ヤンデレ幼馴染は監禁したい。
「ねぇ、なにこれ……」
幼馴染であり彼女でもある穂乃果が、数冊の本を床に投げた。
そ、それは俺の大切な愛読書!
思わず本を拾おうとした俺の腕を、穂乃果が足で払う。
「おい! 行儀悪いぞ!」
あと、制服のスカートの下にレギンスとかいうの穿いてるからって、躊躇わずそういうことするんじゃない。
「ユウジにこんな趣味があったなんて、知らなかったなぁ〜?」
「……ぐっ」
「幼馴染ものが好きだっていうのは、まぁ……いいとして」
「うう」
「ヤンデレ……好きなんだ?」
座り込んだ俺の顔を覗き込み、ニヤリと笑う穂乃果。
床に散らばっている本のタイトルはこうだ。
『ヤンデレ幼馴染に監禁された三日間の話、聞く?』
『幼馴染の重い愛が止まらないんだが。外面クールな幼馴染の彼女が実はヤンデレなんて聞いてない!』
『愛の逃避行はヤンデレ幼馴染と共に』
『幼馴染がヤンデレ可愛くて、もう俺は殺されてもいい〜彼女に依存され洗脳された男の顛末〜』
『〜十八歳。共依存のバージンロード〜ヤンデレ幼馴染と学生結婚した理由』
見事なまでの、幼馴染ヤンデレもののラインナップである。
「い、いや、これはその……俺のじゃなくて……借りものなんだよ!」
「ふーん? 人様から借りたものを、ユウジはベッドの下の奥の方に隠すんだ?」
「……そ、そうだよ! 人から借りたもんだから、大切にしてるんだよ!」
「へぇ? じゃあ、なんであたしが貸した漫画は机の上にあるのかなぁ?」
「そ、それは、今夜読もうと思って……」
「ふーん……」
「……あの…………」
「ま、そういうことにしておいてあげる」
ほっと息を吐いた次の瞬間、肩を掴まれ、床に押し倒された。
ちゃっかり腹の上に跨り、俺の胸に手をついて上体を起こさせないようにする穂乃果。
ラブコメなら非常にオイシイ体勢のはずなのに、妙な汗が出てきたのは何故だ。
「……な……なんだよ〜。今日の穂乃果は積極的だなぁ」
軽い口調で笑ってみせるが、嫌な汗が止まらない。
一方で愛しの彼女は、マウントを取ったことにご満悦のようだ。
「ねぇ、監禁、されたい?」
「いやあのそのあの……」
「それとも『あなたを殺して私も死ぬ!』って言われたい?」
「いや、それは俺の癖じゃない」
「……は?」
隙をついて穂乃果を退かせた俺は、ヤンデレについて説いた。
独占、他者排除、依存や洗脳などなど。大まかな系統と細かな分類をコピー用紙に書いていく。
気がついたら二時間ほど経っていた。
「あーもう、なんかどうでもよくなったわ。あーあ。試験勉強しに来たはずなのに、別の勉強しちゃった……」
穂乃果はウンザリした顔をして立ち上がり、伸びをしている。
「おい、まだメンヘラや地雷系、サイコパスとの違いを説明してないぞ」
「もういいってば。なんか、そういうの読んでヤンデレ彼女に愛されたいっていう欲求を解消できるなら、いいかなって。でも、私は他者排除とか依存とか、そういうこと、するつもりないよ。それだけは覚えておいて」
「あ、うん……」
「じゃあ、帰るから」
ドアノブに手を伸ばす穂乃果の手首を掴む。
振り返った瞳が、一瞬だけ怯えたように揺れるのが見えた。
「穂乃果、その……別れるとか、言わないよな?」
縋るような言い方になってしまったことに、ほんの少し後悔する。
「……何言ってるの? ユウジ自身がヤンデレだったら別れを考えるかもだけど……ユウジはヤンデレな幼馴染に愛されたいっていう願望? 性癖? そういうのがあるだけでしょ。それに、ヤンデレじゃないけど、あたしだってそれなりに独占欲くらいは……」
呆れているのか、俺の嗜好なんて心底どうでもいいと思っているのかわからないが、頬を染めつつ目を逸らしながらゴニョゴニョ言っているのを見るに、俺と別れるつもりがないのは確かなようだ。
「……そうか」
「うん」
三軒隣の穂乃果の自宅まで送り届け、自分の部屋に戻った俺は、床に散らばったままの本をそっと拾った。
「……あぶねー。中身見られてたらアウトだったな」
実は、この本の表紙はフェイクだ。
物語の中だから楽しめるコトがある。
実行したら、犯罪になる行為。
それがたとえ、溢れんばかりの愛によるものだとしても。
心の中のその欲望を、何枚もの布で包んで箱に入れて蓋をし、鎖をぐるぐると巻きつけ、いくつもの鍵をかける。
この秘密は墓場まで持っていかなくてはならない。
幼馴染を監禁したいヤンデレというのが、他でもなく俺自身だということは。