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幾度となく世界を救い、幾度となく世界を滅ぼした『英雄』を前にしたマフィアのボス達は恐怖のあまり震え上がった。

 瑠璃とフィーネリアが『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』の本拠地のオスカーの執務室へと通されたのは瑠璃の手によって瀕死の重傷に追い込まれたゾーラタが治癒師達の必死の治癒によって一命を取り留めたことが確認されてから五分後のことだった。


 人払いされた廊下を進み扉を開けると、そこにはオスカーだけでなくベアトリンクスの姿もあった。


「……てっきり大量の護衛を付けていると思いましたが、お二人だけですか?」


「あら? 私のことを見ても何も言わねえんだね」


 一目見るだけで大抵の者が怯えるか、嫌悪の視線を向ける魔族であるベアトリンクスに対して大した反応を示さない瑠璃とフィーネリアにベアトリンクスが意外そうな顔をする。


「人間も魔族も私からしたら大差ないものですわ。……それで、貴方がオスカー様ですわね。『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』のボスの。そちらのご令嬢は護衛……ではなさそうですわね」


「彼女はミル=フィオーレ・ファミリアのボス、ベアトリンクスさんだ。今日はブラックナイトファミリーの件で話し合いをしていてね。事件に関する情報交換や今後の方針や都市外のマフィアへの対策について意見の擦り合わせをする目的でいたんだが……まさか、その犯人にこうして会うことになるとは思わなかったよ」


「……その犯人と護衛抜きで会おうとするなんて自殺行為にしか思えませんわね」


「ベアトリンクスさんは素性を隠すことを望んでいる。そんな状況で護衛を部屋に入れるなんてできる筈がないだろう。私としても、ミル=フィオーレ・ファミリアとは敵対したくないんだ。そして、君達ともね」


「英断ね。……この人と敵対するなんてただの愚か者よ。長年敵対してきた私は嫌になるほど思い知らされたわ。それでも、敵対し続けないといけないのは社畜の辛いところよね」


「……お二人はお仲間という訳ではないのですか?」


「オスカー様の疑問にお答えする前に……奇門遁甲」


 方位を狂わせる陰陽術を発動した瑠璃は魔法少女への変身を解き、無縫の姿に戻る。

 美しい令嬢の正体が、まさか男だと思わなかったオスカーとベアトリンクスは揃って思いもよらぬ事態に驚いて思考が数分停止した。


「改めまして、俺は庚澤無縫と申します。この世界から見れば異世界に当たる地球という星の大日本皇国という国の政府機関の一つ、内務省の部署異界特異能力特務課でアルバイトをしていますが、本業は流れの勝負師(ギャンブラー)です。その辺り、お間違いなくお願いします」


 驚きのあまり固まるオスカーとベアトリンクスに無縫は懐から取り出した名刺ケースから二枚の名刺を取り出して一枚ずつ手渡していく。


「なかなかいい名刺ね。高級和紙と活版印刷を組み合わせたものかしら? そういえば、無縫君と名刺交換なんてしたこと無かったわね。こういう場面で名刺を交換するのが社会人の作法みたいだし、私も三人と交換しようかしら?」


 そんな無縫の姿を見て自分も社会人として名刺交換をと思ったフィーネリアもバッグの中から名刺ケースを取り出す。

 桃色の可愛らしい名刺ケースから取り出したその名刺を見て、無縫は少しだけ顔を顰めた。


 黄金に輝く悪趣味極まりないその名刺をフィーネリアは一切の躊躇も羞恥もなく無縫へと手渡す。流石に「要らない」と断るのは気が引けた無縫は自身の名刺を手渡しつつ、即座に名刺ケースの中にしまった。


「つまり、お二人は異世界人ということですか? ……そういえば、ルーグラン王国で魔族討伐のための勇者召喚が行われたという話を耳にしたことがあります。その中の一人が命を落としたようですね……名前は確か、庚澤無縫!? まさか、貴方は――」


「お察しの通り、その庚澤無縫です。ルインズ大迷宮で死んだと言われていましたが、実際には生きていたってことですね。当然、ルインズ大迷宮は攻略しましたよ」


「あの大迷宮を攻略した……それが事実ならブラックナイトファミリーを壊滅させたという話も納得ができます」


「つまり、貴方達は魔族を滅ぼす気でいるということでありんすか?」


「……さあ、どうでしょうね。現時点での俺は中立の立場。未来のことは分かりません。それに、俺もクラスメイト達――他の連中の考えは分かりません」


 魔族の一員ではあるものの花魁として、マフィアの長として生きてきたベアトリンクスと魔族の国の接点は皆無だ。

 そのため、これまでベアトリンクスは人間諸国と魔族国家の戦争に介入はしない道を選んできた。


 しかし、ルーグラン王国や白花神聖教会の敵は魔族の国ではなく魔族という種族そのものである。

 白花神聖教会信徒の過激派の中には魔族という種族の根絶を願う者も多いという。「奴隷などとして生かすのも生温い! 全ての魔族を根絶せよ!」と宣う過激派の言葉に耳を傾けて賛同してしまったら、或いは勇者達が彼らと同じ考えを持っていたとしたら自分達の身も危険に晒されることになる。

 奴隷に落とされた魔族の少女達を匿ってきたミル=フィオーレ・ファミリアの長としては勇者として召喚され、魔族と戦う運命を背負った者達の動向と考えを知っておく必要がある。

 そして、もし万が一自分達に対して危害を加えるつもりなら対処しなくてはならない。


 しかし、ベアトリンクスは瑠璃と――無縫と対面して勇者という存在がそれほど自分達に悪感情を抱いている訳ではないと感じていた。

 教会の教義に染まり、魔族達を敵と認識しているならばすぐにでも討ち取りにくるだろう。しかし、無縫はベアトリンクスに攻撃を仕掛けてはこなかった。


 もしかしたら、魔族の現状を知って味方になってくれるかもしれない……そんな淡い期待を持っていたベアトリンクスは無縫の言葉を聞いて落胆した。

 そんなベアトリンクスの気持ちを察しているのか察していないのか、無縫はそのまま話を続ける。


「大日本皇国は今、特殊な状況に置かれています。大震災を皮切りに時空の門穴ウルトラ・ワープゲートと呼ばれる他の世界と地球という異なる世界を繋ぐ門が生じました。また、同時期に地底世界アンダグラウンドから地底人が地上への侵攻を本格化させ、邪悪心界ノイズワールドという異界からネガティブノイズと呼ばれる存在が侵攻を開始し、虚界(うつろかい)と呼ばれる世界からはロードガオンという国が地球を奪うべく侵略活動を始めました。フィーネリアさんもその軍事国家ロードガオンの一員、つまり人類とは異なる存在ということになりますね。異世界、地底人、ネガティブノイズ、ロードガオン――これら大日本皇国の平穏を脅かす存在に対抗するため、皇国政府機関の一つ内務省に置かれたのが異界特異能力特務課です。ネガティブノイズと敵対している魔法の世界フェアリマナに棲む妖精から先程の姿――魔法少女に変身する力を与えられた俺は恩ある当時の内務省異界特異能力特務課長官で、今は総理大臣――この世界で言うところの国王のような存在である大田原さんと、現在参事官の役職にある内藤さんへの恩を返すために内務省異界特異能力特務課に所属しました。――これまで俺は様々な世界を巡りました。人間と魔族が敵対している、そんなケースはごまんとありました。しかし、その内容は世界によって様々です。人間側に問題がある場合もあれば、魔族側に問題があることもありました。俺は人間側に立ってその世界の魔族を根絶やしにしたこともありますし、逆に魔族側に立って人間の国を滅ぼしたこともありました。勇者を使い捨てにする人間の国を住民諸共焼き尽くしたなんてこともありましたっけ? 逆に人間と魔族の和解のために東奔西走したことだってありました。俺にはまだこの世界の魔族がどのような存在か把握できていません。それは、実際に魔族の国に赴いてこの目で確かめてから結論を出すことになります。……まあ、ただ、俺はバイトとはいえ国家に所属する人間であり、最優先で守らなければならないのは大日本皇国の国益です。……集団拉致及び戦争参加の強要、仮にルーグラン王国側に正義があったとしても犯罪は犯罪です。その報いは何らかの形で償わせるつもりでいます」


 その無縫の言葉に一欠片の狂気も滲んでいないことに、ベアトリンクスとオスカーは戦慄を覚える。


 何度も世界を救い、何度も世界を滅ぼしてきた。その言葉はきっと真実なのだろう。

 目の前の少年は、その事実を事もなげに語る庚澤無縫という存在は、ベアトリンクスとオスカーの目に人の形をした災害、或いは厄災のように映った。


 二人にできることは祈ることだけだ。

 どうか、自分達が無縫の敵として認識されませんように、と。


「今回、この街を訪れたのはギャンブルを楽しむためでした。ただ、ここにいるフィーネリアさんが奴隷達を助けたいと仰りまして。他の世界でも似たような経験があるので、その大変さを思い出して消極的な立場だったのですが、最終的には彼女の意思を尊重することに決めました。……今回のギャンブルではかなりの額までチップが増えました。『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』でも支払いは厳しいのではありませんか?」


「えぇ……確かに『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』にとってかなり痛手な金額ですね。つまり奴隷達をお譲りすることを減額の条件にするということですか?」


「それと、『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』とミル=フィオーレ・ファミリアにお願いしたいことがあります。勿論、無法都市での一切の奴隷売買の禁止です」


「その話に乗るメリットが私にはありんせんわ。それに、助けた奴隷はどうしんすの?」


「魔族も人間も隔てなく故郷に戻します。故郷が無くなっていたり、帰郷が困難な場合は就職先を斡旋します。人間として魔族として尊厳ある生き方ができるように責任を持ってアフターケアに務めることをお約束しましょう」


 「貴方様にもっと早う会えていたら、きっと……」とベアトリンクスは人知れず呟く。

 その聞こえない筈の独り言が聞こえたのか、無縫がほんの少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


「貴方様の要求、謹んで受け入れんしょう。……同じ痛みを知る者として本来ならば私がすべきこと。貴方様に全て押し付けちまって申し訳ございんせん」


「分かりました。……都市中の奴隷商に働き掛けて奴隷を買い集めてから、無法都市全体に向けて奴隷売買の禁止の宣言をします。ただ、やることがやることですから、最善は尽くしますがお時間は頂戴することになるのでご理解お願いします」


 胃痛で気絶寸前のオスカーとどこか晴れやかな顔をしたベアトリンクスに頭を下げ、無縫は瑠璃の姿に戻ってからフィーネリアと共に執務室を後にした。

◆ネタ等解説・五十九話

活版印刷

 字を組み込み並べた組版を用意し、それに塗料を塗り紙へ転写し印刷する凸版印刷の一種。


眩いほど金色に輝く紙に黒い筆で「ロードガオン侵攻軍地球担当第一部隊隊長 フィーネリア=レーネ」と書かれた悪趣味極まりない名刺

 青山剛昌氏の推理漫画『名探偵コナン』を原作とした二〇一三年に公開された映画「名探偵コナン 絶海の探偵」に登場した毛利小五郎の金色の名刺が着想元となった。

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