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1.考えるべき時が来た

 なんでもないある日の、よくある夜会で。


「来週のジャーダの十七回目の生誕を神が祝福する日に婚約の申し込みに行くから」

「予告婚約!?」


 もはや当たり前の様に私と一番にダンスを踊っていた時、突然目の前の幼馴染が婚約の申し込みをすると言い出した。

 予告婚約とツッコミながらも頭の中には蒟蒻がイメージされちゃって、いやいや違うだろうと次々に浮かび上がる鼠色のぷるぷるとした板蒟蒻を打ち消しながら、私の生誕は別に女神は祝福しないのではないか、祝福してくれるのは家族だ等と考えた。と言うか、普通に誕生日って言えって。


 いや、そんな事よりも今は予告婚約についてツッコむべきだ。


「もう考えるべき時が来た」

「何を?」

「二人の未来を、だ」


 二人の未来って、何だ。婚約って、いずれ結婚をするって事か。


「だったら予告婚約をする前に考えるべきじゃないかしら、アレ。お互いの考えを伝え合って二人の考える未来に向けてどんなプロセスを経るかと相談する必要があると思うの」

「ああ、すまない。言葉を間違えたようだ。二人の未来を考えるのでは無く、神に定められた宿命に従い実行すべき時が来たと言うべきだったな」

「いつの間に神に宿命を定められたのよ、私達」


 宿命って、貴方と、アレッサンドロと結婚する事が?神は全人類の結婚相手を定めているとでも言うのか。それならば人類のみとは言わず、猫や犬、地面に列をなしている無数の蟻といった全生き物の番すらも定めていてもおかしくはない。それは果てし無く大変極まりない仕事ではないか。神とは何と業務過多なのだろう。だから時々面倒になって適当に決めてしまい、あっという間に終わりを告げてしまうカップルを生み出してしまっているのかもしれない。いや、これは他人の恋愛観を否定する事になり不適切になってしまうだろうからやめておこう。どんなに短い恋愛でも恋や愛であることに違いは無い、筈。多分。


「いつの間にかだって?そんなの言葉の通りこの世に生を受けた瞬間に定められたに決まっている」

「何かを成す為に命を宿して生まれる人はいるだろうけれど、そういう人は名君とか英雄とか知識人とか、非凡な才を持った人じゃないかと思うの。こんな一般人の結婚に宿命なんて無いと思う」

「あ、今結婚って言ったね。僕は二人の未来としか言ってないよ。つまりジャーダも僕との結婚を考えてくれているって事だよね」


 思わず口が空いてしまった。

 やられた。私とした事が。


 私は踊っていたアレッサンドロの手を振り解いて一歩下がり、キッと睨みつけた。


「アレが予告婚約なんてするから結婚を想像しただけよ!」


 こんな揚げ足を取られる位なら、素直に蒟蒻をイメージしていれば良かった。蒟蒻で頭がいっぱいになっていれば結婚なんて想像しなかった。今更蒟蒻で頭がいっぱいになっても言葉が出なくなって困るだけだけれどっ!


「そんなに恥ずかしがって手を振り解くなんて、余程図星だったのかな。まったく、ジャーダは本当に可愛いな」

「違うわ、勘違い男」

「そうやって噛みついてくるのがたまらないんだよ。なかなか懐かない子猫ちゃんみたいで」

「猫に“子”と“ちゃん”を付けるな!キモいっ!」


 叩いても叩いても効かないこの精神力。打撃を受けないぷるぷるの蒟蒻の様だ。蒟蒻のぷるぷるが恨めしい。ぷるぷるはお肌だけで良い。


 アレッサンドロとの言い合いをしていたら有り難い事にダンスの曲が終わったので、私は一応の礼儀としてお辞儀をすると、さっさとその場から去る事にした。


「ジャーダ」


 呼び止められても振り向きもせずに歩いた。


「ジャーダ、待って」


 置き去りにする気持ちで早足で歩いているのに、アレッサンドロの私の名を呼ぶ声はちっとも遠くならない。アレッサンドロの方が足が長いし、ドレスの私と違って大股で歩くので当然だろう。


「ジャーダ」

「もうっ!ついて来ないで!」

「男が好きな女性を追い掛けるのは当然だろう」

「そういうのはいいからっ!」


 私が逃げればアレッサンドロは追い掛けてくる。そして追いつけるくせに捕まえたりはしない。追いかけっこを楽しんでいるかの様に余裕な様子でついて来る。逃げる私ばかりが重いドレスのせいで息が上がってしまう。

 壁に手をついてゼイゼイしている私の後ろで「大丈夫?」「もう追いかけっこは終わり?」「僕の膝の上で休む?」なんて事を言われているのを、誰のせいだ!、勝手に追いかけて来たのはお前だ!、お前の膝の上なんて絶対イヤ!、と息が上がっているせいで声にならずに心の中で叫んだ。


 さすがに私の呼吸の乱れを心配してか背中をさすられた。


「婚約の話、そんなにも恥ずかしかったのか」


 息を思いっきり吸って、長く吐き出した。無理やり息を整え、ゆっくりとアレッサンドロを振り返った。

 アレッサンドロはニコニコとしていた。こんな笑顔で私を追い掛けていたのかと思うと、遊ばれていた感が否めない。イラッとした。


「追いかけて来たら私の誕生日にアレを出禁にします」


 私の言葉にアレッサンドロはニコニコ笑顔を凍らせてしばし無言になった。


「……ずるいなぁ、ジャーダは」


 やっと私は追いかけっこから解放された。


 蒟蒻は叩いても効かない。打撃がダメなら刺すしかないのだ。




 逃げて来たバルコニーで私はやっとひと息つけて大袈裟な程の溜め息をはぁぁぁとついた。


「本日も見事な追い上げで」

「からかわないで」


 友人の令嬢達から面白がられクスクスと笑われた。

 バルコニーに涼し気な夜風が吹き、髪を少しだけふわりとさせた。アレッサンドロとの追いかけっこで汗ばんだ肌に気持ちが良かった。


「恋人が令嬢に詰め寄られているわよ」

「恋人じゃない!」


 友人達は楽しげにホールの中に視線をやった。否定しつつも視線に促されるままにホールを覗けば、アレッサンドロが一人の令嬢に話し掛けられていた。 


「子爵令嬢ね。隙さえあれば彼にアタックしてるわよね」

「彼女が彼を狙っているのももう周知の事よね」

「親の意向か本人の意向か」


 結婚相手を親が決めるのが一般的な中、本人と親の意向が一緒ならばそれは幸せな事だろう。

 子爵家はまだ歴史が浅く、高位貴族との縁を結びたい思いが強くあるのだろう。ましてやそれが国内でも名家とされるレッジョ公爵家なら外聞も気にせず娘を送り込み、娘本人も本意であれば積極性も増すというもの。


「あそこまで彼に言い寄れるのも子爵令嬢だからでしょうね」


 その言葉にどこか嫌味を感じてしまうのは、きっと私だけだろう。


「恋人を助けに行かなくて良いの?」

「だから恋人じゃないって」

「恋人のようなものよね」

「ただの幼馴染よ」

「婚約者みたいなものよね」

「ただの幼馴染だって」

「みたいなものじゃなくて、婚約者か」

「人の話聞いてる!?」


 友人達がどこまで本気で言っているのか分からないが、私をからかって楽しんでいるかのは確かだ。


「でも、それこそ両家の親が望んでいるのは確かよね」


 皆がまたホールに視線を送る。でもその視線の先にいるのはアレッサンドロではない。今の婚活市場で一番の人気があり、次世代の社交界で中心となりうる人物、アレッサンドロの五つ上の兄ヴァレンティーノだ。次期公爵であり、アカデミーでの成績も良く、人目を引く見目。彼の周りだけ輝きが増して見えるのは年頃の令嬢なら当然だった。


 レッジョ公爵家と我がマントヴァ候爵家は父親同士の仲が良く、私が生まれた時に早々に婚約話が持ち上がった。私にとって六つ年上のヴァレンティーノは面倒見の良いお兄ちゃんだった。そしてきっとヴァレンティーノにとっても私は昔からずっと“妹”なのだと思う。だから私達の婚約の話は進まなかった。そんなヴァレンティーノには今、別の令嬢との婚約の話が進んでいる。


 そんな両家の事を知っている友人達は、ヴァレンティーノとの婚約が成されなかったのなら、ではアレッサンドロと、と両家の親が望んでいるのだと言っているのだろう。

 私がヴァレンティーノに振られて保険としてアレッサンドロと婚約するみたいな流れに思われている事に、どこか釈然としないのだ。


 そんなのでは無い。断じて違う。



 十七歳の誕生日がもうじきやってくる。私の少女期はもう終わる。友人の中から一人、また一人と、婚約や結婚が決まっていく年齢なのだ。そして何も言わず好きにさせてくれていた親も、もう黙ってはいられなくなるのだろう。


 なんとも言い表せないモヤモヤが晴れず、誕生日が憂鬱で仕方が無かった。夜風が汗と一緒にモヤモヤを吹き飛ばしてくれたら良いのにと思った。

 


蒟蒻の存在する世界なのに和ではないのかとはツッコまないでください。婚約と蒟蒻って日本語じゃんとはツッコまないでください。

何でもありな自由創作世界ということでさらっと通過して頂けると大変有難いです。


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