たった一撃でもエーデルワイスを倒せる力を束ねて異世界ジェッソを丸ごと吹き飛ばせる威力まで上昇させて、更に二倍の威力まで高めるってそれどう考えてもオーバーキル……。
――空が金色に染まる。
天から無数の光条が降り注ぎ、ルーグラン王国の上空はまさに宗教画の背景の如き神々しいものとなった。
そんな世界に、まるで自分こそが世界の支配者であると言わんばかりに降臨してみせたのは美しい女神だ。
波打ち煌く金糸の長髪は腰まで届くほど長く、その瞳は夜空を内包したのではないかと錯覚するほどに濃く美しい青をしている。
その相貌は間近から覗き込めが思わずぞっとするほど見目麗しく整っており、完璧なバランスでスっと通った鼻梁、小ぶりな鼻、薄い桜色の唇が配置され、一つの究極の美として完成している。
すらりと伸びる手足が艶かしいその肢体もまたその相貌に勝るとも劣らない、過不足ない完璧なプロポーションを誇っている。
白く滑らかな剥き出しの肩、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、真っ白なドレスのスリットから伸びるスラリとした美しい脚線。
妖艶と清楚という相反する性質をその身に体現するその絶世の美女は、確かに全ての人間が流し目の一つでも送られただけで理性を飛ばすか、或いは信仰にも似た絶大な感情と共に平伏するほどの美しさを誇っていた。
しかし、残念ながらこの地には絶世の美少女であることがデフォルトの魔法少女が七人も存在し、既に美しさという概念がバグりにバグり散らかしている。
その結果なのか、現れた女神を見てもその美に囚われてしまう者は一人たりともいなかった。
背中より生えた純白の翼は大きく広げられる。それは、まるで世界全土を覆い隠すと錯覚するほどの迫力があった。
『――随分と好き勝手やってくれたわね、私が召喚した駒の分際で』
「盤上の支配者を気取る身の程知らずな女神様にこの俺から一つ言葉を贈ろう。ゲームに興じる者が遊戯盤に降りてきた時点で敗北なんだ。……まあ、こっちに来てくれて手間が省けたよ。既に『真の神の使徒』とやらの記憶は読み解いて神域の場所は掴んでいたからね。戦争が終わったところで突撃をかまそうとしていたんだ。それならそれで、遊戯の駒がゲームに興じる者の世界に殴り込むという面白い状況になったんだけどね」
さらりと「記憶を読み解く魔法を行使していた」という事実を明らかにする魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス――庚澤無縫に王城の外まで戻ってきたブリュンヒルダ、イリスフィア、ガルフォール、セリスティスは驚きを隠せずにいた。
「さて、俺達の宣戦布告は聞いてもらえたかな? 大日本皇国は今回の召喚を重大事態と判断し、その報復としてルーグラン王国と白花神聖教会の監督者であり、この召喚を主導した女神エーデルワイス、貴方の命以外の全てを貰い受ける。即ち、この戦争で貴方が敗者となれば、その後、人権ならぬ神権は考慮されなくなるということだ。その身柄も責任を持って大日本皇国の内務省が預かる」
『――この世界の創造神である私に、本当にそのようなことができるとでも? 異端者なんてものは潰せばいいのよ。……ルーグラン王国も白花神聖教会も想像していた以上にだらしなくて困ったものだけど……人間なんてものは放っておいても勝手に増えるもの。今回は首輪をつけなかったけど、召喚勇者達を支配して、魔族達も支配して、この世界を私の完全なる遊戯盤とする。この高貴な私が自らの手で貴方を倒してあげるのよ、感謝なさい』
「……大人しく降伏すればいいものを。まあ、いい。一度力の差というものを解らせてやればいい。自分が絶対的強者だと思い込んでいる神には、そういう分かりやすい方法を使った方が効果的だからな」
どっちが悪か分かったものではない台詞を互いに口にするエーデルワイスと魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス。
戦場は二人の完全なる一対一の戦いにシフトし、エーデルワイスと魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは相対するように空中に陣取った。
「互いに戦力をぶつけ合えるように『夢幻の半球』を展開させてもらう。ただ、これは戦いのダメージを夢にしてしまうからな……だから、魔法内に誓約魔法を仕込ませてもらう。戦いに敗北した者は勝者に逆らえなくなるという分かりやすい魔法だ」
『えぇ、構わないわ。私が勝てば貴方を支配できる……異端者を屈服させ、その力を我が物とすれば、神の偉大さを更に知らしめることができるわ!』
「じゃあ、了承を得られたことだし使わせてもらうよ。夢幻の半球!」
王都を包み込んでいた結界が解除され、夢幻の半球が展開される。
その魔法の範囲を目の当たりにして魔法を感知できる者達は冷や汗を流した。
その範囲は宇宙空間まで伸びるほど巨大なものだったのである。
『――【平伏セヨ】!』
先に攻撃を仕掛けたのはエーデルワイスだ。魂魄に作用する魔法で魂に直接言葉を響かせて無意識レベルで意識を縛る――その魔法を応用して魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスを戦闘不能状態にして空中から自由落下させようとする……が。
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは微動だにしなかった。……そう、術に操られることも、かといって反撃に打って出る訳でもなく、全く動きを見せなかったのである。
「――天より降り注ぎ、神を誅殺する光の弾丸達よッ!」
杖を空中に放り投げ、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスは大きく手を広げる。
彼女の浮かべた微笑は――エーデルワイスの本能が警鐘を鳴らすほど悍ましいものであった。
「――『天界の杖』!」
その声は玲瓏なものだったにも拘らず、何故か粘着性を帯びて耳朶を打った。
ガルフォールにヴィオレットが語った戦略兵器――『天界の杖』が牙を剥き、大気圏外に設置されていた兵器に溜められていた恒星の光が無数の光条と化して降り注ぐ。
それは、ルーグラン王国の王都を――人間達が長い年月をかけて築いたものをたった数瞬で無に帰してしまうほどの圧倒的な力だった。
これには、流石のエーデルワイスも動揺を隠しきれず、その美しい顔からは完全に血の気が引いてしまっていた。
「久しぶりに見たが、美しい景色じゃな」
「あれを美しく思えるくらいには私達の感性も壊れてしまったよね」
ほとんどの者達が本能的恐怖を感じる中、変身を解いて戦いを見守っていたヴィオレットとシルフィアだけはその光景を凪いだ心で見守っていた。
「力の保存」
ルーグラン王国を消し飛ばす筈だった百発の光の凶弾は突如として動きを止める。
そのエネルギーは空中に静止し、光の柱を形成した。
エーデルワイスは何が起きたか理解できていなかった……が、これはまだ序章に過ぎなかったのである。
「【黄金錬成】!」
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの両手に膨大な魔力が宿る。
錬金術の究極系――精度を落としたその力により、核爆発にも匹敵する火球が次々と放たれる。しかし、奇妙なことにそのエネルギーもエーデルワイスには命中せず、空中に留まった。
放り投げた杖を回収して一度消し去り、二振りの剣――聖剣オクタヴィアテインと魔剣デモンズゲヘナを取り出すと【高位付与術】を発動する。
人格付与により、真っ白なワンピースを纏った腰まで届くほどの銀髪と美しく澄んだ碧眼の美少女と、漆黒の長い髪と黄昏色の瞳を持つ黒いドレス姿の少女――オクタヴィアとデモンズゲヘナへと二振りの剣は変化した。
「――凄いことになっていますね。既にこれでもあの女神は殺せると思いますが、まだやるのですか?」
「ああ、オクタヴィア。やるなら徹底的に、だろ?」
「ご主人様のそういうところ、嫌いじゃないよ! じゃあ、私達もやろうか! 婦々の共同作業!」
「誰と誰が婦々ですか!!」
「「――【太極・円環の蛇剣】」」
二人の手から放たれた混沌の奔流も……しかし、エーデルワイスには届かない。まるで時が止まったかのように放たれたまま奔流が動きを止めてしまう。
「覇霊氣力の真髄を見せてやろう。――その力を濾過し、新たな段階、神霊覇気へと進化を遂げる! 【限界突破】! 鬼斬我流・滅災ノ型・神避!」
「冥斬刀・夜叉黒雨」を構え、膨大な覇霊氣力が黒い稲妻と化して放出される。膨大な覇霊氣力が黒い稲妻と化して放出される。縦横無尽に暴れ回る黒稲妻はまるで三千世界を軋ませるようにバチバチと耳障りな音を立てた。
その黒稲妻と化していた覇霊氣力が、全て純白に染まる。真っ白な稲妻――白稲妻と呼ぶべきものは大地を、天を、あらゆる方向に発散され、稲妻に打たれた地面は砕け散り、空は白い稲妻が迸ると同時に雲が裂かれ、天が二つに割られてしまう。
その力は無縫の全身を包み込み、巨大な一つの像を成した。
その形は神々しい女神の姿をしていた。無数のダイスのようなものを弄ぶ大いなる神の幻影を目の当たりにしたエーデルワイスは、本能的に、それが自分より遥かに格上の女神であることを理解した。
魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスが抜刀と同時に白い稲妻を纏った刀剣を高速で薙ぎ払う。
しかし、その薙ぎ払いもエーデルワイスに届くことはない。
一撃一撃がエーデルワイスを消し炭にするほどのものであったにも拘らず、まだ足りないと言わんばかりに戦場に理解できない力が渦巻いていく。
流石にエーデルワイスもこのまま放置できないと、頭の中で鳴り響く警鐘を無理矢理黙らせて攻撃に打って出る。
「【天撃】ッ!!」
右手を振り下ろすのと同時に無数の光条が魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスに迫る……が、その攻撃も途中で動きを止めてしまう。
「――まさか、魔法が封じられた!?」
「エネルギーを操る力は、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスと相性最悪ってことだ。さて、エーデルワイス。遊戯の神を屠るのに丁度いいゲームをしよう」
そう言いつつ、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスはエーデルワイスに向かってコインを投げる。
重力魔法によって操作されたコインは的確にエーデルワイスの掌の中に収まった。
それは、二代目魔王ベンマーカとの戦いで無縫が使った『黄金の硬貨』だ。
「この『黄金の硬貨』には面白い効果がある。コインの表が出た場合は受けたダメージの二倍のダメージが相手に、裏が出た場合は受けたダメージの二倍のダメージが自分に、それぞれ問答無用に襲ってくる。このダメージを回避する方法は存在しない。……そして今から、俺は戦場に留めている全てのエネルギーを収束させ、最強の一撃をエーデルワイス、貴方に向けて放つ」
『言いたいことは分かったわ。このコインで運命を決めようということね。遊戯の女神相手にゲームを挑もうなんていい度胸だわ!』
「じゃあ、始めるよ。――操力の支配者!!」
束ねられたその力は異世界ジェッソそのものを丸ごと破壊してしまうほどの威力を秘めていた。
その力がエーデルワイスただ一人に向けられる。創世の神であっても到底受け止めきれない力だ。
『コイントスよ!! 遊戯の女神エーデルワイスに定められた勝利をもたらしなさい!!』
エーデルワイスの手から放たれた金色のコインは宙を舞い、地上へと落下する。……そして――。
◆ネタ解説・二百三十話(ep.231)
・【平伏セヨ】
着想元は白米良氏のライトノベル『ありふれた職業で世界最強』に登場するエヒトルジュエの魔法【神言】。
・「――天より降り注ぎ、神を誅殺する光の弾丸達よッ!」
着想元はネロナ・イム聖が保有し、ルルシア王国を滅ぼした古代兵器ウラヌスやマリージョアの国宝と目される兵器及び、元世界貴族で元王下七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴの技「神誅殺」。
ちなみに、後者の技をドフラミンゴは「16発の聖なる凶弾」と呼んでいた。
・【天撃】
着想元は榎宮祐氏のライトノベル『ノーゲーム・ノーライフ』の天翼種が使用する同名の魔法攻撃。




