異世界アルマニオスはファンタジーな世界観の異世界ではなくSFチックな世界観の異世界のようだ。星の重力の束縛から宇宙船を解放するための反重力に関する研究も意欲的に行われているらしい。
フィーネリアが保有するマンションの一つ、「ザ・レジデンス・ルミエーラ」の管理人室にて――。
一度異世界ジェッソに戻ってからフィーネリア、エアリス、ミゼルカを伴って時空の門穴を開いて地球に戻って来た無縫は管理人室で無縫達の到着を待っていたミリアラとマリンアクアと合流した。
黒みかかった赤い髪をショートボブにした、赤い瞳を持つ表情の変化が乏しい美しい系の美女と、腰まで届くほどの水色の髪をハーフアップツイーンに纏めた淡い水色の瞳を持つおっとり系美女という対照的な二人に、ドルグエスのような異形との対面を想定していたエアリスとミゼルカは揃って胸を撫で下ろした。
「あら? そちらの方達はどなたかしら?」
「金髪に碧眼の女性がエアリスさん。赤髪に灰色の瞳を持っている女性がミゼルカさん。二人とも異世界ジェッソで無法都市という地域を訪れた際にフィーネリアさんの頼みで助けた元奴隷だよ。色々あって、今回の旅に同行してもらうことになった」
「フィーネリアさんらしい提案ね。初めまして、エアリスさんとミゼルカさん。私はマリンアクア、困ったことがあればいつでも言ってね。力になるわ」
「初めまして、ミリアラよ。フィーネリアさんの副官をしているわ。ボスが決めたことに従うのが補佐の務め。困ったことがあればいいなさい、力を貸すわ」
「さて、挨拶も終わったことだし、早速目的地に行こうか……とその前に、二つほど。まず、マリンアクアさん、頼んでいたものって用意できている?」
「えぇ、勿論よ。ロードガオン本国と行き来するマザーシップ……は流石に持ち出せないから、小型船と、後は設計図を用意してきたわ」
「技術者のマリンアクアさんと、独立国家ロードガオン地球担当第一部隊の備品管理を担当しているミリアラさんがいれば交渉は多分なんとかなると思います。……では、もう一つの方を」
そういって、無縫が時空の門穴から取り出したのは一部がくり抜かれて小さなドーナツ型の機械と溶接された無数の透明な丸い球体だった。
宇宙服のヘルメットを彷彿とさせる怪しげな物体に、そもそも宇宙服を見たことがない異世界人のエアリスとミゼルカだけでなくフィーネリア、ミリアラ、マリンアクアまでもが揃って首を傾げた。
「……それは、一体何なのかしら?」
「見ての通り頭に被るヘルメットだよ。これから行く世界は大気汚染も深刻でね。十分ほど空気を吸えば人間も魔族も魔物も魔獣も等しく死ぬ羽目になる。……まあ、転移先は研究施設で空調も完璧だし、このヘルメットの出番はないと思うけど、一応ね。仕組みはヘルメット外部から取り込んだ空気から有害物質を除去、害のない空気のみを取り込むという構造だよ」
「話には聞いていたけど、そんなに危険な状態の世界なのね」
「まあ、原住民達が星の再生を諦めて他の星への移住を検討するくらいには深刻だよ。それじゃあ、行こうか?」
無縫はヘルメットを全員に手渡してから時空の門穴を開く。
無縫を先頭に時空の門穴を潜っていくと、そこには白銀色な世界が広がっていた。
時空の門穴を開いた場所はどうやら廊下のようだ。銀色の扉が左右に均等に配置されており、長い廊下にはエアリス達にも馴染み深い人間の他に、エルフやドワーフ、獣人族に純魔族――異世界ジェッソにおいては魔族という大きな括りに含まれる者達が疎らに行き来している。
そのほとんどが純白の衣類――白衣を纏っていた。地球での暮らしの長いフィーネリア達は彼らが科学者のような存在なのではないかと察していたが、白衣に馴染みがないエアリスとミゼルカは統一性のある服装だとしか分からなかった。
しかし、彼女達にとっては人間と魔族が敵対することなく統一感のある服装をして同じ施設の中にいるというだけで軽いカルチャーショックである。
「あれ? 無縫さんじゃないですか?」
無縫の姿を見つけた一人の研究員が無縫の方へと駆け寄ってくる。
浅黒い肌に長い耳――エアリス達の知識ではダークエルフと区分される魔族の一種だ。
「久しぶりだな、アルシラさん。彼女は異世界アルマニオスのミトラシスコロニー、研究階層に置かれた宇宙移住技術研究局のレベル二の権限を持つ研究者だ」
「彼女達は……無縫さんの同郷の方達ですか?」
「いや、地球に侵略を仕掛けてきているロードガオンの幹部達と、後は異世界で出会った見学希望者二名だ。研究局長殿から頼まれていた依頼の件で目処が立ったから、技術を持っている人達を連れて来たってことだな」
無縫からフィーネリア達の紹介を受けたアルシラの表情がほんの少しだけ険しくなる。
フィーネリア達は無縫の説明でアルシラがフィーネリア達のことを危険視したのではないかと危惧の念を抱いたのだが……。
「非常に申し上げにくいのですが……局長は今行方不明でして」
「行方不明!? って大丈夫なの!? 一大事じゃない!!」
「いやぁ、よくあるんですよ。うちの局長、自称デスクワークが蕁麻疹が出るくらい大嫌いなのですが、局長って組織のトップですから当然決済しないといけない書類とかも多いんですよ。ミモザさん……えっと、局長の秘書室長も手枷足枷付けて席に鎖で縛り付けて執務をさせているんですが、毎回目を話した隙に消えていまして。……本当にいつ帰ってくるのか。――ッ! 私の進めているプロジェクトにも局長の捺印が必要な書類があるんですよ! それなのに、それなのに!! ……ゴホン、取り乱してしまいました」
「……相変わらずですね、ローヴマルク局長も。まあ、局長いなくてもミモザさんもいますし、アルエットさんとナガファス翁もいらっしゃいますし、多分大丈夫でしょう?」
手枷足枷をつけた上に椅子に鎖で縛り付けられるという散々な扱いを局長が受けているという事実を平然と受けている無縫とアルシラに驚くエアリス、ミゼルカ、フィーネリア、マリンアクアの四人と、それほど雁字搦めにされながらも平然と脱出しているローヴマルクに驚くミリアラ。
同じ驚きでも全く異なるところに着目しているのが面白いところである。
「さて……エアリスさん、ミゼルカさん、二人はこれからどうする? これからフィーネリアさん達と宇宙移住技術研究局の高官、先程話題に出た秘書室長のミモザさんと、副局長のアルエットさん、工務統括のナガファス翁と会談をしてくるから、その会談を聞くのも手だけど、正直そんなに楽しめる余地は無さそうだからね。寧ろ見聞を広めるなら、研究階層や地下にある住民階層を見て回る方が楽しめると思うよ。アルシラさんは、四段階あるセキュリティレベルの中でレベル二クラスの研究に携わることを許された研究者だからね。大抵の場所には入れるから」
「確かに私の権限で入れないのは、本当に機密な部分や局長室のような特別な部屋くらいですからね。見学をするのであればご案内しますよ。丁度今日はお昼からお休みの予定でしたから」
因縁の敵であり、恐怖の対象である魔族の一種であるダークエルフと三人だけで勝手を知らない異世界を歩くというのはエアリスもミゼルカも恐ろしかった。
だが、流石に二人もここまでの会話でアルシラというダークエルフに二人に対する敵意や害意がないことくらい伝わっている。
無縫もアルシラになら安心して任せられると判断したのだろう。流石にアルシラの善意を無碍にする訳にもいかず、エアリスとミゼルカはアルシラと共にミトラシスコロニーを見学することになった。
◆
無縫達と分かれたエアリスとミゼルカがまず最初に案内されたのはアルシラの職場である第三研究室だった。
大きく二つに分かれた部屋で、片方の部屋では無数の机と椅子が規則正しく置かれて様々な種族の者達が一様にデスクに向かってエアリス達の知らない怪しげな金属製の物体――コンピュータに文字を打ち込んでいる。
一方、分厚いガラスを一枚挟んで反対側の部屋は実験を行う部屋となっており、中心には丸い舞台のようなものがあった。その舞台に向かって複数の白衣を纏った男女が掌を突き出し、魔力を練り上げている。
「ここは私の職場で反重力を研究している部署となります」
「……反重力、ですか?」
「エアリスさん、ミゼルカさん、お二人ともご存知ない概念でしたか? では、まずは重力というものについて説明致しましょう。重力とは物体が他の物体に引き寄せられる現象です。例えば、そうですね。私が今持っているペン、この状態で手を離すとどうなると思いますか?」
「地面に落ちる……でしょうか?」
「その通りです、ミゼルカさん。まあ、これは簡単な話ですよね。まあ、正しくは惑星上で物体が地面に近寄っていく現象や、それを引き起こすとされる力のことを指しますし、物体が他の物体に引き寄せられる現象を指す言葉でもありますし、その物体の質量によって生じる時空の歪みが他の物体を引き寄せる作用のことを指す言葉でもあります。……なかなか難しい概念ですよね。その重力に対し、反重力とは重力に反する概念を指す言葉です。引力に対する斥力みたいなものですね。重力の効果を弱めたり消し去ってしまうというアプローチや、重力の作用に反する斥力を生じさせるというアプローチなど様々な方法が取られています。この研究施設ではこの星から脱出されている研究が盛んに行われています。宇宙に脱出するための船――その機能の一つとして星の重力の束縛から解放する技術の開発が急務なのです。重要な研究に携われていること、私を含めここにいる研究員の誰もが誇りを持っています」
◆ネタ等解説・六十三話
龍脈
陰陽道や古代道教、風水術における繁栄するとされている土地のこと龍穴と呼び、龍穴へ向かう流れを龍脈と呼ぶ。
Ley Lineとは古代の遺跡には直線的に並ぶよう建造されたものがあるという仮説で、その遺跡群が描く直線を指す。レイラインの存在は一九二一年にイギリス人のアマチュア考古学者アルフレッド・ワトキンスによって提唱された。
本作では魔力や霊力といった星そのものが有する大いなる力の流れを指す言葉として使われる。
産業大革命時代と弊害
元ネタは十八世紀半ばから十九世紀にかけて起こった一連の産業の変革と石炭利用によるエネルギー革命である産業革命と、それに伴う環境破壊、特に大気汚染――ロンドンの黒い霧などが念頭に置かれている。
なお、基本的に戦争の中で科学技術が飛躍的に発展するという流れだが、アルマニオスでは一千年戦争中は科学研究ができるほどの余裕がなく、戦争終結後に安定と平穏を手に入れたことや様々な種族の知識や技術が使える環境が整ったため飛躍的に技術が発展したという流れである。
◆キャラクタープロフィール
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・ミリアラ=スキア
性別、女。
年齢、二十三歳。
種族、ロードガオン人。
誕生日、五月二十日。
血液型、D型Rh-。(ロードガオン人の血液型はL型、K型、D型、LK型のいずれかである)。
出生地、独立国家ロードガオン。
一人称、私。
好きなもの、高い所、パンケーキ、謎解き。
嫌いなもの、熱血、脳筋、莫迦、命令無視。
座右の銘、冷酷な侵攻→静かなる侵攻。
尊敬する人、フィーネリア=レーネ(上司)。
嫌いな人、ドルグエス=バルギマ(直属ではない上司)、ガラウス=ルノヴィア(同僚)。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
好きなゲーム、リアル脱出ゲーム全般。
職業、独立国家ロードガオン地球担当第一部隊隊長補佐。
主格因子、無し。
「フィーネリアの側近。侵攻当初は必要以外に喋らない寡黙で冷静な性格で任務を遂行することへの従順さと、それを妨げるものは例え味方でも容赦なく排除する冷徹さを併せ持っていた。現在も真面目で寡黙な性格は健在だが、若干軟化を見せている。最近、ロードガオンの体制に不信感を抱いているらしい。地球に来てから脱出ゲームや謎解きに嵌っており、その縁で天月花凛と友情を築いているようだ」
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・アルシラ=キュイージス
性別、女。
年齢、二十八歳。
種族、ダークエルフ。
誕生日、七月十二日。
血液型、O型Rh+。
出生地、異世界アルマニオス・ミトラシスコロニー。
一人称、私。
好きなもの、トマト、コーヒー。
嫌いなもの、炭酸飲料、お酒。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、ミトラシスコロニー宇宙移住技術研究局レベル二の権限を持つ研究員。
主格因子、無し。
「現在は反重力の研究を任されているミトラシスコロニー宇宙移住技術研究局レベル二の権限を持つ研究員。ダークエルフの美しい女性。見ず知らずの相手にも偏見なく接する優しい心の持ち主」
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・ローヴマルク=ダザイノフ
性別、男。
年齢、三十六歳。
誕生日、九月二十二日。
血液型、A型Rh+。
出生地、異世界アルマニオス・ミトラシスコロニー。
一人称、私。
好きなもの、研究、フィールドワーク。
嫌いなもの、デスクワーク。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、ミトラシスコロニー宇宙移住技術研究局局長。
主格因子、無し。
「ミトラシスコロニーの最終決定権を有する局長を務める男。自身も優秀な研究者である。デスクワークを嫌い、研究やフィールドワークを好んでおり、脱走を繰り返している」
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・ミモザ=キッシュヌー
性別、女。
年齢、二十九歳。
誕生日、八月十八日。
血液型、AB型Rh+。
出生地、異世界アルマニオス・ミトラシスコロニー。
一人称、私。
好きなもの、休暇、睡眠。
嫌いなもの、脱走する局長。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、ローヴマルク。
嫌いな人、ローヴマルク。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、ミトラシスコロニー宇宙移住技術研究局秘書室長。
主格因子、無し。
「ショートカットの藍色の髪と、紫水晶を彷彿とさせる紫の瞳を持つ黒いパンツスーツ姿の女性と描写されている。ミトラシスコロニー宇宙移住技術研究局の秘書室長。ローヴマルク不在の際には最終決定を下せるため、実質研究局のナンバーツーである」
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・アルエット=マグノリア
性別、女。
年齢、二十三歳。
種族、ハイエルフ。
誕生日、一月三日。
血液型、A型Rh+。
出生地、異世界アルマニオス・ミトラシスコロニー。
一人称、私。
好きなもの、天体(映像)観測、午睡。
嫌いなもの、外界探索任務。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、ミトラシスコロニー宇宙移住技術研究局副局長。
主格因子、無し。
「麦穂の如き豪奢な金髪と澄んだ淡い水色の瞳、尖った耳が特徴的な緑色のドレスを纏った美しい女性と描写されている。ミトラシスコロニー宇宙移住技術研究局の最高幹部の一人。物事の本質を見抜く観察眼、高い事務処理能力、部下達の能力を正確に把握し、それぞれに合った的確な仕事を割り振った上でしっかりと結果を出せたものを正当に評価する上司力を有し、エルフ族の中でもかなりの若手ながら年上のエルフ達を率いている」
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・ナガファス=ドワルナノフ
性別、男。
年齢、四百三十五歳。
種族、エルダードワーフ。
誕生日、二月五日。
血液型、O型Rh+。
出生地、異世界アルマニオス・プルーバルト市。
一人称、私。
好きなもの、科学実験。
好きだったもの、海水浴。
嫌いなもの、戦争。
座右の銘、特に無し。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、ミトラシスコロニー宇宙移住技術研究局工務統括。
主格因子、無し。
「腰まで届く白髪と一体化した長い白髭、濁った赤い目とドワーフ族特有の低身長がトレードマークの男と描写されている。ミトラシスコロニー宇宙移住技術研究局の最高幹部の一人。一千年戦争の終盤期に生まれ、その後の産業大革命時代も体験してきた生き字引的存在。現代を生きる若者達に大きな負債を残してしまったことに常に負い目を感じて生きている」
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