないのだと暗に言われた様だった。
「かなり大きな案件で父も別日に変更するのが難しかった様だった。でも実際子爵が来たら子爵令嬢を伴って来た上に融資案件の話そっちのけで娘の売り込みがメインだったよ。子爵も上手くてね、娘の話に融資の件も混ぜ込みながら話すものだから父も話を終わらせられなくて捕まったまま。で、僕は子爵令嬢もアレにしか興味無いみたいだったしとても建設的な会話が出来るとも思えなくて、馬鹿らしくなって一人抜けてパーティーに来たと言う訳さ」
子爵令嬢の意向のみでは無く、親の意向もこれで確定した。親子揃ってレッジョ公爵家のアレッサンドロを狙っている。
「アレは、それで断れ切れずに接客に付き合っていると」
「そう。アレは……あの性格だからね」
ヴァレンティーノは少し呆れた様な、でも弟を思いやる様な表情を浮かべていた。
ヴァレンティーノはアレッサンドロの性格だけを言ったのでは無いと、すぐに分かった。アレッサンドロは公爵に、そして公爵家に対して迷惑を掛けない様に振る舞っている。銀行を経営している公爵家にとって、殆どの貴族は顧客だ。その顧客にも失礼な態度は一切見せずに紳士的に振る舞う。どれだけ陰口を叩かれようとも、それがアレッサンドロの耳に届こうとも。ヴァレンティーノに対する態度と明白に違う、蔑ろにする態度を取られてたとしても。
それは、アレッサンドロが公爵の私生児だからだ。