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老後に備えるためなら金貨八万枚で済むようだが、無法都市中の奴隷を解放するためには金貨五百万枚が必要な模様。※なお、日本円に換算すると五千億円である。

 無法都市の地下、そこに広がる巨大な地下都市の一角に存在する無法都市最大の遊郭『宵月』。

 その最奥部、和の要素漂う部屋の御簾の奥に一人の女性の姿があった。


 腰まで届く美しく艶やかな漆黒の髪。僅かに紫色の光を宿す黒い瞳。切れ長の目は怪しい色香を感じさせる。

 赤を基調とした艶やかで派手な花魁装束を纏う妖艶で美しい女性だ。


 しかし、彼女のシルエットを見るだけでも彼女が決して人間でないことが一目で分かるだろう。

 髪の一部からはぴょこっと耳が生えており、九つの尻尾が花魁装束から覗いている。そう、彼女の正体は魔族――より正確には獣人に分類される九尾の妖狐なのである。


 かつて、宵月大夫の名で知られていた花魁、即ち超高級娼婦であった。その正体は遊郭を運営する犯罪組織の手によって巧妙に秘匿されており、教会側にも露呈することは無かった。

 色香の薫る絶世の美女の前に種族など些細な問題だったのだろう。

 彼女――ベアトリンクス・パフィオペディルムを慕い、大金を叩く者は数知れず。犯罪組織もそれによって莫大な富を得ることとなる。


 ……だが、金は時に人間関係を狂わせる者。ベアトリンクスの価値を理解している組織の幹部の一人が組織を裏切り、ベアトリンクスを連れ出そうとした。それを契機に犯罪組織の内部で抗争が起こり、血で血を洗う争いの果てにその犯罪組織は内側から壊滅したのである。

 残されたのは、組織に飼われた娼婦達のみ。組織に残された大金を持ってベアトリンクス一人だけでも逃げ出すことはできたが、彼女には自分を慕う禿達や同僚達を見捨てることはできなかった。


 かくして、遊郭――花街を運営する犯罪組織の地盤と財を引き継ぐ形でミル=フィオーレ・ファミリアは結成された。

 幹部以上は全て女性、それも遊女達によって構成されており、犯罪組織の中でもかなり異質である。構成員達でも許可された者以外は基本的に組織のボスに謁見することはできず、ベアトリンクスの秘密は巧妙に隠されている。


「……ベアトリンクス様」


「あら、ルーイ? どうぞ遠慮なく入っておくんなんし」


 元はベアトリンクスに仕える禿で、今はベアトリンクスの側近をしているルーイはベアトリンクスの許可を得ると部屋の中に入る。

 ベアトリンクスが御簾の中に入るように促すと、ルーイは御簾の中へと入る。そこでベアトリンクスは気づいた。ルーイの顔が蒼白になっていたのだ。


「……どうしたのでありんすか?」


「ベアトリンクス様……私も信じられないのですが、部下から信じがたい報告を聞きました。現在も調査中とのことですが……その、ブラックナイトファミリーが」


「あの血生臭い連中……また抗争でも起こそうとしてしているのかしら?」


「それが……その……壊滅したのです」


「壊滅……壊滅って、一体何が壊滅したのでありんすか」


「ぶ、ブラックナイトファミリーが壊滅しました!」


 聞き間違いかと思ったベアトリンクスだったが、それが聞き間違いではないと知り手に持っていた湯呑みを取り落とす。

 バシャンと割れた湯呑みからお茶が溢れ、花魁衣装に掛かったが、ベアトリンクスはそれに気付かぬほど動転していた。


「べっ、ベアトリンクス様! お茶が!」


「ブラックナイトファミリーが壊滅!? 一体どういうことでありんすか!?」


「ボスであるディアボロスの死体は確認できませんでしたが、幹部構成員全て殺害されていることが分かっています。何を目的にしていたのか不明ですが、彼が攫っていた女性達が姿を消しているのが不可解です」


「……いつか助け出したいと思っていたでありんすが…… そうなると、組織レベルの抗争と考えるのが自然でありんすか? 個人にどうこうできるものでもありんせんでしょうし」


「そうなればブラックナイトファミリーに成り変わった組織がなんらかの声明を出したり、我々に秘密裏に牽制を仕掛けてきたりしそうですが、現状そのような様子もなく……それに、巨大な犯罪組織が動いていれば我々の道にも届く筈です。とにかく、今回の事件はあまりにもイレギュラーな事態です。我々も警戒に努めますが、ベアトリンクス様もお気をつけください」


 まさか、たった二人(というか、実質一人)の手によってブラックナイトファミリーが壊滅したなどとは夢にも思わないベアトリンクスとルーイであった。



 ブラックナイトファミリー壊滅から三日後の夕刻、瑠璃とフィーネリアがいつものようにカジノを梯子してからホテル『BEYOND』の708号室に戻ってくると、部屋の前に見慣れない男の姿があった。

 真っ白なスーツに真っ赤なシャツ、白いハットという小洒落た姿の紳士は瑠璃達の姿を見つけると、微笑を浮かべてハッドを外しつつボウ・アンド・スクレイプをした。


「お初にお目に掛かります、レディ。私はホワイトドリームで支配人をしております、マルクスと申します。本日はお二人にこの黄金郷ダルニカ最大級のカジノ――『カジノ・オメガ』からの招待状をお持ちしました」


「つまり、無法都市の地下へのご招待ということですわね」


「……ふむ、無法都市という名はこの地を正しく表すことではありません。この地は夢を持つ者がその夢を叶えられる地です。是非、黄金郷ダルニカと呼んで頂きたいものです」


 ブロッサス王国の亡骸の上に築かれ、多くの奴隷達の自由を奪い、ほんの僅かな選ばれし者達が身分を隠して遊ぶ場所。法の効力が及ばない治外法権の無法都市。

 地獄のような生活からの脱却を血走った目で願い、一発逆転を目指すある意味夢のある場所でもあるのだが、そんな者達はごく一握り。

 形ばかりの煌びやかさで、鍍金を剥がせば醜いものがいくらでも出てくるこの地に黄金郷ダルニカなどという呼び名は相応しくないと思ったが、藪蛇になることが分かっていたためフィーネリアがそのことを口に出すことは無かった。


「招待状、確かに受け取りましたわ」


「それで、私はこれで。ああ、勿論我がカジノも今度とも御贔屓にして頂けたら幸いです。……それと、最近は物騒ですからね。お嬢様方、くれぐれもお気をつけください」


 マルクスから二枚のチケットを受け取った後、瑠璃はフィーネリアと共にマルクスを見送ってから部屋に入った。


「……物騒。確かに、女性二人で夜道を歩くのは危険よね」


「いや、どう考えてもそっちじゃないでしょ、あれは!? 無縫君が起こしたブラックナイトファミリー壊滅事件が念頭に置かれているでしょ!?」


「……まあ、確かにあれから街全体がピリピリしているな。あれだけ巨大な組織の壊滅だ。何も影響がない方が無自然というもの。しばらくは混乱が続くだろうね」


 魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの変身を解いた無縫はお湯を沸かしつつ、珈琲を淹れる準備を始めた。

 一方、フィーネリアは瑠璃から受け取った紹介状となるチケットを眺めている。


「……いよいよ、明日からね」


「まあ、そうだね。……とりあえず、街を巡って奴隷商に確認を取ったが、地上で奴隷売買をしている奴隷商達の情報を総合すると、奴隷の総数は三万人」


「さっ、三万!?」


「まあ、それくらいはいるだろうと思っていたけど、地上で商売している奴隷に限った話だから実際はもっと多いだろうね。ちなみに、奴隷の内訳は成人男性や一部魔族の男性が含まれる労働奴隷が二千。それ以外は女子供という感じだった。……まあ、目的は」


「……愛玩目的の奴隷でしょうね」


「人間の奴隷が大半だけど、僅かだが魔族も混ざっていた。エルフや獣人族、そういった容姿が美しい種族が主に狙われているみたいだ。……まあ、この辺りは大凡予想通りだが。教会側の見解としては魔族に人としての権利はない。寧ろ、魔族を奴隷にすることを容認している節すらある。人間を奴隷にするのは無法都市以外では禁止されているから公然と奴隷にしても問題がない魔族が人気となっているんだろう。だが、戦争状態にある魔族の奴隷なんてそうそう手に入れる手段はないし、報復を受ける可能性も高い。ほとんどのケースはここで奴隷を手に入れてから、自国に戻ってメイドなどの使用人という偽の肩書を与えて囲い込むのが定石みたいだ。……まあ、俺達には関係のない話だけどな。で、ここからは俺がフェルミ推定を使って試算してみたんだが、無法都市全体で扱っている奴隷は七万ちょい……一人当たり平均金貨四十枚と仮定して金貨二百八十万枚」


「ええっと……円換算だと二千八百億円!? 流石に頭がくらくらしてくるわ。……ごめんなさい、流石にそんな額はお支払いできないわ」


「まあ、目的があった方がギャンブルも楽しいからね。気にすることはないさ。……で、今日までの稼いだ額を確認してみたんだけど、金貨百万枚までは到達している。さっきの金額はあくまでフェルミ推定を使って算出したものだから、実際はもっと高い可能性もあるだろうし、奴隷購入に全ての金貨を使ってしまうってのも後々金貨が必要になったときに面倒だからね。だから、金貨五百万枚――つまり、後四百万枚稼ぎたいと思っている」


「もう三分の一終わっているのね……ってびっくりしたのだけど、色々考えると今の五倍必要なのね。大丈夫かしら……って、無縫君には不要な心配かしら? 一生返せなさそうな恩ばかり増えているけど、いつか必ずこの恩は返させてもらうわ」


「大袈裟だよ……まあ、でも、期待はしておこうかな?」


 「そんなに真面目に恩返しなんて考えなくてもいいんだけどなぁ」と思いつつ、長い付き合い故にフィーネリアの性格を熟知している無縫はその言葉を否定せず、その気持ちをそのまま受け取った。

◆ネタ等解説・五十六話

ボウ・アンド・スクレイプ

 スペルは「bow and scrape」。ヨーロッパの伝統的なお辞儀の方法。

 右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出すようにする。


フェルミ推定

 実際に調査することが難しいような捉えどころのない量をいくつかの手掛かりを元に論理的に推論し、短時間で概算すること。

 具体例を挙げると「アメリカのシカゴには何人のピアノの調律師がいるか?」というものや「地球上に蟻は何匹いるか?」などといったものがある。


◆キャラクタープロフィール

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・ベアトリンクス・パフィオペディルム

性別、女。

年齢、三十二歳。

種族、九尾の妖狐(獣人系魔族)

誕生日、四月十日。

血液型、A型Rh+。

出生地、クリフォート魔族王国辺境の小さな村。

一人称、私。

好きなもの、緑茶、砂糖菓子。

嫌いなもの、特に無し。

座右の銘、特に無し。

尊敬する人、特に無し。

嫌いな人、特に無し。

好きな言葉、特に無し。

嫌いな言葉、特に無し。

職業、花魁→ミル=フィオーレ・ファミリアのボス。

異名、宵月大夫。

主格因子、無し。


「腰まで届く美しく艶やかな漆黒の髪。僅かに紫色の光を宿す黒い瞳。切れ長の目は怪しい色香を感じさせる。赤を基調とした艶やかで派手な花魁装束を纏う妖艶で美しい女性。髪の一部からはぴょこっと耳が生えており、九つの尻尾が花魁装束から覗いていると描写されている。かつて、宵月大夫の名で知られていた花魁、即ち超高級娼婦であったが、ベアトリンクスの価値を理解している遊郭を管理する犯罪組織の幹部の一人が組織を裏切り、ベアトリンクスを連れ出そうとした。それを契機に犯罪組織の内部で抗争が起こり、血で血を洗う争いの果てにその犯罪組織は内側から壊滅してしまう。残された組織に飼われた娼婦達を守るために花街を運営する犯罪組織の地盤と財を引き継ぐ形でミル=フィオーレ・ファミリアを結成した。どことなく廓言葉に似た奇妙な喋り方をする」

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