血塗れ賭博師の綺想葬送曲(3)
「…………ふぁぁぁ、暇だな。マフィアの拠点を狙ってくるような恐れ知らずの輩なんていねぇだろ。なんだったか? この街に来たばかりの美女二人を拉致する任務があったんだろ? 俺もそっちに行きたかったな。お零れに与れる可能性もあったんじゃないか?」
「ボスが目をつけた女に手を出そうなんて、随分と恐ろしいことを考えるなぁ。……まあ、結果的に良かったんじゃないか? 組織で出世するコツは波風立てないこと。有用でボスにとって邪魔にならない人間だってことをアピールすることだ。まあ、出世すればお零れに預かれる可能性も出てくるし、今は我慢の時だと思うぜ」
無法都市の中心街――ブラックナイトファミリーのアジトにて。
護衛を任された二人の男達は槍を片手にアジトの警備に当たっていた。
しかし、ブラックナイトファミリーといえば無法都市を裏から牛耳る三大勢力の一角である。そんな者達に好き好んで喧嘩を売るような輩はおらず、屋敷を警備する下っ端構成員二人も手持ち無沙汰であった。
それでも一人は出世のために真面目に警備をしてきたが、もう一人の方はすっかり変わり映えのしない警備の仕事にも飽きてきたようで、生欠伸を噛み殺しつつボスの目を付けた女性二人を拉致する任務に抜擢した同期達のことを羨ましがっていた。
「…….ん? おい、ヴァルフ! なんか人影が見えないか?」
「こっちに来ているみたいだなぁ……んんんッ!? まさか、女か!?」
二つの人影が少しずつ屋敷の方へと近づいてくる。ぼやけた輪郭は近づく度にはっきりとし始め、その二つの人影の正体が美しい肢体を引き立てるマーメイドラインドレスを纏った美しい女性達であることに男達も気づいた。
「うっひょー!! 上玉じゃねぇか! こんなクソつまらない任務を強いられている俺に神様からのプレゼントか? ああ、すぐにでも抱きてぇ!」
「待て、ロッシャ……流石におかしくないか? ここはブラックナイトファミリーのアジトだ。そんな危険な場所に非力な女二人でやってくるなんて、そんなことある筈はないだろう? これは何かの罠だ。警戒を――」
「おーい、お嬢さん達。ちょっと俺と遊ばない?」
「おい待て――」
お調子者の気があるロッシャが任務を放り出して美女達をナンパしに向かう(なお、逆らえば組織の力と暴力をチラつかせて手篭めにするつもりなので、実質女性側に拒否権はない)姿に溜息を吐きつつ、すぐに相棒の後を追う真面目なる野心家ヴァルフ。
しかし、次の瞬間――二人の表情は凍りつくことになる。
突如として空中に開いた謎の穴――そこから生首がドスンと落ちてきたのである。
それは、ボスから命令された美女二人誘拐作戦の実行役であった筈の二人の同期のマフィアのものであり――。
「お初にお目に掛かりますわ。瑠璃と申します。本日は私達のことを慰み者にしようと目論んだブラックナイトファミリーの皆様へのお礼参りに参りましたわ。うふふ、さあ、楽しみましょう。互いの命と尊厳、勝った者が全てを手に入れ、負けた者が全てを失う究極のギャンブルを――」
「まさか、こいつ……ボスが目をつけた美女達か。おい、ドルグ……嘘だろ! 嘘だ嘘だ嘘だ! 非力な女如きに屈強なマフィアが遅れを取る筈が無い! まさか、魔法使いかッ!?」
「非力な女性ですか……なら、試してみれば良いのではないかしら? まずは、運命のダイスロール! おっと、運がいいですわね。悪魔の賽子の出目はパラライズですわ」
瑠璃と名乗った美女とその仲間の美女を危険な存在と判断して槍を持って排除に動いたヴァルフと、二人の美女を屈服させて手篭めにするために槍を持って攻撃を仕掛けようとしたロッシャだったが、唐突に二人の身体が硬直する。
「敵全体麻痺」の効果ですっかり動きを封じられたヴァルフとロッシャの横を瑠璃が、そして少し遅れてフィーネリアが通過して行く。
すれ違いざまに二人の口に瑠璃は何かを押し込んだ。
「どうかしら? 季節外れの恵方巻きのお味は? その筒形ダイナマイトは三分の一の確率で爆発して、三分の二の確率で不発に終わるというお手製のジョークグッズなの。小さいし範囲も狭いけど、爆発の威力そのものはなかなかのものよ。貴方達の頭を吹き飛ばす程度の爆発力はあるわ。運試しにいかがかしら……おっと残念、二人とも今日の運勢は大凶だったようね」
麻痺によって押し込まれたダイナマイトを吐き出すこともできず、涙目になりながら導火線を燃やしていく小さな炎を見ていることしかできなかった二人の頭は導火線を辿る炎がダイナマイトに到達すると同時にボーン、という凄まじい音と共に吹き飛ばされた。
「さっきの戦いからなんとなく察していたけど、グロテスクかつ理不尽な戦法ね」
「……ん? そうかな? 三分の二の確率で生きられるんだよ? 寧ろ、俺の方が不利な賭けだと思うけどね」
「……確率だけ見れば確かにそうね。でも、貴方の前では確率なんて意味をなさないじゃない」
「チート扱いされるのは心外だな。それに、期待しているんだよ。どこかに俺の幸運を上回る者もいるんじゃないかって」
「そんな人がいるなら一度お目に掛かってみたいわ!」
「――ッ!? 外が騒がしいぞ!! って、おい、なんで屋敷に見慣れない女二人が!? おい、外の奴らはどうなった!? まさかサボっているじゃないよな!?」
騒ぎを聞きつけたマフィア達がドタドタと入り口付近に集まってくる足音が耳朶を打つ。
瑠璃がニヤリと人の悪い笑みを浮かべるのを見て、フィーネリアが右手を頭に添えながら心底呆れたという表情で溜息を吐いた。
「お初にお目に掛かりますわ。皆様方のボスの誘拐の対象にされた瑠璃と申します。本日は私達を身の危険に晒した皆様を殲滅するために参りました。やはり、自分の身を守る最高の一手は狙ってくる方々を予め殲滅しておく、これに尽きますからね」
「……物騒ね。最も安全な方法は危険に自ら首を突っ込まずに波風立てずに生きること、これに尽きると思うわ」
「でも、何もしなくても私達って狙われているじゃないですか」
「……無法都市に足を踏み入れるのがそもそも間違いだったんじゃないかしら?」
「えー? じゃあ、カジノで遊んじゃダメってことかしら? 私、楽しみだったのに!!」
「俺達を殲滅だァ? 嬢ちゃん達は面白いことを言うじゃねぇか。ボスの狙っていた女達だろ? わざわざ来てくれて感謝するぜ。とっとと逃げれば良かったのによぉ、馬鹿じゃねぇか?」
「莫迦は貴方達でしょう。……この状況で逃げる選択肢を取らない方がおかしいわよね? 一応伝えておくと外の衛兵は死んでいるわ。逃げるなら今しかないわよ……って、この理不尽が逃がしてくれるとは到底思えないけどね」
「酷い扱いですわ。あんまりですわ、フィーネリアさん」
「私は事実しか言ってないわよ! 事実しか!!」
「どうせ出鱈目に決まっている! よし、こいつらをとっとと捕まえちまおう。少しだけ味見したってバチは当たらないだろう。ボスも認めてくれる筈だ。なんたって、俺達はアジトを襲撃してきた賊を果敢にも捕えたんだからな! あっははは!」
「……あー、もう愚か過ぎて泣けてくるわ。瑠璃さん、私は自分の身だけ守っておくから」
「分かりましたわ。では、私は楽しんできますね」
無数の「悪魔の賽子」を一瞬にして掌に出現させると同時に空中に向かって解き放つ。
「悪魔の賽子」は屋敷の入り口に集まった二十人の男達が瑠璃とフィーネリアに肉薄する前に「悪魔の賽子」は全て床に転がった。
そのサイコロに書かれていた出目は――。
「あらあら、残念。全て『敵全体即死』……これはサイコロが無駄になってしまいましたわね」
即死の呪いが瞬時に発動し、男達は一斉に何の外傷もなく命を落とした。
一滴の血も流さず、まるでただ眠っているように少しずつ冷たくなっていく死体を無視して瑠璃は更に先へと突き進んでいく。
その後も騒ぎを聞きつけたマフィア達が状況に戸惑いつつも参戦したが、瑠璃達に指一本触れることなく死んでいった。
出目は全て「敵全体麻痺」と「敵全体即死」で、麻痺を引いた場合は銃や刀で直接命を奪っていく。
勿論、「悪魔の賽子」は十面ダイスでそのうちメリットがある出目は「敵全体麻痺」と「敵全体即死」の二つのみである。その二つのみを確実に引き当てる確率は当然ながら試行回数と比例するように下がっていき、屋敷の探索を粗方終える頃には現実離れした確率になっていた。
「さて、ここが消去法的にブラックナイトファミリーのボスがいる部屋かしら?」
「……何回かこの前を通ったけど、無視していたのってわざとでしょう? というか、なんでこんな騒ぎが起きているのに出てこないのかしら?」
「……まあ、威厳あるボスが騒ぎ如きに乗じて怯えながら出てきたら雰囲気ぶち壊しですからね。これくらいでいいんじゃないですか?」
瑠璃が躊躇いなく開けると、そこには複数の美女を侍らしてニヤニヤと笑う男の姿があった。
敵の侵入を許したにも拘らず全く動じた様子がないその姿は、流石は闇の社会でほとんど敵無しの三大マフィアのボスというべきか。
「騒ぎを起こしていたのは君達だったのか。なるほど、凄い美人だ。部下たちが言うだけのことはある。俺の女になれ! そうすれば目一杯可愛がってやろう。壊れるくらいになぁ!!」
「……本当に状況が分かっていないのね。というか、お猿さんかしら? いえ、お猿さんの方がもっと賢いわよね。屋敷に居た部下は全員死亡……こんな状況に陥っても全く余裕を崩さずに女性達を侍らせているなんて。嫌悪感しかないわ! 女はアクセサリーじゃないのよ!!」
「……あー、多分精神やられちゃってますわね。こういうの面倒なのですわよね。記憶消去処置しても身体と魂にまで刻みつけられたトラウマまではなかなか消せないものですからね。徹底的に躾けられ、この状況に陥っても全く感情を露わさない、ただボスに従うだけのお人形、全く趣味が悪いですわ」
「威勢がいいことだが、俺は気の強い女が好きでな。俺に逆らおうとする強い光を目に宿した女を屈服させて、尊厳踏み躙って、従順な女にするのが最高なんだ! 部下達がなんで負けたかは知らねぇが、軟弱極まりない。俺が自ら落として――」
「それには及びませんわ」
玉座から立ち上がり、二人を捕えるべく動き出すディアボロスに瑠璃は微笑を浮かべる。
「――ディアボロス様、一つ賭けをしませんか?」
◆キャラクタープロフィール
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・ディアボロス・ジャガーノート
性別、男。
年齢、四十二歳。
誕生日、不明。
血液型、O型Rh+。
出生地、不明。
一人称、俺。
好きなもの、酒、女、金。
嫌いなもの、逆らう輩、正義感の強いもの。
座右の銘、「悪魔の如く」、「俺のものはお前のもの、お前のものも俺のもの」。
尊敬する人、特に無し。
嫌いな人、特に無し。
好きな言葉、特に無し。
嫌いな言葉、特に無し。
職業、ブラックナイトファミリーのボス。
主格因子、無し。
「元は戦災孤児で出生地も不明。幼い頃にマフィアに拾われる。マフィアに入った当初は捨てられることを恐れていたが、組織に順応してくると圧倒的なカリスマ性と暴力により、ディアボロスはブラックナイトファミリーの中で絶対的な地位を築いていった。欲しいものは暴力と権力でこれまで全て手に入れ、その代わりにいくつもの幸せを絶望で塗り潰してきた。しかし、無縫と出会いその悪運も尽きた。現在もその死体は発見されていない」
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