魔王軍幹部・淡空白雪の試練はウィンタースポーツで与えられた課題をこなすというものらしい。
無縫達は領主公館に務める純魔族の女性、ナーシャに案内されるままにアヴァランチ山の山頂を彷徨った。
すぐに見つかると思っていたアィーアツブス区画を担当する魔王軍幹部がなかなか見つからず苦戦を強いられていたのである。
「あれ? ナーシャ様じゃないですか? どうされたんですか?」
ぞろぞろと見慣れない人間達を連れてスキー場を彷徨っている姿に疑問を持ったのか、スキー場の常連と思われる人狼の男が話しかけてきた。
「白雪様をお見かけしませんでしたか? 実は、昨日挑戦希望を受けた方々が到着なされたのですが、白雪様は午前中に公務を終えられて昼頃には領主公館を出発されたのですが……」
「人間が魔王軍幹部に挑戦ね……魔王軍の上層部がなんで許可したのか疑問だが……って、もしかしてアヴァランチ山を昨日の今日で登頂したのか!? その薄着で!?」
「今朝から登り始めて登頂タイムは四時間と十二分でした。険しい山でしたが、なかなか楽しかったですよ」
「……おっ、おう。人間ってどんだけ非常識な生き物なんだよ」
「いや、無縫君が特別なだけだと思うわ。ロードガオン人が人間云々を語れるか微妙だけど」
「ロードガオン人も基本的には人間と同じみたいだし反論してもいい立場だと思うけど。まっ、私はそもそも妖精だし」
「ここに純正な人間など無縫しかいない。……かなり偏ったパーティじゃな」
「まあ、勝負師、ギャンブル依存症、ギャンブル依存症、敵性侵略者でまともな奴は誰一人いないって話になるけどな」
「自分を含めて誰一人まともな奴はいない」と声高に宣言する無縫にナーシャ達の冷たい視線が突き刺さる。
「ってことは、アィーアツブス区画挑戦か。なかなか選ぶ奴は少ないんだけどな……まあ、ケムダー区画の領主様は変人だし、そもそも挑戦するのが大変だから消去法でこっちが先に選ばれるってことはよくみたいだが。淡空様ならスケートリンクの方にいるみたいだぜ。さっき、淡空様が滑るって騒ぎになっていたからな」
「……こういうことならもっと早く聞いておいた方がよかったですね。ご協力ありがとうございました」
人狼のスキー客と別れてスケートリンクに向かうと、既に人集りができていた。
氷上をまるで自らを輝かせる舞台と言わんばかりに滑るのは青み掛かった白髪をショートヘアにした、澄んだ青い瞳と深雪を思わせる白い肌を持つ美しい女性だ。
その身に纏うのはウェディングドレスと見紛う純白のドレス。見た目からかなりの重量があることが窺えるが、その重さを一切感じさせない華麗な四回転アクセルを決め、涼しい顔で氷上を舞っている。
その美しい光景に、ヴィオレットもシルフィアもフィーネリアも揃って圧倒されて目を輝かせていた。
演技が終わると、白雪は美しいカーテシーを決めてスケートリンクから出てくる。その途中でナーシャの存在に気づいたのか、急遽進路を変えて無縫達の方へとやってきた。
「白雪様、休憩時間中にすみません。挑戦者の方がいらっしゃいました」
「まあ、こんなに早く? お話は聞いていましたが、もう少し先になるのではと思っておりましたわ。初めまして、内務省所属の無縫様ですね。お話は伺っておりますわ。私はアィーアツブス区画の魔王軍幹部を務める淡空白雪と申しますわ」
「素晴らしい氷上の舞、お見それしました。改めて、庚澤無縫と思います。本業は勝負師ですが、副業として内務省異界特異能力特務課でアルバイトをしています。本日はお忙しい中、挑戦を受けてくださりありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ嬉しい申し出でした。これだけこのスキー場は人気ですが、残念ながら私の試練を受けてくださる方はなかなかいません。そのほとんどが、ケムダー区画の試練と悩んで渋々こちらに挑戦するという方々ばかりです。……九番目の試練ということもあって難易度は高めに設定していますが、それでもやっぱり私の試練に打ち勝って魔王を目指す気概のあるホープの出現を期待してしまうのです。貴方はルーグラン王国に召喚された勇者であり、今回、このクリフォート魔族王国を訪れた理由は魔王との対話を求めたからだと聞いております。仮にも貴方が今の魔王を、テオドアさんを倒しても今の治世は変わらないでしょう。ですが、貴方の存在はきっとこの国に良い影響を与えてくださると期待しています」
「……過度な期待だと思いますよ。俺は俺の為すべきことを成すだけです。とはいえ、俺は仕事の中でもとことん自分の楽しさを優先するタイプなので、淡空さんとの勝負も楽しませて頂きます」
「えぇ、勿論。ただし、私に挑戦するために試練を突破して頂く必要があります。早速、試練の内容の説明に移りますが、このスケートリンクでのフィギュアスケート、スノーボードのハーフパイプ、スノーボードのスロープスタイル、スキージャンプ、スキーのジャイアント・スラローム……このうちいずれか一つを選択して頂きます。こちらが出す課題をクリアできれば、挑戦権を獲得することができます。課題には何度も挑戦できますし、途中で競技を変えることも可能です」
「五つの競技ですか、一つだけというのはなんだか勿体無い気がしますね。全ての競技に挑戦して貪欲に勝利を追い求めるのが勝負師というもの!!」
「さ、流石にそれはいくらなんでも……おやめになった方が」
二人の会話から漏れ出てくる「勇者」などの単語に反応して無縫達に警戒の視線を向けていた魔族達だったが、今の無縫の言葉がトドメとなって全員の認識が「勇者という目に見える脅威」から「狂人」にすっかり塗り変わってしまったらしい。
「……ちなみに、無縫。ウィンタースポーツの経験は?」
「てめぇらを連れ戻しにばんえいに行くついでにニセコとかで何度か遊んだくらいだな。フィギュアスケートは未経験。まあ、でも、冬季五輪はテレビで見ていたし、精密な図形を書くくらいなら大丈夫だろ、きっと」
「無縫君、それってフィギュアスケートはフィギュアスケートでもコンパルソリーフィギュアの方じゃないかな? 廃止されて久しいし、知っている人の方が少ないと思うけど」
「まあ、無縫なら大丈夫じゃろう。しかし、長くなりそうじゃない……ナーシャ殿じゃったな、近くに温かい料理を出すお店はあるのか?」
「はっはい、あちらの施設の食堂では温かいお饂飩などを提供しております!」
「うむ、冷え切った身体に温かい饂飩! 完璧じゃな!」
「まあ、魔法少女の姿だから寒さは感じないんだけどね。でも、私も食べたいなぁ! じゃあ、ナーシャさん! 案内お願いね!!」
「へっ!? はっ、はい!!」
「……あの二人、放っておいていいのかしら?」
「たくあいつら金持っていないのに、まさか無銭飲食する気かよ!? フィーネリアさん、申し訳ないけどあいつらについていってこいつで支払い頼む」
小さな時空の門穴から金貨・銀貨・銅貨が入った布の袋を取り出してフィーネリアの方に投げて渡す。
慌ててキャッチし、その重みで危うくバランスを崩しそうになりながらもなんとか堪えたフィーネリアが恨みの篭った視線を向ける……が、無縫は全く動じた様子を見せない。
「でも、貴方一人で大丈夫なの?」
「子供じゃないしなぁ、見届け人も不要だよ。じゃあ、楽しんでくるよ。莫迦共のお守り、よろしくね」
「……嫌な仕事を押し付けられてしまったわね。……多分だけど、魔王軍幹部の試練を『楽しんでくる』って言えるの、貴方くらいよ?」
「そうかな? 今からワクワクが止まらないんだけど」
心の底から楽しそうに白雪にスケートリンクの方へと案内される無縫に、フィーネリア達の胸中は「気がしれない!」という気持ちで一致していた。
◆
アヴァランチ山――初代魔王ジュドゥワード・サタナキア・ヒュージスによってクリフォート魔族王国が建国されてからも極寒の吹雪と険しい地形によって守られたこの山とその周辺はクリフォート魔族王国最後の秘境として知られていた。
戦争時代には敵を寄せ付けないその厳しい環境は戦時においては心強い盾となった。
戦争時代には当然、アヴァランチ山とその周辺も攻撃の対象となったが、アヴァランチ山の攻略に成功したのはジュドゥワードの勢力のみ。彼に攻め込まれるまでアヴァランチ山は無敗の勢力としてその名を轟かせていたのである。
しかし、時代は変わった。戦争が終結し、クリフォート魔族王国という一つの国が誕生する。
アヴァランチ山に住む魔族は、基本的に植物の育たない不毛な土地でも暮らしていくことができる稀有な者達ばかりだ。しかし、国家という枠組みが成立してしまうと、どうしても他の種族との取引を行わなければならない場面が増えてくる。
その主な理由は、これまでアヴァランチ山の周辺に住む者達が知らなかった「豊かさ」を知らなかったからだ。
しかし、アヴァランチ山には他の種族との取引で必要な差し出すもの――特産品が無かった。
それ故にアヴァランチ山の有力者達やアィーアツブス区画を担当する歴代の魔王軍幹部達はずっと他の区画と渡り合うことができるアィーアツブス区画の魅力を探し求めてきたのである。
アヴァランチ山に代々住み続けている魔族の一種、雪女の有力者の血を受け継ぐ淡空白雪も長年アィーアツブス区画が苦しめられてきたこの課題に魔王軍幹部就任早々苦しめられていた。
困った白雪は偶然魔王城の食堂で席が隣になったある人物に意見を伺った。
彼女は宰相に就任後、次々と革新的なアイディアで魔王軍を改革し、よくも悪くも有名人となっていた。
彼女ならばもしかしたら、という淡い期待もあったが、一方で長年アィーアツブス区画が苦しめられてきた課題をそう簡単に解決できる筈がないという諦めや負の自負のような感情も白雪の心の中には渦巻いていた。
結果として彼女が相談した人物――シトラス=ライムツリーは白雪が期待した以上のアイディアを提示し、アィーアツブス区画を不毛な土地から人気の観光地へと変貌を遂げることになる。
彼女が提唱したその概念はウィンタースポーツ。
つまりシトラスはクリフォート魔族王国のウィンタースポーツの母と呼べる存在なのだが、その事実を知る者は白雪を含めごく少数である。
◆ネタ解説・九十七話
フィギュアスケート
スケートリンクの上でステップ、スピン、ジャンプなどの技を組み合わせ、音楽に乗せて滑走する競技。ウィンタースポーツの一つ。
スケートでリンクの上に図形を正確に描く競技から発展した。
シングルスケーティング、ペアスケーティング、アイスダンスは冬季オリンピック正式競技。団体で演技するシンクロナイズドスケーティングもある。
詳しく知りたい場合はフィギュアスケートについて解説しているサイトを参照することをお勧めする。
スノーボードのハーフパイプ
ハーフパイプは円柱を半分にカットしたような試合場で、スノーボードに乗って振り子のように行ったり来たりしながら斜面を滑り、左右の壁を利用して技を披露する。
ジャンプの高さと繰り出す技の難易度や完成度で得点を競い合う競技。
詳しく知りたい場合はスノーボードのハーフパイプについて解説しているサイトを参照することをお勧めする。
スロープスタイル
スノーボード、フリースタイルスキーの競技の一つ。
ジブと呼ばれるレールやボックスと、エアを見せるジャンプ台を複数設置し、技を競い合う。
詳しく知りたい場合はスノーボード・フリースタイルスキーのスロープスタイルについて解説しているサイトを参照することをお勧めする。
スキージャンプ
ノルディックスキー競技の一つ。ジャンプ台と呼ばれる専用の急傾斜面を滑り降りて、そのまま角度の付いた踏み切り台から空中に飛び出し、専用のスキー板と体を使ってバランスをとり、滑空する。
その飛距離と姿勢の美しさを競う競技。
ノーマルヒル、ラージヒル、スキーフライングなどの競技がある。
詳しく知りたい場合はスキージャンプについて解説しているサイトを参照することをお勧めする。
スキーのジャイアント・スラローム
スキー競技またはスノーボード競技のアルペン種目の一つ。大回転という名称でも知られる。
雪山を滑り降り、そのスピードを競う競技。コース中にある旗門を通過しながらゴールを目指す。
旗門とは二本一組の旗かポールのことで、赤と青が交互に立てられているが、これを規定どおり通過できないと失格となる。
スタートラインとフィニッシュラインの標高差は三百から四百五十メートルと決まっており、スーパー大回転と回転の中間に位置する。
また、旗門数も約三十と回転に次いで多くなっている。
詳しく知りたい場合はスキーのジャイアント・スラロームについて解説しているサイトを参照することをお勧めする。