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妖精之森防音計画

 黒々とした葉の隙間から柔らかな光が無数の線となって降り注いでいる。

 薄暗い森の豊穣な大地には見たことのないような茸や草花が生えていた。


 内務省でリリスと分かれた無縫は冒険者ギルドでスマートフォンに齧り付きになっている冒険者達とギルド職員達をなんとか宥めてスマートフォンを取り返すと、ヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、メープル、スノウ、フランチェスカを伴って妖精の森へと向かった。

 ちなみにフランチェスカは冒険者としての参加だ。冒険者ギルドの受付嬢の他に銀ランクの冒険者としての顔も持っているフランチェスカは今回、多くの冒険者達が妖精の森での探索に意欲を見せる中、競争を制して見事に同行者の椅子を勝ち取ったらしい。


 特にゲラップとフランチェスカの頂上決戦は白熱したものになっていたとか。……とはいえ、二人を含めて争奪戦の参加者全員が小さなスマートフォンの画面から目を離さずに戦いを繰り広げていたため全力を尽くしたかと問われたら微妙なところではあったのだが。

 そんな一枠を求めて争いながらも決して画面から目を離そうとしない冒険者達にフィレーニア達は心底呆れていた。……一切画面から目を離すことはなく。結局、動画の呪縛に囚われてしまった一同であった。


「確かにメリンが嵌るのも分かったわ。ゲームって面白いのね。……でも、流石にあれは酷過ぎると思うわ。あんなに暴言を吐いてよく苦情を言われないわね」


「……まあ、キラキラ世紀末チャンネルもプレッシナの泉の妖精chと絡むといつも罵詈雑言になっているし、この件に関しては完全にお相子なんだよなぁ。HIMEさんもプレッシナが絡まなければお淑やかな人なんだけど」


「そして、いつも二人の争いに巻き込まれている朧ツキミさん、じゃな」


「最近は某実況者と重ね合わせてツキミもんって呼ばれているみたいね。『酷すぎるのだ』っていう幻聴が聞こえてきそうだわ」


 シルフィアの言葉で無縫とヴィオレットの脳裏に枝豆の妖精と白色がイメージカラーの冬服のイヤーマフをつけたウプ主代理が浮かんだが、実在するテキスト読み上げソフトウェアや文章読み上げソフトを使ってプレイ動画に音声を吹き込むタイプの動画投稿者は関係ない……多分、きっと。


「……ところで、無縫さん。やっぱり冒険者活動に時間を割けない主な要因って動画投稿ですよね? ……というか、よくあんな長時間のゲームを遊んでいてギャンブルとか外交とかできますよね。無縫さんの一日は二十五時間以上あるのですか?」


「いや、まさか? フランチェスカさん達と同じで二十四時間ですよ。そこはこう、時間を上手くやりくりしてね」


「その皺寄せが全部学校生活に行っているわよね?」


「まあ、最近は異世界召喚のせいでかなりスケジュールが狂っているんだけどね。こいつらもいなかったから暫く動画投稿者もお休みしていたし。……今は今で全く別のやるべきことが増えて大変なんだけど。本当に外交的に重要な用事がない時期で良かったよ。大田原さんも気を遣ってくれたのか暫くは休んでくれていいって言ってくれているし。おかげで異世界関連のやるべきことに集中できているから本当に感謝しかないよ」


「……でも、その割には結構寄り道をしているようじゃな」


「今回の件は主にお前のせいだろ? ヴィオレット」


「……たっ、大変申し訳ないッ!!」


「まあ、謝るだけで改善する気は欠片もないんだけどな」


「流石は無縫、よく分かっておるな!!」


「あのさぁ、しばいていいッ!?」


「全力でお断りするのじゃ!!」


 そんなやり取りをしつつ、無縫達は森の中を進む。

 見たことのない茸や鉱石、希少な薬草にフランチェスカは終始目を輝かせていた。今回は自由に採取をしていいと言ってしまった手前フィレーニア達はそんなフランチェスカを止めることもできず、意気揚々と素材を採集していくフランチェスカを悔しそうに見つめていた。


「……そろそろ妖精の森の中心地、妖精の棲家ですわ。……ほら、聞こえてきますわよね?」


「ああ、確かに聞こえてくるな……」


 『ふざけるな!』、『こんなところに爆弾仕掛けやがって!』、『くたばれ!!』、『ピー……(自主規制)』など可愛らしい声とは裏腹に聞くに堪えない罵声を垂れ流す妖精の声に無縫は苦笑を溢し、メープルは真っ先にスノウの耳を塞ぎに掛かった。


「……本当に暴言を吐いているわね」


「なるほど、発言をそのまま動画の音声にしておるのか。珍しいな……まさか、そのままとは」


「妖精の皆様、謹んで謝罪致します。確かに、あれは放置しておけるものではありませんね」


「ようやく分かってもらえたわね! で、無縫さん。これからどうするつもりなの?」


「とりあえず、もう少しで一レース終わるだろうし、それまで待とう。今止めると余計面倒なことになりそうだ」



 それから十五分後が経過した。妖精サイズのヘッドフォンを外したメリンがふと背後に視線を向けるとそこにはフランチェスカと共に素材採集に励むメープルとスノウと巻き込まれたフィーネリア、そんな四人を完全に諦め切った顔で眺めるフィレーニア達の姿があった。


「なっ、なんでこの森に冒険者を入れているのよ!! 妖精の森は不可侵、ずっと守り続けるんだって約束したじゃない!!」


「「「「元はと言えば貴方のせいでしょ!!」」」」


「……久しぶりですね、メリンさん」


「あら、珍しいね。無縫さん達も一緒に来たの? まあ、無縫さん、ヴィオレットさん、シルフィアさんの三人なら闇雲な採集をして森を荒らしたりしないと思うから問題ないのだけど……でも、一体何が起きているのかしら?」


「……まあ、簡単に言うとメリンさんの罵声が聞くに堪えなくて妖精連中がお前の討伐依頼を冒険者ギルドに出したってことだな。で、その対価として森で採集する権利を提示したってことになる。ただ、今日まで冒険者達も妖精達が信用できないってことで探索は見送ってきたんだけどな。俺が同行するならってことで状況が一気に動いたってことになる」


「わ、私を討伐ですって!? 貴方達ッ! 一体何を考えているのよ!! 頭湧いているのかしら!?」


「……いや、今回に関しては完全にフィレーニア達に同情するよ。凄い五月蠅かったし、殺意湧くのも当然。騒音問題でトラブルになって殺人事件とかそう言うのたまに聞くけど、本当にあるんだなぁ、って思ったよ」


「困ったわね。私もこの森を出ていくつもりはないし。分かったわ! フィレーニア達が出ていけばいいのよ!!」


「こいつ本当に自分勝手だなぁ。……ってか、よく妖精女王相手に啖呵切れるよなぁ、って感心するよ。確かにますますクズさに磨きが掛かってきているなぁ」


「そんな褒めないでよ、照れるじゃない!!」


「褒めてねぇよ。……一応聞くけど、フィレーニアさん達に立退の意思ってある?」


「ある訳ないでしょ! ここは先祖代々私達妖精族が守り続けた聖地なのよ!! こうなったら全力でメリンを追い出すわ!! 妖精達を集めなさい!!」


「はぁ!? そういうことならやってやろうじゃない!! 妖精メリンを舐めるんじゃないわよ!!」


「む、無縫君止めなくていいの!? 刃傷沙汰になっちゃうわよ!!」


「フィーネリア、少し落ち着くが良い。……全て無縫がなんとかしてくれるから安心するのじゃ」


「そうそう、無縫君がやってくれるわ」


「……お前らなぁ。……フィレーニア、メリン、てめぇら一旦落ち着け」


 無縫は鞘から剣を抜きつつフィレーニア達とメリンを睨め付ける。

 その剣に乗せられた覇霊氣力は目視せずとも感覚だけで背筋が凍るほど強大で空気中に迸らせた覇霊氣力は黒い稲妻と化してバリバリと音を立てて大気を振るせていた。


「交戦する意思があるっていうなら、今ここで両陣営を切り捨てる。……命は大切にしろよ?」


「「――ひっ、ひぃぃ!!」」


「む、無縫君! 剣を下ろして!! ほら、私達別に戦う意思はないから!! ただの冗談なんだって!!」


「そ、そうよ!! 冗談! 冗談に決まっているじゃない! 多勢で妖精をリンチにするなんてそんな誇りの欠片もないこと、この妖精女王フィレーニア様がする訳ないわよ!」


「本当かなぁ?」


「「本当だって!! ……はぁはぁ」」


「まあ、いいや。とりあえず、仲良くしろよ。無理にとは言わないが、ずっと仲良くやってきたんだしさぁ。……メリン、お前の暴言が聞くに堪えなくて苦しんでいる奴らがいるんだ。そのことを肝に銘じるように。……まあ、今更キャラは変えられないだろうし、今から完璧な防音室を作ってやる。多少森の景観が損なわれるけど、騒音に悩まされるよりはマシだよな? フィレーニア女王陛下」


「えっ、ええ、そうね。許してあげるわ」


「じゃあ、許可も得たことだし始めますか」


 その後、無縫は【万物創造】を発動してゲームや機材一式が入る立方体を創り上げた。

 続いて防音ボードを幾重にも張って音が一切外に漏れ出ないように設計された一室の一角を切り開くと、こちらも防音仕様の扉を設置する。

 最後に雨風の影響を受けないように外壁と屋根を設置し、魔法でコーティングして完成。

 屋根や外壁に迷彩の魔法を施したことで異物として認識される筈の人工物の防音室もすっかり妖精の森の景観に馴染んでいるようだ。


「フランチェスカさん、帰りますよー」


「ええっ!? まだ採集が終わってないのに!!」


「これ以上は流石にご迷惑になりますからね。メリン、周りに迷惑をかけるのもほどほどにね」


「えぇ、分かっているわ。またね、無縫君! みんなも!!」


 メリンとフィレーニア達――妖精達に見送られ、無縫達はこうしてアヴロアの街への帰路に着いたのだった。

◆ネタ等解説・八十六話

枝豆の妖精

 SSS合同会社によるずんだ餅をモチーフにした東北地方のマスコットキャラクター、ずんだもんのこと。

 東北ずん子の関連キャラクターとして生み出された。


白色がイメージカラーの冬服のイヤーマフをつけたウプ主代理

 Among Usを中心に実況しているゆっくり実況者みぞれchのウプ主代理のこと。所属するめめ村のメンバーであるガンマス氏が上記のずんだもんのVOICEVOXを合わせたことが切っ掛けでめめ村内でも定着した。

 「酷すぎるのだ」という台詞が定番になるくらいには不憫な目に遭っている。

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