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異世界アルマニオスを震撼させるギャンブラーの屑ことヴィオレット=ノルヴァヌスはシルフィア共々欠片も反省していないようだ。

 異世界アムズガルド――かつて、この地では人間と魔族の血で血を洗う争いが繰り広げられてきた。

 そんな現状を打破すべく人間が治める国の一つイシュメーア王国は古代文明の遺跡から偶然発見された古の大魔法を王国が誇る宮廷魔法師達の力を借りて発動した。


 その魔法の名は召喚魔法――空間に干渉することで異なる世界を繋ぎ、異世界人を召喚する魔法である。

 その魔法によって召喚されたのは、シルフィアと契約したばかりの無縫であった。


 「召喚魔法は不可逆な魔法のため、元の世界に戻すことはできない」、「勇者として召喚されたのであれば、同じ人間として魔族と戦うことは義務である」――このような主張をするイシュメーア王国の王侯貴族に対して無縫は当然の如く激怒し、無縫を従えようとした有力貴族達を騎士五十人と宮廷魔法師二十人と共に葬った。


 更には「操力の支配者オーバーロード・オブ・マクスウェル」を応用したイシュメーア王国そのものを永遠に地図上から抹消することが可能な国家焼却の戦略級魔法の発動をチラつかせ、イシュメーア王国の住民全員を人質に取ってみせた。

 召喚魔法の術式の開示と王族全員の命を差し出すか、甘んじてイシュメーア王国の滅亡を受け入れるか――究極の二択を迫る無縫。


 そんな無縫に内心恐怖を覚えつつも交渉を持ちかけたのが、今やイシュメーア王国の救国の英雄としてその名を国内外に轟かせている第一王女ミシャエリーナ・ルーモス・イシュメーアであった。

 彼女は元々、召喚魔法の使用に否定的な立場を取っていた。他の世界の全く関係のない人の生活を壊して自分達の利益になるように働かせるのは決して許されない行為であると強く訴えていたが、その声は国の利益しか考えていない父王をはじめほとんどの者達に黙殺されていた。


 また、彼女自身が魔族との戦いそのものを嫌う非戦論者であることもミシャエリーナにとって向かい風となっていた。

 人間も魔族も本質的には同じだ。長い戦いで幾度となく犠牲を強いられて苦しんでいる。これ以上、領土や利権を求める為政者達の欲望のために罪のない人々に強いる訳にはいかない。


 そんなミシャエリーナの主張は当然、戦争で利益を得ている王侯貴族達には決して受け入れられることは無かった。

 せめて、己の命一つで怒りを収めてもらいたい。そういう気持ちで無縫との交渉に臨んだミシャエリーナだったが、無縫に切り捨てられることを承知で自身の考えを述べると、ミシャエリーナの予想を裏切って無縫はほんの少しだけ考える素振りを見せた。


「……意外だな。魔族との戦争を望まない非戦論者もいるのか。……まあ正直、俺にはこの世界の実情が分からない。だから、とりあえず両方の言い分を知った上で判断させてもらうことにするよ。その上で、この世界にとって人間と魔族の和解が最も良い道であるという結論が出たらそのために尽力しよう。……しかし、そうなるとこの国を地図から消すのは禍根が残るなぁ。まあ、いつでもこの程度の国なら簡単に滅ぼせるし、とりあえず放置しておくことにするよ。たたし、くれぐれも俺の邪魔をしないように国の上層部には伝えておいてもらいたい。俺は俺のことを戦争の道具として使い潰すつもりのイシュメーア王国を許してないんでね」


「お怒りはもっともです。……寛大なご慈悲に心より感謝申し上げます」


「意外だよね。……無縫君ならこのまま国を潰すつもりだと思っていたけど、人の心ってあったんだ」


「シルフィア、お前が俺のことをなんだと思っているのか小一時間ほど問い正したいところだよ」


 その後、イシュメーア王国の王侯貴族の前で改めて「今回はミシャエリーナ王女殿下に免じて許すが、俺の邪魔をするのであれば躊躇いなく国を蒸発させるのでそのつもりで」と挨拶代わりに王城の尖塔を破壊しつつ宣言した無縫はその後、魔王国ネヴィロアスとイシュメーア王国に接する妖精の森を経由して魔王国ネヴィロアスに秘密裏に入国――その後、魔王軍幹部達との交戦などトラブルはあったものの紆余曲折を経て魔王国ネヴィロアスとイシュメーア王国を含む人間諸国間での終戦条約の締結に至ったのである。



 ――そして、時は進み現在。


 無縫の姿はヴィオレット、シルフィア、フィーネリア、メープル、スノウと共にイシュメーア王国のラヴィリス辺境伯領に属するアヴロアの街にあった。

 時空の門穴ウルトラ・ワープゲートを開いた先であるこのアヴロアの街は妖精の森を隔てて魔王国ネヴィロアスと接している。


 辺境伯とは、侯爵相当の家柄で国境線を守護する役割を期待されている。地位が高いがその分だけ危険と隣り合わせであり、必然的に高い戦力が求められる。

 だが、ラヴィリス辺境伯領は世界的に見ても比較的安全な辺境伯領と言える。その理由が、魔王国ネヴィロアスとの間に存在する難攻不落の妖精の森の存在である。


 妖精の森は人間、魔族の双方にとって厄介な場所であった。森に棲む魔物はそれほど強力ではないのだが、視界を遮る濃霧や人間が困っている姿を見て愉しむ悪戯好きな妖精の存在もあって踏破は困難を極める。

 そんな屈指の害悪の宝庫である妖精の森は人間と魔族が終戦条約を結んでからも厄介な存在として存在感を放っていた。


 人間と魔族が戦争している間は険しい山に隔てられたルートをわざわざ迂回する形で使っており、戦後人間と魔族の交易が行われるようになってからもそのルートが交易のルートとして使われている。

 妖精の森を突っ切った方が当然早いのだが、そのようなことが可能なのは無縫くらいである。実際、魔族側も「まさか妖精の森を突っ切ってくる訳がない」と妖精の森周辺の警備は手薄になっていた。


 さて、アヴロアの街を歩く無縫一行は鋭い視線に突き刺されながら目的地である冒険者ギルドを目指していた。

 最初は自分達魔族が嫌悪や恐怖の対象だからそういった負の感情に晒されているのではないかと考えていたメープルとスノウだったが、すぐにその視線がヴィオレットただ一人に向けられていることを察する。


 一方、そんな視線を向けられているヴィオレットは額からドバッと汗を流し、挙動もかなり不振になっていた。目が泳いで落ち着きがない。


「……嫌な予感がするなぁ」


 無縫が冒険者ギルドに入ると、視線が一斉に無縫達へと向いた。

 それと同時に、受付の方から一人の女性が丸まった羊皮紙を片手に無縫達の方へと走ってくる。


「――ッ!! 無縫さん!!」


「お久しぶりですね、フランチェスカさん。……それで、どうかされたのですか?」


「こ、これを見てください!!」


 受付嬢のフランチェスカから魅せられた羊皮紙に一通り目を通した無縫は、青筋を立ててヴィオレットの方へと振り返った。


「……どういうことか説明してもらおうか? 勿論、納得できる理由があるんだよな?」


 地獄の底から響くような無縫の声に、ヴィオレットだけでなくシルフィアまでもがガタガタ震えた。



「で……ヴィオレット、お前は国民が納めた税金を全てギャンブルに費やして溶かしたと? それで、お前に対する不信感が高まり、魔王候補の中で最有力と目されていたお前の支持率が低下し、人間嫌悪を掲げる交戦論派の対抗馬の支持率が上がっている。……一応聞くが、遺言はあるか?」


「国民の大切なお金だと理解しながら、絶対に溶かしてはいけないお金を溶かしていくスリルは実に最高じゃった!!」


 開き直って「殺すなら殺せ!」と言わんばかりのヴィオレットに無縫は「さてどうしたものか……」と頭を抱えた。

 今回は本気で頭を悩ませているようで、ヴィオレットに「本当にお前は……いつかやるかもとは思っていたが、倫理的に超えてはいけない一線を超えやがって!」と怒りの視線を向けつつ、椅子に座って必死に頭を回転させている。


「で、でもヴィオレットにだって考えがあった筈だよ!! ほ、ほら、きっと使えるお金を増やして魔族の生活をもっと豊かにしようと思ったんだよね! きっとそうだよ! 悪気は無かったんだよ!」


「そ、そうじゃ! シルフィアの言う通りなのじゃ」


 既にメープルやスノウからも完全に見捨てられて絶対零度の視線に晒されているヴィオレットだが、それてもシルフィアだけはヴィオレットを見捨てるつもりはないようだ。


「……それで、シルフィアさん。まだ俺に言っていないことあるよね? ここで泥舟のヴィオレットの擁護に回るのは愚者の行為。ってことは、ここで味方になることで何か良いことがあるってことだよね? ……お前もさぁ、ヴィオレットと似たことしているんだろ? 正直に白状しろやッ!!」


「ひっ、ひい!! そっ、そうよ! 私もフェアリマナの国庫からお金を拝借してギャンブルに使ったわ! も、勿論借りたからには返すつもりだよ!!」


「お前らさぁ……もう怒るとかのレベルじゃないわぁ、呆れてものが言えん。……とりあえず、やっちゃったことは仕方ない。ひとまず、フェアリマナから盗み出したお金に関しては補填はしない。どうせ滅ぼす国だ、金を返す必要はない」


「うわぁ、無縫君悪党ー!」


「てめぇさぁ、理解しているのか? 自分の立場。それと、自分は関係ないみたいな顔をしているヴィオレット、お前さぁ、冒険者ギルドに手配書が回っていることをもっと考えるべきじゃないかな? とりあえず、お前が遊んだカジノを教えろ。責任を持って国庫の金は取り返してくる。まあ、それで万事解決とはいかない。手配書はどうにかできたとしても、国民を裏切ったという事実は消えない。……ヴィオレット、お前に次の魔王は無理だ。たく、なんてことしてくれたんだよ!! 折角、和平を結べたのに……一番苦しむのは関係ない巻き込まれた一般市民達だ。あぁっ、もうどうすればいいのかぁ……」


「む、無縫、大丈夫なのか?」


「大丈夫な訳ねぇだろ、阿呆共!! 爆弾落とすやがって……この感じだとリリスさんも知らないだろうしなぁ。……とりあえず、最善手は思いついたが確実にリリスさんに皺寄せがいく。それに、本人の意思も確認しないといけないし。……とりあえず、冒険者の皆様、こいつに対して思うところはあると思いますが、ヴィオレットの捕縛依頼だけは受けないようにお願いします」


「おっ、おう……まあ、無縫さんとは敵対したくねぇしなぁ。……しかしまぁ、気持ちは分かるけどよぉ。大切なお金が溶けていくあのスリル、かみさんにバレないかというヒヤヒヤ感、確かに最高だけどよぉ……流石にそれは無しだと思うぜ」


「ってかさぁ、ゲラップさんもそうだけどさぁ、てめえらふざけんなよ! 俺だってそういうスリルを味わいたいんだよッ!!!!」


 ヴィオレットとシルフィア、そんな二人に同調する冒険者のゲラップというダメ人間三人組に極寒の視線を送っていたメープルだったが、無縫すら実際は彼らと同族であることを察してガックリと肩を落とした。

 そして、教育に悪い場所にスノウを連れてきてしまったことを今更ながら後悔するメープルであった。

◆ネタ等解説・八十三話

辺境伯

 ヨーロッパにおける貴族の称号の一種。中央から離れて大きな権限を認められた地方長官。

 近年の俗にナーロッパと称させる世界観においては辺境の貴族として蔑まれることが多いが、実際は伯爵と付くものの侯爵相当である場合が多い。なお、爵位そのものの扱いが国ごとに違うため、必ずしもこの地位でない場合がある。

 筆者、逢魔時 夕は(大公)、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の(六)五段階に加え、侯爵相当の辺境伯と宮中伯が登場させることが多い。


◆キャラクタープロフィール

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・フランチェスカ=リキータ

性別、女。

年齢、二十八歳。

誕生日、五月三十日。

血液型、A型Rh+。

出生地、イシュメーア王国王都フィオーレ。

一人称、私。

好きなもの、ワイン(本人は酔えないが)、ゴルゴンゾーラチーズ。

嫌いなもの、酸化したワイン。

座右の銘、特に無し。

尊敬する人、特に無し。

嫌いな人、特に無し。

好きな言葉、特に無し。

嫌いな言葉、特に無し。

職業、ラヴィリス辺境伯領アヴロアの街冒険者ギルド受付嬢、銀ランク冒険者。

主格因子、無し。


「リキータ子爵家の七女。子宝に恵まれたものの資産はそれほど多くなかったため、長男が跡継ぎとして次男が分家筋に、それ以降は各々で道を見つけてもらいたいという方針を取っていた。姉達と同様に職場や社交界で良縁を求めるも男運がないのか出会うのはモラハラ男ばかり。ならばいっそと社交界を飛び出して近年賑わいを見せている冒険者界隈へと飛び込んだ。教養があったため受付嬢の試験も楽々と合格、容姿も端麗であったため忽ち人気となる。ある時、引き受けてのない塩漬けクエストの対応についてギルド内で審議されることになり、貴族として魔法の基礎訓練を受けた経験のあったフランチェスカは依頼を試しに仮受注し、依頼の場所へと向かった。そこで自分の冒険者としての才能に気づいたフランチェスカは冒険者の試験を受けて冒険者となった。受付嬢と冒険者の兼任は稀とはいえ世界全体で三桁ほどいるが、その中でも銀ランクに到達した冒険者は三人のみ。ちなみに、フランチェスカ自身は金ランク以上の実力があるが、指名依頼を避けるために銀ランクで止めている。酒にはとことん強く全く酔わない」

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・ゲラップ=センパネルラ

性別、男。

年齢、二十九歳。

誕生日、十月十日。

血液型、AB型Rh+。

出生地、イシュメーア王国ラヴィリス辺境伯領アヴロアの街。

一人称、俺。

好きなもの、酒。

嫌いなもの、頭脳労働。

座右の銘、特に無し。

尊敬する人、特に無し。

嫌いな人、特に無し。

好きな言葉、特に無し。

嫌いな言葉、特に無し。

職業、銀ランク冒険者。

主格因子、無し。


「かつてはイシュメーア王国王都フィオーレの冒険者ギルドを拠点にしており、現在は同国ラヴィリス辺境伯領アヴロアの街を拠点にする銀ランク冒険者。冒険者らしい豪放磊落で細かいことは気にしない性格だが、アヴロアの街で出会って結婚した美人の奥さんに対しては紳士的らしい。フランチェスカと取り分け仲が良く、妻の友人であるフランチェスカによく妻を喜ばせるアイディアを聞いているらしい。冒険者としての実力は伯仲しており、アヴロアの街の冒険者のツートップの一人に数えられる。余談だが、イシュメーア王国王都フィオーレ時代の冒険者は彼に奥さんがいることを知らないらしい」

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