バチカル区画担当魔王軍幹部メープル=ミルフィーユvs理不尽勝負師・庚澤無縫〜幹部巡り一戦目〜
「――ッ!? いきなり悪魔の賽子ッ!? まさか、狙いは即死!?」
遠目から無縫が投げた賽子の正体を見抜いたフィーネリアが声を上げる。
「まさかぁ……そんな簡単に終わらせる訳ないでしょう? 望む目は、麻痺!」
武器であるナックルダスターを装着し、構えの姿勢を取っていたメープルの動きが突如として鈍った。
「続いて、天使の賽子! 身体強化・攻! 身体強化・速! 一気に攻め込みますよッ! 瞬閃走ッ!」
続いて二つの十面ダイスを振る。先程の黒い賽子とは違う白い賽子二つが宙を舞い、「身体強化・攻」と「身体強化・速」の効果を発動した。
バフとデバフで優位を築いた無縫は「瞬閃走」を使って一気に肉薄――メープル目掛けて掌底を向ける……が。
「――ッ! させないわぁ! 猛毒の障壁!」
突如として猛毒でできた盾が無縫の目の前に現れた。
「覇弾衝吹」
そのまま触れればダメージを受ける猛毒を前に、無縫は生身で突っ込むのは危険と判断。
咄嗟に掌底に膨大な覇霊氣力を纏わせると、外部に覇霊氣力を流すことで猛毒の盾を弾き飛ばした。
覇霊氣力の衝撃で四散した猛毒の盾の横を擦り抜けて、麻痺で鈍った身体を必死に動かして無縫から距離を取ろうとするメープルに追い縋る。
「猛毒を纏った蛇の尻尾よぉ! 毒蛇の鞭尾ッ!!」
「紙舞一重」
メープルを追ってきた無縫に反撃の意味を込めて猛毒を纏わせた尻尾を鞭のように操って攻撃を仕掛けるも、無縫は敵の攻撃から生じる風圧に身を任せることで相手の攻撃を確実に躱す「紙舞一重」を使って不意打ちの攻撃を避けてしまった。
とはいえ、無縫と距離を取ることができたのでメープルの第一の目標は達せられている。……欲を言えば、無縫に一撃を浴びせたいところだったが、それは欲張りというもの。
無縫の圧倒的な強さを戦闘開始から数分でまざまざと理解させられたメープルの額から汗が吹き出す。
「困ったわぁ……私のチャレンジでは毒魔法は使わないことになっているのにぃ……でもぉ、そんなこと言ってられないわねぇ。使わなければぁ、今ので確実にやられていたわぁ。流石にこのまま負けるのもアレだしぃ、出し惜しみ無しで行こうかしらぁ? あぁ、楽しくなってきたわぁ! ずっと手加減しないといけなかったから退屈していたのぉ! 魔王軍から文句言われるかもしれないけどぉ、ちょっとビターになっちゃったって言い訳しようかしらぁ? あぁ、大丈夫よぉ。流石にルール違反だからぁ、仮に私に負けてもバチカルの試練はクリアしたことになるわぁ」
「負けは負けですよ。負けたら時間をおいてまた挑むだけです。……さて、どうしようかな? このまま戦ってもいいですけど、折角なら」
無縫はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。その顔を見たフィーネリアは小さく溜息を吐く。
「時空の門穴! さて……俺は退屈な勝負は嫌いなんですよ。だから……すぐに負けないでくださいね」
禍々しい黒いオーラを纏った巨大な赤黒い光を放つ黒剣――メープル達魔族にとってある意味馴染み深い魔剣を構え、無縫は舌舐めずりをした。
◆
――時は少し巻き戻る。
オズワルドはフィーネリアを事前に場所取りをしていたベンチの方に案内し、フィーネリアの隣で無縫とメープルの試合を観戦していた。
その目的は、無縫と幾度となく戦い、彼のバトルスタイルを身をもって知っているフィーネリアの解説を受けるためである。
「……ありゃ一体なんだ? 賽子か?」
「天使の賽子と悪魔の賽子ね。確か、どこかの異世界で魔物を倒すとドロップするアイテムと聞いているわ。異世界によっては、魔物が消滅してアイテムや金貨などが残される場所もあるそうよ」
「なるほどなぁ……俺達から見てもお前達から見ても異世界の品物か。だが、魔王軍幹部クラスを麻痺で苦しめられるっていうのはなかなかだなぁ。是非軍で採用したいもの……」
「それはやめておいた方がいいわね」
「ん? それはどういう理由だ? 異世界の品物だから供給が難しいということか? それとも、魔族が強くなることを恐れているからか?」
「……特に悪魔の賽子だけど、あんな運に頼った馬鹿げたもの使うのは愚か者だけよ。それに、デメリットがあまりにも大き過ぎるのよね。……あれは、見ての通りどちらも十面ダイス。つまり、狙った目以外に九つの目があるってことになるわ。そして、それが全てメリットとは限らない。天使の賽子ですら『敵全体のステータス上昇』、『敵全体回復』、『一定時間の間、自身の攻撃力と魔法攻撃力を上昇させる代わりに耐久力を低下させる』なんていうデメリットがあるよ。それより酷い悪魔の賽子の場合は『敵全体即死』と『敵全体麻痺』以外に良い出目はないわ。『自爆魔法発動』、『自身への毒、麻痺、混乱、睡眠、疫病のバッドステータスをランダムで付与』、『自身即死』、『味方全体即死』、『敵全体即死』、『味方全体のステータスをランダムで低下』、『自身のステータスをランダムで低下』、『敵全体と味方全体に怯みのバッドステータスを付与』、『味方全体の全てのステータスを低下』……誰が出ても地獄にしかならないこの賽子を本気で採用したいというのであれば私は止めはしないけど……」
「……はっ!? いやいやいやいや、ってか、じゃあなんでアイツはそんな劇物使えているんだよ?」
「無縫君、彼はね、まるで彼を中心に世界が回っているんじゃないかと錯覚するほどの幸運の持ち主なの。宝くじを買えば必ず望んだ等数が当たるし、ギャンブルをすれば負け無し。もし、無縫君を倒せる方法があるとすれば、それは運が一切介在する余地のない必然のみ。私達もその幸運にずっと苦しめられてきたわ。望んだ目を当たり前のように出してバフとデバフを積んでから肉弾戦や武器を扱った戦闘に持ち込んでくる。たったそれだけで私達は幾度となく敗走したわ……まあ、異世界に来て、彼のもう一つの反則級の切り札の存在を知ることになったのだけどね」
「理不尽な幸運も大概だが、それに比肩する力か。……一体どんなものなのか? って、おいおいッ!? まさか、あれは魔剣か!? ってことはその力は魔王のみが扱えるとされる魔剣の力――」
「いえ、違うわ。勇者や魔王なんて霞むような、もっと理不尽な力よ」
魔剣を鞘から抜き去った無縫は膨大な魔力を剣に収束させ、闇を纏った。
「我流魔王剣技・【飛ぶ闇纏う千本切先】」
無縫が目にも止まらぬ速度で連続突きを放つと、剣先が弾丸の雨の如く殺到する光景をメープルは幻視した。
実際に飛ばされているのは剣の鋒に乗っていた膨大な闇の魔力だが、だからといって決して威力が低いという訳ではなく、その破壊力は魔剣を直接振るった刺突に僅かに劣る程度である。
「猛毒の針千本」
本来ならば自身を守りつつ敵に猛毒の針を突き刺す攻防一体の技として繰り出す無数の針が突き出した球体型の毒の障壁をメープルは瞬時にアレンジして自身の外部に生成して闇の刺突の雨に向けて放つ。
しかし、連続して放った三つの球体のうち二つは刺し貫かれて粉々に破壊されてしまった。辛うじて攻撃を防いだ三つ目の球体もギリギリのところで原型を留めているという状況である。
「我流魔王剣技・【飛斬る闇撃】」
その三つ目の球体も無縫が無造作に放った斬撃によって打ち砕かれた。
毒液が飛散する中、地面を踏み締めたメープルは一気に加速――麻痺で身動きが取れないとは思えない速度で無縫に肉薄する。
「麻痺が解けたようですね。……状態異常回復魔法ですか?」
「えぇ、私には多少ですけど回復魔法の心得もあるのですよぉ。さて、一気に決めるしかないので決めちゃいますよぉ! これが破られたら私の負けですぅ。劇毒纏う拳ッ!!」
メープルの拳を包むように先程まで使っていた紫色の毒などとは比べ物にならないほど禍々しい気配を纏う真紅の猛毒が生成される。
毒の欠片が落下する中を駆け抜けたメープルは無縫に拳を放とうとする……が。
縮地術を応用してこちらも一気に距離を詰めた無縫は拳の軌道を完全に読み切って躱しつつ、渾身の蹴りを放った。
腹部に強烈な蹴りを浴びたメープルは血を吐きながら結界の範囲ギリギリまで飛ばされる。
それでもなんとか精神力で耐え抜き、再び無縫に向かっていこうとしたメープルだった……が、その足が唐突に止まった。……止まってしまった。
メープルは理解してしまったのである。――「劇毒纏う拳」を浴びせられなかった時点で決着がついてしまったことを。
いや、本当は戦いが始まる前から勝敗は決していたのかもしれない。
「聖剣オクタヴィアテイン、魔剣デモンズゲヘナ……久しぶりにアレを見せてやりましょうか? 【太極・円環の蛇剣】」
勇者のみが扱える聖剣と魔王のみが扱える魔剣――そこに込められた聖なる魔力と闇の魔力が混ざり合い、混沌が生じた。
理解を拒絶するほどの膨大なエネルギーの奔流はメープルの存在を一瞬にして搔き消す。
目が覚めると、メープルは結界の外にいた。生きていることに安堵し、メープルは立ち上がる。
そして、聖剣オクタヴィアテインと魔剣デモンズゲヘナを時空の門穴を仕舞っていた無縫に惜しみない拍手を送った。
「おめでとうございますぅ! バチカルの魔王軍幹部戦、勝利ですわぁ!」
◆ネタ等解説・七十九話
ナックルダスター
拳に嵌めて打撃力を強化するための武器の総称。「メリケン」、「メリケンサック」、「ブラスナックル」、「拳鍔」などといった名称で呼ばれることもある。
猛毒と劇毒
どちらも毒を示す言葉だが、執筆者・逢魔時 夕は自作『百合好き悪役令嬢の異世界激闘記』の時代から明確に扱いを分けている。
猛毒は基本的に紫色などをした普通の毒。一方、劇毒は基本的に真紅のイメージで生物はもちろん、無機物さえも汚染し侵蝕する強力な毒である。代表的なところで言えば、アクアの「猛毒八岐蛇」と「劇毒八岐蛇」が挙げられる。
イメージの着想元は尾田栄一郎氏の漫画『ONE PIECE』に登場するマゼランの二種類の毒。
「太極・円環の蛇剣」
太極という概念の着想元はあわむら赤光氏のライトノベル『聖剣使いの禁呪詠唱』の主人公・灰村諸葉のみが扱える光技と闇術を併用する術理。
『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』には能因草子が聖剣と魔剣の力を同時に引き出して放つ「勇者魔王固有対極・相喰む無限龍」があり、「太極・円環の蛇剣」はそこから着想を得た技ということになる。
◆キャラクタープロフィール
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・メープル=ミルフィーユ
性別、女。
年齢、二十八歳。
種族、ラミア族。
誕生日、八月八日。
血液型、B型Rh+。
出生地、クリフォート魔族王国バチカル区画。
一人称、私。
好きなもの、お菓子全般。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、曼珠=ラジアータ=緋月(師匠)。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、クリフォート魔族王国魔王軍幹部、バチカル区画の領主、『Boulangerie et Pâtissière 千枚の葉』店長。
主格因子、無し。
「魔王軍幹部の一人でバチカル区画の領主。ラミア族の女性で魔族王国有数のパティシエールとベーカリー、ショコラティエの顔を持つ。性格はお淑やかで魔王軍幹部とは思えないほどおっとりとしているが、戦闘になると少し好戦的になるらしく普段は口にしないようなSっ気のある発言も飛び出す。好戦的な性格は戦闘と料理、両方の師匠でもある緋月の全盛期の姿にも重なる。ただし、バチカル区画は『頂点への挑戦』のスタート地点でもあるため魔王軍の指示で普段はかなり手加減している。そのため、本気を出せないことに鬱憤が溜まっている様子。その分、『頂点への挑戦』の本戦では幹部巡りの時と比較にならないほどの強敵として相見えることになるだろう。バチカル区画は対人類の魔族の最前線であり、その要所を任されるだけの実力は備えているのである。ちなみに、幹部巡りは十人の魔王軍幹部のうち八人を倒せばいいため彼女と必ず戦わなければならないという訳ではない。もっとも、試練の難易度は低いためほぼ必ず一人目に選ばれるのだが」
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