他とは異なる主人公が仲間外れ扱いをされ、そのまま出て行こうとするのをなんとか踏み止まらせるという展開は能因草子の物語以来続くテンプレ展開なのだろうか?
宿屋『鳩の止まり木亭』の一階は、玄関から入ってすぐの受付と隣接する食堂、そのすぐ近くに二階へと上がる階段が設置され、受付から右手に進んだ先に廊下が伸び、客室が廊下の左右に二つずつ設置されているという構造をしているようだ。
建物は二階建てで、二階の客室は十部屋。合計十四部屋とクリフォート魔族王国の宿屋の中では小規模の宿屋に属する。
価格は比較的安いが、ホスピタリティはお値段以上に充実しており、満足度の高い宿として知られているようだ。
その性質上、街に滞在する魔族が増える幹部巡りの時期の初頭にはそのスタート地点であるということもあってバチカル区画の宿屋はどこの宿屋も混み合っているが、その中でも情報通達がこの宿を選んで泊まることも多いようで、競争率も必然的に高くなるらしい。
幹部巡りも開始日からかなりの日にちが経過し、バチカル区画からは参加者がほとんど消えているが、それでも一定以上の客を抱えているのは流石というべきか。
最前線で戦う騎士団が推薦するだけのことはあるのだろう。
宿屋に足を踏み入れた無縫達は早速、食堂方向からの鋭い視線に晒された。
異物である人間に対する差別的な視線や殺意を無縫は一切に気にする素振りを見せず、無縫は受付の方へと進んでいく。
カウンターを隔てた先にいたのは、白い髪の小さな少女だった。
ひんやりとした空気感を纏った少女は、人間である無縫とフィーネリアに怯えているようである。とはいえ、怯えるだけで逃げ出さずにいるのは流石は宿の看板娘というべきか。
ちなみに、この宿は家族経営で雪女の女将と看板娘の少女のたった二人で運営しているようである。
小規模な宿とはいえ、たった二人で宿を切り盛りするのはなかなか大変なことである。それでも宿の経営を今日まで続けられるのは、二人のことを心配する周囲の支えもあるからだとか。
「対人間族魔国防衛部隊司令オズワルド=トーファスさんからの紹介で来ました。いつまで泊まるかは未定ですが、ひとまずバチカルの魔王軍幹部殿との戦いに勝負するまでは滞在させて頂きたいのですが……」
「はっ、はい! しゅ、宿泊ですね!!」
「おいおい、誰だか知らねぇが、スノウちゃんを怯えさせるんじゃねぇぞ」
常連客達が看板娘に心配そうな視線を向け、無縫達を睨め付ける。
「愛されているんだなぁ」とその空気感に僅かにほっこりした無縫だったが、その敵意が自分に向けられていることに関しては心底面倒臭いと感じているようで、感情が抜け落ちた表情で溜息を吐く。
「……怯えさせるつもりは微塵もありませんし、危害を加えるつもりも更々ないんですが……まあ、伝聞を総合すれば人間がやってきた行いは魔族にとって許し難きものでしょうね。それに、理解し難い存在に怯える気持ちも理解はできます」
「意外ね……無縫君はそういうの理解できないタイプだと思っていたわ」
「フィーネリアさん、俺を何だと思っているんですか?」
「ん? だってどんな種族に対しても基本的に偏見を向けないじゃない。そんな外面よりも中身をしっかり見ている、そういう人だと思っていたのだけど」
「人間だって様々だし、魔族だって様々だ。色々な人を見てきたし、色々なパターンを見てきたからいい加減一つの型に当て嵌めて考えられないことくらい理解している。……それに、理解できるっていうだけで自分も同じだとは一言も言っていないでしょう? 生憎と俺は理解し難いものに対して怯えの感情を抱いた経験は皆無なんでね。しかし、困ったなぁ……他の宿に行ったところで似たような扱いだし、理想としてはできるだけ魔族と関わって判断材料を増やしておきたかったけど……諦めて一旦戻るか?」
「ということは、一旦地球に戻ってヴィオレットさんとシルフィアさんの回収に行くということかしら?」
「いや、折角だし魔王軍幹部と一戦してからにしようかなと思っているよ。とりあえず、今日は街の探索……後は情報収集かな? まあ、目の敵にしている人間の俺や、人間にしか見えないフィーネリアさんに情報をくれるとも思えないけど。……アイツらに関しては既にかなりの日数放置しているんだし、一日二日増えても誤差でしょう? 何かあったら何かあったで連絡入る筈だし」
「ちなみに、連絡は?」
「ここまで一回も無し。まあ、向こうも俺にバレていないって思っているんじゃない? やっていることがやっていることだし、俺に連絡できない事情もあるんだけど。バレないように穏便に片付けられるなら片付けたいっていう、イタズラ感覚で取り返しのつかないことをして必死で隠そうとする変に狡賢い小学生みたいなところがある二人だし。じゃあ、宿出て情報収集に行きますか? ということで、お邪魔しましたー」
「まっ、待ってくださいッ!!」
宿の扉を開けてそのまま帰ろうとする無縫とフィーネリアを慌てて看板娘のスノウが呼び止めた。
「俺が言うのもなんですけど、こんな得たいの知れない連中を泊めるのは悪手だと思いますよ。なので、先ほどのお客さんの判断は正しい。……対人間族魔国防衛部隊司令殿の推薦ということで断れなかったんでしょう? だったらここは無かったことにして見逃すのが賢明だと思いますが……何故、呼び止めたんですか?」
感情のない漆黒を湛えた無縫の瞳がスノウに向けられる。
その瞳に一瞬怖気付いたスノウだったが、意を決したようで、口を開いた。
「そっ、そんなことはありません! 宿泊を希望する方であれば、できる限り泊まって頂き快適な時間を過ごし、満足してもらう。それが、宿屋『鳩の止まり木亭』ですから。さっ、先程は申し訳ございません……やっぱり、人間は怖くて。で、でも、こうして嫌な気持ちを抱えたまま帰ってしまうのは間違いだと思います。折角、この宿のことを選んでくださったのですから、その気持ちには応えないと……」
「……無理はしなくていいんですよ」
「無理はしていませんからッ!」
「まあ、そこまで言われてしまったのにここで我を通して帰るのも格好がつきませんし、泊まらせて頂きましょう。信用できないってなったら強制退去命じてもらえば素直に出ていきますので」
スノウの執りなしでなんとか拠点を獲得できた無縫は一先ず三日分の宿泊費用に色をつけて支払った。
ちなみにクリフォート魔族王国で流通している通貨は【悪魔の橋】で人間の国の通貨と交換してもらっている。
当面クリフォート魔族王国で活動できるそどの貨幣を用意できているので、支払いに困ることは無さそうだ。
スノウから二部屋分の鍵を受け取った後、無縫とフィーネリアはそれぞれの部屋に入って中を確認した。
フィーネリアは部屋に持ってきた荷物を置いた後、無縫に少し遅れて食堂の方へと向かう。
「……それで、アンタらの目的は何なんだ? 対人間族魔国防衛部隊司令のお墨付きがあるってことは危険じゃないって判断されたんだろうが」
空いている席に座っていた無縫の対面にフィーネリアが座ると、常連客の一人が無縫達に話しかけてきた。どうやら、先程無縫達を追い出そうとしていた常連客よりも無縫達を排斥しようとする意志が薄そうな客の問いに無縫はほんの少し考える素振りを見せてから答えた。
「当面の目的は魔王陛下への謁見ですね。砦でお会いしたシトラス宰相閣下からはその条件に『頂点への挑戦』への出場を提案されましたので、一先ずは魔王軍幹部と戦って『頂点への挑戦』に出場するための資格を得ようと思っています。後は情報収集ですね」
「情報収集? そいつは、魔王軍幹部や四天王、魔王陛下の弱点を探るとか、そういうのを目的にしたものか?」
「個人的に試練の内容や魔王軍幹部や四天王、魔王陛下のバトルスタイルに関する情報は聞きたくないですね。だって、知っていたらつまらないじゃないですか。どちらかというと為人とか……どういう人で、どういう印象を周囲に抱かれているのか、そういう情報を知りたいですね。後は、この世界の魔族の皆様の考え方とか、歴史とか、人間性とか。そういった情報は判断材料になるので欲しいです。それと……ルーグラン王国に対する印象とか、どういう被害を受けたとか、ピンポイントだとその辺りくらいでしょうか?」
「判断ねぇ……さっきから、なんというか、どこか他人事というか、距離を置いている印象があるというか、そんな感じだったが、アンタらは何者で何を成そうとしているんだ?」
「俺は女神エーデルワイス庇護下のルーグラン王国に召喚され、魔族と戦うことを期待された勇者という奴です。ただ、白花神聖教会の意思にもルーグラン王国の意思にも従うつもりはありません。俺の立場に関しては、これから決めるつもりでいます。俺は大日本皇国というこの世界から見れば異世界にあたる島国の出身で、一応その国の政府機関に属していますから、俺が第一に追求せねばならないものは大日本皇国の利益ということになります。しかし、異世界ジェッソは大日本皇国とは関わりのない世界ですから、人間の味方をすることも魔族の味方をすることも基本的に国益には直接は結びつきません。なので、俺は中立の立場から敵対すべきと判断した相手と戦うつもりでいます。情報を集めたいのも、この世界について全く無知な俺が判断を下すためには判断するだけの材料となる情報が必要だからです。まあ、ここまでの迷宮探索やクリフォート魔族王国を訪れて得られた僅かな情報を総合するに、少なくともここ最近については魔族側は人間側に攻撃を行わず、完全な被害者となっているようですが。最終判断にはまだまだ情報が必要です。……まあ、それとは別に国益という点ではルーグラン王国は大きな罪を犯しています。白花神聖教会やルーグラン王国上層部は『神の使徒として魔族と戦えるという名誉を与えられたのに、何故不服なのか?』などと傲慢な理論を振り翳していますが、結局のところ彼らが行ったのは集団拉致と戦争強要です。これは、大日本皇国の国益を損なう極めて深刻な犯罪。仮に、人間側が完全なる被害者であったとしても、それ相応の報いは受けて頂かなければならないと考えています」
「……まあ、なんというか、よく分かったぜ。少なくとも、今のところアンタらに俺達を害するつもりはないと。そして、判断を下すために情報の収集が必要だということだな。……ところでだ。仮にアンタらが人間側を悪だと判断したとしよう。その場合、大日本皇国とやらの国益を直接損ねてはいない他の人間達についてはどうするつもりなんだ?」
「こちらもしては何もされていないので放置するつもりです。……ただ、これは宰相閣下にもお話ししてはいないのですが、魔族の皆様が信用に足ると判断した時は魔王陛下に同盟を持ち掛けたいと思います。大日本皇国も決して平和な国とは言えません。今回行動を共にしているフィーネリアさんも、ロードガオンという地球を狙う侵略者の一人ですし、他にも大日本皇国にとっての脅威は存在します。そこで、大日本皇国が窮地に陥った際には、我が国の内閣総理大臣……つまり、国家の元首とも相談してからになりますが、クリフォート魔族王国に助けてもらうという条件の同盟を結びたいと考えています。一方的に助けてもらうというのでは不必要……当然、クリフォート魔族王国が危機的状況に陥れば」
「例えば、マールファス連邦やラーシュガルド帝国が戦争を仕掛けてきたら助けてくれるってことだな?」
「そういうことになりますね」
◆ネタ等解説・七十六話
雪女
詳細は「ネタ等解説・四十一話」を参照。本項目はその補足という扱い。
異世界における雪女は妖怪ではなく魔族に括られることが多い(区分は世界ごとに様々であり、魔族の中に妖怪というカテゴリーが存在する場合もある)。
◆キャラクタープロフィール
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・スノウ・アグアニエベ
性別、女。
年齢、九歳。
種族、雪女(魔族)。
誕生日、一月二日。
血液型、A型Rh+。
出生地、クリフォート魔族王国バチカル区画。
一人称、私。
好きなもの、宿屋の仕事。
嫌いなもの、特に無し。
座右の銘、満足してもらえるおもてなし。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、宿屋『鳩の止まり木亭』看板娘。
主格因子、無し。
「宿屋『鳩の止まり木亭』の女将の娘。母のビアンカと二人で宿を切り盛りしている。母思いの頑張り屋で宿屋の中でもその健気な姿から高い人気を誇る」
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