天空カジノの悪夢の如き一日〜支配人の発狂と親の権力を笠に着るセクハラ男の末路を添えて〜
ヴィオレットとシルフィアを満足するまで殴った魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは二人をその場に放置してカジノの受付へと向かった。
ちなみに泡を吹いて気絶したジョセフはスタッフ達の手によって担架で医務室に運ばれており、残ったシャロンとトウェインの二人が魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに同行している。
受付をしている黒服の女性から受け取った明細書に一通り目を通し、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは溜息を吐いた。
「十億円だけ分取ってとっとと追い出せば良かったのに、よく返せるかの見込みもないのに二人に追加のチップを渡したなぁ」
「そ、それが……大変申し訳ございません。最近入った道理の分からない新人が……」
「何も問題ありませんよね? お金を生み出す方法なんていくらでもあるのですから。特に美しい容姿を持つ女性はねぇ、お金になりますから。――ここは各国の法律の通用しない独立国家、何をしたところで罪には問われませんよ。ねぇ、先輩」
黒服の女性の隣では明らかに態度の悪い黒服の男がへらへらと笑っていた。
そんな態度の悪い黒服に黒服の女性はゴミを見るような蔑みの視線を向ける。その意図することは、女性に対する差別的な発言が彼女の逆鱗に触れたからか、或いは自分の犯してしまった罪の重さを理解できていないからか。
「……天空カジノの大変ですね、こんな品性の欠片もない男を従業員として雇わないといけないなんて。心底同情しますよ、アルベルティーヌさん」
「あぁん!? なんだとッ!?」
「えぇ、内面のガラの悪さも含めて天空カジノには相応しくない男ですが……天空カジノに出資している企業の社長の息子でして、うちも出資してもらっている立場上強く言えないと言いますか」
「って、随分と美人さんじゃねぇか? どうだい? 世界的企業である黒塚モータースの御曹司である俺が抱いてやろうか? 嬉しいだろ?」
などと言いつつアルベルティーヌの尻をタイトスカートごしにいやらしい手つきで触るセクハラ男。
どうやら、相手をするだけ無駄だと考えているのか顔見知りの黒服の女性アルベルティーヌは魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに要件を尋ねた。
「あの莫迦二人の借金の返済に参りました。それと、あいつらが壊したものの弁償代も合わせて三十億円。現金でよろしかったでしょうか?」
「えっ、ええ……確かに受け取ったわ。領収書用意するわね」
「ちぇ、なーんだつまんないなぁ。折角上玉が手に入ると思ったのによぉ。嬢ちゃんは遊んでいかねぇのか? まさかぁ、カジノに来て何も遊ばないで帰っていく筈がないよなぁ?」
アルベルティーヌが慌てて口を塞ごうとするが、黒塚モータース御曹司の黒塚晴雄はアルベルティーヌが行動に移すよりも早く魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに美しい肢体を舐め回すような下卑た目を向けて発言してしまった。
覆水は盆に帰らない。晴雄の言葉で魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに大義名分を与えてしまったことを確信し、アルベルティーヌ、シャロン、トウェインの三人はがっくりと肩を落とす。
「えぇ、そのつもりですよ。俺はカジノに客としてきましたから。まさか、追い出したりしませんよね? 天下の天空カジノ様が。ということで、ここに一億円があります。これで買えるだけのチップをください」
「ああああっ! もうどうなっても知らないわよ!!」
時空の門穴を開き、中から追加で一億円の入ったジュラルミンケースを取り出した魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスからジュラルミンケースを受け取ったアルベルティーヌは半ば発狂状態でスタッフルームの中へと入っていった。
「黒塚君、何かあったら責任は全て貴方が取りなさいよ!」
「へいへい。その代わり、このお嬢ちゃんが負けまくったら俺の愛人になれよ」
「えぇ、それで構わないわ」
勝ち誇った顔をする晴雄をその場に残し、アルベルティーヌから百枚の黄金色に輝くチップを受け取った魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは意気揚々と騒ぎの落ち着いて客達の活気が戻ってきたカジノのギャンブルが行われているエリアへと向かった。
◆
「む、無縫さん! こ、これ以上はおやめください!! もう十分元は取り戻したでしょう!! 一京ドルなんてそんな天文学的な金額、絶対に払えませんから!!」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスがギャンブルを始めてから三時間後、ポーカーが行われているゲームテーブルの近くには数時間前までの姿がすっかり嘘のように恥も外聞もなく喚き散らす晴雄の姿があった。
先程まで若さと親の権力を武器に威張り散らかしていたチャラい青年の姿は影も形もなく、この数時間の間に髪はほとんど白く染まり、病的なほどげっそりと窶れ、何十年の時が経過したように老け込んでしまっている。
「えぇ……どうしようかな? まだ満足していないんだけどなぁ?」
「そっ、そんなぁ……」
そんな無様な男の姿を、そもそもの元凶を作った莫迦二人は自分のことを棚に上げて「女の敵に相応しい報いだな」と言いたげな冷たい視線を晴雄に向けている。
「……あのぉ、無縫さん。そろそろ真剣な話をしてもよろしいでしょうか? 既にチップの返金ができない額に達しております」
「存じておりますわ」
「……でしょうね。そこで、ご相談なのですが……本日は天空カジノがお支払いできる金額を返金し、残りは天空カジノの借金ということにしては頂けないでしょうか? ……既にしている借金二百五十垓ドルと合わせて返済にかなりお時間を頂戴してしまうことになりますが」
「構いません。すぐに返せないような天文学的数字なのは理解していますからね。……そろそろ戻らないと異世界にお待たせしている方が心配してそうですから、莫迦二人回収して帰りますね」
「そうして頂けると助かります。では、お金掻き集めてきますので、少々お待ちください」
アルベルティーヌはそう言い残して意気揚々とスタッフルームへと消えていった。
普段は無縫が来ると終始気分が沈んでいるアルベルティーヌだが、不思議と今日のアルベルティーヌの足取りは軽そうだ。なんなら、鼻歌まで歌っている。あまりのストレスに遂に精神が異常をきたしてしまったのだろうか?
「あっ、あの……ラピスラズリさん……じゃなかった、無縫さんでしたね。許して頂けたり……」
「ん? 私、貴方に何かしましたか? 舐め回すような気持ち悪い視線向けられても、セクハラ発言されても、なーんにもしなかったじゃないですか? ただ、楽しくギャンブルして帰るだけ。一体何がダメなのか無知な私にご教授くださりませんか?」
「……あー、アイツ終わったわね」
「うむ。セクハラ男に相応しい末路じゃな」
「お前らはお前らの心配したほうがいいんじゃないかな? ……俺、一言もお前らを許したっていってないからな? 窃盗犯共」
「ガクガクブルブル」と震えて抱き合うヴィオレットとシルフィアを引き離し、シルフィアの身体を掌で掴み、咄嗟に逃げようとするヴィオレットの左腕を強引に掴むと、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは受付の方へと向かった。
数十分後、アルベルティーヌから現金一千億円を受け取った魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは時空の門穴を開いてヴィオレットとシルフィアと共に異世界ジェッソに戻った。
なお、ここからは完全に余談だが、目を覚ましたジョセフはアルベルティーヌから事情を聞いて危うく魂を手放しそうになった。
「……つまり、全責任は晴雄君にあるということで間違いないんだね」
「はい、その通りです。彼の言動も全てこのボイスレコーダーに保存してあります。彼のセクハラ行為にはいい加減限界を感じておりましたので記録をして然るべき場所に提出する準備を整えていました」
「ふむ……まあ、だが、黒塚モータース程度が身売りをしたところで今日の損失を補填するのは厳しいだろう。黒塚モータースが保有する株式と資産は全て献上してもらうとして、それでもまだ足りないな。……ならば、彼の望むように売ってもらおうではないか。その身体をね」
「……それは、どちらの意味でしょうか?」
「目も肺も心臓も……人間の身体で売れない部位はない。世界の病で苦しむ者が愚かな人間一人の犠牲で救われるのだ。実に素晴らしいことだと思わないかい?」
「相変わらず狂っていますね……コメントは差し控えさせて頂きますわ。それでは、ご希望通り取り計らっておきますわね」
「頼みましたよ、アルベルティーヌ。……この天空カジノに不利益をもたらすような人間に生きる価値などありません」
医務室のベッドの上で格好付けてアルベルティーヌを見送ったジョセフだったが、彼女が去っていったのを確認するとガックリと肩を落とした。
その顔からは血の気が引き、いっそ哀れなほど真っ青になってしまっている。
「……あぁ、また借金が、借金がぁ……」
ジョセフの譫言がいつまでもいつまでも医務室に虚しく響き渡っていた。
◆ネタ等解説・八十一話
ドルと円のレート
作中では1ドルが160円である。ちなみに、無縫は全て通貨・円で支払いと受け取りをしているが、借金は二百五十垓ドルとドル計算になっている。まあ、ここまでの金額になると大差ないのかもしれないが。
◆キャラクタープロフィール
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・ジョセフ・ドゥ
性別、男。
年齢、不詳。
誕生日、不明。
血液型、不詳。
出生地、不詳。
一人称、私。
好きなもの、不明。
嫌いなもの、不明。
座右の銘、不詳。
尊敬する人、不明。
嫌いな人、不明。
好きな言葉、不明。
嫌いな言葉、不明。
職業、天空カジノ総支配人。
主格因子、無し。
「短く切り揃えられた短髪に透き通るような碧眼。いかにも神経質そうな男という印象を誰もが抱きそうな優男。天空カジノの支配人になる以前の経歴は一切不明。名前も偽名である可能性が高い。クイーンズ・イングリッシュとアメリカ英語を混ぜたような奇妙な英語を意図的に話す点からも出身地を割り出すことは困難を極める。国籍も前歴も不明な彼が何故天空カジノの支配人になれたのかは世界七不思議の一つに数えられるとかなんとか」
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・シャロン・テイラー
性別、女。
年齢、三十二歳。
誕生日、十月七日
血液型、B型Rh+。
出生地、ユナイテッド・ステイツのテキサス州。
一人称、私。
好きなもの、ペプシコーラ、ドクターペッパー。
嫌いなもの、脂っこいもの。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、軍人→天空カジノ警備員。
主格因子、無し。
「金髪を肩まで伸ばしたサングラス姿の美女の黒服。アメリカ軍に従軍後、天空カジノに警備員として雇われた。現れると確実に天空カジノを混乱に陥れる無縫、ヴィオレット、シルフィアの三人に内心恐れを抱いている」
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・トウェイン=フォード
性別、男。
年齢、三十六歳。
誕生日、五月二十三日
血液型、O型Rh+。
出生地、ユナイテッド・ステイツのオクラホマ州。
一人称、俺。
好きなもの、ハンバーガー。
嫌いなもの、淡白な食べ物、生物。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、軍人→天空カジノ警備員。
主格因子、無し。
「浅黒い肌をしたスキンヘッドのサングラス姿の黒服。アメリカ軍に従軍後、天空カジノに警備員として雇われた。現れると確実に天空カジノを混乱に陥れる無縫、ヴィオレット、シルフィアの三人に内心恐れを抱いている」
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・アルベルティーヌ=マッキンリー
性別、女。
年齢、二十九歳。
誕生日、十一月二十八日
血液型、A型Rh+。
出生地、グレートブリテン・ロンドン。
一人称、私。
好きなもの、アフタヌーンティー。
嫌いなもの、フィッシュ・アンド・チップス。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、天空カジノ受付嬢。
主格因子、無し。
「黒いパンツスーツ姿の金髪碧眼の女性。天空カジノで受付嬢を務めている。元々はイギリスで銀行員として働いていたが銀行が倒産、路頭に迷っていたところ天空カジノの求人を発見し、入社試験を受けて合格して天空カジノに入社した。天空カジノの利益を優先して小さなセクハラ行為には目を瞑るが、天空カジノの利益を損ねずに葬ることができると分かれば人死が出ることも許容する程度には倫理観が壊れている」
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