私の不幸は胃袋がひとつしかないことだ
私の不幸は胃袋がひとつしかないことだ。5月の連休を利用して美味しいものを食べまくろうと企てて、あっちこっちのスーパーマーケット等で色々と買い込んだ。色んなお肉、ソーセージ、チーズ、お豆腐にめかぶ、惣菜のとりから、白身魚フライ、太麺、細麺、中太麺、たんまりキャベツにピーマン、もやしにブロッコリー! プリンにヨーグルト、ロールケーキにアイスクリーム、カレーも作った。パスタもたんまり茹でた。しかし私はこれらを一晩では食べきれないのである!
「あぁ……、胃袋の替えがあったなら」
まだまだたくさん私を待つ食べたいものを前に、満腹になってしまったぽこんとした膨らみを撫でて慰めながら、私は呟いた。
「なぜ私には胃袋がひとつしかないのだろう」
そして再び、中断していた戦いを再開する。一切れの豚肉に立ち向かう。
「うむ……っ」
口に入れたものの、どうしても喉をそれは通っていかないのである。
「おむ……!」
気合いを入れ、飲み込みにかかるが、私の胃袋がそれを入れるなと、私の喉に命じている。私は胃袋に反抗し、無理やりにでも飲み込みにかかる。
「うむ……おむ! うむっ……、おむっ……! うむおむうむおむうむむむむっ!」
押し返そうとする喉の隙をつき、ニヤリと私は笑いを浮かべると、遂にそれを飲み込んだ。
「──おむっ!」
私の胃袋が激しく私の喉を叱責する声が頭の中で聞こえた。
「そいつを通すな! そいつが通ったら壊れるぞ!」
「うるさい! 軟弱な私の胃袋め! 私を満足させてみろ!」
37歳独身フリーター女子のゴールデンウィークは寂しい。
友達もなく、彼氏などもちろんなく、家に籠もって食らいまくる他に、どんな楽しみがあろうか?
そんな唯一の楽しみの邪魔をしようとする胃袋など破裂してしまえばいい!
しかし、胃袋に勝てたとしても、私にはこの世の総てに対する根本的な敗因があった。
戻してしまう!
私の意志とは無関係に──
飲み込んだ豚肉片が、正当な流れを逆流し、口から飛び出よう、飛び出そうとするのだ!
豚肉だけではない。それまでに食べた、すべてのものが……!
ああ……、神よ。
なにゆえに、あなたは人間に替えの胃袋を与えなかった……。
ぶっしゃあぁぁあ!
神が現れ、私に替えの胃袋を授けてくれる展開を期待していたが、現実は甘くなかった。
いいじゃないか。たまの連休ぐらい、胃袋を取っ替えてでも好きなだけ、好きなものが食べられたって──
そんな甘い夢を見ながら、6畳のアパートの部屋で、己の吐瀉物の海の中へ、涙とともに沈んでいくバッドエンドに、私は死を免れた。