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元王家御用達の大商会で現在は異世界間交易独占企業としてその名を知られるブルーベル商会も無縫にだけは逆らえないようだ。

 イシュメーア王国王都フィオーレ。

 別名花の都と呼ばれるこの都市は実に活気に満ち溢れていた。

 イシュメーア王国の政治と経済の中心地であり人口は約九百万人。現在も一攫千金や立身出世を狙い、地方からの人口流入は増え続けているようだ。


 大通りにはいくつもの店が立ち並び、露店で商売をしている行商人達の姿も幾人も見受けられた。

 そんな王都フィオーレで、フィーネリア、メープル、スノウの三人は王都の冒険者ギルド本部を昔拠点にしていたことがあるという冒険者のゲラップをガイドとして街を巡っている最中だった。


「とても美味しいパンですねぇ〜。小さくてついつい沢山食べてしまいますわぁ〜」


 王城に無縫、ヴィオレット、シルフィアの三人が赴いている間に観光をすることになったフィーネリア、メープル、スノウの三人だったが、メープルのたっての希望でパン屋巡りをすることになった。

 既に八軒目。イートインスペースがあるお店でのみ食事しているとはいえ既にかなりのパンを食べており、付き合っているフィーネリア、スノウ、ゲラップも揃って苦しそうにお腹を摩っている。


 ちなみにお金については無縫が予め観光用の費用としてかなりの金額をゲラップに渡していたため誰かの懐が痛むということはない。

 だが、逆にメープルの食べ歩きを積極的に止めようとする理由がないことがメープルの暴走を加速させていた。既にパンに夢中になってしまっているメープルはフィーネリア達の胃の都合を勘定に入れることを忘れてしまっているらしい。


「くっ、苦しい……」


「よっ、ゲラップじゃねぇか? 久しぶりだな。おいおい両手に花とはいいじゃねぇか」


 王都の名店パン屋の一つ『クレセントムーン』で名物のミニクロワッサンなどを堪能してから店を出ると、一人の男が声をかけてきた。

 軽装の防具に一振り剣を帯刀したいかにも冒険者という出立ちの金髪碧眼の優男はゲラップの姿を見つけて駆け寄ってくる。


「両手に花とかじゃなくて、依頼だよ、依頼。……彼は王都で活動していた時期に一緒に依頼をこなしたこともある冒険者のヴァトンです」


「紹介ありがとうな! 俺はヴァトン、銀ランク冒険者だ」


「フィーネリア=レーネよ。そうね……一応、無縫君の宿敵というところかしら? (全戦全敗だけど)」


「メープル=ミルフィーユよぉ〜。こことは別の世界でパン屋と魔王軍幹部をしているわぁ〜」


「す、スノウ・アグアニエベです! 宿屋『鳩の止まり木亭』で働いています!」


「おっ、おう……あの『英雄』殿の関係者ってことか。三人とも異世界人ってことでいいんかな?」


「そういうことになるわね」


「なかなかのレアケースとはいえ、流石に聞いたことはあるぜ。(……無縫殿の関係者ってことは粉かけていい相手ではないな。うん、絶対にトラブルになる。しかし、『英雄花を好む』とはいうが、やっぱり美人さん揃いだなぁ)。……で、ゲラップ、お前は『英雄』殿からの依頼で街を案内していると」


「メープルさんがパン屋ってことで、王都のパン屋を巡ってみたいってことになって店を巡っているところだ。……正直、かなり腹が重い」


「あらあらぁ、ごめんなさぃ。気づかなかったわぁ〜」


「ん? ってことは、あそこには行っていないのか? もしかしたら知っているかもしれないけど、あそこは基本的に外せないだろ?」


「あっ……いやすっかり忘れていたぜ。フィーネリアさん、メープルさん、スノウさん。ついすっかり紹介を忘れていたお店がありまして、よろしければ次の目的地にして頂けないでしょうか? 異世界の方(・・・・・)は多分知っておいた方がいいお店だと思いますよ」


 ゲラップの言葉に首を傾げつつも、そこまでいうならばとゲラップの案を採用するフィーネリア達だった。



 一人で大量の荷物を抱えるゲラップを不憫に思ったのか(なあ、荷物持ちをしているのは依頼ではなく流石に女性陣に荷物を持たせる訳にはいかないとゲラップが気を遣った結果である。まさかここまで買うとは思いもよらなかった依頼を引き受けた直後のゲラップだった)、荷物持ちを半分引き受けたヴァトンとゲラップに案内され、一行は王都の街外れにある一軒の建物へと向かった。


 煉瓦造りの建物は王都の中でもかなり高めの五階建てだ。

 二階にはデカデカと真っ白な看板が掲げられていた。看板には「ブルーベル商会」というお店の屋号と思われる青い文字がブルーベルの花の意匠と共に描かれている。


「ブルーベル商会、かつてはイシュメーア王国の三大商会の一角に数えられていた大商会です」


「……ということは今は違うのかしら?」


「えぇ……店先でこういうことを言うのも気が引けますが、別にブルーベル商会が没落したということではありませんよ。寧ろその逆で王家御用達の商会として権勢を誇っていたブルーベル商会はイシュメーア王国、いえ、この世界そのものをひっくり返してしまったあの一大事件以後、更に権勢を強めて他の二つの大商会と大差をつけてしまったのです。かなり抽象的な話し方をしてしまいましたが、端的に言うとブルーベル商会はこの異世界アムズガルドに拠点を置き、様々な異世界との交易を行う異世界貿易を生業とする大商会ということになります。無縫殿から空間を渡る術を授けられ、その力で様々な異世界と交易を行っているようです。その影響力は凄まじいもので、これまで当然ながら王家有利だった商会との関係も、今やほとんど対等なものになっているとか」


「……まさか、無縫君が内務省以外にも時空の門穴ウルトラ・ワープゲートを開く技術を教えているなんて驚きね。それだけブルーベル商会が信頼に値する存在だったということかしら? ……でも、仮に商会信頼に足り得るものだったとしても、そもそも時空の門穴ウルトラ・ワープゲートを開く技術を提供するという話になるものかしら? 無縫君にとっても技術提供には利益があったということなのかもしれないわね」


「流石にそこまでは……。ブルーベル商会には様々な異世界から集められた物珍しい品々がありますからご紹介しておこうと思いまして……まあ、かなりお高いものばかりなんですけどね」


 ブルーベル商会が独占している分野ということもあって基本的にそれぞれの世界で購入するよりも割高な金額が設定されている。

 無論、異世界間で商品のやり取りをする輸送費などの手間賃も含まれているのだろうが、それを差し引いても割高であるというのがブルーベル商会の商品に対する一般的な評価だ。


 ブルーベル商会がこれだけ強気なのは、それだけ金額を釣り上げても売れるという絶対の自信があるからなのだろう。

 実際、ブルーベル商会が割高な金額設定にしていても客足が減ることはない。ブルーベル商会でしか手に入らない商品があるというのは大きな強みなのである。


 ……と、このように独占企業としてかなり強気に振る舞っているように見えるブルーベル商会だが、決して無敵という訳でもない。

 そもそも、時空の門穴ウルトラ・ワープゲートの技術は無縫から貸し与えられたものだ。その他、商売をはじめるに当たって必要な人脈作りから各国の通貨の貸与、拠点の提供に至るまで無縫が支援しており、ブルーベル商会は無縫に頭が上がらない立場だ。


 そんな無縫の願いは異世界間で自由なもののやり取りをすることである。

 どの世界に暮らしていても作られた世界を問わず自分が気に入った商品を手に取って買える世界――将来的に、時空の門穴ウルトラ・ワープゲートで繋がった全ての異世界と国交を結んで自由貿易を行うために、その足掛かりとしてブルーベル商会に異世界交易商の役割を与えた。

 当然、イメージを損ねるような商売をした場合、無縫から唯一無二の特権を剥奪されることになりかねない。無縫にとってブルーベル商会は星の数ほどある商会の中の一つに過ぎないのだ。ブルーベル商会の代わりになる商会などすぐに見つけてしまうだろう。――世界は広く、そして、異世界は数多存在するのだから。


 とはいえ、利益もできるだけ出したいというのがブルーベル商会の本音だ。そのため、無縫から睨まれないギリギリのラインを狙って価格を釣り上げるというチキンレースが日夜繰り広げられていたりするのだが、その事実を知るのはブルーベル商会の上役と第一王女のミシャエリーナのみ……実は当の無縫は全く気づいていなかったりする。

 ヴィオレットもシルフィアも全く気づいていないので、ブルーベル商会の努力は全く無意味を成していないのだ。


 実はミシャエリーナだけがその事実を知っている。しかし、ブルーベル商会の助長を防ぐためその事実を誰にも明かさず胸の中に秘めているのだが、それはさておき……。


「あら? スマートフォンとかの機械類も売っているのね」


「ほう、ご存知でしたか? 当商会の中でも人気商品の異世界の機械類でございます」


 フィーネリアが当たり前のように「電子機器コーナー」と書かれたエリアに置かれているスマートフォンを眺めていると、目敏くフィーネリア達の姿を見つけた店員が走ってきた。


「えぇ……やっぱり入手元は地球かしら? そのままだと使えないでしょうし、魔法か何かで機能を拡張しているのかしら?」


「こっ、これって無縫さんが持っていたものと同じものですよね?」


 最初は高額商品に目をつけた良さそうな鴨が葱を背負ってやって来たと喜んで接客に来ていたその店員も無縫の名を聞いて流石に自分には荷が重いと判断したのだろう。

 「上のものを呼んで参りますので少々お待ちください!」と言い残し、店員は店の奥へと姿を消してしまった。


「一体何が起きているのかしらぁ〜?」


「さっ、さぁ……」


 その光景をメープル達はただただ困惑して見ていることしかできなかった。

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