Act.1-26 七百一層を探索せよ! 天職とスキルを確認しつつ、魔物討伐。PART ONE.
七百層を越えたとなれば、当然、上層とは比較にならないほど強力な魔物が出現するようになる。
三つの頭を持つ凶暴な犬の魔物の三つ首の猛犬、髑髏の顔を持つ翼の生えた魔物の死を呼ぶ飛行者、真っ赤な根で二足歩行をする樹木の化け物の吸魂木に、桃色の身体に真っ白な生クリームが冠のようにホイップされたような粘体生物の魅惑の大魔布顛女王、強酸性の身体を持つ黄土色の粘体生物の死を呼ぶ汚泥、小型肉食恐竜ヴェロキラプトルを彷彿とさせる変異した迅猛竜、甲羅がオリハルコンでできている魔剛の巨亀など、牛鬼の大殺戮魔に比肩する魔物が侵入者の気配を察知したからか無縫達の方へと迫ってきていた。
「悪魔の賽子、パラライズ!」
「自爆魔法発動」、「敵全体麻痺」、「自身への毒、麻痺、混乱、睡眠、疫病のバッドステータスをランダムで付与」、「自身即死」、「味方全体即死」、「敵全体即死」、「味方全体のステータスをランダムで低下」、「自身のステータスをランダムで低下」、「敵全体と味方全体に怯みのバッドステータスを付与」、「味方全体の全てのステータスを低下」のいずれかの効果が発動するという二つくらいしか良い目がない十面ダイスを宣言ありで躊躇なく振り、目前に迫った全ての魔物を躊躇なく行動不能に陥らせた魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは空間魔法で異空間と接続して中から一振りの剣を取り出した。
「冥斬刀・夜叉黒雨」――日本刀の工法を使い、隕鉄を基にした玉鋼と異世界の特別な金属を融合させた特殊な合金を使った無縫の愛刀の一つ。
この刀は魔力や覇霊氣力との親和性が高く、刀を使用する戦いでは最も使用頻度が高い。
「鬼斬我流・火焔纏剣」
覇霊氣力の性質を炎へと変化させた魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが素早く地を蹴って加速――三つ首の猛犬の眼前に肉薄すると容赦なく斬撃を放った。
「鬼斬我流・火焔飛弧斬!」
剣に纏っていた炎が飛ぶ斬撃に乗り、三つ首の猛犬の三つの首を一瞬にして同時に切り裂くと同時に傷口から着火――灼熱の炎が容赦なく広がって三つ首の猛犬の頭と胴体を焼き尽くしていく。
「動き止められている案山子を狙い撃つなんて私らしくないのだけど仕方ないわね! 激流の鏑矢!!」
一方、魔法少女プリンセス・カレントディーヴァの方はというと杖を弓の形へと変形させ、魔力を水へと変化――膨大な水の魔力を圧縮して矢を形成すると勢いよく矢を放った。
水の矢は空中で無数の矢へと分裂し、身動きが取れなくなっている魔物の群れに容赦なく殺到する。
魔剛の巨亀には甲羅で弾かれて全くダメージを与えられなかったものの、他の魔物には十分通用する攻撃だったようで無数の矢に射抜かれた魔物達は次々と絶命した。
魔物の中にはそれでも辛うじて命を繋いでいるものも居たようだが、生き残った牛鬼の大殺戮魔や死を呼ぶ飛行者にも既に戦う力は残されていないようで身動き一つ取ることはできず、ただ生きているだけという有様である。
「あの亀、硬過ぎるわね。まあ、いいわ。無縫に手柄を横取りされる前に弱った魔物達を全て葬り去ってあげるわ!」
「そんなみみっちいこと、俺がする訳ないだろ? ハイエナじゃあるまいし」
無数の水の槍を降らせる「水槍の流星群」を放って瀕死の魔物達にトドメを刺してから、魔法少女プリンセス・カレントディーヴァはスキル【波動砲】を発動して無骨な金属の巨大な銃を召喚した。
「こういう無骨な武器は優雅な私には似合わないけど――」
「どっちかっていうとアイドル衣装よりも作業着とかの方が似合っているアイドル擬きだし、優雅さの欠片もないんだから気にする必要はないだろ?」
「お前目掛けて撃ってやってもいいのよ!? 無縫!!」
「まあ、そうなれば固有魔法で操ってそのままお返ししてやるだけだけどなぁ」
「きぃぃ! だからクソ雑魚天職なのよ、波動砲使い!! この恨みはそこの亀! 貴方で晴らすわ!!」
「日頃の恨みを今こそ発散してやる!」と言わんばかりに【波動砲】を魔剛の巨亀に向けて連打する魔法少女プリンセス・カレントディーヴァ。
オリハルコン製の甲羅に守られているおかげで高い防御力を持つ魔剛の巨亀も流石に波動エネルギーの奔流を耐え切ることはできなかったようで、撃ち抜かれた甲羅の一部が綺麗に繰り抜かれて消滅した。
【波動砲】が魔剛の巨亀に通用することを知った魔法少女プリンセス・カレントディーヴァはその後、攻撃手段を【波動砲】に切り替えて魔剛の巨亀狩りにシフトしていくことになる。
一方、魔法少女プリンセス・カレントディーヴァの快進撃にほんの少しだけ焦りを見せたのは魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスだった。
「流石にこのキルペースだと、チマチマ削っていたら追いつけなさそうだ。なら、こっちも一気に削らせてもらう! 天使の賽子! 身体強化・攻! 身体強化・速!」
「身体強化・攻」、「身体強化・防」、「身体強化・速」、「味方全体回復」、「状態異常解除」、「ダメージ遮断障壁付与」、「半永続回復付与」、「敵全体のステータス上昇」、「敵全体回復」、「一定時間の間、自身の攻撃力と魔法攻撃力を上昇させる代わりに耐久力を低下させる」のいずれかの効果が発動するという十面ダイスを躊躇なく振り、狙い通りの出目を出した魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは両足に覇霊氣力を纏わせる。
それと同時に地を蹴って加速――地面を一秒間に二十回以上蹴って戦場を駆け抜け、すれ違い様に次々と無手で魔物達の身体を切断していく。三つ首の猛犬の首だけでなく魔剛の巨亀の甲羅に守られて首すらも的確に切断していく動きはまさに人外である。
前者の高速移動は「瞬閃走」、後者の魔物の首を的確に切り裂く手刀による一撃は身体を刃に見立てて斬撃を放つ「肢体剣」と呼ばれる体術だ。
どちらも異世界を巡る中で様々な戦いを経験した無縫が時に敵の技術を盗み、時にスキルの動きを再現し、時に突然の思いつきを形にして編み出したものであり、いずれも人間離れした動きを求められる。
内務省異界特異能力特務課の中にも一つ二つであれば体得している者もいるが、その全てを網羅できているのは開発者の無縫ただ一人のみ。
ちなみに魔法少女に変身していない場合の無縫の「瞬閃走」の限界は地面を一秒間に十回蹴る程度である。魔法少女の身体能力の向上はそれだけ偉大なのだ。
「【黄金錬成】! 固有魔法ッ! 操力の支配者!!」
魔物の討伐数はほとんど互角――しかし、このままでは圧倒的大差をつけた勝利はできないと判断した魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは膨大な魔力を掌に収束し、核融合反応にも匹敵する猛烈なエネルギーの奔流を生み出した。
本来、黄金の錬成に使うべきエネルギーをビタ一文程度の変換分を残して全て攻撃に転用――そのまま放つだけでも迷宮の十層分は確実に吹き飛び、敵味方関わらず一部を除いて全滅するほどの力を魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは魔法少女の固有魔法を発動して完全に制御し、無数の光条を生み出して解き放つ。
無数の光条は魔物達の動体視力ですら躱し切れない速度で殺到し、一瞬にして魔物達の身体を貫通した。
更に魔物を貫いた光条は不自然な軌道で次の標的を捉え、的確に急所を貫いて絶命に追い込むと次の獲物を探すようにまた不自然な軌道を描き始める。
その魔物達にとって地獄のような光景は全ての魔物が朽ち果て、無縫が固有魔法を解除するその瞬間まで続くこととなった。
◆
「久しぶりの実戦ですね。まずは感覚を取り戻しましょうか? 白銀の小銃!!」
魔弾狙撃手のスキル【銃生成】で無数の小銃を空中に浮かせる形で生成した龍吾はズレたメガネの位置を指でクイっと押して直すと、ほとんど同時に全ての銃に込められた弾丸をスキル【遠隔狙撃】を使用して放った。
魔弾狙撃手の最大の特徴である【魔弾の悪魔】の効果によって龍吾の放った弾丸は全て必中する。因果にすら干渉するスキルの効果で弾丸の雨を回避しようとした魔物達も悉く弾丸の餌食となった。……一部例外を除いて。
やはり魔剛の巨亀の甲羅はオリハルコン製故に硬く、【銃生成】で創り出した銃にデフォルトで装填されている何の効果も付与されていない弾丸では突破できないようだ。
「……オレイミスリルの弾丸を使っても良いですが、ここは新たな天職のスキルも試してみましょうか?」
空間魔法を扱える指輪に魔力を通し、異空間から一振りの刀を取り出した。
刀の正体は長曽祢虎徹……その贋作であり、近藤勇佩刀の贋作ともまた別の刀である。しかし、贋作だから切れ味が悪いという訳ではなく常日頃から覇霊氣力を纏うことで刀身は鍛え抜かれ磨かれ、本物に勝るとも劣らない業物と化していた。
「スキルの使い方は……感覚で分かるみたいですね。それでは、殺戮の大嵐」
「瞬閃走」を使った龍吾の姿が掻き消えるように魔物達の視界から消え去る。
次の瞬間、魔剛の巨亀の目前に肉薄した龍吾は死神が鎌を刈り取るが如く剣を振り抜いた。大地を割るほどの膨大なエネルギーが斬撃の形をして魔剛の巨亀の身体を甲羅諸共文字通り粉砕する。
◆ネタ等解説・二十六話目
三つ首の猛犬
初出は自作『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』。三つ首のケルベロスのような魔物。
サーベラスとはローマ神話における地獄の番犬ケルベルスの英語読み。
死を呼ぶ飛行者
初出は自作『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』。飛行する魔物。アンデッドだったり、アンデッドでは無かったり作品ごとに性質はまちまち。
元ネタは『ファイナルファンタジー 』シリーズに登場するデスゲイズ。
筆者のイメージの源流は『FINAL FANTASY CRYSTAL CHRONICLES Echoes of Time』に登場する遺跡のボスのデスゲイズ。
吸魂木
初出は自作『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』。二足歩行する樹木の魔物。色や姿は作品ごとにまちまち。
元ネタはイスラム教における地獄“ジャハンナム”の底に自生しているといわれる樹木の一種。
魅惑の大魔布顛女王
初出は自作『百合好き悪役令嬢の異世界激闘記』。桃色の巨大なスライム型の魔物。
元ネタは「ネタ等解説・二十話目」と「ネタ等解説・二十一話目」で解説したプリンプリンセス。
死を呼ぶ汚泥
初出は自作『百合好き悪役令嬢の異世界激闘記』。魅惑の大魔布顛女王と対を成す粘液生物。
元ネタは橙乃ままれ氏のライトノベル『ログ・ホライズン』に登場する〈奈落の参道〉に出現するスライム状モンスター、〈貪り食う汚泥〉。
変異した迅猛竜
初出は自作『百合好き悪役令嬢の異世界激闘記』。特殊な魔力によって変異したヴェロキラプトルの魔物。
ヴェロキラプトルは約八千三百万から約七千万年前の東アジアにあった大陸に生息していた小型肉食恐竜のことである。
魔剛の巨亀
初出は自作『百合好き悪役令嬢の異世界激闘記』。オリハルコンの甲羅を持つ亀型の魔物。
操力の支配者
元ネタは一八六七年頃、スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが提唱した思考実験とその実験で想定される架空の働く存在を指すマクスウェルの悪魔。
オレイミスリル
筆者オリジナルのオリハルコンとミスリルの合金。初出は『文学少年(変態さん)は世界最恐!?』。
オリハルコンとミスリルを組み合わせただけあって優れた合金である。名前の由来はオレイカルコス+ミスリル。
長曽祢虎徹
江戸時代(寛文頃)の刀工である長曽祢興里の作品の通称。長曽祢興里は江戸時代後期に出版された『懐宝剣尺』で最上大業物に選ばれている。
作刀時期により「虎徹」を表す銘が変遷し、『古徹』・『虎徹』・『乕徹』の漢字が使用された。
新選組局長である近藤勇も所持していたとされているが、こちらは贋作であったという説が通説。
殺戮の大嵐
元ネタは橙乃ままれ氏のライトノベル『ログ・ホライズン』に登場する武器攻撃職の一つ、暗殺者の特技「エクスターミネーション」。
逢魔時作品には当て字は毎回異なるものの『百合好き悪役令嬢の異世界激闘記』から強力な攻撃特技として登場している。