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「どこまで助けるのか、手を貸すのか……際限がなくなる。だから頼まれたら手伝うくらいが丁度いいんだよ」というのが庚澤無縫のスタイルである。

 これは至極当たり前のことだが、全く同一の事実を目の当たりにしたとしても、それに対して抱く感想は三者三様となる。


 譬えとして檸檬(レモン)というものを挙げるとしよう。

 この紡錘形の果物に対し、ある者の脳裏には黄色という印象が真っ先に浮かぶかもしれないし、ある者の脳裏には酸っぱいという印象が浮かぶかもしれない。或いは、梶井基次郎の『檸檬』という短編小説が浮かぶかもしれない。

 そういった感想は、それまでその人が生きてきた半生の記憶から生じる場合が多い傾向にあるのではないだろうか?


 それも同時に、この世に存在するものは全て一つの面だけで構成されていない。複数の要素が折り重なって存在している。

 意思を持たない物体であってもそうなのだから、適宜記憶を参照して自己という幻想に囚われ、意識という名の錯覚に陥って行動する人間は言うまでもない。また、実体があるかないかに関わらず、例えば実際に引き起こされた重大な事件にも様々な要素が混ざり合い生じていたりする。


 観測の対象物そのものが有する複雑さと、それを目撃する観測者が抱く十人十色の感想――とある探偵は「真実はいつも一つ!」なんて決め台詞を口にするが、この世は複雑怪奇なもので溢れている。



 ――フィーネリアは激怒した。激しい怒りにワナワナと震えていた。


 エアリスとミゼルカが恐怖と悲しみという感情を向けた異世界アルマニオスのすっかり破壊された環境と現状に、フィーネリアは異世界アルマニオスの原住民達に対する憤りを覚えたのである。


 エアリスとミゼルカは奴隷だった。不自由を強要されて辛い立場にあった。

 だが、それでも彼女達はある意味恵まれていたのかもしれない。汚れていない空気、壊れてない星の環境――その幸せは失わなければ気づくことのできない「当たり前」になってしまっているものだ。


 異世界アルマニオスからはその「当たり前」が失われてしまっている。その幸せを知っている二人は偽物の空と、管理されたコロニーの中しか知らないこの星のほとんどの住民達を哀れに思って同情したし、厄災と称する他にない理解を超えた災害が頻発する星の環境に恐怖を覚えた。

 異世界アルマニオスのような地獄に異世界ジェッソをしてはならないと、そういう覚悟を二人は胸に抱くこととなった。


 だが、生い立ちが変われば感想は変わる。先述の通りである。

 フィーネリア達の暮らすロードガオンは先人達の犠牲の上で成り立ってきた。膨大なワーブルを自由と引き換えに提供する人柱があって初めてフィーネリア達は生きていくことができる。


 最初から、ほんの少しの災害があるとはいえ地上で不自由がほとんどなく暮らせる地球の民は、異世界ジェッソの民は、異世界アルマニオスの民は、フィーネリアにとって途方もなく恵まれた存在なのである。


「本当に……本当にこの星を治す方法はないの!? 貴方達の星でしょう!! やっぱり責任を持って元の環境に治すべきじゃないかしら!! それをダメになったからゴミのように捨てるなんて!! この星は貴方達を育んできた揺籠なのよ! 多くの恵みを与えてくれた場所なのよ! いつ星がなくなるかもしれないと恐怖に怯えずに生きてきて……それなのに……それなのに……」


 事前にフィーネリアはこの星の現状を伝えられていた。

 だけど、あの時はロードガオンをようやく救うことができる糸口が見つかったと、そちらばかりに注目してしまっていた。

 フィーネリアがこの星が置かれている現状と、それに対する異世界アルマニオスの各コロニーに方針を正しく理解したのは、エアリスとミゼルカの二人の口から話を聞いたこの時だったのである。


「……私だって、本当はこの星を治したい。子供達が陽の光の下で暮らせるようにしたい。……でも、できなかったんです。今の技術では星の環境を変えられなかった」


 歯痒さを感じているのはミモザだって同じだ。

 いや、この世界で暮らしてきた分、当事者でないフィーネリア以上に辛い思いを味わってきた筈だ。

 感情的になり過ぎたフィーネリアは、唇を噛んで悲痛な表情をするミモザを視界に捉え……ようやく、自分が身勝手な言葉を口にしていたことを悟った。


「ねぇ……無縫君、なんとかできないのかしら? こんなの……こんなの酷過ぎるわ」


「いや……その。別にこの星の環境を産業大革命以前の状態に戻すことは可能なんだけど」


「「……へぇ!?」」


 フィーネリアとミモザの声が綺麗にシンクロした。

 言葉にしてこそいないが、エアリスとミゼルカ、マリンアクアも衝撃を受けているようだ。表情が変わっていないのは無表情がデフォルトで感情の起伏が乏しいミリアラくらいである。


「無縫君、何故提案しなかったの?」


「……いや、頼まれなかったからね。できるかどうかも聞かれなかったし。基本的に俺は他人の事情にあんまり深入りしない主義なんだよ。際限がなくなるからね。奴隷解放だってそう、世界の数だけ奴隷がいる可能性がある。それを全部救う……まあ、お題目としては素晴らしいかもしれないけどさぁ。無茶が過ぎるでしょう? ……まあ、頼まれて自分にできる範囲ならやるのも吝かではないんだけど、フィーネリアさんはいいの?」


「えっ……それはどういうことかしら?」


 「異世界アルマニオスが救われるのよ! 何が問題なのよ!?」と底抜けにお人好しで、腹芸が苦手なフィーネリアに思わず溜息を吐く無縫。


「契約の内容を忘れたのか? 移住のための船を提供する対価として、移住先の星を提供してもらうって話だ。そこで、移住そのものの話が無くなったらどうなる? 異世界アルマニオス側にロードガオンに移住先を提供する理由が無くなるんだ。当然、契約の話も無かったことになるだろうな」


「――ッ!? それは困るわ!! でもそうね……それが道理よね」


「前から思っていたけど、フィーネリアさんって侵略者向いていないと思うよ。他人に寄り添い過ぎるし、優し過ぎる。それは美徳かもしれないけど、悪い人に騙されるんじゃないか心配になるよね。それと、考えも割と甘くて無鉄砲」


「……弁解の余地がどこにもないわ」


「仕方がないなぁ……ミモザさん。この星の環境を改善して、住みやすい場所に戻そう。その対価としていらなくなった移住先の星を譲渡してもらいたい。これでいいかな?」


「――ッ!! そんなの駄目よ! 無縫君が助けるならお礼は無縫君に支払われるべきだわ!!」


「だから、俺としてはロードガオンから襲撃を受けない状況が望ましいんだよ。大日本皇国の憂いを減らせるなら安いものさ」


「この星で生きていきたいと思っている人は大勢います。……コロニーに移住した人達の中に本心から移住したいと思う人なんてほとんどいないんです。無縫さんが星をかつての姿に戻せると知ったら、創り出した星をお渡しするのは安い対価だと考えると思います。――無縫さんとフィーネリア様がよろしければ、コロニー内で合議をしてから、各コロニーに通達してアルマニオス側の決定を下すという形になりますがよろしいでしょうか?」


「えぇ、私に異議はないわ。……無縫君、ごめんなさい。無理ばかり言って」


「俺も異論はないです。……まあ、でも強いて言うなら謝られるよりも、別の言葉が欲しいかな?」


「そうね。……ありがとう、無縫君!」



 無縫達は一旦マリンアクアとミリアラを地球に送り届けてから異世界ジェッソに戻ってクランチルス公国の周辺で奴隷達を故郷へ帰す活動を続けた。

 砂漠という厳しい土地の性質上、この地で再出発を希望する者は少なく、この地が故郷だった者もほとんどは別の地で再出発することを決めたようだ。生まれ育った集落がきっちり残っていた者達に関してもほとんどが再出発を希望したため、この地で奴隷の数はさほど減らなかった。


 クランチルス公国を巡り終えると、一行はマールファス連邦に戻った。

 ちなみに、マールファス連邦を巡った後にラーシュガルド帝国の各地を回るという予定である。


 マールファス連邦は東方白花正統教会の総本山、ラーシュガルド帝国は傭兵団の元隊長が皇帝となって治める国で、どちらも危険な匂いが漂っているが(ルーグラン王国もバチバチの宗教国家なのでどんぐりの背比べである)、現時点で東方白花正統教会と接触することはなく比較的に平和な時間が流れている。

 マールファス連峰ではルーグラン王国以来久しぶりに多くの奴隷が無縫達の元から去っていった。


 六万人ほどいた奴隷も四万近くになっている。

 事前調査によればラーシュガルド帝国では上手く事が運べば一万人近く離脱する予定なので、残りは二万から三万。

 まだまだ多いものの、七万人オーバーというスタートから考えれば随分と減ったものである。


 ちなみにこの数は八千人弱の魔族に区分される者達も含めた数だ。南半球にある魔族領で彼らが全員離脱すれば一万台も見えてくる。

 ……しかし、逆に言えばこれだけ旅をして一万人弱がまだ残っているということである。


 無法都市を出発して、三週間ほどが経過しようとしている。

 異世界ジェッソでの旅にあまり時間を掛けたくない無縫としては、そろそろ魔王領に入りたいところである。……まあ、なかなかそう思い通りにはいかないのだが。


 この間、何も動きが無かったという訳ではない。

 まず、奴隷達について。地球でホテル暮らしをしている未だに今後の方針を決めかねている者達を一つ所に集めて今後の指針を決める参考にしてもらおうと小さな会が催された。


 主催者は内務省異界特異能力特務課参事官補佐のリリス=マイノーグラだ。彼女を含め、内務省関係者が何人か登壇したようである。

 魔族という長年人間と敵対してきた存在に、最初は敵意や害意を向けた元奴隷達だったが、エアリスとミゼルカのように徐々にだが彼女達が親身になって元奴隷達のことを考えてくれていることが分かると態度を少しずつ軟化していったらしい。


 リリス達は地球で生きるという新たな道を提示した。その一つの道として内務省就職の道も提案したようである。

 実際に、リリスの部下には異世界人も大勢いる。先達がいるというのはなかなか心強いことだ。


 勿論、良いことばかりではないことも赤裸々に語っている。それを全部ひっくるめて好意的に受け取られ、内務省への入庁希望者や地球への移住希望者も出てきているようだ。

 この分も含めれば、今後の方針を決めかねている奴隷の数もかなり減った言えるかもしれない。……まあ、エアリスとミゼルカも含め、まだまだ方針を決めかねている者は多いのが現状だが。


 四週間が経過する頃にはマールファス連峰でやるべきことを終えてラーシュガルド帝国に入った。

 また、マールファス連峰を南北に貫く峡谷――クラック峡谷と、ラーシュガルド帝国の辺境にある火山帯――ロズワード大火山についても無事に探索を終えており、迷宮の入り口を発見している。


 鬼斬機関が希望者の中から選抜した鬼斬達、陰陽寮が厳選を重ねた新米陰陽師達の人選も完了し、科学戦隊ライズ=サンレンジャーからも良い返事をもらえている。

 ドルグエス達の迷宮探索の再会の瞬間もかなり間近に迫っているようだ。

◆ネタ等解説・六十七話

日比谷公園

 東京都千代田区に所在する公園、および同公園を町域とする千代田区の町名。前身は大日本帝国陸軍近衛師団練兵場。

 日本初の近代的洋風公園。

 東京都建設局が所管する都立公園であり、東京都公園協会に管理を委託している。景観法の景観重要公共施設に指定されている。


在原氏

 「在原」を氏の名とする皇別氏族。氏姓は在原朝臣。

 平城天皇皇子の阿保親王・高岳親王が臣籍降下したことに興る。

 一般に知られるのは阿保親王流で、賜姓に与った行平・業平兄弟の子孫が栄えた。


管狐

 日本の伝承における憑き物の一種。

 長野県・静岡県・愛知県など中部地方、更には関東地方南部、東北地方などの一部にも伝承がある。

 関東の一部では同様のオサキ伝承が知られる。別名に飯綱というものもある。


サーターアンダギー

 サーターアンダーギーとも。

 沖縄県の揚げ菓子の一種。首里の言葉で、サーターは砂糖、アンダーギーは「油で揚げたもの」を意味する。

 その名の通り砂糖を使用した生地を用いる球状の揚げ菓子、ドーナツの一種である。

 縁起の良い菓子とされ、結婚式など祝い事でも振る舞われる。


科学戦隊ライズ=サンレンジャー

 健速氏のライトノベル『六畳間の侵略者!?』に登場する太陽部隊サンレンジャーから着想を得ている。というより、地底人勢力とそれに敵対する者達の着想そのものが『六畳間の侵略者!?』から得られたものであると言った方が正しい。

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