あの愚かな盗人共に愛ある拳という名の天罰を!
メープルとの戦いを終えた無縫はメープルに先導されて領主公館へと向かった。
ちなみに、無縫と行動をしているフィーネリアは当然のことだが、何故かオズワルドも同行している。
無縫とメープルの戦いを見た観客達の反応は実に様々だった。
中には魔王と勇者の力を両方扱える前代未聞の存在にただただ怯える者、その力がクリフォート魔族王国に向けられることになれば平穏が破壊されるのではないかと危惧する者、「これは歴史を変えるビッグニュースになる!」と確信してカメラのシャッターを切りまくるブン屋などもいて、幹部巡り第一回戦の舞台となった広場は騒然となって街の衛兵が出動するような状況になっていたが、どうやら対人間族魔国防衛部隊司令殿は騒動の鎮圧よりも無縫達との行動を優先することを選んだらしい。
「……それでいいのか? 軍属」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、別に? 広場がパニックになっていたし、対人間族魔国防衛部隊司令殿は騒動の鎮圧に当たらなくても良かったのかな? って思っただけだよ」
「まあ、バチカルの衛兵は優秀だろうし、管轄外の仕事だしなぁ。あんまり出しゃばっても睨まれるし、それに、無縫達について行った方が面白そうだからついて行くことにした。折角の休みだし、楽しさを優先するのは当然だろ?」
「……最初会った時は頭の硬い面倒臭そうな人だと思っていたけど……実際のところ、本当にいい性格しているしているよね」
「まあ、人間に対しては怨み骨髄に入るって感じだったからな。って、それ褒めてねぇよな!!」
「さてぇ、着きましたわぁ。ようこそぉ、領主公館へぇ」
無縫とオズワルドのやり取りをフィーネリアが心底呆れたという顔で見ているうちにどうやら目的地に着いたらしい。
メープルは衛兵に言葉を掛けると、自ら扉を開けて中へと無縫達を招き入れた。
「早速ですがぁ、手帳をお貸しくださいませんかぁ?」
「はい、お願いします」
無縫が魔王軍幹部巡り総合事務局の受付嬢から受け取った手帳を渡すと、メープルは白紙のページを開いてスタンプを押し、ペンで更々と何事かを書き込んでいく。
メープルから返却された手帳を確認してみると、スタンプはバチカル区画の文字とパンの入った籠を持ったメープルの姿を模した図柄で、その下に達筆な文字でメープルのサインと今日の日付が入っていた。
「ところでぇ、これからの予定は決まっているのですかぁ? 実はぁ、私のところでは試練の合格者様の今後の活躍をお祈りする意味を込めて細やかなパーティを開いているのでぇ、良かったら参加してもらいたいのですがぁ」
「……そうですね。折角の申し出ですので、ありがたく参加したいところなのですが、実はこれから二人ほど迎えに行かないといけない方々がいまして、その後でしたら是非」
「まぁ、お友達かしらぁ? 勿論、大歓迎ですよぉ〜。参加できそうな日にちが分かりましたらぁ、いつでも『Boulangerie et Pâtissière 千枚の葉』までご連絡くださいねぇ」
そう言い残し、メープルは領主公館から去って行った。
どうやら、『Boulangerie et Pâtissière 千枚の葉』での仕事がまだまだ残っているということらしい。
「……やっぱり優しいわね、無縫君って。あの二人にも食べさせてあげるなんて」
「――ッ!? しまった! 先にパーティに参加させてもらえば良かった!! またあの莫迦共が増長するじゃないか!! ……とはいえ、こちらから言い出した手前流石に撤回できないしなぁ。オズワルドさん、休みの人にお願いするのは申し訳ないですが、フィーネリアさんを宿まで送り届けて頂けませんか?」
「ん? まあ、いいが……なるほど、これから話していた二人を迎えに行ってくるんだな」
「えぇ……奴らの出した損害的に長丁場になる可能性がありますので、フィーネリアさんは先に宿に戻っておいてください。俺は莫迦二人をしばき倒してからこちらの損害分をぶん取ってきます」
「……損害分だけで済めばいいのだけど、まあ、そんな筈ないわよね。ご愁傷様としか言えないわ。……まあ、私には縁もゆかりもない場所だからどうでもいいと言えばどうでもいいのだけど」
「では、行ってきます。――遊び慣れた天空カジノへ」
無縫は時空の門穴を開くとその中へと消えていく。
その姿が一瞬、可憐な衣装を纏った美少女に変わったような錯覚をオズワルドは幻視した気がした。
◆
天空カジノとは第二次大戦後、複数の戦勝国、一部の大企業、複数の資産家の合資を経て作られた民間娯楽施設である。
その時代の科学技術を結集して生み出された巨大な飛行装置の上に、巨大なカジノを設置する形で建造されており、国際法上いかなる国家の警察権も適用されない、ある種の独立国となっている。……まあ、実際には戦勝国による監視と威嚇を目的に建造されたと噂されており、その裏では様々な国々によるのだが。
そんな独立国・天空カジノは今、何度目か分からない未曾有の大厄災に襲われていた。
「このド阿呆共ッ! 何故、何故アイツらを入れた!! 出禁にしておけと言ったではないか!!」
短く切り揃えられた短髪に透き通るような碧眼。いかにも神経質そうな男という印象を誰もが抱きそうな優男――天空カジノの総支配人ジョセフ・ドゥが英語で発した怒号が響き渡る。
そんなジョセフの前を走る金髪を肩まで伸ばしたサングラス姿の美女の黒服と、浅黒い肌をしたスキンヘッドのサングラス姿の黒服が同時にマシンガンを発砲するが、弾丸は目標に当たらず空を切った。
「はぁはぁ……もう何週間経ちましたか? お客様にはとりあえず客室に退避してもらって追いかけていますが、もういい加減諦めませんか? これ以上やれば被害が……」
「やっぱり、見逃すっていう選択肢を取るしかないわよね」
「……天空カジノの威信にかけてそれだけはできない。逃げ切ればお金を払わずに済むという前例ができてしまうからな。だから、そもそも奴らを天空カジノに入れるなと何度言ったらッ!! ああっ、このままだと奴が来るッ!! 来てしまうッ!!! あうあうあうあうあうあうっ!!」
「ありゃりゃ、支配人が壊れちまった。シャロン、どうする?」
「どうするって? トウェイン、決まっているでしょ? 任務を放棄する訳にはいかないわ。必ず、ヴィオレットとシルフィアを捕える。彼が……いえ、彼女が来る前に」
「――呼んだかしら?」
ステイツ軍に従軍経験のあるシャロンとトウェインの二人が揃って背後から聞こえた声に冷や汗をかく。
二人の背後に唐突に現れたのは藍色から毛先に向かって水色へとグラデーションしていく特徴的な髪色と、澄んだ瑠璃を彷彿とさせる青を基調としたフリフリのミニドレス風の衣装――魔法少女の装束を纏った絶世の美少女だ。
「「――魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスッ!?」」
ほとんど同時に背後を振り返ったシャロンとトウェインは異口同音に魔法少女の名を口にしてガックリと肩を落とした。
ちなみに、総支配人のジョセフは魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの姿を見るなり泡を吹いて気絶している。
「――ッ!? あっ、無縫君だ!」
「阿呆! 出ていくんじゃない!! バレてしまうではないかッ!!」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの姿に気づいた何者かが隠れていたカジノテーブルの下から現れた。
蝶のような美しい翅を持ち、緑色の髪を肩まで伸ばしてポニーテールに結えた可憐な少女の姿をした掌サイズの妖精の少女は背後からにょきっと生えてきた浅黒い手に捕まえれて中へと引っ張り込まれてしまった。
「俺から隠れられると思ってんのか? 阿呆共ッ!」
次の瞬間、元軍人の熟練の傭兵であるシャロンとトウェインが同時に見失ってしまうほどの速度まで一気に加速した魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが二人が隠れるカジノテーブルを蹴り飛ばした。
宙を舞うテーブルの上からトランプや置かれていたチップを全て回収し終えた魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは無音の美しい着地を決めると肩を寄せ合ってガタガタと震える妖精と少女に近づく。
鋭い二本の黒い角と真紅の瞳、浅黒い肌――純魔族の特徴を兼ね備える明らかに人外の類である少女の名はヴィオレット=ノルヴァヌス。
異世界アムズガルドの魔王国の王女、つまり魔王の娘であり、次期魔王として期待される人物である。……である筈だ。
しかし、今のヴィオレットからは欠片もそのような威厳は感じられない。
「久しぶりだなぁ、阿呆共! リリスさんからさぁ、不思議なことを聞いたんだ。俺が異世界に召喚されている間に二人が行方をくらませたって話。で、家に帰って調べてみたら生活費として用意していた現金十億円が忽然と消えていた。……心当たりはないかな?」
「さっさあ? 私はし、知らないよ! こ、心当たりなんてないに決まっているよ!」
「まっ、まさか……我らのことをう、疑っておるのか!? そ、そんな盗人紛いなことをすると思われていたのか!? 見損なったぞ!」
「当然思っているに決まってんだろ、なんで俺を悪者扱いしようとしているんだ前科持ち。まあ、隠し防犯カメラでお前らが盗んでいることは確認済みだし、しっかりとお金を払った分のチップの金額とかをあれこれ計算すれば犯人特定は可能だ。観念しろや! たく……しかし、お前らも懲りないよなぁ。前はクレジットカードを盗んでカジノで豪遊しまくってたなぁ。あれがあったから、クレジットカードは本人しか使えないように法律を改正することになったが、なるほど、今後は現金か。悪知恵が働き過ぎるのも良くないよなぁ……まあ、最後はこうやって俺に捕まって終わりなんだけどなぁ」
「こ、拳を握って……まっ、まさか無縫! 可愛らしい我の顔面をボコボコにする気なのか!? ま、待て! 待つのじゃ! それがどれほどの人類の損失になるか分かっておるのか!?」
「ぼ、暴力反対! 暴力反対だよ! 女の子を殴るのは紳士道に反しているよ!! だから、その手を開いてね! ハグしようよ! 私達も無縫君との再会を心待ちにしていたんだからね! ねっ!!」
「お前らも良く分かっていると思うが俺は男女平等主義者だ。男だろうと女だろうと殴りたい奴は殴る。……それに、今の俺は魔法少女の姿、つまり女の子だ。女の子が女の子を殴るのは許される……そうだよなぁ?」
その後、ヴィオレットとシルフィアは魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに殴られまくり、意識が三途の川まで飛んでいきそうになりました。めでたしめでたし。……どこがめでたしやねん。
◆ネタ等解説・八十話
天空カジノ
着想元は朝霧カフカ氏原作の漫画『文豪ストレイドッグス』に登場する同名の独立国家。
『文豪ストレイドッグス』に登場したものは質量バランサーによる自転遠心力と浮遊瓦斯のおかげで、見た目より遥かに少ない燃料で高度維持が可能とされているが、何らかの異能で浮遊補助をしていると推測されている。その土地の性質上、国際法上いかなる国家の警察権も適用されない、いわば独立国となっている。一説には『白紙の文学書』によって生み出されたようだ。
本作のものも独立国家であることは共通しているが、第二次大戦後に複数の戦勝国、一部の大企業、複数の資産家の合資を経て作られた民間娯楽施設であり、当時の技術を結集して巨大カジノを飛行させるだけの巨大な飛行装置が作られたようである。
◆キャラクタープロフィール
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・ヴィオレット=ノルヴァヌス
性別、女。
年齢、十六歳。
種族、純魔族。
誕生日、七月十日。
血液型、A型Rh+。
出生地、異世界アムズガルド魔王国王都デモニア。
一人称、我。
好きなもの、ギャンブル、動画編集、ミートソーススパゲッティ。
嫌いなもの、辛い料理、茗荷。
座右の銘、一日一賭。
尊敬する人、庚澤無縫(保護者)、ノワール=ノルヴァヌス(魔王国国王/魔王)。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
好きなゲーム、好きなタイトルが多過ぎて選べない。
職業、ギャンブラー、動画投稿者(茶番劇編集者)(ブルーコメットちゃんねる/登録者150万人)。
主格因子、無し。
「異世界アムズガルドの魔王国の王女。つまり、魔王の娘。最初は異世界に召喚された勇者である無縫に敵意を持っていたが、彼に魔族を滅ぼす意思はなく人間と魔族の和解のために動いていると知り、考えを改める。無縫との会話でヴィオレット自身にとっての異世界である地球に興味を持ち、人間と魔族の和解後は父親である魔王の反対を押し切って地球へと渡った。その後、ギャンブルに嵌ってしまってすっかりダメ人間となる。シルフィアとは悪友の関係。無縫には恋愛的な感情を僅かだが向けていたが恋愛的な進展はなく、現在は母親と出来の悪い娘のような関係になっている。ギャンブルの勝負資金を貯める動画作成では動画の編集と素材調達を担当している」
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・シルフィア
性別、女。
年齢、二十三歳。
種族、フェアリマナの妖精。
誕生日、五月五日。
血液型、F型Rh+。(フェアリマナの妖精の血液型はF型、S型、X型のいずれかである)。
出生地、魔法の世界フェアリマナ。
一人称、私。
好きなもの、ギャンブル、動画編集、カレーうどん。
嫌いなもの、ネガティブノイズ、トマトジュース。
座右の銘、All or NOTHING.
尊敬する人、庚澤無縫(保護者)。
嫌いな人、フェアリマナ女王エルセフィリア。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
好きなゲーム、好きなタイトルが多過ぎて選べない。
職業、ギャンブラー、動画投稿者(茶番劇編集者)(ブルーコメットちゃんねる/登録者150万人)。
主格因子、無し。
「魔法の世界フェアリマナに棲む妖精の一体で、ネガティブノイズと戦うことができる魔法少女を生み出すために地上界(地球)へとやってきた。魔法少女の才能を持つ少女達に魔法で願いを叶えることと引き換えに魔法少女になってもらう契約を結んでいたが、男でありながら高い魔法少女適性を持つ無縫と出会い、興味を持つことになる。無縫が異世界アムズガルドに召喚された際には相棒として共に戦った。その後、ギャンブルに嵌ってしまってすっかりダメ人間となる。ヴィオレットとは悪友の関係。無縫には恋愛的な感情を僅かだが向けていたが恋愛的な進展はなく、現在は母親と出来の悪い娘のような関係になっている。ギャンブルの勝負資金を貯める動画作成では茶番劇の台本作成と入力作業、動画の最終確認とアップロードを担当している」
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