魔王国ネヴィロアスを交戦論者達から守るたった一つの冴えた一手。
疑問符を浮かべるフランチェスカ達の疑問を解消するのが最善だと思った無縫は徐にスマートフォンを取り出して動画サイトを開いた。
そして、適当な動画をピックアップしてリスト化すると垂れ流しにして机の上に置く。
メープル、スノウ、フランチェスカ、フィレーニア達妖精、ゲラップ達冒険者――ヴィオレットとシルフィアを除くギルドの面々が見たこともない奇妙な金属の板に釘付けになる中、無縫は大きく伸びをすると時空の門穴を開いた。
一方、フィーネリアは興味がないのか少し離れた位置でその光景を遠巻きに眺めている。
「フランチェスカさん、今からちょっと内務省に行ってきますのでしばらくこの場を離れます。動画の説明とかはそこの阿呆二人に聞いてください」
「わっ、分かりました!!」
「フィレーニアさん、騒音公害の件については内務省から戻ってきたタイミングで対処します。……それとヴィオレット、お前が散財したカジノの場所と金額を書いておいてもらいたい。妖精の森の件が片付いたら魔王国ネヴィロアスに行く前にそっちを先に片付ける。ストレス発散も兼ねてな」
「分かったわ。元々貴方のせいだけど、解決してくれれば文句はないわ。早急に対処してもらえるならそれで十分よ」
「心得た……戻ってくるまでに書いておこう。残念ながら紙とペンの持ち合わせがない、ギルドで借りてもいいだろうか?」
「では、持ってきますね」
「メープルさん、スノウさん、こっちで観光するつもりだったと思いますが到着早々身内の恥と晒してトラブルに巻き込んで申し訳ございません。これから妖精の森、イシュメーア王国の王都、魔王国ネヴィロアスを巡ることにはなりますが俺達と行動しても観光に捻出できる時間は正直少ないと思います。……主にこいつのせいで。街を散策する場合はお二人かフィーネリアさんと三人で、ということになりますが、もしこういうところを見て回りたいというご要望があればガイド役兼護衛の役割を冒険者に依頼することができます。どうしますか?」
「そうですねぇ……ではぁ、お願いしようかしらぁ? 色々知っている人と歩いた方が収穫が見込めそうだしぃ」
「わ、私からもお願いします!!」
「こっちで用事がある訳でもないし、折角だから観光旅に同行させてもらおうかしら?」
「では、散策の時間は基本的に俺達が各地で用事をしている間ということで、もし何か気になることがあればしばらくその場に留まって散策を延長するという形でどうでしょうか? 時空の門穴ですぐ迎えに行けますし」
「そうねぇ、じゃあ、それでお願いするわぁ」
「フランチェスカさん、帰ってきたら依頼書を書きますのでそのつもりでお願いします」
「分かったわ。……妖精の森については流石に同行しなくてもいいのよね?」
「えぇ、そっちは希望者がいればという感じですね。先程、フィレーニアさんは貴重な素材を譲ってくれると仰っていましたし、今回に関しては素材回収を見逃してくれるのではないでしょうか?」
「……えっ、ええ、確かに言ったわ。妖精女王に二言はないッ!! ええい、持ってけドロボー!!」
先程まで妖精の森を怖がっていた冒険者達も無縫と一緒であれば流石に大丈夫なのではないかと考えを改めたのか俄かに騒めき出した。
「流石に大量に連れてはいけませんから、もし行く人がいるなら一パーティくらいにしてくださいね。妖精の皆様にも迷惑になりますから」
無縫は最後に爆弾を一つ投下すると、争いが勃発する冒険者ギルドを背に、涼しい顔で時空の門穴を潜った。
◆
内務省庁舎内、内務省異界特異能力特務課に割り当てられた区画にある休憩室にて……。
待ちに待った昼食を食べようとしていたリリスは突然出現した時空の門穴に嫌な予感を覚えた。
「……お昼中に失礼します」
「内藤殿なら執務室だ。……そういえば、無縫殿は知っていたな」
「えぇ、この時間ならリリスさんがここにいらっしゃると思いまして……少々お時間を頂けないでしょうか?」
「やはり、無縫殿が戻ってきた理由は私か……嫌な予感しかしないが聞く以外の選択肢はないのだろう。致し方ない、昼食を摂りながらという形で申し訳ないが、午後からも仕事がある。無礼を許してもらいたい」
「では、まず報告が遅れていたヴィオレットとシルフィアを連れ戻したところからお話ししていくことにしましょうか?」
無縫は天空カジノからヴィオレットとシルフィアを連れ戻したところから現在の状況に至るまで一通り説明をした。
ヴィオレットとシルフィアが天空カジノで抱えた莫大な負債に真っ青になって食事も喉を通らないという有様になっていたリリスだったが、それでもまだ予測可能な範囲の話だ。
だがしかし、流石にヴィオレットが税金を着服してギャンブルで全額溶かしてしまうなどという状況は想定すらしていなかったのだろう。
箸の動きは完全に止まり、リリスは力無く崩れ落ちた。魂がしばらく口から抜け出し、心ここに在らずといった状況が続く。
そんなリリスの様子を休憩室に居た休憩中の内務省の職員達は心配そうに見つめていた。
しばらくの間、完全に思考が止まって一言も発しなくなってしまったリリスだったが、十分ほど経ってようやく思考能力が回復してきたのだろうか? 目の焦点が定まり、だらしなく空いていた口が引き締まる。……そして。
「――はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
リリスらしからぬ絶叫が響き渡った。あまりの大声に「何が起きた!?」と休憩室の外から警備員が走ってくる。
一方、鼓膜が破れそうなほどの絶叫を間近で聞いた職員達はというと、「まあ、そういう反応になるよね」と至って冷静な反応を示していた。リリスに対する同情の視線が十割で突然奇声を発したリリスに冷たい視線を向ける者は誰もいない。
「まあ、いつかやるかもしれないなぁと予測していたとはいえ流石に聞いた時は『こいつマジかよ』と思ったよ。……厄介なのはここからで、ヴィオレットの税金着服とカジノでの散財がバレたことで国民は激怒。次期魔王候補筆頭だったヴィオレットはすっかり民からの信頼を失った。で、当然奴らが台頭してくる」
「……交戦論派だな。有力な次期魔王候補のニルヴァヌス家を筆頭に皆厄介な連中だ。中でもニルヴァヌス家のルーガノフはヴィオレット様に次ぐ第二位の候補、ここでヴィオレット様の支持率が地に落ちたとなればどうなるかは目に見えている」
「俺としても尽力して築き上げた平和を壊したくはない。それに、魔族と人間も良好な関係を築き始めている。……いつの時代も本当に苦しいのは一般の市民達だ。くだらない為政者の考えでこれ以上振り回したくはない。……一応、これからヴィオレットが散財したカジノに行って損失分は回収してくるつもりだが」
「お金が帰ってきても信頼は取り戻せないだろうな。前科があれば、また同じことをするという考えになるのは至極当然だ。私だって、立場が違えばヴィオレット様を見限る決断をしていただろう。……まあ、既に私もかなり心がボロボロなのだが」
「心中お察しするよ。……それでだ。今回の件ではっきりしたが、ヴィオレットに魔王は無理だ。で、ここからはいくつか選択肢がある。一つ目は交戦論者共を纏めて始末する」
「まともな魔王の候補がいない今、根本的な解決にはならないが魔王陛下の治世はまだまだ続くだろう。その間に候補が生まれることを祈るということか。……だが、その手段は大きな禍根を残すことになる。力による支配は抑圧を生む、良い手段とは思えないな」
「そういうと思ったよ。正直、俺もあくまで選択肢の一つとして提案しただけだ。別に本気で実行に移すって訳じゃない」
「……第二の選択肢か? しかし、正直そんな方法は……」
「要するに、あっちが交戦論者の代表を立てるなら、こっちは非戦論者の代表を立てて勝てばいいということだ。結局、今の魔族全体の考え方としては非戦論が有力だ。ヴィオレットを推す理由は親バカなのはともかく基本的には名君である現魔王の娘だってことも大きいだろう。現在の政策を受け継いで現状を維持してくれる見込みがある。つまり、現状を変えたくないという気持ちがそのまま支持率に表れているってことだな。しかし、ヴィオレットの行いはその追い風を完全に無効化して余りある信頼の失墜を引き起こした。……つまり、現魔王の意志を継ぐ可能性が極めて高い、信頼に足りうる人物を候補として擁立すればいいだけの話だ」
「……だが、魔王軍幹部や四天王は全員陛下と同世代。候補を立てるのであれば子供世代から立てざるを得ないが、現時点で実績があり、候補に擁立可能な人物など――」
「一人いるじゃないか。父の急逝後に魔王軍四天王を拝命して立派に務め上げ、その傍らでヴィオレットの専属侍女としてその肩書きに相応しい活躍をしてきた女性が」
「ん? ――んんんんッ!? まっ、まさか、まさかッ!? ――正気なのかッ!?」
「そして、魔王軍四天王の仕事を代理の弟に任せて大日本皇国に渡った後は内務省異界特異能力特務課参事官補佐まで出世。政治についても、しっかりと実地で学んでいる。正直、今のヴィオレットよりも遥かに魔王に、一国の君主に適任であると思っている人物だよ。リリス=マイノーグラさんっていうんだけどね」
「わ、私を次期魔王に推薦!? な、なな、なななんで私に!? まさか、無縫殿の目的はヴィオレット様の失態を伝えることではなく……私に魔王にならないかという打診が本題だったのか!?」
「このままでは魔王国ネヴィロアスは住人達の望まない方向へと舵を切ることになってしまう。この状況を変えられるのは、リリスさんしかないと思う。……引き受けてはもらえないだろうか」
「……か、考えさせてくれ。とにかく、今は、情報が一気に押し寄せて……感情の整理が、つかな……」
目まぐるしく状況が変わり脳の処理が限界に達してしまったのだろう。リリスは言い終えることなく意識を失い、机に突っ伏して気絶してしまった。