Q.珈琲の知られていない世界で珈琲の存在をあっさりと受け入れ、省庁制が確立されていない世界で無縫が政府の役人だとあっさりと受け入れ、クラス召喚という言葉から学生だと見抜く宰相閣下は一体何者なのか?
【悪魔の橋】を構成する砦の一つ――その中にある会議室にて、無縫とフィーネリアはソファーに座り、机を隔ててシトラスと対面していた。
「飲み物は紅茶でよろしかったでしょうか?」
ルーグラン王国も紅茶文化圏だったが、どうやらクリフォート魔族王国でも紅茶が飲まれているらしい。
「敵対しているのに、似たような文化をしているんだなぁ」なんて思いつつ、無縫は小さな時空の門穴を開いて中からコーヒーカップとドリップコーヒーのパックを取り出した。
「俺のことはお構いなく。フィーネリアさんはどうします?」
「私は紅茶の方が好きだから一杯頂こうかしら? ……って、こういう状況下でご相伴に預かるとかじゃなくて普通に珈琲を持ち込むのね」
珈琲を飲む文化がない魔族の護衛達が怪しげなものを取り出す無縫に警戒を強める……が、シトラスだけは警戒する素振りを見せず、魔法で創り出したお湯が注がれ、ドリップから落ちる珈琲の雫を見守っていた。
「……飲みたいですか?」
「えぇ、是非。しかし、良い香りですね。無縫さんがブレンドされたのですか?」
「えぇ、題して【闇よりなお深い暗黒を湛える地獄よりも熱く苦い無縫ブレンド】です。人を選ぶ味ですが、シャキッと目が覚めるので俺はお気に入りです。ちなみに、マイルドなものから酸味強めのブレンドまで何種類か用意していますが、やはりマイルドなものがお好みですか?」
「いえ、折角なのでそちらと同じものを。それと、私はブラック派なのでそのまま頂ければ大丈夫です」
「――ッ! 宰相閣下! そんな得体の知れない飲み物を飲んで万が一のことがあればッ!」
「口を慎みなさい、オズワルド司令。……それに、彼の珈琲に対する愛は本物なのでしょう。少なくとも、そんな珈琲に毒を盛るような冒涜的行為をするとは思えない」
「へぇ……クリフォート魔族王国にも珈琲を知っている人はいるんだな? 宰相閣下だけみたいだけど……」なんて思いつつ、シトラスのために客人用のコップを取り出し、こちらも心を込めて珈琲を淹れた。
「ふう……この苦さ、癖になりますね。さて、そろそろ本題に入りましょう。こちらがお聞きしたいのは二点。まず、お二人が何者なのか、そして何を目的としてクリフォート魔族王国に赴いたのか、お聞かせ頂けないでしょうか?」
シトラスの問いに無縫は暫し黙考した。オズワルド達は「ここまで来て何をそんなに考えることがあるのだ……」と疑問の視線を向ける。
「さて……どこまで話したものか」
「何をそんなに困ることがあるのかしら?」
「片方はフィーネリアさんのことだよ。本筋に関わらないから、話さないという選択肢もあるんだけど」
「もう既に色々なところで明かしてしまっているし、正直今更隠しても仕方ないような気がするわね。話しても警戒されるだろうし、話さなくても不信感を持たれるし、その辺りは無縫君の采配に任せるわ」
「では、まず俺が何者かについてですね。ちょっとなかなか複雑な立場ですので、皆様にとって分かりやすいところから。皆様は勇者召喚というものをご存知ですか?」
「えぇ、情報は掴んでいます。ルーグラン王国と白花神聖教会が女神の神託に従って異世界から勇者を召喚し、魔族との戦争の切り札にしようとしているという話ですね。……察するに貴方はその勇者であると?」
その瞬間、オズワルド達が一斉に無縫とフィーネリアに武器の切っ先を向けた。
不倶戴天の敵である人間であるというだけに留まらず魔族を脅かす勇者であるという事実は魔族にとって見過ごせないものだ。しかし、シトラスはあろうことかオズワルド達を睨め付けた後、武器を降ろさせた。
「さ、宰相閣下ッ! どういうおつもりなのですか!? 奴らは我ら魔族の仇敵! 何故、そのような奴らの庇い立てをッ!!」
「はぁ……短慮が過ぎますよ、皆様。話はまだ途中ですが。全てを話し終えてから総合的に判断すべきです。それに、もし私達に対して敵対の意思があるなら交渉のテーブルを設けるように持ち掛ける必要もない。正々堂々と砦に来る必要もない。それこそ、騙し討ちをすれば良いのですから。どうぞ、話を続けてください」
「とりあえず、お察しの通り俺達は勇者としてこの世界に召喚されました。本来であれば、俺達と魔族は敵対する関係にあります。……まあ、俺は召喚と同時に手に入れた天職が天職だったので同郷の者達から落伍者扱いされ、ルーグラン王国と白花神聖教会からも冷遇を受けていましたが。迷宮探索の際にはクラスメイトに殺され掛けまして……まあ、ということで世間的には既に死んだことになっている訳です」
「……つまり、人間に対して敵意を持つのは自分も同じ。だから、協力してルーグラン王国と白花神聖教会を滅ぼさないかと……そう提案しているのか?」
「オズワルドさんでしたっけ? 先程から随分と短絡的ですね。そういう内容なら複雑な立場とは言いませんよ。俺にはこの世界に召喚されて押し付けられた勇者という役割以外に元々持っていた立場があります」
無縫はそう言いつつ懐から名刺ケースを取り出して、名刺を一枚シトラスに手渡した。
「俺は地球と呼ばれるこの世界とは違う世界の出身です。本職は勝負師ですが、アルバイトとしてこんな仕事もしています」
「内務省異界特異能力特務課所属、庚澤無縫殿。……お役人ということですか? しかし、先程クラス召喚と仰られていましたが、察するに貴方の身分は学生なのではありませんか? 政府の役人として働くのは厳しい立場だと思いますが」
「まあ、アルバイトなんですけどね。現在の内閣総理大臣……この世界の指標に当て嵌めれば王や皇帝、魔族の場合は魔王の立場と言えば分かりやすいでしょうか? 国家元首を務めている大田原さんが内務省の高官だった当時、現在も内務省高官を務めている内藤さんと共に俺をスカウトしたんです。こちらも色々無茶な要望を言いましたが、お二人は全て叶えてくださいました。その恩に報いるため、一応母国である大日本皇国最後の砦として大日本皇国を危険に晒すありとあらゆるものから国を守っています」
「国防の要……ということですか? なかなか大変なお仕事をされているのですね」
「内務省異界特異能力特務課の仕事内容は国家に不利益を与えるものに対する対処です。現在、大日本皇国は多くの外憂を抱えています。地底世界アンダグラウンドからの地底人の襲来、魔法の世界フェアリマナに棲まう精霊が人間に力を与えることで生まれる魔法少女と呼ばれる存在――彼女達と敵対関係にある邪悪心界ノイズワールドという異界から現れたネガティブエネルギーの集合体であるネガティブノイズの大規模侵攻、通常では認識できない隣り合う世界が存在するもう一つの宇宙のような存在である虚界に浮かぶ星々――特にロードガオンと呼ばれる武装侵略国家による侵略活動。……ここにいるフィーネリアさんも見た目は人間ですが、実際は先程述べたロードガオンからやってきたロードガオン人、侵略者だったりします。まあ、彼女達とはまだ交渉の余地があるためまだマシな部類ですが」
「何故敵対関係にあるロードガオンの方と行動を共にしているのか……それについては聞かない方が良さそうですね」
「本筋には関わらないので説明は省かせて頂きたいです。ただ、彼女にも魔族を害する気持ちはないということだけ理解して頂ければそれで良いかと。……先ほど述べた地底人、ネガティブノイズ、ロードガオン人の他に古来より大日本皇国を脅かしてきた妖怪等の魑魅魍魎――その他ひっくるめて鬼と呼ばれる存在の対処も管轄内ですね。後は後に敵対する可能性があるものが一つ。ただ、それとは別に我々には仕事があります。先程からお見せしている時空の門穴、あれは我が国で起こっているある現象を再現したものになります」
「……先ほどのものは他の空間とを繋ぐゲートのような魔法なのではないでしょうか? そして、無縫殿の祖国――大日本皇国と繋がる世界、その総称に相応しい言葉は異世界、でしょうか?」
「流石は宰相閣下、察しが良くて助かります。まあ、今回のケースのように異世界召喚される場合もありますし、時空の門穴を介して繋がってしまったという場合もありますが、いずれの場合でも政府の人間として俺のやるべきことは変わりません。一つは政府の人間として大日本皇国の国益になるよう行動すること。そして、もう一つが国家に不利益をもたらさないように立ち回ること。……ただ、それとは別に俺は自ら定めた指針があります。どのような立場で異世界で動くかということですね。その指針とは、絶対的な中立です。偏見なく世界の全てを見渡し、その上で最良と思われる選択をする。その世界に対し、魔族と人間の和解が必要であると判断すればそのために東奔西走しましたし、その世界において魔族が絶対的な悪であると判断すれば魔族を根絶やしにしました。勿論、その逆も然りです。……例えば、とある王国が我々の世界から一人の少女を召喚したという事例がありました。その王国は少女に魔族を滅ぼす勇者という使命を押し付け、更には王国と敵対する国々に攻撃するための兵器として運用することも目論見ました。……扱いも散々だったようで、男達の性欲の捌け口にされ、心に深い傷を負っていました。その心の傷は今なお癒されることはなく……きっと今後も彼女を蝕んでいくのでしょう。政府の一員として彼女の父親から依頼を受けた俺はすぐさまその世界の場所を割り出し、彼女を召喚した王国を一夜にして滅ぼしました。……まあ、この話でお分かりになったと思いますが、俺は決して同じ人間だからと手心を加えることは分かりません。……話を戻しましょう。俺のスタンスはこの世界――異世界ジェッソにおいても変わりません。しかし、残念ながら俺には情報が足りなさ過ぎる。なので、判断できる材料を集めたいのが一つ。魔王陛下に謁見したい理由もその一つではありますが、魔族という存在をしっかりと見極めることができたのであれば、もっと踏み込んだお話をさせて頂きたいと思っています」
「なるほど、お話はよく分かりました。……しかし、無縫殿、貴方にすぐ魔王陛下への謁見の機会を用意することはできません。魔族の反発を招くことになるでしょうし、それに、貴方を信頼するには我々も情報が少ない。なので、私から一つ提案をしたいと思います。この国では毎年魔王への挑戦権を賭けた『頂点への挑戦』と呼ばれるものがあります。……魔族は良くも悪くも脳筋気質、強い者には発言権があります。こんな私でも宰相をやれるのは自らの手で強さを示してきたからです。昔は舐められに舐められて話なんて聞いてもらえる状況では無かったのですよ。『頂点への挑戦』に出場するためには、まずその前哨戦となる幹部巡りというものをクリアする必要があります。まずは、人間界でいうところの領主にあたる魔王軍幹部と戦い、その力を示してください。こちらから『頂点への挑戦』の運営には話を通しておきます。……オズワルド司令、お二人を宿泊施設へと案内してください。それと、バチカルの『頂点への挑戦』の受付会場まで案内して、エントリーの仕方を教えてあげてください」
「――ッ!? しっ、しかし、人間の参加など前代未聞! それに――」
「……いいですね?」
「しょ、承知しました!」
「では、よろしくお願いします。私はもう少し視察をしてから魔王城に戻りますので」
「……シトラス宰相閣下、もう少しお待ちいただけないでしょうか? もう一点お願いしたいことがありまして、先日、フィーネリアさんの求めもあって無法都市で奴隷を解放しました。その中には魔族もいます。クリフォート魔族王国への帰国を希望する彼らのことを引き受けてはもらえないでしょうか?」
「……そのお話を交渉の前に持ち出さないあたり、無縫殿、貴方はフェアのお方ですね。勿論、お引き受け致します。同胞をお救いくださったこと、心より感謝申し上げます。とはいえ、ハードルを下げるつもりはありませんのでそのつもりで。オズワルド司令、元奴隷達の保護も頼みましたよ」
「――はっ! 承知しました!!」