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かつての異世界アルマニオスでは、異世界ジェッソ以上に混沌とした種族間戦争が続いていたようだ。

 第三研究室で反重力実験の様子を見学したエアリスとミゼルカは、その後、アルシラと共に研究室を後にした。

 ここまでのやり取りでアルシラに二人への敵意や害意がないことを察していたミゼルカ達だったが、研究室を出た今も二人の態度はどこかぎこちない。


「……お二人は私達のことが恐ろしいのですか?」


 そんな態度を察したのか、次の研究室へと赴く道中でアルシラがずっと感じていた思いを言語化した。


「無縫さんによると私の種族――ダークエルフは亜人種族や魔族に区分されるかは別として、あまり人間と良好な関係を築けていないことが多いと聞きます。私はその時代を知りませんが、この世界でも人間とエルフ族に代表される亜人種族、魔族の間で長きにわたる戦争があったようです。魔獣と呼ばれる意思疎通の測れない人間、亜人種族、魔族の共通の敵の存在や、それぞれの種族を束ねる存在の不在……人間の場合は諸国が乱立する状態だったようですし、亜人種族も個々の種族でコミュニティを形成していたようですし、魔族にも他の世界で魔王と呼ばれるような統率者がいませんでした。勇者と魔王が雌雄を決するなんて、分かりやすい図式で平和を手に入れることはできず、血で血を洗う争いが続いていたようです」


 アルシラは一千年戦争と呼ばれた暗黒時代を経験していない若い世代に生まれた。そのため、人間や亜人種族、魔族が争っていたという時代を歴史書でしか知らない。

 彼女が生まれた時代には既に空は猛毒の霧で薄緑に染まり、海は毒が溶け出した真っ赤に染まり、魔力の過剰使用による龍脈(レイライン)の暴走によって地震や異常気象が頻発し、地獄のような環境が出来上がってしまっていた。


 青い空も綺麗な海も知らない、陽の下に素肌を晒した経験もない。

 日々、他の種族達や魔獣達に怯える戦争時代と、過剰な文明発展の代償として星がボロボロになってしまった現代――そのどちらが幸せかという問いの答えは各々に委ねられるものだ。答えなど出る筈が無い。


 しかし、その時代に生まれてしまった以上は前を向いて生きるしかないのだ。過去に先人達が起こしてしまった過ちを受け入れ、アルシラ達は次の世代にバトンを繋いでいかなければならない。


「戦争の終結には、人間、亜人種族、魔族の枠を超えて多くの若者達が力を尽くしたと聞いています。しかし、順調に事が運んだ訳ではありません。それぞれの種族の憎しみは深かった……彼らの言葉に耳を傾ける者などほとんどいなかったそうです。彼らの同志の多くは孤立し、裏切り者として命を狙われる者も少なくは無かったそうです。……しかし、彼らはそれでも諦めなかった。次の時代に憎しみを繋いではならないと、その一心で遂には全種族が一堂に会するアルマファス会談に漕ぎ着けます。憎しみあっていた者達もこれを契機に少しずつ偏見を取り去るように努力し、憎しみを後世に伝えないように努力し、そして、その結果として産業大革命時代が訪れ、この世界は高い発展を遂げることとなりました」


 当然、産業大革命時代は後の時代に大きな負債を残すことになるため、その全てを肯定することはできない。

 しかし、争いを終えるための並々ならぬ努力があったがあったこそ、今の時代があるというのは確かである。


「無縫さんは恐ろしく強いです。彼の干渉で多くの世界で争いは終結を迎えたと聞きます。たった一人で争いを終わらせてしまう力は、彼を『英雄』と呼ぶに相応しいものでしょう。なかなかできることではないと思います。……ですが、私は思うのです。大きな力によって強制的に何かを強いることは、いつか大きな反発を生むと。真に重要なのは、一人一人が偏見を取り去って歩み寄ること……無縫さんのもたらすものはあくまで交渉のテーブルに着かせる切っ掛けに過ぎず、その作ってくださった機会をどう活かすかどうかが重要になってくるのです。……とはいえ、全ての種族が仲良くするのは道徳的には正しいことではあるかもしれませんが、それがその世界に暮らす者達が望むものでなければ意味はありません。お二人の暮らす世界の未来は、お二人の暮らす世界で決めるべきこと。私はどうするべきだとごちゃごちゃ述べるつもりはありませんわ。だけど、これだけは覚えておいてもらいたいのです。私にも、他のこの世界の住民にもお二人を害する気持ちはないと」


 エアリスとミゼルカは、彼女達人間は長きにわたって魔族の手によって苦しめられてきた。

 しかし、その事実と異世界の亜人種族――ダークエルフであるアルシラは本質的には無関係だ。


 二人はほとんど無意識でアルシラ達に向けていた偏見を恥じ、見ず知らずの相手である筈の二人に対して献身的に接してくれるアルシラの優しさを受け入れ、少しずつ歩み寄る努力を始めるのだった。



 研究階層(ラボフェーズ)のほとんどの施設を巡り終える頃にはエアリスとミゼルカもアルシラとかなり打ち解け、すれ違った様々な種族の科学者達とも挨拶をできるくらいには余裕が出てきた。

 アルシラの権限で入ることができる研究室を全て回り終えた後、三人は研究階層(ラボフェーズ)内の食堂で食事を摂った。


 見慣れない異世界の食事に困惑しつつも二人が食事を終えた頃、アルシラ達は重要な会議が行われている応接室の方へと向かったが、応接室を守護する科学衛兵曰く、「会議はもう暫く掛かりそうだ」ということで、アルシラ達は予定通り住民階層(パブリックフェーズ)を見に行くことになった。


 研究階層(ラボフェーズ)の中には四つほど住民階層(パブリックフェーズ)へと繋がる階段がある。そのうちの一つを降りていくと、突然視界が開けた。

 これまでの薄暗い通路と階段から一変し、そこには地下にも関わらず青い空が広がっていた。下の方へと視線を向けると、そこには無数の建物が乱立している。


「ここって地下、ですよね?」


「その通りです。実際は暗くてジメジメとした場所なのですよ。ですが、強力な空調で大気を調整して新鮮な空気を循環させていますし、水分量なども適切にコントロールされています。空は巨大なプロジェクターになっていて、時間と連動して朝から昼、昼から夜、夜から朝へと明るさと色が変わっていきます。今の時代を生きるほとんどの人にとって、この仮初の空こそが唯一知る空の姿なのです。私は研究者になって初めて、本当の空を、汚れた自然を目にしました」


 エアリスとミゼルカが当たり前の様に享受しているものが、別の世界では決して当たり前ではない。

 先人達が残した負債を背負わされ、今を生きるこの世界の住人達に二人は同情すると共に、自分達の当たり前だと思ってきたものの素晴らしいさに気づかされることとなった。


 街はとても賑やかだった。苦しい時代に生まれながらも、決してそれを悲観することなく、子供達は種族関係なく隔てなく交流し、楽しそうにしている。

 そんな子供達を見守る親達もとても楽しそうだ。


「とても良い街だと思いますわ」


「大変な思いをしているのに……悲壮感がない。未来に向かって楽しく生き抜こうとしている、そんな気持ちが伝わってくるわ」


「お二人とも、ありがとうございます。……でも、それもあくまで仮初のものなのです。各地にはこのようなコロニーがいくつもあります。そんなコロニーのいくつかは地殻変動や異常気象などに耐えられずに崩壊の憂き目に遭いました。この街の笑顔を守るためにも、この星からの脱出は急務なのです」


「……それほど、この星は危険なのですね」


「……もし、お二人が良ければですが、最後に見て頂きたいものがあります。ほんの少し危険な場所ですが、装備があれば大丈夫な筈です。お二人にはこの世界の現状を正しく知ってもらいたい……そして、このような過ちをお二人の世界で犯して欲しくないのです」


 アルシラの提案に、二人も小さく首肯して同意する。

 コロニーの内部を巡り、異常気象や大気汚染、地殻変動と戦い続けながらも笑顔で前を向いて生きている人々を何人も目にしてきた。しかし、これがこの星の全てではない。

 ここまで見てきた二人には、この星の全てを――この世界の人々を悩ませる暗黒面を見なければならない義務があると感じていた。


 住民階層(パブリックフェーズ)から研究階層(ラボフェーズ)へと戻ったアルシラ達は研究階層(ラボフェーズ)の一角にある「外界探索装備保管室」へと赴く。

 部屋の外には二人の科学衛兵の姿があった。外界探索装備は貴重な備品のため、常時二人以上の科学衛兵が見張っており、勝手に持ち出すことができないようになっている。……そんな状況下でも平然と科学衛兵達に気づかれないように外界探索装備を持ち出せるローヴマルクは一体何者なのだろうか?


「おう、アルシラの嬢ちゃん。今日は非番だったよな?」


 アルシラ達に気づいたドワーフ族の科学衛兵がアルシラに声を掛けてきた。

 その隣の純魔族の科学衛兵も、非番の筈のアルシラが「外界探索装備保管室」にやってきたことに疑問を覚えたのか、ほんの僅かだが警戒意識を高めている。


「今丁度無縫さん達が来ていまして、会議の間にお客様を案内することになったのです。住民階層(パブリックフェーズ)研究階層(ラボフェーズ)も見て回りましたし、後は外を見てもらおうかと」


「……ちなみに、許可は?」


「とってません!」


「はぁ……だと思いましたよ。変な時だけ抜けていますよね、アルシラさんって。まあ、無縫さんの関係者なら大丈夫でしょうから、こちらで処理はしておきますが」


 ふうっと溜息を吐いてから純魔族の科学衛兵が二人の方へとやってきて、鋭い眼光でエアリスとミゼルカを睨め付けた。


「いいですか? 外では不測の事態が起きるかもしれません。それに安全とは言い難い場所です。覚悟をもって臨むこと……そして、絶対に生きて戻ってくること。お約束頂けますね?」


 エアリスとミゼルカはほとんど同時に息を呑んだ。

 決して科学衛兵の眼光に恐れを成した訳ではない。寧ろ、科学衛兵達の言葉には厳しいながらも二人のことを気遣う優しさが含まれていた。


 二人が恐れを成したのは、これから向かう場所が本当に危険であるという事実を改めて突きつけられたからである。

 しかし、それでも行かなくてはならない。


「「必ず生きて戻ってきます」」


「よろしい。では、アルシラさん、くれぐれも無茶はしないようによろしくお願いします」

◆ネタ等解説・六十四話

種の方舟計画

 元ネタは旧約聖書の『創世記』に登場する、大洪水に纏わる主人公ノアとその家族、多種の動物を乗せた方舟である。

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