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四大領主の一角レーネ家の次期当主であるフィーネリアは大切な家族と領民を守るための最良の道を模索する。――それが、例えロードガオン政府と敵対する道であったとしても。

 フィーネリア=レーネはロードガオンを統べる四大領主の一角に数えられるレーネ家の長姉として生を受けた。


 四大領主の中で最も領民との距離感が近いと言われるレーネ家の教育の賜物なのか、或いは本人の気質なのか、フィーネリアは幼少の頃より領民達とも隔てなく接してきた。

 そんなフィーネリアにとってレーネ領の領民達は第二の家族と呼ぶべき存在である。


 秋の実りの時期には領民と共に収穫を楽しみ、春の種蒔きの時期には「今年も良い実りになりますように」と願いつつ、領民達と共に種を蒔く。

 そんな平穏な時が、フィーネリアの代になっても続いていくのだと、幼い日のフィーネリアは信じて疑わなかった。


 しかし、幸せの時はそう長くは続かなかった。

 ロードガオンの星の寿命が近づいてきたのである。


 ロードガオンの母星はワーブルによって構成されている。膨大なワーブルを有する者達が人柱となり、母星を支えることになる。

 レーネ家は否定的であったが、四大領主の主流は虚界に浮かぶ他の星に侵攻して、その星の強いワーブルを持つ者達を拉致して星を維持するエネルギー源とするという方法が主流となっていた。

 勿論、それほどの強い戦力を捕獲できる可能性はロードガオンといえども高いとはいえない。多くは各領主が従えているロードガオンの属国から星を維持するための人柱を見繕ったり、身内の中からワーブルの強い人物を選んだりといった方法で母星の維持者が選ばれることになる。


 そして、母星を構成するワーブルを死ぬまで提供し続ける人柱を提供した者が時代の覇権を握ることになるのである。


 領民を差し出すことも、レーネ家の属国となっている星の民を差し出すことも良しとせず、かといって、自分達の中からもロードガオンの星を維持するための生贄を出したくない。

 そう考えたレーネ家当主――つまり、フィーネリアの父親は時代の覇権を握ることを潔く諦めていち早くこの争いから降りた。


 しかし、四大領主の中で最大派閥のヴェルンナルス家と他の二家――ランバネルス家とシュトラノム家はレーネ家のように覇権争いから降りることはせず、ある家は他の星への侵攻の頻度を上げ、またある家は属国から優秀なワーブル保有者を生贄に出させ、またある家は膨大なワーブルを保有する三女を呆気なく差し出した。


 だが、ここで誰一人として予想していなかったことが起きる。

 ロードガオンの属国の一つであるノートリと呼ばれる星で『神童』と呼ばれていた少年をノートリに生贄として差し出させていたランバネルス家が突如として壊滅の憂き目にあったのである。


 ランバネルス家の一族を虐殺した『神童』ヴァッドルード=エドワリオは残る三つの家に宣戦布告。

 ランバネルス家の壊滅を間近で見てヴァッドルードの力を恐れた残る三つの家はあっさりとヴァッドルードに降伏し、四大領主によるロードガオンの統治はこの日をもって終わりを迎えたのだ。


 ヴァッドルードはロードガオンの長期的な維持が困難であると判断し、ワーブルに依存しない星を征服、その星に移住するという方針を打ち出すと共に独立国家ロードガオンの君主となった。

 領民達も家族も星のための生贄にはしたくないと考えていたフィーネリア達レーネ家はこれを支持した。


 そして、レーネ領の民達と家族を守るために移住先となる新たな星を手に入れる一助となりたいと決意したフィーネリアは家族の反対を押し切ってロードガオンの侵略部隊の一員になることを志願。

 その後、フィーネリアはワーブルの保有量の多さとレーネ家の次期当主であるということが加味され、一つの侵略部隊の隊長を任されることになり、現在に至るという訳である。



「……ロードガオンと袂を分かつ」


 それは、フィーネリアがずっと目を背けてきた可能性だった。

 フィーネリアは確かに侵略者である。しかし、侵略先から全てを奪い取って侵略先を乗っ取りたい訳ではない。


 ロードガオンの置かれている現状を知ってもらい、移住できるだけの土地を分けてもらい、良き隣人として同じ星で現地の民とロードガオンが手を取り合えるようにする。

 とても侵略軍の指揮官が考えたとは到底思えない、頭の中お花畑で平和ボケしたように人間が考えたとしか思えない無茶苦茶な方針であるが、フィーネリアは決して不可能なことではないと信じ切っていた。


 武力をチラつかせた侵略行為を行っているのも、相手を自分達の有利な条件で交渉のテーブルにつけさせたいからであって、フィーネリア自身は暴力による征服を望んでいる訳ではないのだ。


 だが、ロードガオンの本国の方針はフィーネリアと同じだろうか? フィーネリアがただそうだと信じたかっただけではないのだろうか?

 レーネ家以外の四大領主は、属国の民を奴隷のように扱っていた。ロードガオンや、他の虚界の星々では寧ろ、四大領主達のやり方の方が主流であり、レーネ家の方針の方が異端なのである。


 ――しかし、それでも住む星さえ手に入る目処が経てば侵略行為をする必要は無くなるのではないか。


 フィーネリアは現地民を奴隷とすることは然程重要ではなく、侵略の結果として現地の民が奴隷になることはあっても、奴隷を手に入れることそのものが重要視される可能性は低いと考えていた。

 しかし、無縫を含めフィーネリア以外の全員が「新たに住む星を提供されたところでロードガオンが侵略行為を終了する可能性は低い」と考えているらしい。


「そうね……私にとって一番大切なものはレーネ領のみんなだわ。家族や領民が暮らしに困らないように……犠牲にならないように私はロードガオンの侵略軍に所属し、独立国家ロードガオン地球担当第一部隊隊長になったの。……だから、もし、ロードガオンが破滅の道を進むなら、私はレーネ領を守るためにロードガオンと袂を分つ。……それに、私は思うのよ。それが、レーネ領だけではなくロードガオン全体を本当の意味で守ることにも繋がるんだって。レーネ領の領民だけじゃない、ミリアラさんも、マリンアクアさんも、地球担当第一部隊のみんなも私にとって大切な存在だわ。そんなみんなをくだらない戦争で傷つけてなるものですか!」


「まあ、フィーネリアさんならそういうと思っていたよ。とはいえ、あくまでロードガオンが俺達の提案する人口惑星への移住を拒否して侵攻を続けた場合の話だ。その時はその時、内藤さん達とも話し合って最悪の場合は亡命ができるように準備だけ進めておくよ」


「その準備が無駄になってくれることを祈る他ないわね」


 「まあ、ロードガオンがここで侵略を諦めて妥協案にしか見えない提案を受け入れるとは考えにくいんだけどね」とは思っても言葉にはしない無縫である。


「では、ロードガオン政府がどのような方針を取るかに拘らず技術提供をして頂けるということでよろしいでしょうか?」


「えぇ、勿論よ。レーネ家の次期当主の言葉に二言はないわ」


「俺、庚澤無縫も立会人としてフィーネリアさんの言葉を確かに聞き届けました。……まあ、万が一何かがあった場合は俺が責任を取りますので」


「……悪いわね、無縫君」


「俺としては、大日本皇国を脅かす面倒ごとが減ってくれることに越したことはないので」


「無縫殿らしいな。……まあ、儂個人は仲介した無縫殿に責任を取ってもらう必要はないと思っておる。交渉相手の本質を見抜けなかった儂らの責任じゃからな」


「後はこちらの頑張り次第ですね。先述の通り、惑星創造は複数のコロニーの術者が共同で行う大規模魔法となります。他のコロニーと意見を擦り合わせて最終決定を下す必要がありますので、返答は少し待っていただけないでしょうか? それと、プレゼンに使う参考資料を頂けると助かります。資料があれば交渉も楽に進められますから」


 マリンアクアがフィーネリアに頼まれて予め用意しておいた資料をミモザに手渡したところでロードガオンとミトラシスコロニーの第一回会議は終了となった。



 会議が終わった後、アルエットとナガファスは早々に応接室を去っていった。

 ミトラシスコロニー側の人間で一人残ったミモザは呼び寄せた部下に資料を手渡すと共にお茶とお茶菓子のお代わりを持ってくるように命じる。


 本来であれば、ミモザの上司でありミトラシスコロニーのトップであるローヴマルクが一人残って応接室でホストとして無縫達への対応をして、秘書室長であるミモザが部下と共にお茶やお茶菓子の準備などをするべきなのだが、そのローヴマルクが失踪しているため、致し方なくミモザがホスト役を引き受けて部屋に残ったという形である。

 それを察しているミモザの部下は苦労人の上司に労りの言葉を掛けてから資料を持って応接室から出ていった。


 当初、会議を終えた無縫達は即座に異世界アルマニオスを去るつもりでいた。

 無縫と連絡を取れる手段はミトラシスコロニー側も保有しているため、結果が出るまでこの地に留まる必要は無い。そのため、当初の無縫は会議の終了後にエアリスとミゼルカと合流して即座に異世界ジェッソに戻ろうとしていたのだが……。


 その肝心のエアリスとミゼルカが未だに戻ってきていないのである。どうやら、施設見学だけでなくコロニーの外まで見学しているらしく、戻ってくるにはもう暫く掛かるらしい。

 会議が終わった時点でエアリス達は住民階層(パブリックフェーズ)の見学を終えて外の世界に足を踏み入れていたらしい。


 もう少し早く終われば行き違いにならずに済んだのだが、後の祭りである。

 外の世界は広い――エアリス達が戻ってくるまでまだまだ時間は掛かるだろうと無縫は思っていたのだが……。


 エアリスとミゼルカは無縫が想定していたよりも早く戻ってきた。

 その表情は異世界の魔族達に怯えていた異世界アルマニオスに到着直後の二人よりも更に悪くなっている。

 すっかり血の気が引いた顔になってしまった二人の変わり様に人一倍人の心の機微に敏感かフィーネリアが何も思わない筈もなく。


「一体何があったの!? まさか、何か酷いことをされたの!?」


「ちっ、違うんです。……コロニーの皆様は私達に優しくしてくださいました。……この星の外の世界が恐ろしくて、そんな世界で生きていかなければならない人々がいることを考えると悲しくなってきて」


「私達が本当はとても恵まれていたんだなと思うの……本当に申し訳ない気持ちになってきて」


 イマイチ二人の言葉の意味が分かっていないフィーネリア達にエアリスとミゼルカは見聞きしてきた異世界アルマニオスの現状を悲壮な面持ちで語った。

◆ネタ等解説・六十六話

梶井基次郎の『檸檬』

 梶井基次郎は三十一歳の若さで肺結核で没した詩人、小説家。『測量船』などで有名な三好達治など多くの文豪に影響を与えている。代表作は『櫻の樹の下には』など。

 『檸檬』も彼の代表作の一つ。「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた」という書き出しはあまりにも有名である。また、檸檬を丸善を吹き飛ばす爆弾に見立てるという鮮やかかつ、衝撃的な「私」の想像に驚愕した経験がある読者も大勢いるかもしれない。

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