カードギャンブルやダイスゲーム、ランダムゲームなどはあるようだが、スロットマシーンなどのゲームマシーンだけは異世界のカジノには置いていないようだ。
瑠璃とフィーネリアは手始めに拠点とする宿を選ぶことにした。
やはり、第二の物流都市というだけあって宿のグレードも様々だ。下はボロボロの安宿、上は高級なホテルに至るまで実に様々な宿がある。
高級なホテルは中心街、安宿は街の外縁に多いという傾向があるようだ。高級なホテルは当然お高く一泊で凄まじい金額が飛んでいくが、その分ホスピタリティも充実しており、安全性も高い。
一方、ボロボロの安宿は宿泊料が安い。そういう店に限って店主は親切でサービスも充実しているが、流石にセキュリティ面は高級なホテルに劣る。
無法都市は決して安全とはいえない場所だ。三つの犯罪組織が均衡を築き上げ、表向きは平穏を保っているが、その裏では小さな犯罪組織や犯罪組織崩れの者達が暗躍している。
また、所持金が心許なくなりスリなどの軽犯罪に走る者も決して少なくはない。
そういった様々なトラブルを避けるために、高級なホテルを宿泊先に選ぶというのが一般的である。
……まあ、その犯罪組織の均衡は、犯罪組織のトップ達の胸先三寸で変わるものなのだが。
万が一彼らの目に留まれば、無法都市での平穏など忽ち崩れることになる。
そして、彼らから守るべきホテルのセキュリティはこういう時に意味をなさない。こうしたホテルも三つの犯罪組織のいずれかと繋がっているからだ。
まあ、安全云々言うような人間は無法都市なんて危険な場所に近づくなという話である。
「……ということで、懐具合とギャンブルのための軍資金から計算してこの二つ星ランクのホテル『BEYOND』に泊まることになりました」
「そもそも、瑠璃さんってこの世界のお金持っていたのね。まあ、そうじゃなければギャンブルしようなんて言い出さないか」
「ルインズ大迷宮挑戦前に遊興費? 食べ歩きや散策に使うように渡されたお金を元手にムーランというお店でギャンブルをして増やしたんですよ」
「……それ、貴方じゃなかったら盛大にスっていたわよね。じゃあ、今回は瑠璃さんにお支払いお願いしようかしら? 勿論、滞在費用は後で出させてもらうわ。……日本円でもいいかしら? それと、カジノに行くなら軍資金も欲しいわね。少し両替してもらえると嬉しいのだけど」
「とりあえず、まずは目当ての宿に向かいましょう。両替もそうですし、予定も立てないといけないですからね」
◆
無縫――瑠璃が狙っていたホテル『BEYOND』に到着すると、早速ロビーのフロントでチェックインを行う。
部屋はかなりの数が詰まっていたが、瑠璃とフィーネリアが至近距離に部屋を取ることは可能そうだ。
一応異性だし、部屋を分けた方がいいのではないかと気を遣った瑠璃だったが、フィーネリアが断ったためツインベッドの部屋を一つ取ることとなった。
フィーネリアと瑠璃は見た目上も身体的性別も共に女性である。その二人が別々の部屋を取るのは逆に不自然に映るだろうというのがフィーネリアの言い分だった。
それに、単純に二部屋も取るのは勿体無いという考えもあったのだろう。
「……ドレス姿で街を歩いている人はほとんどいなかったな。これは、服装の選択ミスったかもしれないな。世間知らずの浮かれポンチに見えていたかもしれない」
部屋に到着するなり瑠璃は部屋の鍵を閉めて大きく伸びをした。
「その顔で男口調だと頭バグるわね。……確かにカジノとかの近くなら居たけど、街中だと普通の服装の人の方が多かった印象だったわ。というか、目立っていたのはドレス姿云々じゃなくて瑠璃さん……じゃなかった、無縫君が美人過ぎるからじゃないかしら? 人攫いに狙われるんじゃないかって心配だわ。私みたいなオバサンはともかく……」
「それを言うなら、フィーネリアさんだって似たようなものじゃないか。実際、そういった視線を向けていた男達を何人も見ているからね。アイツらはきっと、人攫いを生業にしている連中だ。まあ、なんとなく雰囲気で堅気じゃないかどうかは分かるし、どういう仕事をやっているかもなんとなく分かるようになってきたんだよね。裏社会にちょっと浸かり過ぎたからかな?」
「えっ……そんな視線向けられていたの!? というか、私達ってターゲットにされているの!? なんで、無縫君そんなに平常心なのよ!!」
「? 別にそんな驚くことでもないでしょう? フィーネリアさん普通に美人さんだし、俺が人攫い側なら狙うよ」
「私よりも若くて美少女な魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスさんだけには言われたくないわよ! ……それで、無縫君はどうするつもりなの?」
「どうするって、降りかかる火の粉は払う。当然じゃないか。連中がどこの非合法組織に所属しているかは知らないけど、まあ、ちょっとボコせば口を開いてくれるでしょう」
「……本当に物騒な人ね、無縫君って」
「君だけには言われたくないな。侵略者のフィーネリアさん」
人攫いについては今のところ実害はない。彼らについては攻撃を仕掛けてきてからでも十分対処が間に合うと考えた瑠璃はここで人攫いについての話を切り上げた。
そして、本題となる金貨と日本円の両替を開始する。
「とりあえず、全財産は金貨六十枚。銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚という貨幣価値で、ホテル宿泊費が一泊銀貨二十枚だ。……ちなみに、日本円の貨幣価値だとこの純度と大きさなら十万くらいかな? 一応、純度は最高値だけど、それを示す指標となるものもなければ発行されたのも異世界で信憑性も薄いからもっと安くなるかも。銀貨は三千二百円程度。これも、価値を裏付ける要素が皆無に等しいからだね」
「……やっぱりお高いわね。でも、そうなると一泊六千円、普通に大日本皇国でホテルに泊まるよりは遥かに安いかしら」
「それでどうする? どれくらい両替する?」
「そもそもあまりお金を持ち歩いていないのよね。持っているのも九千円くらいだし……帰ればもう少しは出せるけど、いずれにしても流石に十万円は出せないわね」
「まあ、じゃあ九千円頂こうかな? 銀貨三枚と……おまけで金貨一枚を進呈しよう」
「おまけの方が高いと思うけど、折角だし頂くわ。……本当に良いのよね? 後でお金を請求されたり……」
「そんなみみっちいことは流石にしないよ。……ただし、ギャンブルでスった場合は追加支給ないからそのつもりでね。ああ、素寒貧になってもこっちで暮らすための生活費は流石に出すけど」
「……流石にそこまでお世話になるのはプライドが許さないわよ。というか、私は一応大人よ、節度を持ってギャンブルをするに決まっているじゃない。私が堅実なこと、知っているでしょう? というか、本当に危険なラインまでギャンブルをする人なんているのかしら?」
フィーネリアの言葉に、瑠璃は天空カジノで散財に散財を重ねて開き直っているであろうヴィオレットとシルフィアを思い浮かべて苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、ホテルにも無事にチェックインできたし、早速カジノに行きましょうか? あっ、荷物は全て空間魔法で俺が預かりますね」
「……でも、ホテルの部屋を取ったんだからこのまま部屋に置いておけばいいんじゃないかしら?」
「いや、フィーネリアさん。ここって三つの犯罪組織の総本山ですよ。そんなところに荷物置いておくとか不用心じゃないですか」
全くホテルのセキュリティを信用していない瑠璃に思わず苦笑いを浮かべるフィーネリア。
まあ、瑠璃からしてみれば楽観視し過ぎているフィーネリアに苦笑いを浮かべたいところなのだが。
「本当に、この人って侵略軍を率いている幹部なのだろうか?」と少々平和ボケが過ぎるフィーネリアに呆れの視線を向ける瑠璃だった。
◆
無法都市にはカジノが全部で二十店舗存在する。
内訳はミル=フィオーレ・ファミリアの援助を受けているカジノが一店舗、ブラックナイトファミリーの後ろ盾を得ているカジノが五店舗、そして残る全てが「黄金の塔」の傘下に加わっているカジノである。
やはり、ほとんどカジノ一本で均衡を作る上げる犯罪組織の一角まで上り詰めた「黄金の塔」。カジノという分野において、その影響力は計り知れないと言えるだろう。
そんな数ある店舗から瑠璃が選んだのは中心街に程近い場所にある「ホワイトドリーム」という老舗を選んだ。
中に入ると無数のカードギャンブル用のテーブルが目に入った。また、ルーレットやダイスゲーム、キノなどのランダムゲームに興じる客達の姿もある。一方で、スロットマシンなど無縫にとっては馴染み深いゲームマシンは置いていないようだ。
まあ、魔法が発達しているファンタジーの世界である。機械類は似合わないといえば似合わないが……。
カジノにはバーも併設されているようだ。輝くミラーボールの下では様々な楽器を手に音楽家達の手によってBGMが奏でられている。
また、バーの近くではマジックショーも行われているようで、腕に覚えのあるマジシャン達がコインマジックやカードマジック、バードマジックなどを思い思いに披露していた。
「ようこそお嬢様方。当店のご利用は初めてでしょうか?」
「えぇ。初めてですわ」
「では、私がご案内致しましょう」
タキシードを纏った青年は目敏く瑠璃達を見つけるとカジノの各所を案内して回った。
軽いゲームの説明やカジノ内でのみ通用する通貨――つまり、カジノチップの購入の仕方などを紹介した後、瑠璃とフィーネリアに十枚ずつ緑色のチップを手渡した。
「こちら、ウェルカムチップとなります。何かお困りのことがありましたら、あちらのチップ販売所の方でお気軽にお聞きくださいませ。それでは、お嬢様方、ごゆるりとお楽しみくださいませ」
◆ネタ等解説・四十七話
キノ
ギャンブルゲームの一つ。1番から80番までの番号の中から任意の番号を一個以上二十個以下の範囲で予め選んでおき、その後にゲームの主催者によってランダムに決定される二十個の当選番号の中に、その番号がいくつ含まれているかで得失を決定する。
スペルは「Keno」。フランス語で「五つの当選番号」、ラテン語で「それぞれ五つ」を意味する。
詳しく知りたい場合はカジノゲームを解説しているサイトを参照することをお勧めする。
スロットマシン
ギャンブルを目的とするコイン作動式のゲーム機の総称として使われることもあるが、一般的には複数の回転輪を並べて回転させ、停止した時の絵柄の組合せで得失を決定するリールマシーンのことを指す。本作でも一般的である狭義の方を採用している。
なお、ビデオポーカー、ビデオキノ、ビデオロッテリーなどを含む場合はゲームマシンと括られることが多いようである。
詳しく知りたい場合はカジノゲームを解説しているサイトを参照することをお勧めする。