――『ブラック・ダンデライオン』はその日、無縫という名の厄災に見舞われた。
「ミシャエリーナ王女殿下の仰る通り、仮に失われた国庫のお金を取り戻したとしても支持が戻ってくることはありません。魔族の中に非戦論者が多いにも拘らずこの惨状ですからね。また、ヴィオレットは同じことを繰り返すかもしれないという疑念が残る以上、ヴィオレットが魔王に選ばれる可能性は皆無に等しいと言えるでしょう」
「魔王の娘で自身も魔王の資格を持つ者だけが操ることができる魔剣を扱うことができるヴィオレット様はこれまで最有力候補でしたが、今回の税金着服はそのリードを丸々切り捨てて余りあるほどの信用失墜ですからね。ここから巻き返すのは不可能だと私も思いますわ。だからこそ、疑問なのです。ここから巻き返す方法など存在するとは思えませんが?」
「要は反戦論を掲げる信用に値する人物がいればいいのです。民意は魔族と人間の友好的な関係を求めているのですから。これまではヴィオレットがその民意をしっかりと実現してくれると魔族の皆が思っていたからこそ高い支持を集めていたのです。……まあ、こいつがそれを全部粉々にして踏み躙った訳ですが」
「……改めて言われるとなんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのじゃ」
「お前はもっと反省しろ、ヴィオレット。お前も同罪だぞ、シルフィア。……さて、ここで重要となってくるのが誰を候補として立てるかです。まず、反戦論……というより、現在の魔王国の治世をそのまま受け継いでくれると確信できる人物が望ましいでしょう。当然、無名の人物では信頼に欠けます。魔族は実力主義を謳いつつも出自、家柄などもきっちり気にしますから現在の重役、魔王軍中枢の関係者の中から擁立するというのが最善だと思います」
「……でも、魔王軍四天王の大半は現魔王陛下と同世代ですし、若手の多い魔王軍幹部や魔王軍四天王の子女などから選ぶことになるのでしょうか?」
「いえ、ミシャエリーナ王女殿下も既にご存知の方が一人いるではありませんか。元魔王軍四天王でヴィオレットの専属侍女としても働いていたという確かな出自と実績。そして、全く肩書きが通じない異国で内務省の参事官補佐まで出世したことから垣間見える確かな実力。それに、所属しているのは政府機関。携わっている仕事はかなり特異なものとはいえ、多少なりは内政に関わっている仕事をしていますし、魔王国にとっては最大の同盟国と言える大日本皇国との橋渡し役としても申し分ない存在」
「……魔王軍四天王、リリス=マイノーグラ様ですわね」
「ちなみに既にリリスさんにはこちらの意思を伝えています。……案の定、泡を吹いて何度か気絶し掛けていましたが。内務省としてはかなりの痛手ですが、すぐに魔王を襲名する訳でもありませんし、長い目で見ればこちらにとっても利益のある話です。……勿論懸念点もありますが、その辺りは結局魔族って実力主義社会なので実績を積み上げてもらえばなんとかなると考えています。一先ず、今のリリスさんは魔剣を扱えませんから、とりあえず魔王に相応しい存在であると魔剣がリリスさんを認める程度まで強くなってもらいたいのと、後は舐められないためにも勇者の天職辺りは取っておいてもらいたいですね」
「……最近は鬼斬の技術の習得に意欲を示していたし、そこに内務省の技術まで加わるとなると……本当に歴代最強の魔王が誕生しそうじゃな」
「まあ、そこまで言っても無縫君には遠く及ばないんだけどね」
「無縫は化け物じゃからな? というか、そういう話なら無縫が王位を狙えば良いのではないか? 無縫のことが嫌いな父上は絶対に反対するじゃろうが、あの程度なら一捻りじゃろ? 国民からも高い支持を集めているし、今からでも魔王になると表明すれば魔王の座を手に入れられるのではないか?」
「俺は好きなだけギャンブルをして自由に生きるっていうのが基本スタイルだからな。政治に関わっているのも大田原さんや内藤さんへの恩があるからなんだよ。……ってヴィオレット、お前はよく知っているよな?」
「まあ、言ってみただけじゃ。……ふむ、となると古の儀式でリリスに魔王の資格ありと証明するのは最善じゃな」
「かつて、魔王は挑戦者と現魔王が戦い、勝者が常に魔王として君臨してきた。近年だと現魔王の子女が襲名するってケースが多く、選定方法も魔王国民全員による国民投票と定められているが、確かに実力を示すという点では古の魔王の儀を一時的に復活させるのもありかもしれないな。……無論、それで実際に魔王の座を奪うのではなく、あくまで魔王に選ばれるだけの武の資質はあるという証明をするだけだが」
「どうやら次期魔王襲名までのシナリオは決まっているみたいですね。もし、我が国にお力になれることがありましたら是非仰ってください。魔王国の安定は我が国にとっても大切なことですから。……さて、オールクベリー卿」
ミシャエリーナは無縫との話が終わったところで控えていた大臣のルードヴィヒ=オールクベリー公爵の名を呼んだ。
「いかがなされましたか? 王女殿下」
「まさか、忘れていないでしょうね。あの賭けの話」
「……えぇ、勿論覚えております。本日までお声掛けが無かったのでてっきり王女殿下はお忘れてになっていると思って喜んでおりましたが……」
「実はオールクベリー卿と賭けをしていたの。十年以内にヴィオレット様が国庫のお金に手を出すかどうかという賭け。オールクベリー卿は魔王の娘としての矜持があるヴィオレット様が国庫のお金に手を出す筈が無いと仰っていたのだけど……まさか、賭けを始めた日から十日後にヴィオレット様が国庫のお金を着服してギャンブルをしていたというニュースを耳にすることになるとは思いませんでしたわ。ということで、オールクベリー卿、一週間以内にお支払いお願いしますわ」
「……承知致しました」
まさか、ミシャエリーナとルードヴィヒがそんな賭けをしているとは思いもしなかった無縫が二人にジト目を向ける。
「もしかしたら、ミシャエリーナ王女殿下とは今回の件で同じ感情を共有できる同志になれるのかもしれないと思っていたのに」とガックリと項垂れる無縫の姿に流石に罪悪感を覚えたのか、ミシャエリーナとルードヴィヒは同時に目を逸らし、護衛の騎士達は揃って「俺達は全く関係ないです」という雰囲気を醸し出した。
◆
イシュメーア王国王都フィオーレ最大のカジノ『ブラック・ダンデライオン』。
普段は賭けに負けた客達の啜り泣く声や絶叫が響き渡る紳士淑女の遊戯場では、その日、珍しい光景が繰り広げられていた。
「――む、無縫様!? ここから先へお通しする訳には参りません! お引き取りください!!」
切実そうな顔で無縫の来店を拒否する黒服は、無縫が微笑んだのを見てほんの少しだけ胸を撫で下ろした。
「良かった、分かってもらえた。無縫様をカジノの入店を認めてしまえば、危うく大惨事になるところだった。やっぱり英雄殿は常識のあるお方、話せば分かってもらえるものだよな」と安心し切った黒服の男だったが、次の瞬間、その顔が恐怖に歪むこととなる。
「そうですか……それが誇り高き『ブラック・ダンデライオン』の総意ということですか。どんな客にも門戸を開き、ゲームを提供する――そういうカジノだと聞いておりましたが、本当に残念な話です。では、致し方ありませんし、退散させて頂きましょう。……なんて言うと思いましたか? 元はと言えばこいつの責任とはいえ、そちらさんもヴィオレットを客として受け入れたんですよね? そして、有り金全部を巻き上げたと。……まあ、それはこちらの不手際。お金を返せなんて無粋なことは言いません。俺はただカジノで遊ばせて欲しいと言っているだけなのですよ。ヴィオレットが許されて俺だけは入店を許さない……そんなことが許されていいと本気で思っているのですか? それとも、俺が入店してはならないという点について納得ができる理由があるのですか?」
「そ、それは……」
「……まあ、警備の連中に止められても俺はカジノに入るんだけどね」
「はっ?」
無縫は黒服の隙を見てヴィオレットとシルフィアを一瞬にして一切の抵抗の余地を与えず時空の門穴の中に放り込むと黒服の横を擦り抜けて店内へと走り込んだ。
この後に及んでなお、カジノに入れば散財する可能性が高かったヴィオレットとシルフィアという不穏分子を排除した無縫は慌てて追いかけて来る黒服を無視して優雅に受付へと向かう。
「入り口でのやり取りを聞いていたと思うけど、俺はただギャンブルをしに来ただけだ。運が良ければ、君達はヴィオレットから巻き上げたお金に加えて俺からもお金を巻き上げられるんだ。……何故、そんなに俺とのギャンブルを避けようとするのか理解に苦しむよ。とりあえず、金貨十枚をチップに変えてもらいたい。俺も正直不本意なんだ。神聖なギャンブルの場に無粋なものは持ち込みたくない。……だが、君達が真っ当に勝負するつもりがないのならばこちらにも考えがある。……もし、魔族達が自分達の大切な税金を王都のカジノ『ブラック・ダンデライオン』に巻き上げられた、なんて知ったら一体どうなるんだろうね?」
無縫を追い返す正当な理由を持たないカジノの受付側は渋々カジノチップを無縫の手渡す金貨と引き換えて譲り渡す。
そしてそれから三十分後、案の定『ブラック・ダンデライオン』の店内ではヴィオレットが巻き上げられた以上のチップを机の上に並べながらも更に貪欲にチップを求めてギャンブルを続ける無縫と、「もうやめてくれ!!」と叫ぶカジノ従業員達が織りなす地獄のような光景が繰り広げられていたのでした。めでたしめでたし。……どこがめでたしやねん。
こんな終わり方、前にもあった気がするが、きっと気のせいだろう。
◆キャラクタープロフィール
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・ミシャエリーナ・ルーモス・イシュメーア
性別、女。
年齢、二十八歳。
誕生日、五月二十日。
血液型、A型Rh+。
出生地、イシュメーア王国王都フィオーレ。
一人称、私。
好きなもの、紅茶、ケーキ。
嫌いなもの、書類束。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、女だからと見下す男達。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、イシュメーア王国第一王女。
主格因子、無し。
「イシュメーア王国の第一王女。元々聡明で政治にも関心があったが、『政治は男の領分、女は口を出すべきことではない。国の繁栄のために淑女としての役目を果たすことがお前の役割である』と政治から遠ざけられ、発言力を奪われていた。異世界召喚に否定的な立場だったが、王国は召喚を強行し、無縫と一触即発の状況を作り出してしまう。無縫を恐れて誰も交渉をしに行かない中、単身で無縫と交渉を行い平和を勝ち得た。その一件を利用して王国の実権を握り、実質的に国王として君臨している」
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・ルードヴィヒ=オールクベリー
性別、男。
年齢、三十九歳。
誕生日、八月八日。
血液型、B型Rh+。
出生地、イシュメーア王国オールクベリー公爵領。
一人称、私。
好きなもの、宮廷音楽、ケーキ。
嫌いなもの、肉体労働。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、オールクベリー公爵、イシュメーア王国大臣。
主格因子、無し。
「イシュメーア王国の大臣。優れた人物であったが国王派の発言権が強いイシュメーア王国においては中立派の貴族であるルードヴィヒの発言力は弱かった。しかし、ミシャエリーナが王権を握ると状況は一変する。国王派の発言力が弱まり、代わりに中立派や貴族派の発権力が強まった。信頼できる部下を求めたミシャエリーナは父王の息のかかった大臣を罷免すると中立派の有力貴族で頭の切れるルードヴィヒに目をつけて大臣に任命した」
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