2.向き合うべきはそこじゃない
我がマントヴァ候爵家はちょっと見栄っ張りだ。一度着たドレスは二度は着ない!なんて事は無いけれど、ハレの日には新調したドレスを着る。
私の誕生日パーティーに向けて邸に商人を呼んで装飾品選びをした。ドレスや靴は既に決め終わっているのであとは装飾品だ。母も楽しげに自分の物を選んでいた。私が主役の誕生日パーティーでも多くのお客様を招待するからと、私以上に目立ちそうな勢いで流行の物を選んでいた。さすが見栄っ張り。
これまで誕生日パーティーは身内だけで行っていたが、私も花婿探しをしなくてはならない為、かなり大々的に行う予定だった。父や母が様々な知り合いを招待し、その知り合いが子息を連れてやって来たり、紹介したい方や将来有望な方を連れて来たりするらしい。
「レッジョ公爵も招待しているけれど、きっとヴァレンティーノでは無くアレッサンドロを連れてくるでしょうね」
耳飾りを試着しながら母が言った。耳たぶが垂れ下がる位大きく重たそうな耳飾りだ。
「出禁にしても良いわよ」
「本当に仲が良いわね」
「どうしてそういう解釈になるの?」
耳飾りとセットだと思われるこれまた大きく重そうなネックレスを、使用人にお願いをして試着していた。
「旦那様はレッジョ公爵と縁組する事を強制しないみたいだから、アレッサンドロだけでなくてもっと色々な子息を見たら良いわ。候爵家の婿養子の座はなかなか人気なのよ」
私とヴァレンティーノとの婚約話が進まなかった理由の一つが、私に弟が出来なかった事だ。ヴァレンティーノは嫡男で公爵家の後継者なので、マントヴァ候爵家唯一の子である私がレッジョ公爵家に嫁ぐのではなく、婿を取るのが最善であると判断されたからだ。
母は私を生んだあと何度か妊娠をしたが流産を繰り返し、やっと生まれた子も一ヶ月もせずに亡くなってしまった。それから母は妊娠を望めなくなった。私が十一歳の時だった。
「そうね。次期候爵というポジションが人気であって、私自身は何も人気じゃないという事を忘れず自惚れない様に気をつけるわ」
「少しぐらい自惚れても良いと思うけれど」
母は試着した耳飾りを外すと、私の耳に着けた。両耳に着けられると、思っていた以上に重くてびっくりした。
「ほら、とっても素敵よ。すっかりレディになったわね。さすが私の娘」
何故か母は満足そうにしている。着けてみたものの母のお眼鏡には叶わなかったのだろうか。ネックレスも外して私に着けてきた。肩が凝りそうな重さだった。見栄とはなんと重たいものだろうかと思った。
邸に呼んだ商人が持って来た装飾品に気に入るものが無かった母は、私を連れて町の店に赴いた。
邸に呼ぶと厳選された物の中から選ぶだけだが、店の商品を見るとなるとかなりの点数があり、私には決められそうになかった。店内全てが輝いていて、何を基準に選べば良いかさっぱりだった。
そんな私とは反対に母はぐるりと店内の商品を見て回ると、店員に数点の品をケースから取り出させ、それらをじっくりと観察し見比べていた。どういう基準で選んだのか、私には全く分からなかった。
母は自分の装飾品を選び終えると、今度は私の物を選び出した。有り難い事に二点まで絞ってくれ、私はその内片方を選ぶだけで良かった。
私達の目的も達成され、おもてなしとして出された紅茶を頂いていると、新しいお客が入店して来た。驚いた事に子爵令嬢だった。
彼女は私達に気が付くと挨拶にやって来た。我が家の方が位が上だからマナーとしてだった。でも気のせいか敬意よりも敵意を感じる目をしていた。
「ジャーダはご令嬢に嫌われているの?」
子爵令嬢が離れてから母がコソッと私に聞いて来た。母もそう感じたのならやはり私の気のせいではないだろう。
「そうみたい」
「何かした?」
「私は特にしてない」
「私は?じゃあ誰が?」
知っていて聞いているのか、面白がっているのか、私に言わせたいのか。母も友人の令嬢達と変わらないらしい。
「……アレじゃないかしら」
「アレッサンドロが彼女を振ったのかしら?」
「さぁ……」
「何も聞いてないの?」
「彼女の事については」
「彼女の事以外は聞いてるの?」
何を聞きたいのか、何を言わせたいのか。吐くまで終わらない拷問とまでは行かずとも、求める回答が出るまで続く誘導尋問の様で曝け出して楽になりたくなる。
「予告婚約されたわ」
「あらまあ!説明が足りないわ。予告ってなあに?」
「私の誕生日パーティーで婚約の申し込みをすると予告されたの」
「あらまあ!」
いくつになっても女性は恋バナが好きなのかもしれない。母はとても楽しそうだ。
「アレッサンドロらしいわね。当日いきなり婚約の申し込みをしてもジャーダなら照れてツッコんで話を後回しにしそうだものね。事前に心の準備をして貰いたかったのね、きっと」
さすが、母親。よく分かっている。私の事も、そしてアレッサンドロの事も。的確に分析されると恥ずかしくなる。
母は、「良いわね、若いって」「青春ね」なんて言ってはチラチラと子爵令嬢を観察して、「彼女が買おうとしているの、この店でもトップクラスのお値段なのよ」とまで言い出した。ちょっと恥ずかしいからもうやめて欲しいと思った私の気も知らず、「さすが新興貴族で財がある子爵家のご令嬢ね。羽振りが良いわ」と観察が止まらなかった。
これ以上失礼な事を言って子爵令嬢に聞こえてしまうのを恐れて、私は母を無理やり連れて店を出た。
「恋敵の事もうちょっと観察したかったのに」
「誰が誰の恋敵なのよ!」
ぶつくさ言う母を押して、近くに停車させている馬車に乗せようとした時、「マントヴァ候爵令嬢」と声を掛けられた。嫌な予感がしたけれど無視する訳にもいかず、顔を作ってから振り返った。思った通り私を呼び止めたのは子爵令嬢だった。
「少しお話出来ないでしょうか。すぐ終わります」
私も気が強い方だけれど、負けず劣らずの気の強さを感じる視線で真っ直ぐに私を見ていた。「はい」としか言えなかった。
楽しそうに「直接対決ね!」なんて言う母を馬車に押し込んで私は子爵令嬢と向かい合った。
「どの様なご要件でしょう」
「レッジョ公爵子息の件です」
「ヴァーノかしら」
「アレッサンドロ様です。わざと言ってます?」
はいそうです、わざとヴァレンティーノの名を出しました、なんて言ったら怒らせてしまいそうなので「失礼しました」と謝っておいた。全く笑っていない目から、どうやら冗談は通じなさそうだと察した。
「どうしてアレッサンドロ様に付き纏うのですか?」
わお、そうきたか。
「どちらかと言うとアレが私に付き纏っている気が……」
「貴女がはっきりとした態度を示さないからではないのですか?」
この間逃げ回っていた位だから、はっきりと態度で示していた気もするけれど。
「アレのメンタルは強いから何を言っても効かないので」
「じゃあさっさと婚約者でも決めてしまってください!今度のパーティーでも多くの男性を呼ぶご予定なのでしょう」
よくご存知で……。
「私がいつどこで誰と婚約するかなんてご令嬢には関係無い事。私の事なんてお気になさらずご自由にアレにアタックされたらよろしいのでは?」
眉間にシワを寄せてあからさまに怒っている様子。
アレッサンドロに散々アタックしてもどうにも上手くいかないから私の所に来たのだろう事は分かってはいるが、だからと言って令嬢の言いなりになるつもりは無い。こんな不躾な態度なら尚更。
「少しのお話はこれでお終いですね。母を待たせておりますから、すぐ終わってくださった事、感謝します」
子爵令嬢が黙ってしまったので強制終了させた。私、候爵令嬢で良かったと思った。
母の待つ馬車に乗り込むと、母に「直接対決の勝負の行方はどうだったの?勝った?」なんて楽しそうに聞いてきた。
「勝負はしていません」
「でもご令嬢は悔しそうな表情よね?」
よく見てる……。
「勝った気は全くしません」
「そうなの?」
そうだ。言い負かした気分では無い。会話を打ち切ってきただけだ。
私がアレッサンドロに付き纏っている?はっきりとした態度を示さない?パーティーに多くの男性を呼ぶ?
まるで私がアレッサンドロを弄ぶ男好きの様な言い方ではないか。
女同士が言い合って何になると言うのだ。ただ傷つけ合っただけに過ぎない。向き合うべきはそこじゃない。
邸へと走り出した馬車の中、ただただ深い溜め息が出た。