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ギャンブルに暴力を持ち込むのは御法度です! ……だからといって黄金の鎧を破壊するほどの衝撃を乗せた拳を放って良いことにはならないが。

 『カジノ・オメガ』では様々なギャンブルゲームが広く行われており、満遍なくどのゲームも遊ばれている。

 人気不人気は若干はあるものの流石は異世界ジェッソ一のカジノということだけあってどのゲームも盛況で、一つところに注目が集中するということは滅多にない。……一部例外を除いて。


 その例外というのもこの『カジノ・オメガ』に入ることを許された客達の中でも更に選ばれた個室でのカジノゲームを許された所謂VIP達のことである。


 こうした個室――所謂VIPルームは基本的に個人で使われるが、稀にVIP資格を持つ者が仲間を招待して団体で使用することもある。

 そうした仲間内で集まれば必然的に他の仲間がプレイするギャンブルに注目が集まるのは必然だ。


 そういった少人数で一つのゲームに注目が集中しやすい特殊な状況を除けばこれほど一つのゲームに注目が集まるなど前代未聞のことである。


 カジノ中の客達や従業員達が固唾を飲んで見守る中、精魂尽き果てたという様子の四人目のディーラーがテーブルから離れ、五人目のディーラーがテーブルへとやってくる。

 黒い髪をオールバックにしたその青年の顔は蒼白で、ガタガタと震えているのが誰の目から見ても明らかであった。


 真っ先に疑われたのがイカサマであった。しかし、何度確認してもイカサマの形跡はない。寧ろ、ディーラー側がイカサマを幾度となく仕掛けていたが、結果はこの有様である。

 オーロラチップ十万枚(金貨百万枚相当)からスタートしたゲームはオーロラチップ一千万枚(金貨一億枚相当)に突入。

 当初の目標であるオーロラチップ五十枚(金貨五百万枚相当)などとっくの昔に稼ぎ切っているのだが、瑠璃はまだ満足していないようである。


 そんなギャンブル中毒な瑠璃の姿をフィーネリアが遠巻きに心底呆れたという表情で見ていた。


「おっ、お客様!? そろそろ終わりにしては……」


「まだまだ満足できませんわ。楽しくなってきましたし、五戦目、よろしくお願いしますわね」


「……そんなぁ」


 相手側にイカサマをしている素振りもなければ証拠はない。

 明らかに異次元の勝率を叩き出し、最低でもフルハウスという恐ろしい手札運をしているが、それは不正の証拠とはならない。ただ運が良くてここまで勝利を積み重ねていると言われれば納得せざるを得ない。


 しかし、このまま雪達磨式にチップが増えて行けばそう遠くない未来に『カジノ・オメガ』でも払えない額に成りかねない。

 客である瑠璃に切り上げようという考えはなく、ここでゲームを降りてもらいたいと頼むのも客に対する礼儀に反する。


 『カジノ・オメガ』の凋落の片棒を担がされそうになっているディーラーは頭を抱えつつ、どうにか解決の糸口を探していたが……。


「そこまでにしてもらおうか?」


 一人の男が瑠璃の元へと近づいてくる。

 コーンロウの髪型にした金髪に光のない灰色の瞳。スーツの上からでも分かる筋骨隆々の肉体を持つ男はドンと、ポーカーテーブルを叩く。


「礼儀がなっていませんわね。……神聖なるギャンブルに水を差すのは許し難いことですわよ」


「……流石にそんなに勝ちを重ねられる筈がない。イカサマをしているな?」


「そんな証拠がどこにあるのかしら? 私はそのような小細工など一切してませんわ。えぇ、神に誓って」


「そんなことはどうでもいい! ここは、『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』の王国! 俺達がルールだ!! ここでゲームを止めねぇってなら、直接分からせてやるしかねぇな!!」


「……度し難い。ギャンブルに水を差すだけに飽き足らず、暴力でもって穢そうとするとは。それは、『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』の総意であるということでよろしいのですね」


「ごちゃごちゃ五月蠅いな! 俺は『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』の幹部が一人、『黄金卿』ゾーラタだ! 女だろうと容赦はしねぇ!」


 ゾーラタのポケットから液体と化した黄金が溢れ出る。黄金は瞬く間にゾーラタを守る黄金の鎧と化した。

 ゾーラタは鎧の付属品である右手のガントレットに液体の黄金を収束――巨大化させた黄金の拳で瑠璃の顔面を殴ろうとする……が。


 次の瞬間、ゾーラタの天職――黄金術師の力で鋼鉄以上の強度にまで強化されている筈の黄金の拳が一瞬にして砕け散った。

 ゾーラタの拳に向かって突き出した瑠璃の拳には空間が歪むほどの膨大なエネルギーが乗せられていることは誰の目から見ても明らかだった。


 椅子に座ったまま拳を突き出してゾーラタの拳を破壊した瑠璃は立ち上がると、一国の騎士にも引けを取らないゾーラタの動体視力ですら追いつけない速度でゾーラタに肉薄――黄金の鎧に守られたその腹部へと容赦なく拳を放った。

 衝撃魔法「震揺衝(インパクト)」を付与した拳は地面に打ち込めば巨大地震と地割れを引き起こし、海にぶつければ巨大な津波が発生、大気にぶつければ尋常ならざる衝撃が大気中を伝播する。


 それほどの攻撃を強化された黄金で防げる筈もなく、ゾーラタの鎧は一瞬にして粉砕された。

 それと同時にゾーラタは遥か後方へと吹き飛ばされる。腹部に受けた衝撃で瀕死の重傷を負ったゾーラタは更に吹き飛ばされた先で柱に激突――その柱を破壊して更に後方へと飛ばされる。当然、柱と激突して更にダメージを受けており、この時点でゾーラタは意識を手放していた。


「さて、気を取り直してゲームを続けましょうか?」


 非力な令嬢が屈強でゾーラタを瀕死に追いやった。

 武力と暴力とは無縁なこの場所でそのようなジャイアントキリングを成し遂げたことは当然客達にとって衝撃的で、一瞬にして多くの見物客がパニックに陥る。いや、客だけではない。本来ならば客達を安心させるべく動かなければならないキャスト側もパニックに陥っていた。


「……この状況でゲームを続けようなんて正気じゃないでしょう? ディーラーさんが可哀想よ。顔真っ青じゃない」


「心外ですわ。ちゃんと死なないように手心を加えましたわ。……ねぇ、ディーラー様もそう思いませんか? ……もし、殺す気だったらブラックナイトファミリーと同じ末路を迎えていてもおかしくなかったと、私は思いますわ」


「まさか……貴女が、あの事件を」


 騒ぎの中、瑠璃の目の前に座るディーラーだけが瑠璃のその言葉を聞くことができた。

 あの極悪事件を引き起こした者が目の前にいる――その事実を思い知らされてディーラーの顔が青褪める。


「……とはいえ、あのままでは死んでしまいますわね。彼に手当てを……それと、貴方達のボスとの面会の場を作って頂きたいですわね。それと、今の話は他言無用でお願いしますわ」


「わっ、分かりました!!」


 ディーラーは一刻も早く目の前の瑠璃から離れたい一心で弾かれるように立ち上がると、パニックになっている客達の人垣を抜けて上司にゾーラタへの応急手当てを施すように頼んだ後、『カジノ・オメガ』のスタッフルームへと走る。

 上司達から伝えられてはいるものの一度も通ったことのない道を走り、目指す先は『カジノ・オメガ』のスタッフルームと隣接する区画――『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』の本拠地。


 警護しているマフィア達に説明している余裕などない。少しでも遅れたら殺されるかもしれない……地獄の恐怖に苛まれているディーラーにとって警備をしているマフィア達など怖くもなんともなかった。

 マフィア達を振り切り、ディーラーは走る。目指す場所は『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』のボスであるオスカーの執務室。


 そこで、『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』のボスであるオスカーとミル=フィオーレ・ファミリアのベアトリンクスの会談が行われているなど、ディーラーは知る由も無かった。



 オスカーは緊張でガクガク震えていた。心臓の鼓動は高鳴り、今にも倒れてしまいそうなほどであってが、その緊張を気合いで押し殺し、あくまで平静を装っている。

 部下に人払いを命じた執務室で対峙するのは豪奢な花魁衣装を纏った美姫。魔族の一種である九尾の妖狐の特徴を有する女性だ。


 名をベアトリンクス・パフィオペディルム。表向き、オスカーと同格とされる闇の世界の支配者の一人である。

 ……とはいえ、人間としての格は内面が小市民そのものであるオスカーとは違い、マフィアのボスに相応しい風格を有している。部下達に立派なボスとして振る舞う時も失敗しないかとヒヤヒヤしているが、それ以上にベアトリンクスとの対談は気を遣う。


「お久しぶりでありんす」


「……お久しぶりです。本日はお忙しい呼びかけに応じてくださりありがとうございます」


「そう気を遣わなくても良うござりんすよ。……本日の議題はやはりブラックナイトファミリーの件でありんすな?」


「えぇ……お恥ずかしい話、我々も独自に調査を進めましたが進展はなく。ですので、ミル=フィオーレ・ファミリアの方で情報があれば共有して頂きたいと思い、本日はお越し頂きました」


「それは奇遇でありんすね。私も情報を得とうて訪問させてもらったんでありんすよ」


「……つまり、互いに情報はないと。まあ、確かに敵を特定できる証拠は残されていませんでしたし、致し方ありませんね。……ベアトリンクス殿、しばらく我々が連携して街の警備にあたりませんか? ブラックナイトファミリーが落ちた影響は大きい。後釜を狙うマフィアの流入の可能性もありますし、均衡が崩れた今、何が起こるか分かりません」


「それは『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』にも言えることではありんせんか? この機に乗じてブラックナイトファミリーが占有していた分野を奪い、更に影響を強めるつもりではありんせんか? 私達のような零細は怖うて仕方ありんせんわ」


「……それはお互い様でしょう。私だって抜け目ない貴女がこの状況を利用しない筈がないと考えています。……ここは一時休戦としませんか? 原因が分からない今、未知を未知としたまま漁夫を狙うのは愚かしく恐ろしいことだと思うのです」


「……まあ、私も同意見でありんすよ」


 会談の落とし所がようやく見え始め、胸を撫で下ろしたオスカーだったが、次の瞬間事件が起こる。

 人払いした筈の扉が開き、男が執務室へと入ってきたのだ。


 カジノのディーラーらしいタキシードに身を包んだ男はベアトリンクスを見て「魔族!?」と驚き、ベアトリンクスは武器である鉄扇を取り出して自身に害意を向けたディーラーを仕留めようと動き出そうとする……が。


「って、そんなこと気にしている場合ではなかった! オスカー様ですね、お初にお目に掛かります。『カジノ・オメガ』でディーラーをしているジェイクと申します! まずは無礼をお許しください。どうしても伝えなければならないことがありまして……先程、カジノにてゾーラタ様が倒されました」


「――ッ!? なんだと!?」


 気絶しそうになりながらもなんとか踏ん張ったオスカーは腹痛を発症しつつもなんとかジェイクに詳細を話すように命じる。


「カジノで奇妙なほど勝っていたある女性客にゾーラタ様が脅しをかけたのです。しかし、女性客は動じずにゲームを続けようとしたため武力で押さえつけようとしました」


「それはなんともまあ無粋な話でありんすね。大の男がか弱き女に手を挙げるとは」


「しかし、その女性客は黄金の鎧を纏ったジェイク様に真っ向から対峙し、その拳を破壊すると腹部に拳を放って一発で倒してしまったのです。かなりのダメージを受けて意識も失っていますが、幸い命に別状はないと女性客は証言していました」


「……あの黄金鎧を砕いて重傷に追い込むだと!? 俄には信じ難いが」


「そして、その女性客は信じられないことを言い出したのです。その女性客こそ、ブラックナイトファミリーを壊滅に追い込んだ者であると」


「「…………はぁー!?」」


「そして、その女性客はボスのことをご指名でして、一対一の対談を……って、ボス!?」


「あらあら、気絶しちゃっているわね。……ジェイクでありんしたわね。私はベアトリンクス……何者かは分かりんすよね。私の正体は他言無用でありんすよ。吹聴すれば命はありんせんと思いなんし。……その女性客をここに連れてくるように。オスカーさんのことは私がなんとかしんす」


「しょ、承知しました!!」


 ジェイクが去っていくのを確認したベアトリンクスは気絶したオスカーをソファーに寝かせると、自身も対面のソファーに座る。

 その表情からはオスカーとの対談の時には残っていた余裕が完全に消えていた。

◆ネタ等解説・五十八話

ゾーラタの黄金操作能力

 尾田栄一郎氏の漫画『ONE PIECE』を原作とした映画『ONE PIECE FILM GOLD』に登場するギルド・テゾーロとその悪魔の実の能力から着想を得ている。

 しかし、ゴルゴルの実とは異なり自身で黄金を生み出すことも可能。ただし、黄金の生成は魔力の消費量が極めて多いため、基本的にポケットなどに隠し持った金塊を媒介に能力を発動している。


衝撃魔法「震揺衝(インパクト)

 尾田栄一郎氏の漫画『ONE PIECE』に登場する元『四皇』エドワード・ニューゲートと現『四皇』マーシャル・D・ティーチが有するグラグラの実の力が着想元。

 武器などに膨大な振動エネルギーを乗せる魔法であり、地面に打ち込めば巨大地震と地割れを引き起こし、海にぶつければ巨大な津波が発生、大気にぶつければ尋常ならざる衝撃が大気中を伝播する。


◆キャラクタープロフィール

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・ゾーラタ=ゲヘナー

性別、男。

年齢、三十八歳。

誕生日、一月二十四日。

血液型、AB型Rh+。

出生地、ラーシュガルド帝国。

一人称、俺。

好きなもの、暴力、黄金。

嫌いなもの、マナーのなっていない客。

座右の銘、特に無し。

尊敬する人、特に無し。

嫌いな人、特に無し。

好きな言葉、特に無し。

嫌いな言葉、特に無し。

職業、「黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)」幹部。

異名、『黄金卿』。

主格因子、無し。


「黄金術師という珍しい天職を持つ『黄金の塔(トーレ・ド・オーロ)』の古株構成員で幹部。腕っぷしと技能の強さだけで組織を成り上がった。圧倒的なカリスマ性を有するオスカーに絶対的な忠誠を誓っている」

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