【急募】どんな責苦を味わっても次の日にはケロッと忘れてギャンブルをしに行ってしまう阿呆魔族と阿呆妖精を改心させる方法。……んなもんねぇよ。
フィーネリア、メープル、スノウの三人は魔王軍四天王との顔合わせが終わった後、ヴァルフレウが呼び出した騎士の案内で魔王国ネヴィロアスの魔都を観光した。
無縫、ヴィオレット、シルフィアの三人はヴィオレットが引き起こした税金着服ギャンブル事件のほとぼりが冷めていないこの状況で魔都に繰り出すのはトラブルの切っ掛けになり得るとして三人が観光している間、魔王城の中に留まることとなった。
「ただいま戻りましたわぁ〜。いっぱい楽しめましたぁ〜」
「あっ、あの……わざわざお時間を作ってくださって、ありがとうございました!」
「いえいえ、こういう状況じゃなければしっかりと俺達の手で色々なところを案内したかったのですが……では、そろそろ帰りましょうか?」
こうして、二日間の異世界アムズガルドの旅は終わりとなった。
メープルと『Boulangerie et Pâtissière 千枚の葉』の店先で別れた後、無縫、フィーネリア、スノウの三人は宿屋『鳩の止まり木亭』への帰路につく。
「お母さん! みなさん! 只今帰りました!!」
「お帰りなさい。無縫さん、フィーネリアさん、二日間、娘の我儘を聞いてくれてありがとうございます。沢山ご迷惑をおかけしてしまいましたよね?」
「いえいえ……こういう状況でなければもっと色々と見せることもできたのでしょうが、観光とかも他の方に任せっぱなしで。結局ほとんど別行動だったので、お礼はフィーネリアさんとメープルさんにお伝えください」
「本当にしっかりしている子だから迷惑なんてことは無かったわ。スノウさんとの観光はとても楽しかったわよ。……ただ、終始メープルさんが暴走していてそれに振り回されていたって感じだったわね。スノウさんって控えめだからもっと意見を言っても良かったと思うわ」
「そ、そんな……私は十分楽しめましたから!!」
「……まあ、相当な量のお土産を買っていたみたいだし、相当はっちゃけていたのは傍目から見ても分かるよ。ああいう自分の知らないパンやお菓子に対する強い興味が美味しいパンやお菓子作りに繋がっていくんだろうね。……スノウさんが望むなら情勢が安定した時に連れて行くよ。今回の埋め合わせもかねて今度はしっかりと名所を案内したいからね」
「その時はよろしくお願いします!」
「任された!」
そんなやり取りを無縫達とスノウがしていると、宿屋の常連客のギミードが不思議そうに無縫達の周りを見回した。
「ところで、異世界の魔王の娘さんと妖精のお嬢さんはどうしたんだ?」
その質問に急に視線をあらぬ方向に向けるフィーネリアとスノウ。
一方、無縫は何一つ罪悪感を抱いていないようで平然とした顔で口を開いた。
「あの阿呆二人なら中央広場に捨ててきた」
無縫の口から放たれた爆弾発言に宿屋の空気が凍りつく。
「正確には上着を奪って薄着にして、首から『私達は取り返しのつかない罪を犯しました。信頼を裏切ってお金を盗み、全てギャンブルに費やしました。私達は愚か者です』と書かれた札のついた鎖を掛けて、石抱の刑に処して置いてきた。……正直、市中引き回しとか、ファラリスの雄牛みたいな極刑に掛けなかった俺を褒めてもらいたいくらいだよ」
「流石に今回はやったことがやったことだし、私も止められなかったわ。メープルさんも『今回の件で起きた問題の一切はぁ、私の方でなんとかしておきますねぇ〜。今回の件で懲りてぇ、二度と悪いことをしないと誓ってくれることを祈っていますわぁ〜』って仰っていたわ」
「おっ、おう……まあ、魔王軍幹部の領主様公認なら大丈夫……なのか? まあ、とにかくこれで懲りてくれると嬉しいぜ。身から出た錆とはいえ、流石に年端もいかない嬢ちゃん達が酷い目に遭っているっていう話には流石に抵抗感を感じるからよぉ」
「……まあ、これだけやったところで翌日にはケロッとして機を見てギャンブルに行くんだろうけどね。あいつらは救いの届かぬ存在なんだよ」
「……個人的には無縫君もそう大差ないと思うけどね。結局、勝っているか負けているかの違いだけでギャンブル依存症でしょう?」
「フィーネリアさんは分かっていないなぁ。俺は神経と命を擦り減らす真剣勝負の場に身を置くことで生を実感するために命をチップに勝負に挑んできた勝負師だ。今はそのチップが命からお金になっただけで本質的には変わらない。与えられるのが死か、金銭的な破滅かという些細な違いだけだよ。対してアイツらはただのギャンブル依存症。ビギナーズラックすら勝ち取れず、ほとんど勝てる筈がないと思いつつも勝負から抜け出せず、お金を支払って分かり切った敗北という結果を買う愚か者だ。勝負は勝つか負けるか公平だからこそ成り立つんだよ。負けると分かり切った勝負に賭け金を乗せるなんて愚の骨頂じゃないか」
「……まあ、それを言うなら無縫君のその幸運も決して公平とは言えないけどね。しかし、あの二人があれだけのことをやっているのに、全て黒字になっているって凄いわよね。ギャンブルに関してはここまで一度も赤字になっていないんじゃないかしら?」
「把握している範囲のものは全部取り返しているからね。利子付きで。……というか、この幸運も別にいらないんだけどなぁ。……望んでこうなった訳じゃないし」
背筋が凍るほどの地を這うような低い声で極寒の視線を向けつつ「望んでこうなった訳じゃないし」とフィーネリアに言う無縫にフィーネリアは地雷を踏み抜いてしまったことを察知したのだろう。
「ごめんなさい……配慮ができていなかったわ」と間髪入れずにフィーネリアは無縫に謝罪した。
◆
翌日、無縫が広場に赴くと広場には人集りができていた。
「あっ、無縫君だぁ! おーい!!」
先程まで「可哀想に……酷い目に遭わされて」、「メープル様に報告して対処をしてもらわなければならないのではないか?」、「一体誰がこんなことを……絶対に許せないわ!」などとヴィオレットとシルフィアに非道な仕打ちをした犯人に憤りを覚えていた住人達はシルフィアの底抜けに明るい声で興を削がれたのか、或いは「それほど深刻な状況でもないのではないか」と悟ったのか、徐々に鎮静化していった。
「あら? 意外ね。とっくの昔に逃げていたと思ったのに」
「フィーネリア、お主は莫迦なのか? 無縫の性格を考えてみよ。ここで逃げたら火に油を注ぐだけだ。こう言う時は甘んじて責苦を受けて置いた方が良い。これが我らの処世術じゃ!!」
「……で、莫迦共、一応聞くが反省はしたか?」
「ん? 全くじゃ! する訳なかろう!」
「この程度じゃ私達のギャンブル欲は止められないよ!!」
「……客観的にかなり恥ずかしい目に遭っている筈なんだけどなぁ、それでもギャンブル欲が勝るのか。致し方ない、責苦は今朝までって決めていたしな。解放してやるよ」
「……しかし、全く意味が無かったわね」
「正直やる意味は薄いと思っている。だけど、犯した罪に対して何も罰を与えられないってことは、その罪が許容された、黙認されたと判断されても致し方ないだろう? こうやってほとんど無意味でもちゃんと罰を与えたという体裁を整えておくことが重要なんだよ。……まあ、いつか本当に堪忍袋の尾が切れたら中世の魔女みたく火炙りにするかもしれないけど」
「……まあ、火炙り程度なら何とかなりそうだな」
「魔法少女、舐めるんじゃないわよ!!」
「というか、いっそこの二人のことを完全に見捨てて放り出すのが一番の責苦になるんじゃないかしら?」
「なっ、ななっ! フィーネリア、何と恐ろしいことを言うんじゃ!!」
「こ、怖いこと言わないでよ! 夜眠れなくなるじゃない!!」
「いや、流石にそれやったらこいつら本気で死んじゃいそうだしなぁ……却下で」
「……実は三人とも滅茶苦茶仲良しでしょう?」
最早仲の良い三人が戯れ合っているようにしか見えない光景を目の前に溜息を吐くフィーネリアと「よし、何もこの広場では起きていなかった! 解散!!」とそれぞれの仕事に家事に戻っていく魔族達であった。
◆
ヴィオレットとシルフィアを広場で回収した後、無縫は三人を宿に残して時空の門穴経由で大日本皇国に向かった。
目的地は内務省庁舎内にある龍吾の執務室だ。
「無縫です、失礼します」
無縫が部屋に入ると執務室の中には龍吾とリリスの姿があった。
先日のショックから少し立ち直れたのか、リリスの顔色は多少だが良くなっているようである。
「お二人ともご迷惑をお掛けします」
「内務省は一人人員が掛けるだけで回らなくなるような脆弱な組織ではありません。……リリス殿のおかげで楽になったところは沢山ありますが。我々のことは気にせず、リリス殿はリリス殿のことだけ考えてください。……これから地獄のような目に遭うみたいですからね」
「ああ……憂鬱で昨日の夜から寝られなかった」
「そんな怖がらなくても良いと思うけどね……まあ、やるなら徹底的にが俺のモットー。リリスさんをヴィオレットどころか歴代最強の魔王にできるようプランは練ってきたよ。……期間はそうですね、とりあえず下準備に一日もらいたいです。この下準備で必要なものを用意しますが、この用意に具体的にどれくらいの時間が掛かるか分かりません。その必要なものの準備が整い次第修行の流れになります。異世界ジェッソでやることがありますから、幹部巡りしながら並行してということになりそうですね。勿論、リリスさんにも休暇は必要ですからワークとライフとトレーニングのバランスをきっちり調整して修行を進めていくことになります」
「では、ひとまず今日一日だけ休暇を貰えばいいということか?」
「まあ、準備は運に左右されることなので、全てはそれが上手くいくかどうかですね。……まあ、俺運がいいんで多分大丈夫でしょう。じゃあ、リリスさんを一日お借りしますね」
無縫はリリスを連れて執務室を後にするとすぐさま時空の門穴を開く。
リリスは促されるまま無縫と共に時空の門穴の中へと入っていった。