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チェーンソーによる人体切断マジックなんて素人が手を出していいジャンルじゃないでしょ! って、きゃぁぁぁー!!! ――ギュイイーン。

「えっ……ちょっと待って!? 瑠璃さん? 本気なの!? 待って! 助けてッ!! ぎゃぁぁぁ!!」


 後退るフィーネリアに、瑠璃はにっこりと人の悪い笑みを浮かべながら、ギュイイーンと音を鳴らして回転するチェーンソーを容赦なく振り下ろした。









































 時は少し遡る。瑠璃に声を掛けられたフィーネリアは全く状況の分からないまま流されに流され、瑠璃と共に舞台袖にやってきていた。


「ねぇ? 待って? どういうことなのかしら?」


「マジックショーの担当者の方ですわね。実は先ほどこの時間帯のマジシャンが来ていないという話を小耳に挟みまして……ほんの少しですが、マジックを聞き齧ったことがあるのでお力になれるのではないかと思い参りましたわ。いかがかしら?」


 淑女らしくカーテシーを行い、微笑を浮かべる瑠璃。


「失礼ながら貴女は?」


「私は瑠璃と申しますわ」


「どこかのご令嬢でしょうか? ……ふむ。しかし、お話は大変嬉しいのですが、流石に素人に舞台をお任せするのは」


 現時点で瑠璃のマジックの腕は未知数だ。フィーネリアすら、瑠璃――無縫がどれほどのマジックの腕を持つか知らないのである。

 そんな相手に舞台を任せて大丈夫かと不安になるのは当然だ。かくいうフィーネリア自身も「本当にマジックなんてできるかしら? 少なくとも私は素人なのよ?」と不安そうな顔をしている。


「では、僭越ながら少しマジックを。ここに何の変哲もないスカーフがありますわね。こちらをポンと……ステッキになりましたわ」


 どこからともなくスカーフを出現させ、何の仕掛けもないことをアピール(まあ、そもそも一瞬にしてスカーフが出現した時点でタネも仕掛けもない筈はないのだが……)、その後、握った掌の中に押し込んだ後、手を開くと同時にスカーフが消えて代わりにステッキが出現する。

 比較的シンプルなマジックだが、違和感もなく手際もいい。この時点である程度のマジックの実力はあると判断されたのだろう。


「……まあ、そうだな。全くの素人という訳でもないようだし、ステージを任せてみてもいいかもな。ただし! 失敗すれば責任は取ってもらう。今回の件は助けてもらうっていう形だし心苦しいが、そこそこの賠償金は支払ってもらうからな」


「えぇ、構いませんわ」


「えっ、ちょっと、瑠璃さん!? 本気でやる気なの?」


「そろそろマジックが終わるみたいですわね。さあ、行きますわよ! フィーネリアさん」


「ちょっ、まっ、まだ覚悟が――」


 マジックショーに出る気はないと対抗するフィーネリアを容赦なく引っ張り、瑠璃はステージに上がる。


「Hello Everyone! 初めまして、瑠璃と申しますわ。本来であれば別のマジシャンが公演を行う予定でしたが、急に来られなくなったということで代わりに私がマジックを担当することになりました。といっても、私はあくまでギャンブルをこよなく愛するただの令嬢。諸先輩方のような素晴らしいマジックなどできる筈もございません。どうか、暖かく見守ってくださるようお願い申し上げます」


 開口一番、カジノ側の不手際と自身が素人であることを公言して予防線を引く瑠璃に黒服達が驚き、「なんてことをしてくれたんだ! クソ! こんなことなら頼むんじゃなかった!」と後悔して二人を取り押さえるべく動き出すが、それを見越した瑠璃はにっこりと微笑を浮かべる。


「偏にマジックと言っても実に様々です。トランプを使ったカードマジック、コインを使ったコインマジック……そして、このようにスカーフをステッキにするようなマジック、後はバードマジックなんかもありますわね。ですが、目が肥えている皆様も流石にこういうマジックは見たことないのではないでしょうか?」


 微笑を浮かべたまま瑠璃は一瞬にして何かを取り出す。

 それを見た瞬間、フィーネリアを含め会場にいた全ての者達が凍りついた。


「ここに何の変哲もないチェーンソーがありますわ」


「……チェーンソーに変哲も何もないでしょう? で、それでどうするのかしら?」


「マジックでチェーンソーを使うとしたら、これしかないでしょう?」


 ギュイイーンと音を鳴らして回転するチェーンソーを持ってにじり寄ってくる瑠璃。

 その姿に命の危険を感じたフィーネリアは瑠璃から逃れようとする……が、足がもつれて転んでしまった。

 倒れ伏したフィーネリアの胴体目掛けて容赦なくチェーンソーを振り下ろす瑠璃。流石に死を覚悟したフィーネリアだったが。


 そこで、不思議なことが起こる。綺麗に切断された筈のフィーネリアの胴体から本来噴き出す筈の血液が一滴も出なかったのだ。

 瑠璃はフィーネリアの切断された下半身を舞台袖の方へと引っ張っていき、これまたどこから取り出したのかも不明な黒い布の被った台の上に乗せる。


 そして、フィーネリアの上半身を起き上がらせると、少しだけ持ち上げ、浮き上がらせた上半身と床の間に隙間が生じていることをアピールする。


「嘘だろ……」


「一体どんなタネが……」


「怖いわ。でも、何故なのかしら……目が離せない」


「狂気と好奇心が渾然一体となる実にィ! 実にィ素晴らしいマジックである! 前衛的! 実に前衛的だァ!!」


 まあ、若干変などこぞの前衛芸術家みたいな客も混じっていたが、黒服達や会場に残っていたマジシャン達も含め、かなりの注目を獲得していた。

 しかし、これはまだ序章である。インパクトこそあるものの、まだ終わりではない。


「……うーん、本来は斬った後に完全に動かなくて……一瞬死んだのかな? って思わせてぇ、のぉ、はい実は斬られても大丈夫みたいな演出をする筈なのですが……駄目じゃないですか?」


「そんなの無理に決まっているじゃない! というか、なんで私死んでないのよ! 斬られたのに!」


「さぁてぇ、と。斬ったままだと支障がありますし、オペをして元通りにしていきましょう」


 フィーネリアの上半身を起き上がらせ、手術台に乗せる瑠璃。そのまま上半身と下半身をギュギュギュと近付けてパチンパチンと医療用ホチキス(スキンステープラー)で打つフリをする瑠璃。

 「どこから取り出したのか」という質問より「何故そんなもの持っているのか?」と言いたくなるような品である。


「手術は……失敗しましたわ。前後ろが逆でした」


 フィーネリアは立ち上がろうとするが、上手く立てない。上半身を仰向けにして、下半身をうつ伏せにして合体させた結果、下半身がそのまま後ろを向いてしまったのである。


「じゃあ、もう一度斬りましょうか?」


「えっ…………」


 ――ギュイイーン、スパン。


 再び真っ二つになったフィーネリアの身体を今度は正しい位置で繋ぎ合わせ、フィーネリアを黒い台から立ち上がらせると、瑠璃はフィーネリアが無事であることをアピール。

 その後、美しくカーテシーを決めて瑠璃はフィーネリアと共に舞台を降りる。


「素晴らしいマジックだった! あの前置きを聞いた時は不安に思ったが、まさかここまでとは。次のマジックを担当するベテランマジシャンが胃を抑えながら舞台に上がっていったよ。しかし、あれほどのマジック一体どのようにやったんだい?」


「あらあら? マジシャンにマジックのタネを聞くのは御法度ですわよ。しかし、一度だけ見たことのあるマジックだったのですが、成功して本当に良かったですわ」


「……あれ、練習も抜きでぶっつけ本番でやったの?」


 フィーネリアから向けられる「こいつ、正気かよ」という視線を瑠璃は華麗に受け流す。


「それで、報酬なのだが……」


「それなのですが……私、特別なカジノがあると聞いたことがありまして……是非一度行ってみたいと思っていたのですわ。そのために、この地を訪れたのです」


「なるほど、地下にご興味が。……正直、お嬢様方にお勧めできるような場所ではないのですが。通常、地下にある無法の闇都市、或いは真の無法都市と呼ばれる血にはVIPの資格がなければ入れません。こちらの資格はただ、お金を持っていればいいという訳ではなく特定の方々の推薦が必要となります。我々カジノで働く者はその方々に紹介する権利がありまして、是非ご紹介させて頂きましょう」


「ちなみに、普通はどういった条件で紹介しているのかしら?」


「本来は非公開ですが……お嬢様方だけに特別にお教えしましょう。くれぐれもご内密に。様々な条件がございます。一日に金貨百枚以上をお支払いをしてくださるようなお客様、高額なチップ購入を一ヶ月に十回ほどされたお客様、一日に十戦以上勝負して無敗のお客様……当カジノではこうした条件を満たした方を許可を得て紹介させて頂いております」


「? でも、それだと瑠璃さんってとっくの昔に満たしているんじゃないかしら?」


「えぇ、一通り遊ばせてもらいましたが無敗でしたわ。ありがとうございます、沢山稼がせて頂きました」


「それはそれは……でしたら、問題なく紹介できますね。では、宿泊している宿の場所とお名前だけ伺ってもよろしいでしょうか?」


「ホテル『BEYOND』の708号室。瑠璃と、フィーネリアですわ」


「ホテル『BEYOND』の708号室、瑠璃様とフィーネリア様ですね。承りました。決まり次第宿にご連絡を入れさせて頂きます。良い結果をお伝えできるように頑張らせて頂きますね」


「よろしくお願いしますわ」


 マジック担当の黒服の男にお礼を言った後、瑠璃はフィーネリアと共にカジノを後にする。

 その口元は、小さく歪んでいた。

◆ネタ等解説・四十九話

カードマジック

 トランプなどのカードを用いたマジックの総称。クロースアップ・マジックやサロンマジックの定番である。

 アンビシャス・カード、トライアンフなど様々な種類がある。

 詳しく知りたい場合はマジックを解説しているサイトを参照することをお勧めする。


コインマジック

 コインを用いたマジックの総称。コインは小さいのでクロースアップ・マジックとして行われることが多いが、サロンマジックやステージマジックで演じられることもある。

 コインズ・アクロス、コイン・アセンブリーなど様々な種類がある。

 個人的に好きなのは高重翔氏がマジック界のオリンピック」と称される世界大会のクロースアップ・パーラー部門で三位入賞した際に披露したオルゴールとコインのマジック。

 詳しく知りたい場合はマジックを解説しているサイトを参照することをお勧めする。


バードマジック

 鳩などの鳥を用いたマジックの総称。ステージマジックなどで演じられる。

 詳しく知りたい場合はマジックを解説しているサイトを参照することをお勧めする。


スカーフがステッキになるマジック

 アピアリングケーンと呼ばれるステッキとスカーフを用いたマジック。

 ちなみに、ステッキが消失するマジックに使われるのはバニシングケーンと呼ばれる。両立はできないらしい。

 詳しく知りたい場合はマジックを解説しているサイトを参照することをお勧めする。


チェーンソーを用いた切断マジック

 元ネタはマジシャンのケビン・ジェームズ氏の手術室を彷彿とさせる舞台で演じられる切断マジック。箱に閉じ込めて切断などのオーソドックスな切断マジックではなく、チェーンソーでいきなり切り裂くというショッキングなもの。

 ケビン氏はマジックの殿堂と言われるマジックキャッスルから「パーラー・マジシャン・オブ・ザ・イヤー」を受賞している。無縫にもマジックキャッスルを訪れた経験があり、そこでこのマジックを見たのかもしれない。

 なお、無縫はこのマジックのタネを見抜けなかった(・・・・・・・)


どこぞの前衛芸術家

 『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』に登場するジムリーダー・『ネイチャーアーティスト』コルサのこと。

 アヴァンギャルド!!

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