天才ドワーフ鍛治少女は前代未聞の聖剣と魔剣の性質を併せ持つ槍の製造に着手した!?
鉄と油の匂いが入り混じる工業地帯の中でも一際寂れた路地裏にひっそりと佇む錆びたトタン屋根の工房――最低限の雨風を防ぐだけの簡素な作りの建物が今回の目的地だった。
どうやら、工房の主は自分の身の回りのことに無頓着らしい。
工房に近づくと、一人の少女が無縫達の方へとやってくる。
身長は小学生低学年の子供とほとんど変わらないくらいだ。日焼けを知らぬ新雪を思わせる美しい肌と、一切の手入れがされていないボサボサの癖っ毛な赤毛、そして、何よりも一切の感情が読み取れない濁った褐色の瞳が印象的である。
磨けば花も恥じらう絶世の美少女として輝きそうだが、本人にはその気がないようでアースカラーのダボっとしたズボンと厚手のシャツを着用し、その上から灰色のエプロンを身につけている。
その手には大の大人でも軽々とは持ち上げられないような巨大な大槌が握られていた。
「……ん、久しぶり。……その人、誰?」
少女はさして興味もなさそうに、「一応礼儀として聞いておくか?」くらいの態度で無縫に尋ねる。
どうやら、あまりコミュニケーションが好きではないようで口数も少ないようだ。
「彼女はリリスさん。俺の友人の一人で、今日は工房に彼女の武器を作ってもらいたくて注文に来たんだ。リリスさん、彼女はタタラ・ツヴェルクさん、ここの工房長の一人娘で、彼女自身も腕利きの職人なんだ。……ところで、スミスさんに用事があったんだけど、工房の奥にいるのかな?」
「……今は私がスミス。父は一週間前に他界した」
「……それは、ご愁傷様です」
「死の直前まで好きなだけ望むままに創りたいものを創り、満足して死んでいった。……だから、きっと後悔はないと思う」
若くして妻に先立たれ、一人娘のタタラと共に先代スミスは工房を守り、武器を作り続けてきた。
彼の人生はきっと幸せに満ちたものであったのだろう。理解ある妻と仕事を継いでくれる娘に恵まれ、心を掴んで離さない聖剣の鍛造に人生の全てを捧げることができたのだから。
多くのドワーフ達が武器作りの道を捨てて新たな道を歩むことを選ばざる得なくなった中、現在もこうして聖剣などの武器を造る工房を続けることができているのは奇跡と言っても過言ではない。
彼の職人の腕を尊び、決して失わせてはならないと王族が支援の手を差し伸べた。
そのような機会を勝ち取ることができたことを幸運と呼ばずに何と表現すべきか。
或いは実直に仕事に取り組んできた先代スミスの頑張りが正しく報われた結果であると言えるのかもしれない。
「……今回の仕事は魔剣の製造?」
「いや、聖剣と魔剣の製造だ。リリスさんに次代の魔王になってもらいたいと思っているんだが、どうせならインパクトがあった方がいいんだろう? 勇者と魔王の力が使える魔王ってかっこいいと思わないかな?」
「……男の浪漫? そういうものは、正直よく分からない」
タタラはまるで値踏みするかのようにリリスのことを下から上まで舐めまわすように見ていた。
一体何を考えているのか、その感情の一片も感じ取れない瞳からは全く読み取れない。しばらく静寂の時間が流れ、リリスのゴクリと生唾を飲み込む音が静寂の中で響いた。正直、あまり気分のいいものではないが、これも自分に合う聖剣や魔剣を作ってもらうべきだ。
多少のことには目を瞑らなければならない。
ややあって、タタラはゆっくりと口を開いた。
「……リリスさん、だっけ? 使い慣れた得物は剣ではない、と思う?」
「ああ、私は槍使いだ。昔から使い慣れた槍が一番手に馴染む……だが、魔王は魔剣を使うもの。魔王になると決まった以上、これからしっかりと魔剣の扱いを学ぶつもりだ」
「私、貴女のために魔剣を作る気は、ないよ?」
リリスはタタラの言葉の意味が理解できず、暫しの間、思考が完全に停止してしまった。
「安心して……別に貴女のことが嫌いとか、そういうことじゃない、よ? 父は伝統と格式を重んじていた。でも、私は、本当にその人に合った武器を作った方がいいと思う。無理して使ったことのないものを一から使えるように頑張る必要はないんじゃない、かな? 自分を伝統に合わせる必要はない。自分が好きなように、伝統を変えて、新たな伝統を作っていった方がいい。だから、リリスさんがよければ、だけど、私に魔剣の力を持つ槍を作らせてもらいたい。……駄目、かな?」
「いいんじゃないかな? まあ、結局リリスさんがどうしたいかって話になるんだけど」
「……名付けるのであれば魔槍というところか? 私の持つ魔槍術師、槍に魔法を宿して戦う戦闘スタイルとは名前が似ているものの性質が異なるというかなり複雑な形になるが、それも悪くないな。だが、流石に槍の二刀流はできないぞ?」
「……うーん、じゃあさぁ、槍に聖剣と魔剣の要素を組み合わせるってのはどうかな? 聖魔混沌槍、みたいな」
「……前例はないし、技術的にもかなり難しい……と思う。聖剣の元になる聖煌石を微量に含んだ聖鉄鉱と、魔剣の元になる黒闇石を微量に含んだ闇鉄鉱の成分は極めて近い。製法もかなり似ているけど、この聖煌石と黒闇石の相性が悪くて、なかなか上手くいかない。そもそも、前例が少ない上に、成功例も皆無。……でも、こういう難題はワクワクする」
「引き受けてもらえそうで何よりだよ。とりあえず、試作用も含めて聖鉄鉱と闇鉄鉱を十トンと、先払いで報酬の一部をお支払いしておくよ。成功報酬ということで、完成したらこの代金の三倍をお支払いするってことでどうかな?」
「助かる。……圧倒的感謝」
無縫は大量の金貨の山と溢れんばかりの聖鉄鉱と闇鉄鉱を工房の一角に積み上げた後、時空の門穴を開いてリリスと共に地球へと帰還した。
◆
三つ目の大迷宮であるレイゼン大迷宮を攻略している鬼斬、陰陽師、科学戦隊ライズ=サンレンジャー、脳筋怪人からなる連合軍は百層でデモニック・ネメシスを討伐後、バトルフィールドに空いていた三つの奈落へと続く漆黒の穴には目もくれず、解錠された扉を通って転送装置を解禁し、地球と大迷宮を行き来しながら少しずつ確実に迷宮を攻略していた。
現在の地点でドルグエス一行は地下八百層に到達しているらしい。
近日中には吉報が届きそうだが、レイゼン大迷宮の攻略にはまだ時間が掛かるだろう。
一方、リリスの方はというとタタラが武具を完成させるまでの間、鬼斬機関で修行をつけてもらうことにしたようだ。
元々鬼斬機関で覇霊氣力の扱い方を学んでいたリリスだが、魔王に挑戦するということで基礎的な鍛錬だけに留まらず応用的な実戦形式の修行もつけてもらうことになったらしい。
無縫との修行に入る前に鬼斬の技術に関してはある程度形にしておきたいということなのだろう。
現時点で無縫が関わる必要のある二つのタスクはどちらも待ちの段階のため、無縫はその間に幹部巡りを進めることにした。
バチカルからは南東と南西に二つの道が伸びている南東に進むとエーイーリー区画、南西に進むとシェリダー区画にそれぞれ到達することが可能で、このエーイーリー区画とシェリダー区画を繋ぐ大きな道が伸びている。
エーイーリー区画から真っ直ぐ南に進むとアディシェス区画、シェリダー区画から真っ直ぐ南に向かうとアクゼリュス区画があり、更にアディシェス区画から真っ直ぐ南に進むとツァーカブ区画 が、アクゼリュス区画から真っ直ぐ南に進むとケムダー区画がある。
アディシェス区画、アクゼリュス区画、ツァーカブ区画、ケムダー区画の丁度中央にはクリフォート魔族王国で三番目の標高を誇るフリューゲル山を背にしたカイツール区画が存在し、それぞれの区画と繋がる道が整備されている。
ツァーカブ区画から南東に進むとクリフォート魔族王国の最高峰であるアヴァランチ山の麓に築かれたアィーアツブス区画に行くことが可能だ。
一方、ツァーカブ区画から南西、ケムダー区画から南東に進むとキムラヌート区画に到達することができる。
別名、魔王城の玄関口とも呼ばれるキムラヌート区画から南に進むとクリフォート魔族王国で二番目の標高を誇るルシフェール山が行く手を阻む。
そして、このルシフェール山の先に魔王城がある。魔王に挑む者はまず幹部達を倒して挑戦資格を得た上でキムラヌート区画の先にある魔王門で資格を確認された後、険しく厳しいルシフェール山を進んで魔王城を目指し、そして魔王城で『頂点への挑戦』に参加することになるのだ。
……まあ、実際にはルシフェール山の内部には魔導鉄道と呼ばれる専用の移動手段が整備されており、簡単に魔王城とキムラヌート区画を往復できるのだが、『頂点への挑戦』の参加期間中は魔導鉄道を含め全ての公共手段の利用が制限され、『頂点への挑戦』の挑戦者達は徒歩での移動を余儀なくされる。
唯一の例外は魔王軍幹部や魔王軍四天王で開催期間中も公共交通機関の利用は可能だ。これも、彼ら彼女らの持つ特権の一つと言えるだろう。
翌日の早朝、眠そうに目を擦っているヴィオレットとシルフィアを叩き起こした無縫は宿屋『鳩の止まり木亭』の食堂でフィーネリアを加えた四人で朝食を食べた後、朝食を準備してくれたビアンカにお礼を言ってから宿屋『鳩の止まり木亭』を出て街道の方へと向かった。
「それで? 無縫、予定通りアィーアツブス区画に行くってことで良いのだな?」
「エーイーリー区画、アディシェス区画、ツァーカブ区画を経由しつつ、な。……まあ、街道が街と直結している以上、経由しない方法を探す方が大変なんだが。あえて、街道を使わずに道なき道を進むってことならまた話は変わってくるが、わざわざそんなことをするメリットもないしなぁ」
「ちなみに……このまま歩いていくのかしら?」
「ヴィオレットは体力的に心配ないだろうし、シルフィアも肩に掴まって動かないから徒歩でも問題はないけど……フィーネリアさんはそんなに体力ないだろうし、鍛えているって感じでもないでしょう? ということで、魔王軍幹部巡り総合事務局と交渉して乗り物を使う許可をもらってきた。乗合馬車みたいな公共交通機関を使うことを禁ずるルールはあるが、個人所有の乗り物は禁止されていないみたいだけど、交渉は難航したよ。既に許可が出ていた時空の門穴の使用共々許可は出た。ただ、使用は街道のみというルールで、区画内部での使用は基本的に禁止ということになる。……ってことで、ドライブと洒落込みますか?」
エーイーリー区画へと続く街道のスタート地点に到着したところで【666號】を瞬時に取り出した無縫は不適な笑みを浮かべて運転席の扉を開けると車に乗り込んだ。
◆ネタ等解説・九十四話
スミス
古英語で「職人」を意味し、鍛冶師「blacksmith」や金細工師「goldsmith」、銀細工師「silversmith」、スズ細工師「tinsmith」、ブリキ職人「whitesmith」など特に金属加工の職人を示す。
本作でのスミスは代々継承される職人としての名前、異名のようなもの。
ドワーフの設定
ドワーフという種族のイメージは作者ごとに差異がある。特に女性に関してはかなりの揺れが存在しており、成人は男性だけでなく女性も髭を生やしていると描写されることも多い。
本作での女性ドワーフのイメージはTRPGの「ソード・ワールド2.0」の系譜に属するロリ系、ただし、榎宮祐氏のライトノベル『ノーゲーム・ノーライフ』に登場する女性ドワーフのイメージが土台となっている。なお、異世界ハルモニア以外の女性ドワーフがどのような性質を持っているかは現時点で不明。
◆キャラクタープロフィール
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・タタラ・ツヴェルク
性別、女
年齢、十七歳。
種族、ドワーフ。
誕生日、十二月一日。
血液型、B型Rh+。
出生地、ルビリウス王国王都コランダーム。
一人称、私。
好きなもの、鍛冶仕事。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、一振入魂。
尊敬する人、先代スミス(父)。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、刀鍛冶。
主格因子、無し。
「容姿は身長は小学生低学年の子供とほとんど変わらないくらいで日焼けを知らぬ新雪を思わせる美しい肌と、一切の手入れがされていないボサボサの癖っ毛な赤毛、そして、何よりも一切の感情が読み取れない濁った褐色の瞳が印象的である。磨けば花も恥じらう絶世の美少女として輝きそうだが、本人にはその気がないようでアースカラーのダボっとしたズボンと厚手のシャツを着用し、その上から灰色のエプロンを身につけていると描写されている。種族間で争いが起こっている時代に武器が製造できることから例外的にルビリウス王国で保護されてきたドワーフの刀鍛冶の一派、スミスの名を継ぐ刀鍛冶の女性。あまり表に感情を出さないタイプで、コミュニケーションに苦手意識を感じているが、主張したい時にはハッキリと意見を口にするタイプである」
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