血塗れ賭博師の綺想葬送曲(1)
無法都市の中心街。かつて、ブロッサス王国の象徴たる王城があった場所は処刑が行われた広場と共に破壊され、無数の豪奢な屋敷が立ち並ぶ高級住宅地へと生まれ変わった。
その中でも一際目を引くのは、漆黒と黄金に彩られた巨大な邸宅である。
いかにもお金持ちという雰囲気の屋敷の門を抜け、屋敷の中へと入ると、レッドカーペットが引かれ、豪華なシャンデリアが飾られた玄関の間となる。
壁には著名画家の絵画がいくつも飾られていた。
無法都市の中心街は特別な場所である。いくらお金を持っていても、他の国で高い地位にあってもこの中心街の土地を購入することはできない。
この地は無法都市の支配階級の者達だけが屋敷を建てることができる神聖な場所なのである。
実際、この中心街には街を暴力によって支配するブラックナイトファミリーの幹部達の邸宅がいくつも建てられていた。
しかし、そんな幹部達の邸宅と比較してもこの屋敷だけは明らかに他の追随を許さないほど豪華であった。
では、この屋敷の持ち主は一体何者なのか? 答えは至極簡単である。
ブラックナイトファミリーを率いるボス、ディアボロス・ジャガーノートこそ、この屋敷の持ち主なのだ。
言い換えれば、この屋敷こそ、三大犯罪組織の一角に数えられるブラックナイトファミリーのアジトなのである。
そんな屋敷の最奥部――ボスの間にて、赤ワインをグラスで回しつつ、ディアボロスは部下から報告を聞いていた。
そのディアボロスのすぐ近くには侍るように、あるいは撓垂れるようにドレス姿の二人の美女が顔を紅潮させている。
「……それで? 例の美女の行方は分かったのか?」
「えぇ、ボス。カジノに入っていく姿を部下達が確認しています。しかし、不用心が過ぎますね。まさか、あれほど警戒心が薄いとは」
「捕える準備はできているんだろうな?」
「えぇ、勿論でございます」
「ああっ、分かっているよな? 傷つけずに無傷で連れてこい。俺の女になるんだからな!」
「えっ、ええ! それは勿論! 部下達にも絶対に無傷で連れてくるようにいい含めております。しかし、二人が抵抗した場合には……」
「抵抗したら? だからどうしたァ? 細腕の女くらい捕えることなど俺様のファミリーの一員なら造作もないだろう? まあ、万が一傷一つでもつけたらソイツには責任を取ってあの世に行ってもらうさ。いいか! 俺は望むものを全て手に入れる! 富も権力も、そして女も! 分かったな!」
「ひっ、ひい!!」
二人以外にも上玉の美女を抱えておきながらディアボロスは貪欲に求め続ける。その欲望は計りし得ない。
一目惚れした幼女を攫い、調教に調教を重ねて望むような性格と容姿の女性へと育て上げたこともあった。
経営するカジノを訪れた仲睦まじい夫婦から妻を奪って夫を殺害し、「決して貴方の言いなりにはならない」と強い光を瞳に宿した女性の尊厳を踏み躙り、心を破壊してディアボロスに愛を囁き、命を落とした自分のかつての夫に嘲笑を向けるような女性へと染め上げたこともあった。
家庭を破壊し、全てを望むままにしてきたこの男。
当然、ファミリー内外にも彼を疎ましがる者は大勢いるが、彼に意見しようとする者も命を狙う者もいない。何故なら、ディアボロスが圧倒的な強者だからだ。
圧倒的なカリスマ性と暴力により、ディアボロスはブラックナイトファミリーの中で絶対的な地位を築いていた。
そんな彼にとって警戒すべき敵はこの世でただ二人のみ。
「……さて、この女にも飽きたな」
椅子に立て掛けてあった剣を抜き去ると、ディアボロスは剣を振り下ろす。
斬撃は右の女性の頭蓋を叩き割り、首まで到達し、夥しい量の鮮血を噴き上がらせる。
そんな光景を、もう一人の女性は悲鳴すらあげずに見ていた。その凄惨な光景に恐怖を覚えることすらないほど、彼女達にとってその光景は日常風景と化してしまっていたのである。
嫌われれば死ぬ、飽きられれば死ぬ、理不尽に死ぬ。その繰り返し。
理不尽と不条理に晒されてすっかり心が壊れてしまった美女の形をした愛玩具達の光の消えた目は、その光景をただ映すのみである。
◆
瑠璃とフィーネリアはカジノを後にし、ホテル『BEYOND』を目指して街を歩いていた。
「本当にびっくりしたわ。……まさか、いきなりチェーンソーを振り回して私を斬るなんて。死ぬかと思ったわ。でも、凄いわね。一度見ただけで、マジックのタネを見抜けるなんて」
「ん? 私はステイツのマジックの殿堂で確かに人体切断マジックを見たけど、全くタネが分からなかったわよ。本当に凄いわよね、本物のマジシャンって」
「……? んんん? ええっと……それはどういうことなのかしら!?」
フィーネリアは背筋に冷たいものが走る感触を味わった。
すっかり気が動転したフィーネリアに瑠璃は「落ちていて」と言葉を掛けて落ち着くように促す。無茶な話である。
「さっきのマジック、タネを明かすとフィーネリアさんの腹部を観客達にも分からないように小さな時空の門穴で別空間に飛ばしていたのよ。チェーンソーは本来腹部が存在する空間をただ擦り抜けていったわ。腕だけで上半身を持ち上げ、腹部に何もないことをアピールすることができたのも――」
「切断なんてされずに別の空間に私の腹部だけ送られていたからということね」
「仕組み自体は物語の黒幕の一人だった特殊な瞳の術を継承する一族出身者の得意な攻撃を擦り抜ける忍術や鳥のような自由を求める道化師が行った『死者復活マジック』と同じよ。色々とマジックを見てきたから真似できるマジックも多いのだけど、あのチェーンソーのマジックだけはタネが分からなかったのよ。そこで、別のアプローチで再現することを思いついたって訳」
「なるほど、そういうことだったのね。……心臓が飛び出るくらいに怖かったわ。ああいうことをする時はしっかりと説明してもらいたいわ。そうすれば、多少の心構えができるから。……ところで、瑠璃さん。私達は一体どこに向かっているのかしら?」
てっきりホテルに戻るかと思っていたフィーネリアだったが、それにしては方向が少しズレている。
最初は単なる勘違いや瑠璃が別に寄りたいところがあって行きに使った道とは別の道を選んでいるのではないかと考えて瑠璃のすぐ後ろを歩いていたフィーネリアだったが、流石に瑠璃がホテルとは逆方向の細い路地の方へ足を踏み入れると違和感を拭えなくなった。
瑠璃が何を目的に人気のない路地裏に入ったのかフィーネリアは尋ねるが、瑠璃は何も答えず路地を進んでいく。
「おいおい、嬢ちゃん達。こういう人気のない路地は危ねぇぜ。俺達みたいな輩に襲われるからよぉ!」
異世界ジェッソの中で最も治安の悪い無法都市。そんな場所で人気のない路地裏を美女二人が歩いていたら一体どうなるのか。
そんな明々白々の問いの答えは、行手を塞ぐように現れた男が示していた。
明らかに堅気ではない人相の悪い男の背後にはこちらも明らかに堅気ではないガタイがいい男数人の姿がある。
そして、背後にも行手を塞ぐように数人の男の姿があった。
――絶体絶命の挟み撃ち状態である。
「悪いなぁ、ボスの命令でよぉ。お嬢さん方を捕まえることになった。本当は上玉な嬢ちゃん達をゆっくり味見したいところだが、うちのボスは短気で強欲だ。お前達には傷一つつけるなとのお達しだ」
「……いつから狙われていたのかしら? カジノを出た時……もしかして、あのカジノと彼らはグルかしら?」
「おう、この状況で叫び声一つもあげないとはなかなか肝が座った嬢ちゃんじゃねぇか」
「あのカジノと彼らは無関係だと思いますわよ。あのカジノの系列は『黄金の塔』、対して彼らはブラックナイトファミリーの手の者達ですわ。不倶戴天の彼らが手を組むとは考えにくい」
「ただの嬢ちゃんじゃないってワケか。この街に入ったのは今日の筈だが、随分と裏社会について知っているみたいだなァ。関心関心。それなら、これからどうなるかも分かるよなぁ。ボスに目一杯可愛かってもらえ! ボスの機嫌を損ねれば簡単に殺されるんだから、せいぜいご機嫌を取るこった!」
「……その必要は、ありませんわ」
――フィーネリアを含め、その時、一体何が起きたのか分からなかった。
全員の視界から一瞬にして消えた瑠璃は、何かを握っている。その前には猛烈な血飛沫を上げてゆっくりと頽れる胸にぽっかりと真っ暗な空洞が空いた、さっきまで生きていた筈のマフィアの男だったモノがあった。
「――さて、ギャンブルのお時間ですわ。といっても、既に賭けの時間は終了していますわね。皆様は私達を捕えるという道に命をベット致しましたわ。さて、その選択が本当に正しかったのか確かめてみましょう」
手に握っていた温かく脈動するもの――心臓を握り潰し、真っ赤な血で顔や髪を染めた瑠璃は獰猛な笑みを浮かべた。
「――ッ!!!! よくもォ、バージェスを殺しやがぁーーーーッ!!」
絶対に女二人に遅れを取る筈がないという自信。
そして、誰一人として姿を捉えることができない筈の早業。
そこに、長年共にした仲間の突然の死という衝撃も合わさって何が起きたか分からなかった男達も、ようやく脳内の処理が追いついて怒りの感情が露わになる。
しかし、吠えるように怒りを露わにして剣を振り下ろそうとした男の声は不自然に途切れた。
認識できない速度で距離を詰め、開いた口に向かって勢いよく銃を突っ込んだ瑠璃が無表情で二、三度引き金を引く。弾丸は喉を貫通し、背後の建物の壁にめり込んで止まった。
「これで二人。さて、お次は――」
「クソッ! ボスに何を言われたって関係ねぇ! ここでコイツは殺すッ! 辱めて殺すッ!! 我が手に炎を、業火の炎よ! 球体を形作りて、敵を焼き尽くせ! 【火球】」
男は詠唱を済ませて火球を放つ。あれほどの速度で動ける少女――瑠璃が、何故悠長に詠唱が終わるのを待ってくれたのか、そのようなことを疑問に思うこともなく。
「操力の支配者」
一切の感情が乗らない言葉と共に火球は解体されて光条へと変化する。
放たれた光は火球を放った男が状況を理解できるほどの猶予を与えずに男の心の臓を刺し貫いた。
「――これで三人」
◆ネタ等解説・五十話
物語の黒幕の一人だった特殊な瞳の術を継承する一族出身者
『週刊少年ジャンプ』にて一九九九年四十三号から二〇一四年五十号まで連載された岸本斉史氏の漫画『NARUTO -ナルト-』に登場するうちはオビトのこと。作中では第三次忍界大戦の神無毘橋の戦いで行方不明になった後、紆余曲折を経てうちはマダラの意思を受け継ぎ、トビやうちはマダラと名乗って『暁』を陰から操っていた黒幕の一人だった。
得意な攻撃を擦り抜ける忍術
『週刊少年ジャンプ』にて一九九九年四十三号から二〇一四年五十号まで連載された岸本斉史氏の漫画『NARUTO -ナルト-』に登場するうちはオビトが使用する瞳術・神威のこと。
鳥のような自由を求める道化師
二〇一三年一月号から『ヤングエース』で連載されている朝霧カフカ氏原作の漫画『文豪ストレイドッグス』に登場するテロ組織『天人五衰』のメンバーの一人である「道化師」ニコライ・ゴーゴリ(ニコライ・G)のこと。
異能力は「外套の布面と、離れた空間を接続する」『外套』。
『死者復活マジック』
前述の「道化師」ニコライ・ゴーゴリが作中て行ったマジック。
斗南端蔵達司法次官達の目の前でノコギリに切られて死亡したかに思われたが、実際は『外套』を使って自身の胴体部分に隙間を作り、別の人間の胴体と繋げることによって自らの死を偽装していた。