フィーネリアの提案と、無縫達の新たな旅立ち。
「無縫君、凄い身勝手なことだというのは承知しているのだけど……この都市、私にくれないかしら?」
中枢管理棟へと案内された無縫達は中枢管理棟内部にあるラウンジでお茶会をしていた。
その目的は、迷宮を攻略する瞬間まで全く想定していなかった古代都市の所有権をどうするか決めるためである。
と言っても、今回、異世界に召喚されたのは無縫であり、最も迷宮の攻略に貢献したのも無縫である。
それに、龍吾、リリス、茉莉華、廉、紬、遊大、フィーネリア、ドルグエスも迷宮攻略に貢献してはいるが、一方で無縫ほどの実力があれば他の者達に頼らずとも無縫一人で迷宮の攻略は可能だったことも九百層と一千層のデモニック・ネメシス戦で証明されている。
そのため、会議開始時点では形ばかりの会議を行った上で満場一致で無縫の所有物となる……あの茉莉華ですら、それが自然な流れであると考えていたのだが。
「フィーネリア殿、流石にそれは……」
「うむ! 吾輩も流石にそれは横暴が過ぎると思うぞ」
龍吾と封印されていた聖剣『伝説の聖剣』の所有権を無縫から譲られてホクホク顔になっていたドルグエスが同時にフィーネリアを非難する。
「私も流石にそれは道理に合わないと思うわ」
あの茉莉華ですらこの古代都市の所有権は無縫にあるべきだと考えていたのだが……当の無縫はというと、フィーネリアの言葉を黙って聞いていた。
「無縫君、私達が危険を冒して侵略行為をしている理由は知っているわよね。ロードガオンは近いうちに星が寿命を迎える。だから、その前に移住先が必要なの。……この都市の所有権は無縫君が手にすべきなのは百も承知よ。それでも」
「気持ちは分かるよ。……でも、フィーネリアさん、少し落ち着きなよ。……そんな愚かで浅はかな提案をするなんて君らしくない」
それ以上の言葉を紡ごうとしたフィーネリアは……しかし、無縫に鋭い眼光を向けられて押し黙った。
「フィーネリアさん、俺は別にこの都市を譲ることに反対している訳ではないんだ。俺も正直、こんな大都市をもらっても持て余す。フィーネリアさん達なら有効に活用してくれると思うから、是非貰い受けて欲しい。……って、言いたいところだが、一つ問題はある。この都市が狭過ぎるということだ。四つ集めたとしても大きさはここの四倍。一方、ロードガオンは一つの星……当然、この都市に収まりきらない数の人々がいる。そこに、中途半端な大きさの譲渡したところで混乱の火種にしかならないんじゃないか?」
「た……確かに。ごめんなさい、そこまで頭が回っていなかったわ」
「俺としても、他の皆様の異議がなければフィーネリアさんに権利をお渡ししたいと思います。しかし、火種にならない形でなければなりません。……ところで、ある異世界……というか、アルマニオスと呼ばれる世界で人間や亜人族、魔族――様々な種族の学者がそれぞれの専門分野の知識を持ち寄って一つのプロジェクトを立ち上げようとしています。自然発生した時空の門穴の先を調査する過程で訪問し、繋がりを持った俺にも是非協力してもらいたいという打診がありまして。端的に言うと、新たな星を生み出すというプロジェクトです」
「新たな……星?」
「えぇ、その異世界ですが便利さを追求して魔法や科学技術を発展させていった結果、大気は汚れ、竜脈の流れはメチャクチャになり、類を見ない自然災害が頻発し……と、とにかく人が住めないような状況になっているそうです。本来、汚した側として責任を取って星を治すべきですが、どうやら最早手遅れらしく、生き延びるために別の星を生み出して移住しようとしているようです。そのための惑星創造魔法を編み出したようですが、肝心の宇宙を移動できる乗り物の技術がなく困っているとか。国内の宇宙航空研究開発機構に助力を求めても良いのですが……ロードガオンの技術で協力してもらえないかとどこかで打診しようと思っていましてね。いや、すっかり忘れてました」
「しかし、何故今その話を……ああ、なるほど、そういうことか。無縫殿は協力の対価としてその異世界の研究者達に惑星創造魔法を使ってもらい、移住先となる星を提供してもらいたいということだな」
「えぇ、リリスさんの仰る通りです。そこに、この古代都市を転移させるのが良いかと思いまして……リエスフィアさん、都市の拡張は可能ですか?」
「はい、可能ですわ。……ただし、都市機能を四分割しておりますから、四分の一に過ぎない今の状態では皆様のご期待に応えられる速度で都市を拡大していくことは不可能だと思いますわ」
無縫の問いに同席していたリエスフィアが見解を述べる。
それを聞いた無縫の中で今後の方針が決まったようで、にっこりと微笑を浮かべた。
「方針は纏まりましたね。まず、皆様に異論がなければこの都市の所有権はフィーネリアさんが持つことになります。その上ですべきことは三つ。一つは古代都市の完全復活ですね。残る三つの迷宮を攻略する必要があります」
「迷宮の場所に関する情報は私がお渡しすることができますわ」
「無縫、それは吾輩に任せてくれ! 残る三つの聖武具もコレクションしたいからな!」
「では、迷宮の攻略はドルグエスさんにお願いしようと思います。まあ、流石に一人では厳しいと思いますので、人選は迷宮に挑むまでに考えましょう。……今回は内務省組を優先しましたが、実は異世界に行くなら是非連れて行ってくれと打診していた方が数人いまして、彼らに声を掛けてみようかと」
「我々は十二分に目的を果たせましたから、他の三つの迷宮に関しては無縫君に一任します。無縫君、無理を聞いてもらってありがとうございました」
「いえいえ、内藤さん。いつもお世話になっていますから、これくらい。それに、内藤さんには返しきれないほどの恩がありますから。……二つ目は異世界アルマニオスの魔導科学国際宇宙開発機構への連絡ですが、これはフィーネリアさんから良いお返事がもらえ次第連絡しますね。それと三つ目は魔導科学国際宇宙開発機構が求める宇宙を飛行できる乗り物の提供。こちらの世界に来る際に使用したワーブルシップ――あれを一隻譲って頂ければ問題はないと思いますが」
「そうね。移住先に目処がつきそうなことも含めて一度本国に報告を入れて判断を仰ぐわ。しかし、思わぬところであっさりと目的を達成できそうで、ちょっぴり怖いわね。全く想定していなかったから」
「……まあ、俺はそう簡単に物事が運ぶとはどうにも思えませんけどね」
不穏な言葉を無縫が残したが、会議は恙無く終わった。
結果はフィーネリアが古代都市の権利を獲得、ドルグエスが聖武具の一つを獲得とロードガオン側が迷宮の秘宝を独占する形で幕を閉じた。……ほとんど活躍できていないのに本当にこんなにもらっていいのか、と罪悪感に駆られるフィーネリアであった。
◆
会議終了後、龍吾、リリス、茉莉華、廉、紬、遊大は内務省に戻った。
フィーネリアは自身が率いる地球侵攻部隊で副官を務めるミリアラとドルグエス側の側近であるマリンアクアに無縫から受けた提案を伝えるために無縫の協力を受けて一旦地球へと戻った。ちなみに、フィーネリアは今回の件の恩返しを少しでもしたいということで今後もしばらく無縫に同行するつもりらしい。……まあ、実際にフィーネリアが武力本面で無縫の役に立てる可能性は皆無なのだが。それ以外の本面でなんとか挽回できる方法を模索するつもりのようだ。
地球に帰還している間に無縫は目的の三人――鬼斬機関で局長をしている桃沢真由美、陰陽連の陰陽頭を務める賀茂幸成、稲荷宮神社の御神体で伝説の九尾の狐――玉藻前の子孫に当たる玉藻楪に連絡を入れた。
三人とも「ドルグエスと共に異世界の迷宮を攻略してもらいたい」という無縫の依頼を喜んで引き受けてくれた。
それぞれ異世界に行くメンバーをこれから選抜することになるため、実際に合流するのはその選抜が終了してからということになる。
「フィーネリアさん、ドルグエスさん。準備は万端かな?」
「えぇ、バッチリよ!」
「うむ! 準備万端だ!」
「では、予定通り迷宮を発つとしよう。次の目的地はここから最も近いログニス大迷宮。そして、廃都ダルニカ! ――さあ、冒険の始まりだ!!」
異世界アルマニオスで開発された魔力で走る四輪自動車――魔導四輪の軍用装甲車のカスタマイズ、通称【666號】の運転席に乗り込んだ無縫はリエスフィアに見送られる中、アクセルを思いっきり踏み込んだ。
【666號】はそのまま前方に展開された時空の門穴の中へと飛び込んでいく。
百層のデモニック・ネメシス戦で無縫が奈落へと落下したことに端を発する無縫の異世界ジェッソでの冒険――その第二幕が今、始まろうとしていた。
◆ネタ等解説・三十五話目
国内の宇宙航空研究開発機構
日本の航空宇宙開発政策を担う国立研究開発法人、Japan Aerospace Exploration Agency、通称JAXAのこと。
賀茂家
賀茂朝臣氏のこと。大鴨積命を始祖とし、三輪系氏族の一派に属する。
平安時代中期には陰陽頭の賀茂忠行・賀茂保憲父子を輩出し、その弟子である安倍晴明が興した安倍氏と並んで陰陽道の宗家となり、子孫は暦道を伝えた。
玉藻前
平安時代末期に鳥羽上皇の寵姫であったとされる伝説上の人物。妖狐(九尾の狐)の化身であり、正体を見破られた後、下野国那須野原で殺生石になったという。
殷の最後の王である紂の后、妲己と同一視されることも多い。
【666號】
『ヨハネの黙示録』第十三章に登場する獣の数字「666」が元ネタ。この獣の数と、アメリカ合衆国の大統領の使用する大統領専用車の愛称である「The Beast」を掛けたネーミングとなっている。
ちなみに、この大統領専用車には「Cadillac One」という別の愛称もある。